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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
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9.盟約

「アスラ様は正真正銘の悪魔です。なので、悪魔の本能的に破ることができないルールがあります」


 それは、御伽噺の悪魔でいうところの、契約には決して背かないだとか嘘をつくことができないと言ったものに近いだろう。


「とはいえ、()る災厄の力を借りているので、そのしがらみは緩んでいて、契約に背いたとてそれを罰せられることはないのですが……それでも本能的に、アスラ様は約束事を守ろうと行動してしまうんです」


 それを破るのは至難であり、強力な意志を要する。一抹でも思うところがあったなら、彼は自身の思いをすりつぶしてでも、盟約を甘んじて受け入れるほか選択の余地がないのだ。


「つまり、アスラさんは私の願いを断ることができないと?」

「概ねそうです。そして話は度重なる生まれ変わりに戻ります」

「ごちそうさま」


 一人食事を終えたアリオは周りを気にも止めず席を立った。

 部屋を後にする彼女を見て、ヴェロニカは慌てて自分の食事の手を進めた。

 ペースを上げて話す。


「今から二百年前、ちょうど貴方の前世にあたる、ルーという女性が此処に招かれましてね。彼女はフェロメナという兎を飼っていて、大層大事にしていたんです」

「それって、あのフェロメナさんのことですか?」

「そう」


 ヴェロニカは少しでも手間を省くためか野菜やベーコンを新しいパンへ挟み齧り付いた。

 咀嚼し、飲み込み、続きを言う。


「フェロメナは最初からちょっと変わっていてね。此処に攫われてきたルーを自力で追いかけてきたんだ。ただ、それが原因で命を落としてしまったようで、泣き腫らすルーを見かねたアスラ様は、屍人としてフェロメナを目覚めさせたんだ」

「ただの兎の身で世界を渡る奇跡と根気は、これでも買っているつもりだ」


 黙っていたアスラが一言寄せた。今まで彼女へ対しては悪口ばかりだっただけに意外だった。


 素早く食事を嚥下したヴェロニカはお茶を飲む。ふとアスラの方を見てみると彼も食事をとっくに終えているようで、向日葵は慌てて千切れたパン屑を頬張った。


「フェロメナのおかげで、ルーは此処での生活を楽しんでくれたし、結果的に良かったと思いますよ。そんなルーが、寿命で臥せった時にアスラ様に仕切りに頼んでいたんです」


『フェロメナのことをお願い。大事にしてあげて』

 その願いに従い、アスラはフェロメナを今も手元に置いている。

 此処で暮らす以上働いてもらおうとさまざまな仕事に充てて見たのだが……。


「しかし、恐ろしいほどに役立たずだった」

「愛玩動物だから仕方ないですよアスラ様」

「あの女、厨房へ入れれば私とキミが揃いで用意したカップを割り、掃除をさせたらキミが描いた絵に花瓶の水をぶちまけ、庭の手入れをさせたら咲いたばかりの花をむしゃむしゃと……!」

「悪意がない分叱り辛いですしね……」


 余程彼女へご立腹のようで、本当にどうにか処分したいようだった。

 けれどそうしない、そうすることが出来ないのが、アスラという悪魔の性質なのだ。


「そんなわけで、彼女の処遇を向日葵さんに迫る意味はわかるんじゃないかな」


 頬張ったパンをやっと飲み込み、口を潤すためにお茶を含む。


「契約者である私の望みであれば、アスラさんは彼女を処分できる、ということでしょうか」

「そういうこと。だから上っ面の言葉だけでも構わないから、アスラ様は貴方から自分に都合の良い願いを引き出したがる。悪魔的ではあるけれど、それを知りもしない無防備な向日葵さんへ決断を迫るのはフェアじゃないでしょう」


 ヴェロニカは立ち上がるとニッコリ笑顔を浮かべた。


「貴方は自覚がなくとも、彼に大きな影響を与えている。そして彼は時に悪魔として貴方を利用しようとすることもある。この館で貴方が誰より特別であるということは、ゆめゆめお忘れにならないように」


 では、僕もこれで。と言い残し、柔和な魔法使いは先に退室した姿を追い、同じように部屋を後にした。


 取り残されたアスラと向日葵。

 長い話の中、気まずさは緩和されたものの、口を開く様子のないアスラへ、最初こそ言葉を待ってみたものの、それに気づいたとて彼からの返答は与えられなかった。


「あなたにとって都合の良い話というわけではなかったのに、止めようとはしませんでしたね」

「嗚呼」

「それは、どうしてか聞いても?」

「それもまたキミとの約束だからだよ」


 少し下がっていた視線がゆっくりと向日葵へ向けられる。そこにはこちらを窺うような、配慮ともいうべき揺らぎがあった。


「そういえば、一度ヴェロニカさんを止めかけた時にどなたかのお名前が出ましたけど、その方ですか?」

「そうとも」


 どこかしょぼくれていたようなアスラは、向日葵の興味、そして言葉が自身へ向けられたことで口角を上げた。


「陽が居たのは五千年ほど前になる。その頃私はキミを見つけたら成人など待たずに連れてきて居たし、こうして丁寧に全てを洗いざらい話すということは、聞かれなければこちらからはわざわざしていなかったのだが、陽は好奇心が強くなんでも知りたがったものだから全ての経緯を話したよ」


