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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
85/102

85.契約満了

 数分前。

 アヤメからメッセージカードを受け取ったアスラは、とうとう向日葵からのサプライズがあるのだと胸を躍らせたものだ。

 どんな企みをしているのかという期待と、待たされている焦ったさを感じながら、カードの筆跡を何度も指でなぞり、彼女の訪れを待った。


 しかし、訪れた彼女は別人の様相で……まるでそう、ソレイユ本人が、向日葵の体を借りてそこにいるかのように感じられて、困惑を禁じ得ないのだ。

 さては何かの降霊術の類を疑いもするが、ソレイユと向日葵の魂は同一であり、そんなことは無意味だ。否、あの情報屋ならなんらかの奇策でもありそうなものだが……。


 なんにせよ、ああいった儀式には大掛かりな準備が要るのが通説で、隠れてこの短期間で準備するのは困難だ。


 で、あるならば、これは向日葵が自身の意思を持って、ソレイユのフリをしているというのが、最も濃厚な線なのだが、彼女がそれをする理由が、まるで見当がつかない。

 なによりも、アスラしか知り得ないソレイユの言を語る目の前の存在に、本当に彼女は向日葵なのかと疑った。


 向日葵なのかソレイユなのか曖昧な少女は、アスラの手を取ると、テラスの席へ小走りで向かう。

 無邪気な様は、記憶に焼き付くソレイユそのものだ。

 懐かしさからか、ごく自然に、アスラは二人分のお茶を手ずから用意した。ソレイユといた頃は、彼が炊事をしていたのだ。


「ありがとうございます、アスラ。ふふっ、あなたのお茶は、いつも美味しいですね」

「はっ。当たり前だろう。優秀な悪魔としての嗜みの一つだ」


 余りにも、ソレイユそっくりの態度に、思わず彼もぶっきらぼうな悪態をついてしまった。

 はたと、向日葵に対してなんて高圧的な態度を取ってしまったのか、と気まずくなる。

 しかし少女は気にした様子はなく、にこやかにお茶を口にしていた。


 かちゃり、と、茶器の擦れる音。

 カップを下ろした少女は(たお)やかに姿勢を正す。


「アスラ」

「……嗚呼」


 聖女と少女、そのどちらへ向けて返したら良いのか決めあぐね、悪魔は短くそう返した。

 彼は仰々しく威張った態度を取ることができず、かと言って、柔らかく紳士的な対応も気恥ずかしい。テーブルへ肘をついて両手を組み、悩ましげな様相で、彼女の言葉を待つことしかできなかった。


「契約を果たせなくて、ごめんなさい」

「……まだ、キミとの契りはある。これから果たしていけばいい」


 彼の声はただの慰めでしかなく、彼自身、すでに諦めているのは火を見るよりも明らかだ。

 アスラは自身の組んだ手をじっと見つめていて、少女が悲しげに微笑んだことには気づかなかった。


「ごめんなさい」

「何故謝る?」

「私は、また、言葉を違えるから」


 アスラが怪訝そうに、少女に目を向けると、そこに悲しみの色はないけれど、申し訳なさそうに、眉を下げた表情がある。

 黙したまま続きを促せば、彼女は語る。


「会談が上手くいったら、そう、約束していたのに……上手く、いかなかったのに、私は、それでもあなたに、どうしても伝えたくて」

「キミは、あの時何を言いかけたんだ?」


 彼はすっかり、目の前の少女をソレイユとして扱った。

 この空間にはもう、向日葵という少女の存在を感じさせるものはない。

 聖女を装った少女は、ゆるく首を振り「違いますね」と自らへ呟く。


「あなたが、今尚、私との契約に縛られているから、“伝えなければいけない”と、思いました」

「どういう意味だ?」


 偽装聖女は立ち上がる。

 悪魔の傍に佇み、彼の手を包んだ。


「世界平和、それがどんなものなのか、あの日、あなたが励ましてくれたから、知る事ができたのです」

「それは……つまり、あの会談が成功していたら、ということか?」

「いいえ」

「ならば、すべての国同士での和平の協定を組むことか?」

「いいえ」

「まさか、人々がそれぞれに平和を願い続けることだ、などと、陳腐な結論ではあるまい? その願いが結果として、争いの種になることもあるというのに!」

「アスラ」


 名前を呼んで、包む手に僅かに力を込めれば、彼は押し黙る。


「人の数だけ、世界があるのです。見え方が違うだけ、と、あなたは笑うかもしれませんね。でも、だとしても、私の見ている世界を、誰かに与えることはできないから……」


 アスラの心がざわつく。

 直感的に、これから彼女は、彼女に見えている世界においての、平和とはなんたるかを伝えようとしていると理解する。

 それが何かは見当がつかないが、それさえわかれば、この契約を、終えることができるのではないかと、光明が差したように思えた。


 しかし、何故だろう。

 喜ばしいことのはずなのに、長い諦観の末、感情が鈍っているのかもしれない。余り、その先の言葉を聞きたいと思えなかったのだ。


 彼の胸中を悟ってか、或いはただ不安そうな彼を安心させるためなのか、少女は屈託ない笑みを向けた。


「アスラの隣に在ることが、私にとって掛け替えのない、平和そのものでした」


 少女は劇場で預かった、全てを終わらせる呪文を唱えた。

 世界から音が消える。


 少女はくらりと立ちくらみをして、なんとかテーブルに手をついて体を支え、続けた。


「契約満了です。今まで、私を助けてくれて、ありがとう、アスラ」


 その言葉を最後に、まるで電源が切れてしまったかのように、向日葵の体は崩れ落ちる。

 アスラが慌ててその体を支えると、眼前に、抜け落ちた“彼女”の魂が滞在していることに気がついた。

 契約満了のため、これはもう、彼のものであり、遠いどこかへ逃げ去ることはない。

 恐る恐る、その輝きに触れれば、かつて感じた痛みは露ほどもなく、“彼女”を表すみたいな、ひだまりのような温もりだけが伝わった。


 ずっと焦がれていた、彼女の魂。

 やっと手に入れたのに、アスラはただ呆然と、その場に立ち尽くすことしかできなくて……。


 腕の中で、眠るかのように事切れた少女の安らかな顔を見つめれば、その造形は、間違いようもないほどに、聖女とは似ても似つかないものなのに、未だアスラは、さっきまで会話をしていた相手が向日葵なのか、ソレイユなのか、判別できなかった。


「……滑稽な話だ。世界中を回って、長い年月をかけて、行き着いた平和の結論が悪魔の隣だっただなんて。本当にキミは予想できないことばかりする」


 それは誰に向けた言葉なのか。

 けれど、悪魔の苦言に答える声は、もうどこにもなかった。

描き終わってたが故にTwitterで未更新分の内容の暴露をしちゃったのでそそくさと更新しました。私は愚かです。

でも生きてるうちに更新できるだけした方がいいなと思いました。

バイバイ、向日葵ちゃん。いい夢見てね。

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