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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
終章 ひだまりと悪魔
91/102

91.或る少女の見た風景

『此処は、どこでしょう……?』


 覚醒した彼女の目に映ったのは、見知らぬ部屋。

 外を見ようと、窓際へ向かうも、外は濃霧が立ち込めているのか真っ白で、何もわかりそうもない。

 部屋を出てみようと思い、扉へ向かおうと振り返る。その時、視界の端に映ったものに驚愕し、彼女は自らが目覚めた場所へと駆け寄った。


 寝台の上に、一人の少女が眠っている。

 プラチナブロンドの髪に、歳の割に幼い顔立ち。比較的動きやすくて気に入っている、飾り気のない地味なワンピース。


『これは……私?』


 横たわるのは、自らの体だった。

 彼女は動く自身の両手を上げて見てみると、薄く透けていることに気づく。同時に、少し前のことを思い出した。


『私は、あの時死んで……』


 こうして意識があるのなら、ひょっとすると、幽霊になってしまったのかもしれないと思う。未練ならばいくらでもあるから、それも順当に思えた。


 どれほどの時がすぎてか、よく知った人物が、やってくる。

 彼ならばきっと、そう、彼は悪魔なのだから、気づいてくれるはずだと、彼女は思った。束の間の期待は、すぐに打ち砕かれる。

 彼はそこにある彼女の意識には気付かずに、寝台で横たわる方の彼女の手をとって、懺悔する。


 彼女は愕然とした。

 何度も、何度も、声をかけたけれど、言葉が返ってくることはない。彼は彼で、好きなように思い出話をしていて、一方通行にしかならない言葉に、彼女は悲しくなった。


 その亡霊の名はソレイユ。

 嘗てひだまりの聖女と呼ばれた一人の少女。


 この時の彼女は知る由もないだろうが、彼女は多くの偶然が重なって、縫い付けられた魂なき意志の残像。

 本人の未練と、失いたくなどない彼らの強い想いによって繋がれた、幻想の澱。


 アスラは、そこにソレイユの意識があることなど知らず、眠るソレイユへ語りかける。

 その響きは、聞いたことのないような甘さを含んでいて、ソレイユは少し気恥ずかしくなった。

 聞いてやらない方が良い気がして、部屋の外へ出ようとドアの方へ向かう。自分が幽霊みたいなものだと分かっていても、律儀に扉の前へと向かってしまうのがソレイユだ。

 ドアノブは透ける手では触れられない。意を決してすり抜けようと、先に手を伸ばしてみると、扉に阻まれびくともしない。慌てて他の壁も試したけれど、物は透けるくせに壁を抜けることはできないらしい。


 仕方が無いので、ベッドの脇に膝を抱えて座り、甘ったるい言葉遣いの悪魔の話に耳を傾けた。

 ほんのちょっぴり、生きてるうちにこれくらい優しく接してくれてもよかったのにと思う。


 それからアスラは、毎日訪問しては「まだ見つからない」だとか「待っていてほしい」などとこぼしていく。

 ソレイユは届かないと分かっていても『見つかると良いですね』とか『いくらでも待ちますよ』なんて返した。

 アスラが何を探しているのかや、ソレイユの身体をなぜ残しているのかを、目覚めたばかりの亡霊は知らない。それを知るのは、この場所に、彼が彼女を連れてきた時だった。


「ご覧、彼女がソレイユ、キミの前世の姿だ。どうだい? 何か思い出せそうかな?」

「し、知りません……もう、良いでしょう? 私には関係ない、んです……い、家に帰してください……」

「馬鹿な。契約した魂を間違うはずがない。キミはソレイユだよ。なあ、本当に何も思い出せないのか? もっと近くでよく見てくれ、何か少しだけでいいから、思い出してほしいんだ」


 見知らぬ少女の手を、アスラが乱暴に引く。それは焦燥感故に思わず、と言った風で、けれど怯えている彼女は微かな悲鳴を漏らし、反射的に拒絶した。


『アスラ、そんな乱暴にしてはいけません!』


 触れられないと分かっていても、ソレイユの意識はこの現状を看過できない。二人の間に割って入ろうと、手を伸ばしたけれど、透ける手は空を切るばかり。

 しかし、少女の表面に触れた瞬間、静電気のような微弱な刺激と共に、彼女の人生が、ソレイユの中に流れ込んできた。


 同じ魂を持つモノ同士の共鳴、とでも言ったところだろうか。

 先ほどと変わった様子のない少女を見るに、この記憶の奔流を受けたのはソレイユの方だけだとすぐにわかる。


 ソレイユが立ち尽くして、目を伏せたところで、少女がアスラの手を振り払ったらしい。崩れるように、勢いで尻もちをつき、床を這いつくばって部屋の隅まで移動すれば、体を小さく丸めて、小刻みに震えていた。


「嫌っ、イヤ……もうやだ……助けて、お兄ちゃん……」


 仲の良かった兄へ助けを乞うけれど、その声が届くことはない。

 少女の記憶を得たソレイユは、その苦しみに同調して、気分が沈んでいった。ふと、アスラを見れば、彼も深く傷ついた顔をしていて、更に胸が痛んだ。

 しかし、ソレイユが沈んだからと言って、何が変わるわけでもない。今のソレイユには、何かを変える手立てはなく、虚しさに仄暗い笑みを湛えて、独りごつ。


『きっと、約束を違えた罰、なのですね。願いは既に叶っていたのに、あなたを騙して、より多くを得ようとした、私の罪科……あなたの凶行を、見届けることが報いならば、私は此処で、見届けましょう』


