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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
72/102

72.議論

「どうしてアリオもここに来た?」

「それはこっちが聞きたいくらいです。というか、私はこれを運んできただけなんですけど」


 呆れたような二人の視線が、アリオへ覆い被さっている青年に向けられる。


 翌朝、食事を終えた頃にヴェロニカの帰還を察知したアスラだったが、いくら待てども報告に来ない。

 何か手間取っているのだろうか、などと不思議に思っていた所、この状態のままのヴェロニカをアリオが運んで訪れたのだ。


「ご、ごめんよ……、どうしてもアリオがいないと不安でたまらなくて……。ええと、報告はしないといけないね。そう、だからついてきてもらったんです」


 アリオはヴェロニカを引き剥がすと、その背を押してアスラへと向かうように立たせる。


「話終わるまで待っててあげるから、報告くらいちゃんと自分でしなさい」

「うぅ……嗚呼うん、ありがとうアリオ」


 深刻なまでに消耗している魔法使いの様子に、流石のアリオも気を使う。

 あまりの様相に、アスラはただ「何があった?」と問う。

 ヴェロニカが何も持っていない手を持ち上げると、ふっとそこに水筒が現れ、それを差し出した。


「先程、お茶を淹れてきました」

「ふん……なるほどな」


 それはいつぞや向日葵にも飲ませたことのある魔法の紅茶だ。

 ヴェロニカの見聞きした記憶を含有し、飲んだものにその記憶を追体験させるもの。

 口頭での説明が困難と感じたのか、或いはこの方が手っ取り早いからか、その両方かもしれない。

 報告が遅れたのはつまりそういう理由だったのだろう。


 アスラは迷いなくそれを口にして、吟味(ぎんみ)するように記憶を覗き見る。

 その間にアリオがなんとなしに「私も飲みたい」と言うけれど、ヴェロニカは彼女の肩へ手を置いて「絶対に駄目」と強く言いつけた。


「何があったのか、少しくらい教えてくれてもいいじゃない。あなたの介護をするのは私なんだから」

「アリオが見るようなものじゃないよ」

「飲みたいなら残りをくれてやる」


 ヴェロニカの言葉に被さるように、アスラが言う。

 伏せていた目を上げた彼が水筒をアリオへ差し出したら、ヴェロニカの腕をすり抜けた彼女はそれを受け取り速やかに口に流し込んだ。


「あっ! ちょっと、アスラ様!」

「ただ話を聞いていただけの内容だろう、嫌がる要素が見当たらない」

「妹に記憶を見られるなんて恥ずかしいじゃないですか!」

「妹じゃないんだから問題ないでしょ」


 目を伏せたアリオの呟きに、ヴェロニカは「僕にとっては家族も同然だよ……」と、彼女を後ろから抱き寄せる。

アリオはわずかに眉間に皺を寄せたが、ヴェロニカの記憶の味に触れているため、その腕から抜け出そうとはしなかった。


「最後、不自然な記憶の途切れはなんだ?」


 アスラの指摘に、魔法使いの表情は暗い影を増す。


「……見るべきでないものを見てしまった感覚があります。すぐに魔法で記憶から消したので、その空白かと」

「話の流れからして、幽霊でも見た?」


 アリオはヴェロニカの腕から逃れ出ようと腕に手を添えながら尋ね、彼は切れの悪い唸り声を上げながら、彼女の手を掴み縋るように力を込めた。

 そしてか細い声が漏れ出る。


「思い出したくない」

「ああ、そう」

「しゃっきりしろ。会話からして、お前が見たのはおそらく奴の言う魂のない霊とやらの可能性が高い。何かしら見たと言うならば、そういう存在が居るといえるだろう?」

「精神攻撃を受けた可能性は?」

「あの人が僕を攻撃する理由がないよ、アリオ」

「取引というのも嘘ではなさそうだな……。ふむ、ならば、」


 アスラは思案するような間を置いて呟き、言葉を区切る。

 アリオにはもちろん、疲弊したヴェロニカでさえ、続きの言葉は容易に予想できた。


「向日葵の秘密とやらは興味深いな」


 アリオは小馬鹿にしたような失笑をこぼし、ヴェロニカはため息をついた。

「でしょうね」という一言だけがユニゾンする。


「適当言ってるだけじゃないの?」

「情報屋を名乗ってる以上、一定の信頼は持てるんじゃないかな……。それに不可視の存在と交流できているなら、情報量は申し分ないはず」


 二人の小言をよそに、アスラはソファーに腰掛ける。

 足を組み暗い微笑を(たた)えて思案する様は、何か悪巧みをしているようにさえ見えた。


「自分の知らない秘密を他の男が知っていることが気に入らないんですか?」

「ああ、それもあるな」

「気になるなら本人に聞けばいいんですよ。あの子はここにいるんだから」


 アスラは食い下がるアリオへ鬱陶しそうに目を細めた。が、それは刹那的で、本当に悪戯でも思いついたみたいにニヤリと口の端をあげて見せる。

 彼の感情が伝わるアリオには、無論その笑みの意味するところが言葉などなくてもわかるだろう。


「提案したのだから、勿論意欲的にそれを果たす助力を買って出てくれるのだろうなぁ、アリオ?」

「前言撤回します。私は関与しません」

「ええと、アスラ様、一体アリオに何を?」


 ヴェロニカが控えめに口を挟む。