「そうしたら」と、アスラは区切る。

 間をおくものだから、向日葵は鸚鵡返しで言葉を促すと、彼はニヤリと笑った。そこで向日葵はハッとして、してやられたと少し恥ずかしくなる。


 先程ヴェロニカに言われた忠告、アスラは彼女から望む言葉を引き出そうと謀略している。

 話を聞いたばかりだというのに、まんまと彼の話に乗せられ、彼の期待通りの反応をしてしまった。無視することもできたのに、根気強く言葉を待つこともできたのに、向日葵は催促してしまったのだ。

 無論、この会話で何がどうなるということはないだろうと思えても、さっきの今で謀られるのは癪だった。

 当のアスラは嬉しそうに続きを口にした。


「私はキミから大層怒られてしまった」

「はあ」

「こっぴどく、これでもかというほど。陽は快活というか豪快というか、破天荒なところがある。ヴィーとはまた違った性質の魔法使いでね、だからこそ見識は広く何にでも興味を示し、理解も早かった。対して良識はあったし、倫理観もある、強く逞しい女性でもあった。言ってしまえば、強引で一方的で不親切な私の言動を、いちいち気に食わないと叱り付け説教を垂れ、時には“あなたみたいな大馬鹿者は痛い思いをしないとわからないでしょう!”などと殴られたこともあった」

「勇猛な方ですね」


 向日葵は感嘆した。

 似た状況に立たされている身として、向日葵ではきっとアスラへはっきりと意を唱えることは出来ないかもしれない。

 実際に、今朝強い姿勢で出られた時、向日葵は竦んでしまっていたから。


 さて、きっとアスラにとってこの話は自身が怒られたほんの少し恥ずかしいエピソードなのだろうが、彼は楽しげに語る。

 それは純粋に、向日葵から警戒されず話をできることを喜んでいるようでもあるし、懐かしい思い出話を披露できているからかもしれない。


「陽は賢く、正しくもあった。自身の死後、私が同じことを繰り返し続けるだろうことを憂いたキミは、私へ盟約を結ばせた。それは後続たるキミへ、私が真摯であることを誓わせるものだ」

「具体的に言ってください」


 淀みなく言葉を促す。この盟約というのは聞き漏らしてはいけない大事なことかもしれない。

 もし仮に、今ので「話した」と言い切られてしまってはまた知らず知らずのうちに不利なことに利用されかねないだろう。


「心配せずとも、私はこの約束を破るつもりはないよ。寧ろ感謝しているほどさ」

「自分の行動を制限するものなのに何故?」

「恋しい人の頼み事は喜んで聴きたくなってしまうものだろう」

「茶化さないでください」

「本心だとも! 私はどうあっても悪魔、人間にはなれない。そこには大きな感覚の違いがある。陽が与えた盟約は、その差異を埋めてくれるものなのさ。さて、具体的に教えて欲しいんだったな、では」


 アスラは咳払いをする。


「一つ、キミを迎えるのはキミが生きる世界で成人を迎えてから。これは未成年を連れてきては親兄弟が心配するということと、判断力のないものを連れてくるものじゃないという理由だ」

「私は未成年ですが?」

「あと二年待つはずだった。何にしても例外はあるさ。エミリオは十三の時海難事故に遭い溺れかけていたから急遽迎え入れ、サンは忌子だと生まれてすぐ火にかけられそうになったため連れてきて此処で育てた」

「ケースバイケースですね」

「その通り」


 アスラは頷いて見せた。


「二つ、連れてきた者へ必ず情報を開示すること。ヴィーがこれに同意して、私の説明が充分かどうかをいつも確認するようになった。理由はまあ……わかるだろう?」

「あなたに都合よく利用されないため、ですね」

「不本意ながらその通りだ。誤解の無いように言っておくけれど、私はキミを害することはないし、キミを利用しようとは思っていないからな」

「ああなるほど」


 向日葵は手を打つ。


「そういうことですね」


 アスラには向日葵を害するつもりは微塵も無い。けれどそれは、悪魔としての基準なのである。

 人間とは異なる価値観や感性を持つのだから、齟齬が生じても仕方がないのだ。

 ヴェロニカはアスラを信頼している様子ではあるけれど、同時にこれを危惧しているに違いない。何にしても、異なる形の歯車を無理やりかちあわせ回し続ければ、いずれ歪ができてしまう。そうなっては傷つくのはお互いなのだ。

 だからこそ、陽が遺した盟約は、その感覚を掴むわかりやすい区分線となっているのだろう。


 そのほかの内容といえば、やれ「夜這いはしてはいけない」だとか「常にそばにいようとしない」だの、嗚呼なんだか当時の気苦労が窺えるようなものばかりだった。お陰様で向日葵はある種、快適かつ安心して過ごすことができている。


「と、いろいろあるが、この条項に沿ってみたら陽の次のキミから嫌われる確率がグッと下がった! 故に私は感謝しているのだよ!」


 そりゃあ禁止されたことを全部しでかしていたのなら、さぞ嫌がられていたことだろう。

 向日葵は少し呆れて息をついてからアスラへ笑みを向けた。

寝不足加速で眠たいです。誤字が増えてたらごめんなさい。

会話劇を描くのは楽しいです。

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