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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
76/102

76.契約交渉

 ドアも窓もない密室。

 さながら拷問部屋とでも言える物々しい“インテリア”は古く、埃を被ったり錆び付いていて、本来の色を窺い知ることは到底できそうもない。

 何者をも拒む扉なき部屋だからこそ、片付ける必要はなかったし、また足を運ぶことになるなどと、想像もしなかった。

 主人は時代遅れの置物が鬱陶しく思い、いい加減に蹴飛ばして部屋の端へ退けた。いくつかは積み上がる瓦礫の山になる。

 中央に四つ足のテーブルだけが残り、塵の積もったその机上は、液体をこぼしたみたいな黒い模様が印象的だ。


 比較的綺麗な壁へ背を預け、アスラは埃っぽさから数回咽せた。

 この部屋には、入り方を知り、入るための手段を持っている者しか立ち入ることはできない。

 嘗て多くの悪徳を閉じ込めた、長らく使われることのなかった秘密の部屋。鍵は館の主人と魔法使いだけが持っているから、住人達の目を盗む場にはもってこいだった。


 唐突。埃がふわりと舞えば、空気の動きが目視できる。

 透明な扉が開け放たれる様な微かな揺らぎ。

 内と外を隔てる膜が一際大きく波打つと、二つの人影が現れた。


「なんちゅう乱暴な道じゃあ」

生憎(あいにく)と、人間用ではないからな」


 下駄を引き摺りながら、情報屋の男はくらりと立ち眩みを起こし、埃まみれのテーブルへ手をついた。

 思わず溢れた出た不満に、悪魔は嘲笑気味に返す。

 アスラの言葉に言い返すだけのゆとりがないのか、彼はこめかみを押さえて息を吐いた。


 情報屋、梅宮林太郎。

 今日は彼との交渉の日だ。


 道案内を終えたヴェロニカは、短く断りを入れて、早々に部屋を後にした。

 不可視の揺らぎが消え失せれば、この場所は、アスラと梅宮だけになる。

 異界渡りの酔いも落ち着いて来たらしい梅宮は、手についた埃を適当に叩き落としながら、部屋を一望して「物騒な部屋じゃあ」と。


「まさか、儂に拷問でもするつもりが?」

「そうしたいのは山々だが、見ての通り古くてまともに使えやしない。単に、お前のような客人に丁度いい応接間というだけさ」

「はあ、物は言いようじゃ」


 調子を取り戻して来たのか、梅宮はくつくつと笑った。


「無駄話はもういいだろう。本題の前に一つ確認しておきたいことがある」

「言うてみ」

「この件に向日葵は無関係だと捉えて、差し支えないな?」

「さあ? と、言いたいところじゃが、その通りがよ」

「……一応、念の為言っておくが、私の目を盗み(かどわ)かそうなどとは考えないことだ」

「そんな念押しせんでもわかっちゅうき」


 苦笑混じりに告げながら、懐から煙管へと手を伸ばす。

 そんな梅宮を(みと)めて、アスラが短く「禁煙だ」と。

 梅宮は渋々手を下ろしながら、以前同じ言葉をかけられたことを思い出して失笑した。


「カップル揃って同じこと言いゆうが。お前さんら、よう似合っちゅうのう」

「なんのことだ?」


 少女の言葉を梅雨ほども知らないアスラは、判然とせず不愉快そうに目を細め威嚇するが、当の梅宮は動じない。


「いやなに、嬢ちゃんも旦那と同じこと言っちょったき、ちょっと思い出したがよ」

「……向日葵がそんなことを……ふむ」


 遅れて、先ほどの言葉の意味が、「お似合いのカップルだ」というものであると気がついたアスラは、満更でもない様子。

 梅宮が内心で「チョロいなあ」と思っていると、悪魔ははたと気を取り直し、小さく咳払いをした。


「……出し抜く気がないのならば良い。仮に罠ならこちらも相応の報復を行うまでだ、それだけは努努(ゆめゆめ)忘れないでおき給えよ」

「儂も仕事じゃっただけやき、そういつまでも警戒せんでもらいたいもんじゃ」


 片目を閉じて、梅宮はニヤリと笑む。

 尚も懐を手で探る様をアスラは、節度のないヘビースモーカーだと疎む目を向けたが、彼が涼しげに取り出したのは巻かれた一枚の紙だった。


「心配なら、契約書も持参しちゅうよ」

「随分と周到だが、つまりお前は、一時的な取引ではなく、恒久的な関わりを望むと?」


 悪魔に対して契約を持ち出すのは、アスラにとっては望むところであるとともに、それだけの自負を持つであろう梅宮の行動には、わずかな不信感を抱く。

 梅宮ははらりと巻かれた書類を広げて、文面を示した。


 それは金輪際、聖女の生まれ変わりに関わる件では、館側の意向を尊重することを明示し、ある種の専属諜報員を担う代わりに、梅宮の要望に館の力を貸して欲しい、と言った内容。

