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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第二章 in the Black Theater
50/102

50.幕間一 酷薄のエンデ

 さて、少女の目覚める終幕へ至る前に、彼女の知り及ばない物語を語ろう。


***


 消息を絶ったヴェロニカを、アスラが見つけ出したのは、会談が行われる日だった。それも、見つけたというよりは、ヴェロニカが(ほとん)ど放心状態でありながらなんとか自力で帰ってきたという方が正しい。

 ソレイユのことも心配だが、ヴェロニカも放って置けない。アスラはアリオへヴェロニカの介抱を任せて、だいぶ遅くはなったがソレイユの様子を見に向かった。


 しかし、待っていたのは暗殺者の凶弾により地に伏した無垢な乙女の姿。

 アスラは自らが彼女へ向けた「キミは無力だ」という言葉を思い出して、これ以上ないであろう悔恨(かいこん)を抱く。

 そう、彼女にはなんの力もないのだから、彼女のそばを離れるべきじゃなかった。

 会談の席に来ていた者は皆、自らの身の安全ばかりを気にして、誰一人、少女の治療に当たろうともしない。


 皆の幸福、世界平和を願った少女の末路が、こんなにも孤独だなんてあんまりじゃないか。


 アスラは冷たくなった身体を抱き揺すり、名を呼ぶ。


「ソレイユ、起きろ。今度こそ水をかけてしまうぞ」


 そう言って、何度も声をかけるのだが、悪魔の目には見えている。もうすでにこの場所に彼女がいないことを。


 少女の傍ら、羽根が落ちていることにアスラは気づく。

 それを指で摘み上げると、ジリジリと焼けるような痛みが伝わり、羽根の方もまた燃えているのか、あるいは互いに互いを汚し合うように、触れた箇所から黒く濁ってゆく。

 悪魔と決して相容れない、反発し合うそれは、天使の羽根。

 アスラには一縷(いちる)の希望が残されていた。


 ソレイユを丁寧に床へ寝かせると、先ほどから物陰に隠れて泣きはらしていた男を捕まえて、冷たい目で見下す。


「ヴィクター、お前何か知ってるだろう?」

「ひっ! ご、ごめ、なさい! お、おおれ……こんなことになるなんて……!!」

「私たちの動向を誰かに流していたことくらい知っている! なぜこんなことをした!」


 ヴィクターは泣きじゃくり、怯えながら全てを話した。


 聖女の側仕えである彼は、自らこそが平和をもたらす英雄になりたがり、それの手伝いをしてやろうという怪しい連中の口車に乗って、ソレイユとその周りの情報を流していた。

 彼が聞かされていたのは、会談中に発生するアクシデントを彼が止めることで、聖女に変わって彼が平和の立役者として署名を行えるように計らうという算段だったが、それは全て彼から情報を仕入れるための方便だった。


「や、奴ら、最初から平和なんて微塵も考えてなかった……! 最初から、こうすることで戦の火種のしようとっ! うぅ……知らなかったんだ……おれも騙されて……うぐ……申し訳、ございません、どうかお許しください……!」