 館の主人は実に悪魔らしい笑みを浮かべたままに、自らの考えを披露した。


「私は奴との取引を前向きに検討している。厄介な手合いは目の届くところに置いた方が良いというのもあるが、純粋な取引が行えるならば、悪いことばかりでもないからな」

「取引をするなら、私があの子から秘密を聞き出す必要ないじゃない」

「うーん。それこそ、純粋な取引ができるなら、ですよね、アスラ様」

「その通り、懸念はある」


 彼は腕を組んで、空を睨むように、何もない場所へ鋭い視線を投げる。

 誰もそれを認識できているわけではない、しかし何かを見据えるように。


「取引そのものが、私と彼女を引き離す罠である可能性は否定できない」

「またあの子を拐おうと?」

「仮に取引にそんな思惑がないとしても、アスラ様が向日葵さんのそばを離れる必要性が出るかもしれないね」

「アスラ様がこの館を離れてまでそれに応じる意義があるんですか?」

「私でさえ知覚できない不可視を見る力は看過できるものではない」


「そこで、」と、アスラは逸らしていた視線をアリオへと注ぎ、告げる。


「私が不在の間、向日葵の安全は任せたぞ、アリオ」


 実ににこやかな、されど含みを持った笑みを向けられて、不服そうに顔を顰める彼女へ、主人は畳み掛けるように言葉を重ねてくる。


「嗚呼、勿論、何かあればすぐに対処できるように片時も離れず見守っていてくれ給え。そしてこちらはついでで構わないから、向日葵から(くだん)の秘密とやらを聞き出すように。どのみち提示された報酬の真偽は確かめねばならないからな」

「絶対嫌」

「お前に拒否権があるとでも?」


 冷笑混じりにかけられる圧。

 悪魔に命じられた下僕の女は、苦々しい表情で押し黙るしかない。


「まあまあ、二人とも。僕は(おおむ)ねアスラ様の意向に同意しますが、でも、アリオは何をそんなに嫌がってるのかな?」


 ヴェロニカが膠着(こうちゃく)した場に一石を投じ、諭すように声をかけた。

 アスラは無言のままに、アリオへその問いに答えるよう促してやる。


「……正直に言えば、私はあの子が苦手です。あまり顔を合わせたくないし、話したいこともない」

「お前が彼女の生まれ変りを(いと)うのはいつものことだろう。いい加減腹を決めろ」

「一番癪なのはそうやってアスラ様から命じられることです」

「生意気な小娘め。未だに自分の立場がわかっていないようだな」


 両者の間に火花が散っている様が目に見えるようで、魔法使いは引き攣った笑みを浮かべた。


「アリオ、少しだけ考えてみてご覧。もしも向日葵さんに何かあったら、アスラ様は……この館はどうなる?」


 諭すように紡がれる言葉。

 結末の予想はそう難しいものではない。


 業火のように燃え上がる怒りは当て所なく彼の、彼らの胸をただ焼き尽くし、次第に館は悲哀に包まれるだろう。

 悲しみを穿つのは、次への期待を寄せてまた縋るように探る日々。

 終わらない時の流れと同程度に、終わることのない負の連鎖。

 如何にその流動に馴染もうとも、怒りに、悲しみに、喪失に、痛みに、慣れることは適わない。

 だからこそ、今を、この平穏を、大切に守り続けていたいのだ。


 アリオにだってそれは分かりきっていて、俯き翳る表情で口を噤んだ。

 兄と騙る青年は、ふっ、と柔らかな笑みを浮かべて彼女の額に自らの額を押しつけて続ける。


「そんなに重く受け取る必要はないよ。そもそも向日葵さんの身に何かが起こるのは最悪の場合だからね。そうならないように僕がサポートするし、アリオはただ最悪の場合に備えながら彼女の話し相手になってくれればいいんだ」


 そうしてチラリと、ヴェロニカがアスラへ視線をやる。

 音もなく「これでいいでしょう?」と、瞳で物語っていた。

 それを受け取ったアスラは、既にまるで興味がないらしく視線を外し、退屈げに話がまとまるのを待つ。


「さっきも言ったけど、私、あの子と話題なんてない」

「そこは僕に考えがあるから任せて」


 顔を上げて二人は向き合う。

 ヴェロニカの得意げな笑みに、アリオは胡散臭いと言いたげなじっとりとした目を向けた。

 同時に、いつのまにか密着していた状態に気づいた彼女は、ヴェロニカを押し除ける。


「さて、方針をまとめよう」


 アスラが告げる。

 アリオはため息をついて目を伏せた。


「仰せのままに」

「最初から素直に従えばいいものを。……まあいい、彼女のことをくれぐれも頼んだぞ」

「とすれば、取引を受けるんですね」

「久しく使っていない部屋があったな。そこに通してくれ」

「わかりました」

「嗚呼それと、招くのは明々後日(しあさって)以降にするように」


 主人の言葉に、魔法使いはきょとんとした。


「それは、なぜ?」


 こともなげにアスラは返す。


「明後日には向日葵との特別な予定があるからさ」


 堅苦しさは一変して軽やかで滑らかな一言に、ヴェロニカもアリオも呆れて脱力してしまったのは言うまでもない。

今日は届いたCDをインポートしながら、アイスルイボスティーの作り置きをして、珈琲豆をハンドミルで挽いて、ハーブティーを飲んだりなどしながら、好きな小説を読み返していたら時間があっという間に過ぎてしまいました。

ところでお茶だらけですね。

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