 形式は非常に良く整えられており、読みやすくわかりやすい書類だが、適度に抜け道を持たせた言い回し。悪魔のアスラがそれを見落とすわけもないが、この情報屋はそれを見越してこのゆとりを持たせているように思えて、却ってこの契約が心から望むものであるという信用が持てた。


「悪魔との契約が何を意味するのか、知らないわけではないだろう?」

「じゃき、旦那を選んで持ちかけちょるんよ。儂の魂なんて一切合切興味なんて無いのわかっちゅうきのう」

「嗚呼、お前のような()()()()()()()()()()、食せと言われても願い下げだ」


 アスラの侮蔑(ぶべつ)に、梅宮は「やはり」と含みを持った苦笑をこぼした。

 確証のなかった相手にタダで情報を渡してしまったことに気づき、悪魔としては面白くない気持ちになったが、アスラは興味のない素振りをしてみせる。


「魂よりも価値ある情報を提供するとあるが、ふん、随分と大きく出たものだな」

「価値っちゅーもんは人それぞれじゃきのう。もし内容に納得いかんくなったら、そん時は契約解除してくれて構わんがよ」

「合意なくとも、どちらか一方が解除の意向を相手へ示せば良い、という点は気に入った。思うところはあるが、契約書に関してはまあいいだろう」


 アスラは受け取った書類をテーブルへと広げる。

 直前に魔力で埃を払い落としたので、もうチリが飛ぶことはない。

 書類に手をついたまま、アスラは梅宮へ本来の要件を促すように、わずかに揺らぐ視線を投げた。

 その目に気づき、梅宮が「嗚呼」と。


「この場を設けてくれた駄賃に、儂の誠意として、嬢ちゃんの秘密を教えるがじゃ」


 アスラの意図はそれではなかったので、はぐらかされたような不快感を覚えるも、とはいえ興味深い話を出されたことでその言及はしなかった。

 ただ小馬鹿にする様に「随分と気前がいい」と悪態をつく。

 梅宮は再び「誠意じゃき」と笑った。


「これじゃ」


 新たに取り出したのは、開封済みの手紙。

 梅宮は付け加えるように「持ち出し許可はとっちゅうが」とぼやく。

 卓上へ乱雑に投げ置かれ、触れることなくアスラはその文面を見下ろした。


「これはなんだ?」

「嬢ちゃんから家族への手紙」

「なぜこんなものが……」


 言いかけて気づく。

 引き攣った表情のアスラを認めて、梅宮はニヤリと、まるで悪魔のように笑って見せた。


「秘密が無いなら作っちゃればいいがよ」

「こんな芸当、霊とやらを操れるお前にしかできないだろうな」

「賢い旦那なら、この技を制御できた方が得っちゅうこともよう分かるじゃろう?」

「……(がえ)んずるほかあるまい。どうやらお前との対立は、無意味どころか損失の方が大きそうだからな」


 諦めの息を吐き、アスラは渋々、契約書へと血判を押す。

 悪魔離れしていても、こういう時無闇に名前を書かないあたりは、実に悪魔らしいと思えて、梅宮も気の抜けた笑みをこぼした。

 そうして、捺印を終えた悪魔に倣って、梅宮もまた血判を押す。

 契約書の原本を筒状に丸めて、梅宮が懐に仕舞い、いつの間にやらそこにあった複製の書類を、アスラに差し出した。


「ほんなら、これで契約成立っちゅうことで。今後ともご贔屓に」

「チッ。いつまでもお前の要件に付き合う気はない。いい加減お前の要求を言い給え、二日で終わらせる」

「くくっ……それ、嬢ちゃんとの休日じゃからがじゃ?」

「予定が把握されているのは忌々しいが、わかっているならば結構だ、これ以上私を煩わせるな」


 高圧的に吐き捨てるアスラへ、「くくく」と笑みを零しながら、梅宮は「善処する」と口をついた。

精神的に参りすぎて風邪を引いて寝込んでやろうと画策して大雨の中を傘を刺さずに一時間くらい駆け回ったんですが、びっくりするぐらい元気です!馬鹿は風邪ひかないというのは真実かもしれませんね。

そんなストレス発散に、とうとう某スイッチを入手して某イカちゃん3をお迎えしました。どハマり中です。私はボールディー。


ところで私は難しい漢字を使いたがる心が中学生なので、最近はルビ機能をふんだんに取り入れてみてます。読みやすくなってたら嬉しいです。

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