64.リビングデッドフレンズ
「これ全部野菜の種か?」
「どうせなら食べられる方が育て甲斐あるかなあって」
「嗚呼、まあ、わからなくも無い」
呆れられるかと思いきや、ルカは同意を示してくれた。思えば彼も結構な食いしん坊であったのだ。
ルカは「だったらこっちも」と、果物の苗もいくつか紹介してくれる。
柚子や柘榴、梨に林檎。
その中から向日葵が気になり手に取ったのは、葡萄の木だった。
「それも植える?」
「気にはなるんですけど……私に育てられるかどうか不安で……」
「駄目なら駄目でいいじゃん。気楽に決めなよ」
“僕たちも毎日手伝う、大丈夫”
二人に促され、向日葵は少し不安を残したままに「それなら」と葡萄の木を育てることを決意する。
向日葵の庭は畑のような様相で、野菜が植えられた場所と、苗木の並ぶ場所へと分けられた。
木を植えるのはルカがやってくれると言うので、向日葵はダヤンと共に野菜の種を蒔く。植え方はすでにスケッチブックに書いてきたようで、向日葵の気になったことにすぐにページをめくって答えてくれるのだ。
そうして手を動かしながら、この館の昔の話を尋ねると、ルカが答えてくれる。
「なんで人が減ったか? そんなの、多いと管理が面倒だからだよ」
確認のためにダヤンに視線を向ければ、彼は否定とも肯定とも取れない、なんとも言えない表情をした。
いまいちピンときていない向日葵へ、ルカは大きなため息を吐く。
「みんながみんな、ご主人に従順なわけじゃない。数が多ければ見えないところで悪巧みするやつだって出てくるし、喧嘩だって起こる。煩わしかったんだろ」
注釈をしたいのか、ダヤンが指で土の上に文字を書く。土の上故、長い言葉は書けず、一言だけ綴られたものを、向日葵が読み上げた。
「処分された?」
「そう。僕らはもうすでに死んでるから、勝手に死ぬことはないけど、全く終わりがないわけじゃ無い。ご主人の力で動いてるから、ご主人がいらないと思えば処分されるんだ。フェロメナの一件があったでしょ?」
ルカは呆れたように向日葵を横目で見た。
そういえば、館へ来たばかりの時に処分するだのという話をしていた。
色々なことがあって、まだそんなに時間は経ってないはずなのに、随分と昔のことのように思える。
一通り野菜の種は蒔き終わったので、苗を植えているルカの手伝いに移る。
土を掘りながら、ルカは口を開いた。
「中には自分から暇を貰いたいって言う奴もいたけどさ。僕の知る中で最悪だったのはクリスチーナって侍女かな」
名前を挙げたところで、ダヤンはさっと青ざめて大きく首を振る。その話はするな、と言いたげだ。
ルカの方も、よほど印象深かったゆえか口をついてしまったらしく、ハッとして罰が悪そうに口を閉ざす。
二人が揃って語りたがらないその侍女がどんなふうに処分されたのか、向日葵は怖いもの見たさからか、興味が湧いてそれを追求した。
「その、クリスチーナさんが最悪というのは?」
「うっかり口が滑ったけど、あまり聞いてて気分のいい話じゃないよ」
同意を示すためダヤンが何度も頷いている。
向日葵は一瞬たじろぐが、場合によっては自分の周りでも起こるかもしれない、そう考え直すと、やはり詳しく聞いておきたくなった。
今こうして親しくしてくれているダヤンやルカの行く末がそうならないとは限らないから、不安だったのだ。
「それでも、教えて欲しいです。皆さんが最悪どうなってしまうのか」
降ろした苗の根の周りに土を被せ、しっかりと植え終えると、ルカはその場に座り込み手を止めた。
未だ悩み狼狽えるダヤンをよそに、向日葵の真剣な表情を見たルカは告げる。
「聞いた話では、クリスチーナは拷問部屋に入れられて、四肢と頭を切断して体が腐っても、心が壊れるまで、動けないまま放置されたらし……ーっい!? なんだよダヤン!」
言葉の途中で、ダヤンがルカを思い切り殴り飛ばした。
向日葵が聞きたがっているから、と我慢していたダヤンだったが、最後の最後、話に耐えきれなかったのだ。
向日葵はルカの話から「拷問部屋なんてあるんですか……?」と青ざめた様子。
「隠し部屋だからご主人たちしか知らないけど、あるって話だ」
ルカは殴られた場所をさすりながら答えた。
「僕たちはご主人の許可なしで終わることができないから、体の自由を奪われてそれを突きつけられるのは最悪だよ。とんでもなく惨めだ」
「なぜ、その人はそんな事態に?」
ルカはチラリと向日葵を見て、青ざめて震えるダヤンからまた殴られないように彼を蹴飛ばしうつ伏せに地面に倒してから、その上にでんと座る。
もちろんダヤンは暴れているがルカはものともせずに振り回される腕を避けながら話を続けた。
「クリスチーナは当時のオジョーサマの侍女だったんだけど、そのオジョーサマは急にここに攫われて二度と帰れないショックで毎日泣いて閉じこもってたんだ」
クリスチーナは魔法の知識を持っていたものだから、可哀想な彼女へ同情して、元の世界に帰してやろうと画策したという。
「だからそんな目に?」
「まさか!」
少年は苦笑しながら否定した。
下敷きになったままに青年は抵抗を止めるも、複雑な表情でわなわなと震えている。それは恐怖というよりは、やるせなさからくる憤りの方が近いだろう。
「実行したんだ。けど、派手に失敗して、死なせちゃったんだよ」
もぞもぞと文字を書いていたダヤンが、その内容を見せてくれる。
