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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
83/102

83.写真撮影

 写真撮影は庭で行った。

 広く明るいと言うこともあるけれど、天気も良かったし、集合写真と言えば、やはり屋外だろう。

 とはいえ、天気はアスラやヴェロニカがいれば思いのままなので、特筆するようなことはないかもしれないけれど。アリオは、主人が写真を撮りたくないあまりに、雨を降らせるんじゃないかと心配した、などと茶化していた。

 梅宮は左足の捻挫がすっかり良くなり、右足はまだギプスが取れないが松葉杖で十分歩けるようだった。一応、ユウキが支えに入れるように撮影場所まで案内したようだ。


 向日葵はアスラが逃げずにやってきたことに敬意を払って、ある種の慰めも込めて彼の手を掴んでやった。そうすると、本当にこの悪魔はわかりやすいもので、すっかり上機嫌である。むしろこの時間を楽しむためならいくらでも写真を撮っても構わないとさえ思っているのだから、現金なものだ。


 向日葵とアスラを中心に、二列ほどで並ぶ。カメラは見慣れた形のもので、定位置に固定したら、遠隔でシャッターを切る。魔法は実に便利だ。

 事前に決めていた合図で声をかけて、三枚ほど撮り終えれば、皆脱力して、レフとヴェロニカが撮れた写真の確認をした。

 集合写真には問題なさそうで、とてもスムーズに終わり、各々が仕事に戻り解散していった。

 後ほど現像して、人数分配ることになっている。


「大したことはなかったな」

「どんな撮影を想像してたんですか……。でも、確かにとてもスムーズでしたね」


 安堵しているアスラに、向日葵がくすりと笑うと、すぐそばから、パシャリ、とシャッター音が響いた。

 不意打ちだったからか、アスラの肩が僅かに跳ねる。


「嗚呼、ご主人様、失礼しました。向日葵様がとてもよい表情でしたので、つい」

「……一声かけてからにし給え」


 写真を撮ったのはレフのようだった。アスラからの叱責に、彼は丁寧に深く頭を下げた。

 しかし、顔を上げてから「お言葉を返しますが」と。


「自然な表情は、声をかけてからでは撮れないものです」

「だとしても、本人の承諾なく勝手に撮るものではないだろう」

「その点は、申し訳ないと思います。ですが、こうした何気ない姿ほど、後から思い返す時に、とても大切なものになると、俺は思います」


 手元のカメラを指で撫でながら、レフは穏やかな微笑を浮かべた。

 悪気があったわけではないことは一目瞭然で、アスラはそれ以上言及することはなく、撮られた向日葵は「変な顔じゃなければいいですよ」と照れ混じりに笑った。

 レフはその顔もまた写真に収める。またしてもびくりとしたアスラへ、申し訳なさそうな苦笑を交え「今ので最後にします」と謝罪した。


 だいぶ気を張って疲れたらしいアスラは、或いはこれ以上揶揄われたくないのか、部屋で休むと言って先に退散してしまったので、向日葵はフェロメナとアヤメに声をかける。


「用意してほしい服があるんです」

「わあ! 向日葵ちゃんが進んでおめかしを希望するなんてー!」

「フェロメナ、少し声のトーン落としてね。アスラさんにサプライズを用意したくて、仮装をしようと思っていて」

「まあ。可愛らしい悪戯の計画ですのね。それで、どのような服を?」

「色は紺青で、襟と袖が白のワンピースです。バックにネイビーのリボンがある感じで」


 事前に描いてきていた絵を渡して、向日葵は色を示した。

 受け取って相槌を打つアヤメの横から、覗き込んだフェロメナが小首を傾げる。


「なんの仮装なんですかぁ?」

「まだ内緒。アスラさんにも言っちゃダメだよ」

「うーん、わかりましたぁ。ご主人様には絶対いいませーん」

「ふふ、(わたくし)も承知致しましたわ。ご指定のお色で仕立てられるよう、生地をご用意しておきますね」

「はい。よろしくお願いします」


