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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第四章 フィアレス
70/102

70.無感情な肝試し

 星の綺麗な夜。

 一番星の輝く頃より、空が白むまでの間。

 時に置き去りにされた残骸(ざんがい)、死者の埋葬される場所。

 とある墓地にて。


 月は黒く塗りつぶされ、宵に染まる世界を照らすのは細い星灯りのみだというのに、無数の(むくろ)が眠る(おぞ)ましい地へと呼び出すというのは、《いささ》些か脅かしがすぎるように思う。

 しかもその墓場は、そこに存在することさえ誰の記憶からも忘れられ、長らく手入れがされていない。

 鬱蒼(うっそう)と茂った雑草が至る所から生えていて、草をかき分けてようやく墓石の名を拝める程に雑然。墓地を囲うように植る木は、不気味さを演出する為に用意されたみたいに、枝が枝垂(しだ)れこの場所の重力を増長させているようだった。


 とはいえ、手紙の送り主はもちろん、招待客とて霊に怯えるような繊細さは持ち合わせていない。むしろ死者の方にこそ馴染みがあり過ぎて、生者と大差など感じられようはずもない。


 ふわりと煙が漂い揺れる。

 線香ではないその匂いには覚えがあり、遣いの青年はため息を吐いて、自らの内にまじないをかけた。

 そうすることで、憂鬱な気持ちを取り払い、ただ事務的に対応できるだろうから。


 余計な心を削ぎ落とした淡白な声音で、ヴェロニカは告げる。


主人(あるじ)に代わり要件を聞きに来ました」


 こうべを垂れる木の枝の影に紛れるようにひっそりと佇んでいた壮年の男は、ふうっと煙を含んだ息を吐く。


「旦那はやっぱり来がんか」


 (なま)り混じりの言葉とともに下駄を引き摺る音がして、星灯りに照らされるのは真っ黒い外套(がいとう)を纏った情報屋の姿だった。


 梅宮の赤い片目が不気味に揺らぎ、ヴェロニカを射る。

 普段ならばこの演出過多と言える状況にたじろいでしまうだろうが、今の彼はただ自らの役割を果たすだけの傀儡(くぐつ)のようなもので、どこまでも空虚な青い目で迎え入れた。


「我々はこの呼び出しを、脅迫と考えています。もし仮に、手紙に記された通りの対等な取引を望むと言うのであれば、その意思の証明として、この不可解な呼び出しの仕掛けをお教え願いたい」

