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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第二章 in the Black Theater
51/102

51.幕間二 慈悲深きアンファング

 目覚めれば牢の中、いつ訪れるともしれない処刑の時を待つ。


 悪魔の中でも原初に生まれ、魔王様から直々に作り出された、強大な力を持つ自分が、まさか人間に入れ込んでこんな末路を辿ることになるなんて、と、アスラは自嘲した。


 失敗して、こうなることも予想していたはずなのに、いざそうなってみると覚悟が足りてなかったように思う。

 冷静さを欠いていたことを彼は酷く後悔した。

 せめて、自らを犠牲にしてでも、彼女を神の国の一員にして欲しいと頼んでいれば……。


 けれどすぐに首を振り、起こり得なかった可能性を否定する。

 あの無慈悲な神が、悪魔の頼みなど聞くはずがない。彼女はどうしたって、この国に迎え入れてもらえなかった。

 あれだけの善行を重ねて、人々の心を動かしたというのに、ただ一つ、悪魔の力を借りたというだけで、あの仕打ちだ。

 檻の中のアスラには、その事実がなんだか「お前が契約をしたのが悪いのだ」と自分を責め立てるもののように思えた。

 何もかも失敗して、どうでもいいとさえ感じる。

 このまま殺されてしまうことに、抵抗さえないのだ。


 そこでふと、吹雪の洞窟でのことを思い出した。


「ヴェロニカも、こんな気持ちだったのかもしれないな」


 乾いた笑いを零す。

 一つ思い出してしまうと、そのあと彼女が続けた言葉も全て、一字一句(たが)わずに明瞭に思い出せる。

 すると、今の自分は彼女に怒られてしまうような気がして、自らを奮い立たせた。

 一度きつく目を閉じてから、ぱっちりと開ける。

 すると……。


「おー、お前、今ヴェロニカつったか? んや? 花の名前かもしれないな。それって金髪のにーちゃんの話だったりする?」


 唐突にかけられた軽薄な声に驚き、茫然(ぼうぜん)とその発生源を見る。

 格子の向こうに、青黒いアシンメトリーの髪をした少年が居た。見るからに天使ではない。


「お前は誰だ?」

「ありゃ? 俺ってまだそんなに有名じゃなかったかな? 前に会った悪魔には”伝説の魔法使い!?“って驚かれたもんだけどな〜? ま、いいや、知らないなら構いやしねえよ。うーんそうだなー、もしそのヴェロニカってのが金髪ふわふわヘアーの兄ちゃんなんだとしたら、俺はそいつと同じ出身の魔法使いって所だなー」

「ヴェロニカの知り合い? だが奴の故郷は……いや、そうか、お前が世界を滅ぼした災厄か」

「そうそう、それそれ! でも、災厄っつーのはむず痒いなあ。別の呼び方がいいなあ」


 唸り声が聞こえてきそうなほどわざとらしく、少年は悩む仕草をした。

 そうしていると微かにだが足音が近づいてくる。その主は少年を見つけると「ムラサキ」と呼んだ。


「勝手に何をしている。悪魔騒ぎのせいで我らの予定が狂っているというのに……」

「まーまー、シンくんよぉ、ちょっとくらい城内見学させてくれてもいいじゃねえの。それにこいつ、俺の友達の友達……や? 友達じゃねえな、うーん、知り合いの友達か!」

「ほとんど他人だろうそれは」


 格子の前に、シンと呼ばれた若者が訪れると、アスラは息を飲んだ。

 そして、ムラサキという呼び名にも覚えがある。


「ムラサキとは、もしや神の子が管理する世界を消滅させた挙句、神王に物申して生きて帰ったあの無法者のことか……!? それにあなたは、魔王様の……」


 銀色の髪に金と銀、左右不揃いの目をした若者、シン。

 彼は神の子でありながら、産まれる直前に魔王の血を混ぜられてしまった異端の神だった。

 その存在は悪魔の間でも勿論有名だ。何せ悪魔や魔物の創造主たる魔王の子でもあるのだから。


 シンは悪魔を一瞥(いちべつ)して悪態をついた。


「ああ、全く。この計画は出来るだけ漏らしたくなかったのに、貴様がうろつくせいで檻の中の悪魔とはいえ見つかってしまったではないか」


 言葉は固く厳しく、目も鋭いのだが、彼には神王にない思いやりが感じられるように思う、それは同じ魔の血が流れているからそう感じるのだろうか?