 早速に、館で保管されてる布から良い色を探そうと、アヤメとフェロメナも先に屋内へと戻っていった。


 向日葵は天を見上げて、少し散歩でもしようかとぼんやりしていると、鼻をくすぐる煙たい空気がふわりと漂い、思わずその発生源を見る。

 水を得た魚のように、ここ数日で一番晴れやかな様子の梅宮が、しみじみと煙管(きせる)を吹かしていた。

 重度の愛煙者だ。室内でずっと我慢させられていたのだろう。椅子に腰掛けぷかぷかとじっくり煙を堪能している。


 邪魔をしては悪いと思い、踵を返そうとしたところで、梅宮がちょいちょいと、少女を手招きした。祖父の喫茶店で、老人の振りをしていた頃にも見たことがある所作が懐かしく、向日葵は思わず小さく笑った。


「どうかしました?」

「貸しちゃる」


 そう言って梅宮が差し出したのは目薬。

 不審そうに受け取ると、彼はリズミカルに告げる。


「一滴で群青、二滴で藍染、三滴で蒼天。マ、要するに目ぇの色を変える薬じゃ。向日葵ちゃん、カラーコンタクト入れるが怖いかと思ってのう」

「…………なんでわかるんですか」

「かはっ。儂ぁ情報屋がじゃ。情報源は企業秘密じゃ」

「じゃあ、なんで都合よく持ってるんですか」

「儂の目の色も、場所によっちゃあ嫌われちゅうき、こう言う小道具は常備しちゅうがよ。じゃき、貸すだけじゃ。ちゃんと返しに()ぃ」


 なぜここまで親切にしてくれるのかと問いたかったが、向日葵はそうせずに「色々ありがとうございます」とお礼だけを伝えた。

 梅宮はその礼をすまし顔で受け取って、要件は済んだと、今度は追い払うように手をヒラヒラと揺らす。彼はまだ喫煙を続けたいらしく、立ち去る様子がない。

 手短に別れを告げて、向日葵は庭の散歩へと向かった。


 木漏れ日の下を歩き、ゆったりと流れる時間を肌で感じる。

 気がつくといつの間にやら日は傾き、先ほどよりも黄金(こがね)かかった柔らかな光の暖かさを意識しながら、空を仰ぐ。

 そこはまだ青く澄んでいるけれど、じきに茜がさすのだろう。日差しの色が、それを物語っている気がした。


 そろそろ館へ帰ろうかと、来た道とは違うルートで戻っていると、道すがら、木陰に誰かが倒れていた。

 慌てて向日葵が駆け寄ると、倒れていたのはアリオで、意識のある様子に安堵する。倒れるというよりは、寝っ転がっているとか、脱力しているという所だろうか。ようやく兄面をする魔法使いから解放されたから、一人の時間を堪能しているのかもしれない。


 彼女は訪れた少女の存在に気づくと、気だるげに顔を向ける。相当に疲れているのか、無気力な様子であるが、それでも、向日葵を無視せずに声をかけた。


「あなたは決めたのね」

「……はい」

「決めるのが早すぎる。少し前まで悩んでたのに」

「思い切りも大事ですよ」

「自暴自棄じゃなくて?」

「いいえ。ここでやり過ごさず、向き合う自分であってほしいという、私が私自身へ望む意思です」


 アリオは嘲笑する様に、力なく笑う。


「本当に馬鹿な子。私達の問題に、そんな真正面から向き合うことなんてないのに」

「ここに連れて来られた時点で、私ももう無関係ではないですから」

「じゃあ、あなたが好きにするなら、私も私の好きにさせてもらう」

「そうしてください」


 向日葵はアリオへ手を差し伸べた。

 彼女はたじろいで、その意味を瞳だけで問う。

 少女はいつの通りの微笑で答えた。


「そろそろ戻らないと、夕食に遅れますから。一緒に帰りましょう」


 迷いがちに、アリオが向日葵の手を取って立ち上がる。

 繋いだ手は離されず、向日葵が緩くその手を引いた。

 アリオは困り笑いを浮かべ、独りごちる。


「あそこが帰る場所なのね」

次から終章かなと思いつつ。詰め込みたいシーンが結構あるのでちゃんと纏まるか不安です。

向日葵が何をしようとしてるかわかった人には拍手を贈ります。

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