「お前さん、まるで別人みたいになっちゅーが」

「今の僕はただの代理……話の仲立ちですから」


 置物のように生気を感じられない様子は、この場所が墓場であることを思うと不気味さを増す。

 互いに気味の悪さを纏っていることに梅宮は苦笑し、煙管(きせる)の灰を懐から出した缶へと落とした。


「まあええがよ。種明かしなら何もそう難しいことじゃあないき。ただ、儂の話をお前さんらが信じるかは別じゃが」

「その判断をするのは僕ではなく主人(あるじ)ですので。僕の理解が及ぶかは構わずありのまま話してください」


 梅宮は腕を組み口の端を上げる。


「一つ、先に言っちょくが。仕掛けを知ったところでお前さんらじゃソレの侵入を防ぐことは無理じゃ」


 ヴェロニカは怪訝そうに、言葉なく濁った瞳を細めた。


「単純な話じゃあ。お前さんらの誰にも認識できん存在に、配達して貰っちゅうだけじゃき」

「そんな存在が居ると?」

「認識できんお前さんらに説明しよっても、悪魔の証明みたいなもんじゃ。こればかりは、信じちゅうこと前提で話させてもらうき」

「……では、居ると定義して詳細を聞きましょう」


 ヴェロニカの返答に、梅宮は両目を開けて墓地全体を示すように手を広げて見せる。

 薄く笑みを浮かべながらも、真剣な調子で告げた。


所謂(いわゆる)、霊体。もっと細かく言うなら、幽霊」


 (さなが)ら、この場に集う霊達を仰ぐような調子に、ヴェロニカは訝しみの目を向ける。


「ゴーストの類ならば、こちらでも存在は認識できています」


 とはいえ、ヴェロニカ自身はそれを見たことはほとんどないのだけれど。


 肉体を失いながらも別の器へ至れなかった彷徨える魂が、なんらかの条件下で可視化する存在。通称ゴースト。

 魂を見る目を持つ者には特別な条件がなくても見えるようだが、生憎(あいにく)と、ヴェロニカはそれを見ることができなかった。

 彼の魔法は自身に対して万能だったが、こと魂にまつわる事象への干渉は一度として成功した試しがない。魂へ関わることは、彼の苦手分野なのだ。

 その辺りの扱いは、やはり悪魔というべきか、アスラの十八番(おはこ)である。

 館の住人である死者たちは、全てアスラが見つけた元ゴーストであり、ヴェロニカはそんな彼らに新しい器を(こしら)えているだけに過ぎない。


 故に、ヴェロニカはゴーストそれそのものを見たことはないけれど、存在を認識しているし、ましてや主人(あるじ)のアスラが、忍び込んだソレに気づかないなんてことはまずないのだ。


「見えちゅう物だけ追いかけるがは、視野を狭めちゅうき」


 そう、独り言のような呟きをこぼしてから、片目を閉じて続けた。


「目ぇに見えんモンの事が(おろそ)かになりゆがよ。マ、霊体にも色々居って、魂を伴わんヤツも山ほど居るがじゃ」


「そういう霊は大抵誰にも認知されちょらんが」と付け足して、彼は煙管(きせる)に煙草を詰めた。


「おかしいですね。ソレではまるで、貴方には全て見えているみたいな物言いだ」


 詰められた言葉に、情報屋は言葉に悩むように、むしろ腹を決めるためという方が正しいかもしれない。煙草に火を与えて一服する。


 じっくり吸い込んだ煙を味わい、ゆっくりと吐き出す。

 その佇まいは小粋(こいき)だ。

 両の目を閉じて広がる暗黒の中、梅宮はようやっと「そうじゃのう」と口にした。


「儂ぁ、ちと見え過ぎちょる。霊ならなんでも、そこに魂っちゅうもんがなかろうと見えゆうき」


 魂の有無がわかるということは、彼もまたアスラ同様に、魂を知覚することができる存在であるということ。

 むしろ、それを持たない物ですら見えるのは、アスラ以上のセンスといってもいいのかもしれない。


「魂を持たぬ霊体というのは解せませんが、仮に実在するならば、確かに主人の目を盗むことはできるやもしれませんね」

「そこは、物的証拠がもうあるじゃろうが」

「ああ、失礼。突拍子もないので失念していました」


 ヴェロニカの冷え切った態度に、改めて梅宮は「本当に別人みたいじゃ」と感嘆を漏らした。


 一拍の間。

 梅宮の咳払いで僅かな静寂は裂かれる。


「取引にも関わっちゅーき、特別サービスで教えちゃる」


 煙管(きせる)の灰を落としたら丁寧に懐へ仕舞い、左手で自らの左目を指し示す。

 左目のみ開けられた瞼。瞳は矢張り、赤く妖しく微かな光を反射させている。


「この目では正直、魂はよう見えちょらん」


 彼の瞳は霊と呼ばれる不可視のモノを(あまね)く映すが、魂を見る事には不向きであった。

 とはいえ、まるで見えないわけではなく、ピントの外れたかのように、ぼやけた輪郭しかわからない。肉体という檻の中にあっては見ることも叶わない。ただ、感じることはできる。