 しかし一応は神の子、神王側であるシンと、その神王に仇為(あだな)した魔法使いのムラサキという異様な取り合わせに、アスラは狼狽(ろうばい)し様子を伺うことしかできない。

 彼の警戒など気にもせず、ムラサキはあっけらかんと言う。


「まあ、ほら。此処で会ったのも何かの縁っつーか、俺、ヴェロニカにはちょっとばかし悪かったなーって気持ちがあるんだよ。昨日会った時に、結局あいつの願いはどれも叶えてやれなかったから、罪滅ぼしもできてねーし」


 シンはやれやれ、と息をついた。


「貴様の気まぐれは治りそうもないな。仕方がない。助けると言うなら、我らの計画の邪魔にならないようにしろ」

「わーってるって。んで、どうよ。お前こっから出たいか?」

「助けてくれるのか?」


 なんとかアスラが絞り出したのは、そんな一言。ムラサキは「お前がそう願うならな」と。


「別に死にたきゃ此処にいればいいさ。だけどあんまりお勧めしねーぜ」

「ふっ……悪魔の願いを叶える人間などとは、ちぐはぐだな」

「お! そーだそーだ! 願いを叶える悪魔が願いを叶えてもらうなんてよ〜なかなかできない経験だ! こりゃあ希少でお得だぜ!」


 失笑したシンへ、ムラサキが戯けたように言う。

 アスラは格子を掴んだ。


「此処から出たい! だが、それだけじゃダメだ……ソレイユを連れて帰らなければ。ヴェロニカとアリオが待っているんだ……!」

「んーと、どう言うことだ?」

「この悪魔が乗り込んだのは、その小娘の魂を取り戻すためだったと聞いた」

「ソレイユって嬢ちゃんは死んじまったのか? んじゃあ魂取り返しても意味なくね?」

「屍人にするのか、はたまた眷属(けんぞく)にするのか。どちらにせようまくいかなかったようだが」

「ああそうだ……。契約があるから此処まで来れた。だがその契約のせいで、彼女に触れることができなかった!」


 アスラは格子を握る手に力を込めた。

 そして、ムラサキへ向けて願う。


「ヴェロニカから聞いた。あなたは死んだ人間を蘇らせられると。罪滅ぼしだと言うならば、どうか私だけでなくソレイユも助けてくれ!」

「悪いけど、それはできない相談だ」

「どうして……!!」


 魔法使いの少年は、魔法で格子を跡形もなく消してしまう。阻むものがなくなったことで、アスラはムラサキへつかみかかった。

 シンはそれを止めずに静観し、ムラサキもまた沈んだ瞳でただ悪魔を映す。


「そりゃあよお、なんでも出来るからって、なんでもやるのかどうかは違うだろ? 大金持ちだからって、豪遊しなきゃいけないわけじゃねえし。旅行に行くからって、必ず全部の乗り物に乗らなきゃいけないわけでもねえ。俺は決めたんだ、ヒトの心を操らない。死んだ奴を悪戯に蘇らせない。ってな」

「説得力が皆無だな」


 シンが鼻で笑うと、ムラサキもケラケラ笑う。


「第一、俺がどうしたいかは俺が決めることだっての。その嬢ちゃんを生き返らせるに足る理由は俺にはねーぜ。罪悪感があるからって、お前らの奴隷になってやる気はさらさないないってな」

「くっ……」


 アスラは少年を掴む手に力が篭るが、すぐに目を伏せ思い留めた。

 息をついて落ち着こうとするアスラへ、シンが注釈する。


「貴様を逃すだけでなくその小娘を蘇らせたりして、我らの邪魔になっては困る……我らはこれ以上、この国での騒ぎを大きくしたくなどないからな」

「その、あなた方の目的はなんなんだ」


 怪訝(けげん)そうに問うアスラに、シンは一拍置いた。


「ある魂の移動と保管。我ら二人以外の誰にも漏らしたくなどなかったのだが、致し方ない。そうだなあ、ムラサキ、蘇らせることは無理でも、代替え案くらいはあるのだろう?」

