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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
75/102

75.あなたの欠片を拾い集めて

 ついに訪れたアスラとの授業の日。

 朝食を終えた二人は今、向日葵の部屋で向かい合って席に着いている。

 卓上には湯気のたった珈琲が二つ、中央には焼き菓子の並べられた皿があり、授業というよりも、お茶会が始まりそうな様相だ。

 何をするのか定かではないためか、向日葵の服装は、身軽とまではいえないが昨日よりも動きやすいもので、慎ましくも凛とした雰囲気が彼女によく似合っていた。


 アスラが珈琲に口をつけて、ふっと笑みを溢す。

 要件はどうあれ、二人で過ごせる時間を堪能しているのがよくわかった。

 それは彼からすれば、もうすぐ煩わしい用事を熟さなければならないから、今のうちに愛しい時間を感じておきたい気持ちの表れだったが、少女の方は知る由もなく、相変わらず大袈裟だと思った。


「さて、流石にもう話してくれてもいいんじゃないかな、向日葵?」


「この時間も名残惜しいが」と、アスラは付け加えた。

 向日葵もまた「長引いて補習になるのは私も嫌ですからね」とこぼして、珈琲を一口飲んだ。

 内心、向日葵が何を知りたがっているのか、気になって仕方がないアスラは、体裁だけ落ち着いているように見せているだけで、改めて催促する。


「嗚呼、そうだろう。それで? キミは私から何を教わりたいんだい?」

「……私が聞きたいのは」


 一瞬の間。

 直接的に言って良いかを悩んで、けれど、変に遠回りする必要もない。

 手にしたカップを卓に置き、背筋を伸ばして真っ直ぐにアスラを見つめた。


「“世界平和”とはなんだと思いますか?」


 ピタリ、と凍りついたように空気が変わる。

 嘗ても愛した聖女から、よく似た質問をされたことを刹那に想起して、彼はただ息を呑んだ。そのままソファに沈み込むように背をもたれ、何もない天井を仰ぐ。片手で顔を覆い、深く息をついた。


「何故、そんなことを聞く?」

「そんなこと、ではないでしょう。契約内容をただ確認しているだけですよ」

「無意味だ」

「それこそ、何故?」

「…………そんな願い、叶うはずがないだろう。どれだけ世界が広いと思う?」

「昨日習いました。想像もできないくらい多く、広いんでしょうね」

「そうとも。閉じられた世界しか知らなかった頃とは違う。知ってしまった以上、知らない頃には戻れやしない。果てしない全てを平和になどと、どんな奇跡を持ってしても無理だろうさ」

「だから諦めているんですね」

「…………はあ、なればこそ、再び問おう。どうして、それを知りたがる?」


 姿勢を正し、座り直したアスラ。今度は彼が、向日葵を真っ直ぐに見つめる。

 そこには困惑を滲ませながらも、見定める様な繊細さがあった。


「……全ての始まりである契約が“世界平和を為す”ことです。ならば、発端であるそれは、どんな結果を願って交わされたものなのでしょうか?」

「さあ? 悪魔の私が、平和がなんたるかなど知りはしないさ。……だが、ソレイユの経緯を思えばそれは、あの国で自らと同じ痛みを抱くものが現れないことを意味していたのかもしれないな」


 独り言つように付け加えられた言葉に、向日葵は微笑をこぼした。

 アスラは怪訝そうに眉を寄せる。


「そういう話をしたいんです。言ったでしょう? あなたが答えを持っていないなら、その時は一緒に考えましょうって」

「嗚呼、本当にキミは……やれやれ、最初から答えられないとわかっての質問だなんて、意地が悪いんじゃないかな?」


 脱力してアスラは珈琲を口にする。

 向日葵もまた空気が変わったことを察して、クッキーへ手を伸ばした。

 お菓子を口に運ぶ少女へ、アスラは「ところで」と。


「結局、その質問の意図は教えてくれないのだな?」


 口にしたお菓子を、珈琲で流し込んだ向日葵は動じない。

 ただ少し、言葉に迷うふうに「うーん」と唸り声を上げた。


「はぐらかしたつもりはないですよ。なんと言ったら良いか難しいですが」

「幾らでも待つから、言ってごらん」

「なら、今はまだ」

「む。それをはぐらかすというのではないかい?」

「でも、幾らでも待ってくれるんでしょう?」

「いや、まあ、それは……そうだが」


 抜け道を探したアスラだったが、すぐに諦めて苦笑する。

 渋々という様に「いずれ話してくれるのだろう?」と。


「もしかしたら、私の口から言うまでもないかもしれません」


 少女は伏し目がちに微笑んだ。

 その姿は、絵画の様に美しかった。

 悪魔はその様を正面から直視して、ただ、愛おしさともどかしさを抱く。

 唐突に含みを纏った彼女の言動は、ひどく魅力的だった。


「……いつになろうと、キミが私に教えてくれる意志があるなら、それで十分だ」


 月の瞳を細めて、アスラも微笑む。

 慈しみを多大に含んだ、少し熱っぽい視線を受けて、向日葵はほんの僅かにたじろいで、微かに耳が熱くなるのを感じた。

 意識していることを気取られない様に、何食わぬ顔で珈琲を口にして、少女は「それでは」と切り出す。


「一緒に考えていきましょう。世界平和とは一体なんなのか」

「キミが望むなら、納得の行くまで付き合おう」

「でしたらまずは、分解して考えてみましょうか」


 アスラは足を組み、思案するそぶりを取りながら、興味深そうに向日葵へ「ふむ」と相槌を打つ。


「世界とは何を指していて、平和とはどんなものなのか。その為には、ソレイユさんがどんな人なのかを知る必要がありますね」

「つまり、私達の昔話を聞きたいと?」


 向日葵は頷いてみせた。

 思い出話をできるのはアスラとて(やぶさ)かではないが、あまりにも真っ直ぐに強い関心を寄せられて、少しだけ面映い。向日葵からこうして熱心な視線を向けられることはあまりないので、仕方がないのかもしれない。

 彼は咳払いをしてから気を取り直す。


「なら、そうだな、何から話そうか」


 そう言って思い出を取り出す悪魔の表情は、とても穏やかで、眼前の少女に向けるものとよく似ているけれど、それよりももっと、特別な色。

 その僅かな差異を確かに見つけて、向日葵は寂寞(せきばく)と微笑んだ。

サブタイトル決めるのが下手すぎて泣きそうです!

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