 魂を見分けるだけの視力はないが、それが在ることを感じる能力はあったのだ。


 そのことを説明し、梅宮は最後に「取引の仔細は、願わくば旦那と直接話したい」と添えて口を噤んだ。


 このような前置きをするということは、彼が欲しているのは十中八九、アスラの持つ魂を識別する視力だろう。

 これまで一度も、散々館を引っ掻き回した少女の話を持ち出さないあたり、全くの別件であろうことは予想できる。

 となれば、(おおむ)ね知りたかった情報は聞き出せただろう。

 ヴェロニカはこの辺りが引き際かと思い、それ以上を追求することはなかった。


「それを決めるのは主人(あるじ)です。もし主人(あるじ)に応じる意思があるようでしたら、おそらく貴方を館へ招くでしょう」

「ほーが」

「他に言伝がないようで有れば、僕はこれで失礼します」


 切り上げようとするヴェロニカ。

 梅宮は思い出したように短く引き止め、「肝心なことを忘れちょった」と。


「肝心なこと、ですか?」

「儂がお前さんらに提供できる報酬じゃ」

「ああ、うん。なんでしょう」

「旦那に余さず伝えちょき。取引成立の(あかつき)には、」


 一区切り。

 口元に指を立てて、言葉にたっぷりと秘密を含ませてやる。

 ニヤリと怪しげな笑みを浮かべて、梅宮は放った。


「儂が知っちゅう嬢ちゃんの秘密、全部教えちゃる」


「……それは、彼女が何か隠していると言いたいのですか?」

「さあ?」


 先程の怪しい影はサッと引き、にこやかな笑みでとぼけて見せる梅宮。

 これ以上、情報を吐き出すつもりはないのだろうことを悟ったヴェロニカは、無言で(きびす)を返した。


 しかし、ことアスラに対してとんでもないカードを切ってきたものだ。

 否、むしろ十分な釣り餌があるからこそ、交渉を持ちかけられるのだろう。

 ハッタリという可能性も無きにしも(あら)ず。だが、言葉そのものに絶大な威力があるのは明確だった。


 数歩進んで、別れの言葉がまだだったことを思い出したヴェロニカは立ち止まる。

 梅宮は気にしないかもしれないが、主人の代理で来ている以上、不躾な態度は控えなければならない。


 そこで、魔法によって冷静すぎるほど落ち着き払っていたヴェロニカは思った。

 もし、魂を持たない霊がいるならば。

 魂不在のそれならば、ヴェロニカの魔法で見ることが叶うのでは無いか?

 ここは死者の眠る場所。霊の一人や二人いそうなモノだ。


 好奇心に駆られた魔法使いは、振り向き際に自らの瞳に魔法を掛ける。

 不可視を見る目とやらを真似て。


「■■■■■■■■■■■■」

「っ」


 (おぞ)ましいうねりが、言葉にならない奇声を発している。

 それは墓地の至る所に張り付いていたり、(うごめ)いていたり、枝垂(しだ)れた木の枝からぼたぼたと垂れていたり、溶けていたり、気化していたり。

 泥のようであり(すす)のようであり煙のようであり岩のようであり肉片のようである、なんとも形容し難い、酷い塊があちこちにある。

 生理的な嫌悪。

 拭えない不快感。

 霊、などと表現するのは綺麗すぎる。これは、呪いだ。呪いそのものだった。


「どうした、坊主。忘れ物でもしちょったが?」


 まともな精神の人間だったなら、これを見たら芯まで毒されて、気が狂っていたことだろう。

 幸い、ヴェロニカは今心を鈍くさせていたから、ただその気色悪い光景に驚愕するだけにとどまっていた。

 こんなモノを見て育ったというだけで、目の前のなんの変哲もない男が、底の知れない化け物のように思えた。


「いえ。お先に失礼します」


 にこやかな笑みを作りお辞儀をする。

 すぐに魔法を解けば、顔を上げる頃には呪怨(じゅおん)の影は一抹も見えない。

 そのまま何事もなかったというように、改めて(きびす)を返す。


 立ち去りながら、彼は最後の光景を記憶の中から抹消した。

あ〜!参った!何にもやる気が起きません!

そんな感じで、家でゴロゴロしながらぽちぽち続きを書いていました。ちょっと筆が乗ってきたので、この勢いでもうちょっと書けたらいいなあと思いつつ。

他に興味の湧くことに気を取られたらきっとまたスローペースになる気がします。

ちなみに、昨日から新作ゲームを始めました!RPG!しばらく遊んで心を養成させたいと思います!

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