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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第三章 hide-and-seek
61/102

61.“宝物を見つけたの”

 魔法使いの青年が情報屋と会っている頃、館にも勿論、朝が訪れていた。


 いつもと異なる寝心地に、明け方、早い時間に目覚めた向日葵は、いつの間にか悪魔の腕に抱かれていることに気づき息を飲んだ。

 目覚めてすぐに、心臓に悪い。


 悪魔は夢を見ないと言っていたが、眼前で目を閉じて寝息を立てている彼が見ているのは、果たして暗闇だけなのだろうか?

 思えばアスラの眠っているところは初めて見るし、大人しい様子などまるで想像もつかなかったため、向日葵はまじまじと、眠るその様子を腕の中から観察した。


 人間を誘惑する悪魔だからこそ、なのだろうか。こうして見ると整った顔をしている。

 癖のある黒髪は夜の闇のように、肌に落ちその色白さを隠して、月の双眸(そうぼう)が閉じられたそれは、新月の眠りだ。

 アスラは夜のようであった。


 彼の腕の中にいると、たとえ今時計の針が朝を指していても、永遠の夜の中にいるように感じられる。

 まだいくらでも眠れる気さえしてしまう。

 起きなければ。そう思った向日葵は一度眼を閉じてから再びゆっくりと開けて、シーツに手をつき上体を起こした。


 抜け出そうとすると、腰に絡まる腕の力が強まりその場に縫いとめられる。

 寝ぼけて抱き枕と勘違いされているのでは無いか? などと横になったままの彼を見下ろすと、パッチリと開けられた瞼から、月色の瞳がじっとこちらを見上げていた。


「おはようございます?」

「もう起きるのか?」

「そのつもりなので放してください」


 言いながら、向日葵は腰を抱くアスラの腕に手を重ねた。

 彼はその手を絡め取ると、空いた手を付き上体を起こす。そして手中に収めた少女の指を撫でながら「おはよう、向日葵」と返した。


 彼が起きると、途端に向日葵の中で恥ずかしさが込み上げてきた。

 (きり)のように曖昧だった意識がはっきりとすると、共に眠ったことが妙な現実味を帯びてきて、なおも撫でられる指の感触から逃れようと手を離す。

 もう随分目は覚めていたが、寝起きを装って眼を擦ることで、顔を背けるのだ。


「ええと、それでは部屋に戻りますね」

「せっかちだな。朝食はここに運ぶように言ってあるから、ゆっくりして行き給え」


 肩を竦めて言うアスラの周到さに、向日葵は両手で顔を覆って呆れたように息をついた。


「それではあまりに自堕落(じだらく)すぎるので、きちんと着替えてダイニングでいただきます」


 そう言ってベッドを抜け出そうとすると、「まあ待て」と肩を抱かれる。


「たまにはいいじゃないか」

「いやに食い下がりますね」

「向日葵とこうして過ごす機会はそうないだろうからな」


 回された腕の力が強まれば、彼の方へと(もた)れるように引き寄せられてしまう。

 向日葵は、彼がこんなだから、自分も妙に無遠慮になってしまうのだ、と昨晩のことを思い出した。

 流されていてはいけない。手を添えて退かそうとしても、どうせこの悪魔はものともせず掴み返してくるし、押しても引いても引き剥がせないだろう。だから向日葵は、肩を抱く腕を摘み捻った。

 すると、痛みからかパッと手が放されるが、彼の表情は痛みよりも驚きというように少女を見さげている。


「機会があるかは、アスラさん次第でしょう。約束は果たしましたから、部屋に戻らせてもらいます」


 逃げるようにそそくさと、寝台を降り地に足をつけた少女は部屋を出る。

 残されたアスラは向日葵の消えた方向をぼんやりと眺めながら、(つね)られた腕を(さす)った。その顔は、捕まえられなかったことを残念そうにしていながらも、とはいえ彼女の普段通りの態度にどこか安心しているようにも見えた。


 その安堵はなにゆえか。

 昨日の今日で、彼女が萎縮して心を閉ざされてしまうのではないか、とも思っていたからかもしれない。

 昨日の向日葵といえば、多少強引なことをしても受け入れてくれたし、添い寝だって了承してくれたものだから。

 従順であるならば、アスラはそれを存分に利用するつもりなので、それならそれで構いはしないのだが。

 向日葵がああして、自らの意思を持った言葉で接してくれることは、やはり嬉しいものなのだ。

 例えそれで彼女を自分の思い通りにできないとしても、然したる問題ではない。


 しかしまあ、誘いを断られたショックも相応に。

 だからこそアスラは、残念そうにホッと胸を撫で下ろすのだった。


 一方、部屋を出た向日葵は、早足で自室へと戻る。

 それは誰ともすれ違いたくなかったからなのだが、決して、寝間着姿を見られたくないから等という可愛らしい理由ではない。

 向日葵は、彼の前ではすっかり隠せていたけれど、ずっと思っていたし、部屋を出たら尚更、じわじわと込み上げてくるのだ。

 それを誰かに、ピタリと当てられたく無くて、或いは名前をつけられたくなくて、落ち着くために部屋へ駆け込んだ。


 すぐに洗面台へと向かい乱暴に顔へ水をかける。洗うためというよりも、一刻も早く熱を取り除きたかった。


 昨晩、寝落ちる直前にアスラに尋ねられた言葉を、夢現(ゆめうつつ)に覚えている。

 ぐるぐると自分でも考えてみるけれど、結局、なぜ自分から口付けをしたのかわからないのだ。


 あの時は腹が立って、カッとなって、手紙を届けてもらうためならばどんな手を使ってでも黙らせるつもりでいて、そう、正にあの時はああすることが最善の選択のように思えた。