 その声は空気に溶けて、誰の耳にも届かない。

 それでも口に出して、自己を表現しなければ、透明な意識の欠片なんて、すぐに曖昧に吹き消されてしまうから、ソレイユは自らがソレイユであるという自我を、何としてでも保ち続ける必要があった。

 幸い、彼女の身体は綺麗に保護されているから、それを見れば自分の姿を忘れずに済むし、彼が毎日、声をかけて名を呼んでくれるから、自分が誰なのかを忘れることもない。


 数週間後、疲弊したアスラが告げた。

 連れてきた生まれ変わりの少女が、衰弱死したという。食事を受け付けなかったのだという。無理矢理口に入れてみたけれど、それさえ吐き出す始末だった。


 同じようなことを幾度か繰り返して、アスラはどこかの国の、魂に関する研究資料を読むことにしたと告る。数日後、通常、魂に記憶が紐付くことはないという苦い現実を知り、ソレイユの体の横で項垂れながらぼやいていた。

 届かないとしても、ソレイユは気休めに慰めの言葉をかけた。


 幾度目かの生まれ変わりが、深夜ソレイユの部屋へと押し入った。

 憔悴しきっていて、目は泣きすぎて真っ赤になっている。何かガラスの破片のようなものを強く握り、道標のように赤い雫の跡を床に落としていた。

 荒い呼吸で近づいて、ソレイユの体へとまたがれば手にした破片を突き立てる。

 自身の肉体が、まるで獣に噛み砕かれるみたいにぐちゃぐちゃになっていく様を、亡霊は見ていた。

 乱心の女を宥めるように、ソレイユの透ける手が添えられる。触れれば彼女の人生が見えて、この惨状からは到底想像もできないくらい、優しい娘だったのだとわかって涙が出た。雫は空気に溶けて消える。


『ごめんなさい。私たちの過ちに、つき合わせてしまって。本当はこんなにも、素敵な方なのに、このような蛮行をさせてなお、何もできなくて……』


 少しして、アスラが止めに入った。

 見る影もないソレイユの身体を目の当たりにして、生まれ変わりへ殺意を向ける。彼女はその目に狂喜して、「早く終わらせてよ!」と叫んだ。

 だが、アスラはいろんな感情をないまぜにしたまま、震える腕で娘を抱きしめた。

 抱かれた腕の中「何で?」とこぼしながら、彼女は泣き崩れる。そんな彼女も、程なく度が過ぎた自傷行為で死んでしまった。


 ソレイユの身体は、ヴェロニカが綺麗に治してから、アスラが別室へと運び出す。

 お姫様抱っこされている自分の姿を見て、少し照れてしまう。生前のアスラといえば、片手を開けたいからと、脇に抱えたり、雑に片手で抱き上げたりが殆どだった。


『あわ、わわ?』


 紐で引っ張られているような感覚で、勝手に透明な体が引き摺られる。

 どうやら部屋から出られないわけではなく、肉体から遠く離れられないらしい。それに気づいたソレイユは、自分の足で、アスラの後をついて歩いた。


 移動先は大きな鏡がある地下室。その更に奥にある鏡の影に忍ばせるように、透明な棺があり、ソレイユの身体はそこへ収められる。


「こんな暗い場所で済まない。キミには陽の当たるところの方が似合うだろうが……もうあんなことは懲り懲りだからな」

『いいえ、私、こういう落ち着く空気も、好きですよ。あなたの隣みたいで、安心できるから……』

「この場所がバレるわけにはいかないからな。新しい生まれ変わりがいる間は、頻繁に来れなくなるが、そうじゃない時は毎日来るから……待っていてくれ」

『少し、寂しいですが、わかりました。アスラ、あまり、無理をし過ぎないでくださいね。私はずっと、此処で待っていますから』


 会話になっているようでなっていない。悪魔の一方的な言葉に、ソレイユは丁寧に言葉を返し、この場を去る彼の背を見送った。


 彼が来なくなれば、生まれ変わりと過ごしているのだとわかる。此処は暗くて、時間の経過がわからないから、どれだけ待ったのかはわからない。自分を見失わないように、独り言を呟いたり、歌を歌ったり、眠る自分の姿を眺めて、自問自答を繰り返した。

 時間をやり過ごせれば、アスラがまたやってくる。今回の生まれ変わりは話がわかる相手だったとか、新しい住人の話だとか、ソレイユの知らない、多くを聞くたびに、アスラには時の流れがあることを痛感する。

 ほんの少しずつ、変化していくアスラは、前に進もうとしているように見えて、応援したい。反面、自分だけが置いていかれる寂しさがあり、だから、今も尚ソレイユへ縋る彼を見るたびに、安堵を感じる自らの狭量さを、嘆いた。


 如何に周りが聖女と持ち上げようと、中身は普通の少女なのだ。

 どこまでも真っ直ぐな悪魔の愛情を注がれるたびに、その感情を向けられるには相応しくないと思った。


『アスラ、あなたの中の私は、とても綺麗なのでしょうね』

目指せ100話!したい!と思ったけど難しそうな感じしつつ、姑息にも番外的なお話を挟むことで話を稼ごうとしています。

いえ、ネタとしては完結後に書こうかなとは思ってた番外編なので全く急にこしらえたわけではないのですが、まあ、色々これまでの伏線的なものもあったので、ゴール前に先に触れておいた方が安心感はあるのかなと思いました。

この番外は長いので次に続きます。

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