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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
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74.朋有り遠方より来る

「それで、初講義の感想はどうかな、向日葵」

「とっても有意義でしたよ。自分の身に降りかかったことがどういう仕組みだったのか、少しわかった気がします」

「充実していたようで何より。明日もそう思ってもらえたら嬉しいものだが、矢張り何を教わりたいかまだ話してはくれないのだろう?」


 先に昼食を終えたアスラの投げかけに、最後の一口を飲み込んだ向日葵は微笑を返す。

 珍しくアリオも昼食を共に囲っていて、彼女は二人の会話に耳を傾けながらも、割り込むことなくゆっくりと食事を口に運んでいた。


「ご馳走様でした。私は部屋に戻りますね」

「自習かな。精が出るな」

「ヴェロニカさんが戻るまでに、読めるところまで読んでおきたいですからね」


 向日葵が短く別れを告げて部屋を出れば、続くようにアリオが「ご馳走様でした」と食事を終える。

 アスラから注がれている威圧的な視線に、下僕の女は息を吐いた。


「着いていけばいいんでしょう。そんな睨まなくてもわかってるわよ……」

「その調子で、秘密を聞き出す気はあるのか?」

「ないですよ。それは”ついで“なんでしょ? やるだけやってみますけど、そこまで上手くやれるとは思わないでください」


 アリオは自らの主人へ憎々しげに吐き捨てると、ダイニングを後にした。そのまま向日葵の寝室へと向かった。


 その後、どうやって声をかければいいのかわからなかったアリオは、向日葵に気づかれないように、彼女のそばに潜むことしか出来ず、部屋の前を、足音が立たぬようそろりと、けれど何度も行ったり来たりして、無為に時間を過ごすのだ。

 夕食時にたまたま居合わせた風を装って、やっと声をかけることができる。

 とはいえ、言葉はそれっきり。

 道中は沈黙のまま、互いの足音だけが響く。


 向日葵は特別、居心地が悪くはなかったが、アリオの様子を伺って見て、何か用事でもあるのだろうか、と思って少しだけ身構える。

 とはいえアリオの方は、藪から棒に「何か隠し事してない?」などと詰めれるほど、無遠慮ではない。

 あっという間にダイニングへとたどり着けば、アスラに迎え入れられて、それぞれ席に着いた。

 皆で集まる夕食だと言うのに、ヴェロニカが見当たらず不思議に思う向日葵へ、アスラが言う。


「ヴィーは暫く戻ってこないだろうさ」

「授業の準備って、そんなに時間がかかるものですか?」

「どうかな。奴がどういう準備をしているのかまでは、私も知らないからな」


 事もなげに告げたアスラに、向日葵は「ふーん」と淡白な相槌を打った。

 実際に、どれほどの準備が必要になるのかなんて分かりっこない少女には「そう言うものなのか」と現状を飲み込むことしかできないのだ。


 それから矢張り、悪魔と少女の二人だけで取り止めもない話をしながら食事を済ませる。

 アスラの「部屋まで送ろう」という誘いを断り、向日葵はアリオへと、同伴を乞う声をかけた。

 アリオは目を丸くして、首を傾げる。


「どうして?」

「少し聞きたいことがありまして」

「……何?」


 向日葵を盗られたような心地で、しかし秘密を聞き出すことを思えば交流も致し方ない、そんな複雑さの混じるアスラへと、アリオは微かに目を向けて、今この場で用件を聞こうと促した。

 だが、向日葵もまた一瞬、アスラへと視線を投げると、すぐアリオへ向き直る。


「歩きながら話しませんか?」

「いいけど」

「それじゃあ、アスラさん、おやすみなさい」

「……嗚呼、おやすみ。明日を楽しみにしているよ」


 向日葵から笑顔で別れを告げられて仕舞えば、アスラが割り入る余地もない。心底残念そうに彼は苦笑して、ダイニングを出た二人を見送った。気を利かせて、しばらくダイニングに留まるらしい。