「ああん? いっぱいありすぎてまよっちまうぜ」


 言葉に、アスラはポカンと口を開ける。


「助けて、くれるのか?」

「下手にうろつかれるより、手綱を握った方が良いに決まっているだろう? 我を誰だと思っている? 神々の中でも運命を司り、操ることを得意とする神ぞ」


 ピシャリ、と告げられた言葉。

 ムラサキが横で口笛を吹いて茶化しているが、それさえも(いと)わない若き神の子は、顎に手を置き考えるそぶりで続ける。


「神々の手が及ばない場所へ追い出すのが良いか。神王に捕まって我らの計画を吐かれても困るからな。貴様、悪魔なら魂が見えるだろう。ならば、陳腐(ちんぷ)な物語に(なら)って、異界で求む魂を探し続ければ良い」

「探す……? どうやって……」

「契約は解いていないのだろう?」

「しかし、まるでどこにあるのか感じられない」

「そりゃお前、お前が思ってる以上に世界は広いし異世界なんて星の数ほどあるんだぜ? 遠くにいっちまったら、携帯電話とおんなじで圏外にもなっちまうだろうよ」

「貴様がその契約を解除しない限り、近くにあれば感じることができるだろう」


 ムラサキは「なら!」と指を鳴らした。


「いい場所あるぜ、俺が前居た別荘地みたいなもんだな。金輪際使う予定も無いから、お前らそこに島流(しまながし)だな!」

流刑(りゅうけい)か。成る程、その体でいこう」


 シンとムラサキが企てたシナリオ。

 アスラにはこの後、ムラサキが鍵を渡した彼の元住処へ行ってもらう。居なくなった悪魔の所在を探すだろう神王へ、シンが個人的に流刑に処したと説明をするそうだ。

 シンの話を神王が信じるかは不安だったが、本人は自らの父を「あれは身内にとことん甘い」と評した。


「俺が大暴れして逃してやるってのもいいと思うんだけどな〜。超ドラマチックじゃん!」

「貴様は口が軽いから黙って後ろで見ていろ」

「へいへい。お前はそれで問題ないか?」

「手立てがあるのならなんでもいい。どうかよろしく頼む」


 アスラは敬意を込めて跪き、二人へこうべを垂れた。

 ふっ、と柔らかく笑むシンと、居心地が悪そうに頬を掻くムラサキ。

 ムラサキはバシバシとアスラの肩を叩き「そういうのいいから!」と顔を上げさせた。


 そして、アスラが顔を上げると魔法使いから額を指で弾かれる。

 痛みに弾かれた場所をさすっていると、妙な感覚がアスラの中に生じた。徐々に、体が、心が軽くなるような感覚に、困惑する。


「今、何を?」

餞別(せんべつ)だ、有り難く受け取っとけ」


 それは、アスラを悪魔のルールをから解き放つ魔法。同時に、これから行く場所において自在に行使できる力を与える魔法。

 アスラはこれから、この、生まれ育ち慣れ親しんだ世界から追い出される。

 戻ることは許されない。

 せめてもの慰みに、今より強い力と、彼を縛る呪縛からの解放を、魔法使いは贈った。


「あ、そうだ。その別荘地、なーんにも無いからお前らで自由に島クリエイトしてくれよ〜。っつうわけで、じゃあな! お前の生に幸あれ!」

「絶対に戻ってくるんじゃ無いぞ、悪魔」


 二人の若者に背を押されると、別れの挨拶も返せぬままに見慣れた景色の場所へ瞬間移動していた。

 おそらく、ムラサキの魔法である。


 そこは、ヴェロニカとアリオを待たせていた場所。

 アスラは、魂を取り戻せなかったことへの若干の後ろめたさを感じながら、仲間のもとへ戻った。

 そしてことの経緯を全て話して、問う。


「私はソレイユを探し続ける。お前達はどうする?」

「姉様にまた会えるなら、協力してあげます……」

「アリオが行くなら僕も行くよ。それに、アスラ様だけじゃ心配だもの」


 その様子をそばで見たヴィクターは、待っている間に心をすっかり入れ替えて、地に頭をつけて「償いにどうか一緒に連れて行ってください」と懇願した。


 こうして、四人は異界へ移り住み、その場所に館を立てて暮らし始めたのだった。


***


 その物語は、今も続いている。

語り部あるところに少年ありみたいな感じがしてくるくらいまたお前かーー!登場するのかーーー!!と思いました。

とうとう回想も終わり劇場とバイバイですね!寂しい!推しの出番終わり!また会う日までさようなら!グッバイ私の推し!そんな感じです。向日葵ちゃんのお話はまだまだ続きます。よろしくね。

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