“クリスチーナ自身深く反省していた。ただ、ご主人様は許さなかった”
「そりゃあ、裏切りに加えて一番大事なものを壊したんだから、当然だけどね」
これで話は終わりとばかりに、ルカは立ち上がりパンパンと服についた土埃を払った。未だうつ伏せのダヤンにそれがかかり、彼は不満げに顔を歪める。
そうしてダヤンも重石が無くなったことでよろよろと立ち上がり土を払う。だが払い落とせないほどしっかり汚れてしまっていた。
重い話で吹っ切れたのか、ルカは更に「ジェームズって奴も居たんだけど」と。
ダヤンがむすっとしてルカの口を塞ごうと彼の両頬を抓り引っ張るのだ。側から見れば喧嘩をしているような様子に向日葵は思わず吹き出してしまった。
土いじりしている以上仕方がないけれど、みんな土まみれだ。
話の内容はとんでもないが、なんてことない世間話だと思えば、彼らと友達になれたような気がしてくる。
「ジェームズさんは一体何をしたんです?」
まさか向日葵が更に話を続けると思わなかったのかダヤンが驚きで飛び跳ね、その隙にルカはダヤンから離れるのだ。
「ご主人を差し置いてオジョーサマと恋仲になったのさ!」
「そういうこともあるんですね」
「オジョーサマ方がいる時は、ご主人も体裁があるから余裕ぶってるもんだけど、居亡くなったら即処分されたね。まあ、自分以外に生まれ変わりを待つ男なんて邪魔なだけだもんな」
愉快になってきたのかペラペラと喋るルカ。その言葉が耳に入らぬように、ダヤンは向日葵の方の耳を塞いだ。
向日葵は話の内容よりも、ルカとダヤンの攻防が面白くなりクスクスと笑みをこぼして、言う。
「ルカくんって、ほんとは結構お喋り好きですね?」
ピタリと動きが止まる。
指摘されて、興奮していた自分に気が付いた彼は、恥ずかしそうに咳払いをして、いつもの仏頂面で顔を背け「ダヤンの反応が面白いから喋っちゃうだけだし」と吐き捨てた。
ダヤンはちょっと引き気味にジトッとした目を向ける。
ルカは「ふん」と息を吐いてそっぽを向き如雨露を手にした。
「あとは二人でできるだろ。僕は水汲みに行ってくる」
「うん、わかった」
ルカを見送り、その影が見えなくなると、ダヤンは深く息をついた。
これはおそらくオーバーなリアクションなどではなく、心の底から疲れているに違いない。
「心配しなくても、今の話はアスラさんにしませんよ」
そう告げると、彼は苦笑して小さく首を横に振った。瞳からは、話したければ話して良いという意図が読み取れる。
ダヤンはスケッチブックに文字を書いた。
“ルカは僕が元道化師だから、揶揄って遊ぶんだ”
「ダヤンさん、ピエロをしていたんですか?」
道理で曲芸じみたみのこなしとオーバーなリアクションをするわけだ。
ダヤンはニッコリと頷くので、その経歴を特別悲観していないし、隠しているわけでもなさそうだった。
気になってダヤンのことを聞いてみると、彼は言葉を継ぎ接ぎのように並べていく。
辛うじて読み解ける経歴は、幼少期、故あって攫われた先で、声が煩いからと舌を切除された話から始まる。
以来彼は言葉を紡げない。死後蘇り、回復した今でも、精神的な理由で声を出せなくなってしまったのだ。
行き場を失ったダヤンを拾ったのは、大きな曲芸団。声の出せない彼は道化師としての訓練を積まされたという。
大きな曲芸団とはいえ、そう悪いところではない。ダヤンはそれなりに幸せだった。
ただ、先程ルカがこの館の話をした時にもあったように、大所帯になれば衝突が起きる。
彼の所属する曲芸団は、裏切り者との抗争によって荒れ、その渦中で彼は命を落としてしまったのだと。
“ここで暮らす屍人の多くは、何かしら未練を持っている。死にたくない理由がある。僕は、少しだけでもいいから、穏やかな生活を送ってみたかった”
「ダヤンさん……」
彼は綺麗な顔で微笑む。
その表情から、彼の望みはもう果たされているのだということが窺えた。
彼が生真面目で従順なのは、願いを叶えてくれたことの感謝もあるが、この平穏な場所を守りたい気持ちもあるからなのだろう。
ダヤンは熱心にスケッチブックに書き足す。
“生前、一度家族の元へ帰ろうと、家の前まで行ったことがある。でも僕は帰らなかった”
それは向日葵への同情を含んでいて、緑色の彼の目は暗い色を帯びて僅かに伏せられる。
なぜ? と問いたくなるけれど、向日葵は口を噤んだ。
帰ることで、家族に迷惑をかけてしまう。
彼の詳細を知ることはないだろうが、向日葵にはその事だけはよくわかったから。
そして内心で、ダヤンがこうして気分転換を用意してくれた理由がしっくりきた。
正直、昨日の今日で向日葵の憂いを結びつけたとはいえ、彼がここまでする理由はないと思っていたのだ。しかし、似たような気持ちを知るダヤンは放っておけなかったのだろう。
ダヤンのひたむきさに、向日葵は微笑み「今日はありがとうございます」と。
彼はペラペラとスケッチブックをめくり、既に書いてある綺麗な文章を見せる。
それをみた少女は「ええ勿論。とっても楽しめたよ」と頷いた。
水汲みから戻ったルカにも「今日はありがとう」と告げて、そして改めて「これからも一緒にお手入れ、よろしくお願いします」と向日葵は頭を下げる。
ダヤンは笑顔で、ルカは渋々というように、少女の笑みに頷きを返した。
庭の柚子の木がすごい茂っていたので最近切ったのですが途端に景観が物寂しくなりました。