 少し歩いたところで、アリオは「それで」と切り出す。


「聞きたいことって?」

「うーんと、ひょっとして、私に何か用事があったのかなって思って」

「っ……なんで」

「なんとなくそんな気がしたといいますか……食前に会った時、何か言いたそうに見えたので。あ、思い過ごしだったらごめんなさい」


 向日葵は、自分の部屋ではなくアリオの部屋に向かう道を選んだ。自分が連れてきた手前、部屋まで送ろうと思ったのだ。

 しかし、当のアリオは分かれ道で足を止める。

 気がついた向日葵は、振り返り、距離を縮めることなく、首を傾げて見せた。


「あ、あなた、」


 言葉に悩み、詰まる。

 投げかけられた少女は急かすことなく、静寂の中、紡がれる声を待っていた。


「私たち……アスラ様に、何か隠し事してるでしょう?」


 語気が強くなり、鋭く尖った目を向けてしまった。アリオは思いがけず猜疑(さいぎ)的な態度を示してしまったことで、暗然(あんぜん)として視線を落とした。


 脅迫と捉えられていたらどうしよう。そんな意図はなかったのに。

 アリオの中で渦巻く不安とは裏腹に、向日葵の声は、()くも玲瓏(れいろう)に響いた。


「それは、まあ。隠し事の一つや二つありますよ」

「は……?」


 呆気にとられているアリオへ、向日葵は微笑を向ける。それはどこか、彼女たちにとって懐かしい色を含んでいた。


「例え親しい間だとしても、全てを曝け出すことなんてそうないですよ」

「……はっ」


 失笑が漏れれば、アリオ自身もようやく思考が追いついて肩の荷が降りたようにさっぱりとした表情に変わった。

 だから向日葵は、彼女へ歩み寄って「もしかして」と。


「アスラさんに言われたんですか? 私のこと聞いてこいって」

「わかる?」

「ふふ、そうじゃなきゃ、アリオさんがそんなこと気にするとは思えませんからね。さっきアスラさんがやけに早く引き下がったのも変ですし」

「そう。本当に参ったわ、あの陰険悪魔ときたら……」


 悪態を突きながらも、アリオはクスリと笑った。

 向日葵の手を柔く掴むと、そのまま手を引いて、少女の部屋の方向へと、彼女は導き歩き出す。


「部屋まで送る。あなたを一人で帰したなんて知れたら、また機嫌を損ねそうだからね」

「そうですか。ではお言葉に甘えて」


 二人の間には、やはり会話はあまり続かなかったけれど、今はもう言葉がなくても居心地は悪くなかった。

 程なく向日葵の寝室へとたどり着けば、別れ際にアリオが「またね」と言う。

 鸚鵡(おうむ)返しに「また」と告げながら、向日葵は彼女が、また一緒に過ごしてくれる気持ちがあるのだろうことに気がついた。


 離れていく背中を見送りながら、恣意(しい)的にその後ろ姿へと、再び向日葵は投げかける。


「次は隠し事についてお話ししますね」


 彼女は一旦歩みを止めて、振り返ろうとしたけれど、結局顔が合わさることはなくすぐに前を向く。

 ヒラヒラと片手を振って見せて、靴音を響かせながら、アリオははけて行った。

アスラの話になる前にアリオの話が挟まりました。

今度こそ、次回、アスラの授業!


ところで最近、学生時代から聞いていたアーティストがラストアルバムを出して解散ライブをしました。

清々しい結末を見届けられてよかった反面、もう新しい曲を聴くことはないんだろうという寂しさもあり、不思議な気持ちです。

しかし、旋律は私の中にあり、いつまでも響き続けています。創作というものはどれもが同じく、誰かの内に居座り、連なる物語を時に読み返したりして、残光を与え続けるものなのでしょうね。

私の綴る物語も、誰かの心に居場所を与えてもらえていたら嬉しい限りです。

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