 しかし、今にして思えばもっと別のやり方もあったのでは無いかと思ったりする。

 上手く行ったからよかったものの、思わせぶりな態度をとって、かえって不利になることだって想像に容易(たやす)いはずだったのに。


 まあ、上手く行ったのだから、ああすることを選んだ向日葵の直感は間違っていなかっただろう。

 しかし、燃え尽きなかった残り(かす)が妙に気になって、そのしこりは彼女を強く意識させた。

 それが実際に淡いものを秘めているのかいないのかは関係なく、アスラのそばにいるとどうしても意識してしまうのだ。


 (はた)から見れば、まるで恋してるみたいに見えるのかもしれない。それは困る!


 向日葵は気付けに自分の頬をペチンと叩いた。

水分を纏った肌は音を響かせる。

 深呼吸をして気持ちを切り替えて、タオルで水気を拭き取れば、水滴とともに幾許(いくばく)かの憂いも拭えたような気がした。

 そう思い込むことで、平静を取り戻そうとしたのだ。


 髪を解き念入りに櫛を入れて、(もつ)れが目立たなくなる頃には満足して手を止める。

 ドレッサーから適当に服を取り出して着替え、さて、まだ朝食まで時間がある、何をしようか。

 朝早い時間だからか、フェロメナやアヤメも部屋には来ていない。本を読んで待つのでもいいが、もう着替えは済んでしまったし、じっとしている気にはなれなかった。


 ともすれば、向日葵は部屋を後にして館を散策する。

 もうだいぶ馴染んでしまったもので、どこになんの部屋があるのか、館の間取りはよく覚えてしまった。それでも広い館だ、よく行く場所とあまり立ち寄らない場所がある。

 その中で昨日初めて足を運んだ場所。鏡の地下室。向日葵はなんとなくその場所を目指した。


 あの時はアスラの乱入もあり、せっかく初めての場所なのにあまり景観を見れなかったのだ。

 大きな魔法の鏡も実に興味深い。ひょっとしたら、あれを上手く覗き込めば、遠くにいる家族の顔を久しぶりに拝むことができるかもしれない。


 家族の写真など持っていないので、次第に記憶から薄れていく姿を、彼女は憂いた。

 もう会えないかもしれない覚悟はそこそこにある。でも、だからこそ、家族のことを忘れてしまいたくなどなかった。


 階段の裏の隠し扉に手をかけて、不意に振り返り辺りを確認する。

 また急に捕獲されてはたまったものじゃ無い。それに、今は妙に彼を意識してしまうので、そばに来て欲しくなかった。

 誰もいないことを確認してから、地下室へと降りていくと、なんだか冒険をしている気分になり、少しの高揚感がある。


 響く足音、光る鉱石、仄暗い空間。

 ランプを忘れた少女はぼんやりと灯る足元の石を目印の進んでゆく。まるで御伽噺の中のように。

 ずぅっと歩くと、大きな鏡が淡い光を反射しているのが見える。その(ふもと)まで行き表面に触れれば鏡自体が発光するだろう。


 期待に胸を膨らませ、家族の姿を思い描くも、そう簡単にはいかないらしい。

 見ず知らずの景色が映り、時に幻想的な森林であったり、恐ろしい要塞であったり、どこまでも広がる青い空、行き止まりのような墓地だとか、荒れ果てた荒野、黄砂の舞う砂漠、黄金の城、雑居ビル、深海……風が巡るように、鏡は景観を変えてゆく。

 望むものは得られなかったけれど、向日葵は宝物を見つけたような気がした。


 世界の広さを見つめて、興奮し、深く絶望した。

 劇場で観た記憶。あれほど恐ろしいと思ったサン、彼女の気持ちが少しばかりわかったように思う。

 羨望。

 向日葵もまた、外の世界に興味が湧いた。けれど、どこまでも広がる光景を目の当たりにするほどに、自分がどこまでも不自由であることを思い知る。


 少女は摘み取られた花だった。

 枯れ朽ちるまで、この花瓶に飾られているだけの存在。

 飛び立つ羽など持ち合わせていない。


 向日葵はあまりにも眩しすぎるその光景をただじっと、食い入るように眺めて、陽を求めるその名の花が顔を上げるのと同じように、手を伸ばして光の表面へと触れる。

 その向こう側へすり抜けられたらどんなに楽しいだろうか?

 しかし指先に伝わるのは冷たさだけで、その壁を抜けることはなかった。


 視線を背けた先、向日葵はふと気づく。

 鏡の裏にもまだ道がほんの少し続くのだ。

光る鉱石や鏡によって、その先は一層影を増し真っ暗闇で、先へ進むか迷う少女は固唾を飲む。


 けれど、せっかくここまできたのだ。

 向日葵覚悟を決めてさらに奥深くへと、足を踏み入れた。


 その先にあるものを知ることは、後に彼女へある決断をさせる切っ掛けとなるだろう。

 けれどそれは、今ここで語る話では無いのであった。

向日葵ちゃんの心境の変化や、それに伴った今後の向かう先、色々考えたら文章が上手くまとまらなくなってすごくゆっくり考えてましたが、やっと道標が見えた気がします。この地図を頼りに進んでみようと思います。

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