「お前を許して、ソレイユを取り戻せるというなら幾らでもそうするさ……」


 月色の瞳が暗い光を帯び、この矮小(わいしょう)で取るに足らない男を射た。


「私は行くところがある。が、ソレイユの体をお前のような奴に預ける気はない。許されたいならば行動で示せ! 今すぐヴェロニカとアリオを呼んで来い!」


 あまりの迫力に、ヴィクターは悲鳴にも近い返事をして、逃げるように命令に従い走っていった。


 程なくして彼が待ち人を連れてくる。どうやらアスラの感情の変化に気付いたアリオが、未だ万全とは言えないヴェロニカを連れてこちらへ向かっている最中だったらしい。

 ヴェロニカはすでに悪かった顔色をさらに青くして膝を付き、アリオは事態が飲み込めずにソレイユの冷たい手を取った。


「僕が、僕が勝手に居なくならなければ、こんなことには……! どうして、僕はあいつみたいに万能じゃないんだ!!」

「ヴェロニカ、お前も一体何があったんだ」


 アスラは落ち着いた態度で聞く。アリオはそれを冷たく非情だと思った。

「復讐を……」とヴェロニカは呟く。


 彼の故郷を滅ぼした魔法使いを、偶然にも見かけてしまったヴェロニカ。

 なぜ彼は世界を滅ぼしたのかを聞こうと、そして居場所を奪った彼へ報復をしようと、その姿を追い探し続けていたのだと。

 昨日、ようやく対面して言葉を交えて、けれど復讐は失敗して、憎んでいる相手から、惨めにも諭されて、今日、戻ってきた。


 彼が復讐にかまけている内に、彼の新しい居場所は失われてしまっていた。

 滑稽(こっけい)な話だ、とヴェロニカは青ざめたままに自嘲した。

 アスラがそれに言葉を返すことはなかった。


 二人が話している内に、ソレイユの死の事実をようやく飲み込んだアリオは、ボロボロと涙を流し始め、けれど表情は怒りに満ちていた。

 彼女の周りに禍々(まがまが)しい闇が(うごめ)く。魔物の力がざわついているのだ。


「許さない……絶対に許さない……姉様を返して」


 アスラは感情的になり始めたアリオを止めるため、(うごめ)く闇を掴み握り潰した。

 そして静かに皆に問う。


「お前たちも、取り戻したいと思うか?」


 感情を殺した悪魔のささやきに、アリオとヴェロニカは目を丸め、アスラを仰ぎ見た。


「姉様、戻ってくるの!?」

「何か方法が?」

「魂の所在はわかっている。だから私は、迎えにいってくる」

「わ、私も一緒に行きます、アスラ様!」

「僕にできることはありますか?」


 アスラの話に二人は乗り気だった。同志がいてくれたことで、アスラはニヤリと、けれどどこか力なく、暗い笑みを浮かべる。


「魂を入れる器が必要だ。ヴェロニカはソレイユの身体の治療を。アリオは二人を守っていてくれ。あの場所へは私一人で行ったほうがいい……」

「行き先はどこなんですか? もしものことがあれば僕たちも……」

「いや、来るな」


 アスラはキッパリと言う。


「もしも私が戻らなければ、ソレイユを(とむら)ってやってくれ」


 それだけ残して、アスラは消えた。


 向かう先は、人間へ慈愛など持ち合わせていない王が統べる神の国。

 奴らは時折、気まぐれに、尊い魂を選別しては持ち帰り、神の子か、或いは天使の一員として迎え入れるのだ。

 ソレイユの魂は美しい。

 彼女の善行は、確かに神に選ばれるに足るものだ。

 だから悪い扱いは受けていないはず。

 必ず取り返して、またあの日々に戻るのだと、アスラは決意を胸に、決して歓迎されぬだろう敵国へと足を踏み入れた。


 悪魔の持つ邪気が天使にとって毒であるように、神の国を漂う清らかな空気は悪魔には毒だ。長居はできない。

 アスラは見つからないよう物陰に隠れながら、契約の繋がりを頼りに、ソレイユの場所を目指した。

 矢張り間に合わなかったようで、その在処(ありか)はすでに神々が棲まう城の中。警備も厳重な上に神に出会えばまず勝てないため、あの場所へは運ばれる前に取り戻したかったが、そう甘くはなかった。

 それに、神の前にすでに献上されているとすれば、もう時間はない。

 天使や神の子になってしまったら、悪魔のアスラでは到底触れることは叶わないし、そもそも魂が神のお眼鏡にかなわなければ捨てられて、今度こそ所在さえも追えなくなってしまうのだ。


 城に入ったアスラは、隠れることをやめ、少しでも早く見つけるために警備の天使を退けながらソレイユを追う。

 奥へ、奥へ進むほどに、嫌な予感が膨れ上がり、とうとう神の王が座す謁見の間の前まで来てしまった。

 後ろから聞こえる天使たちの声に急かされ、心の準備もままならないけれどアスラは中へ飛び込んだ。


「うん? なんだか騒がしいと思ったけれど、なんだいお前? 悪魔の分際でどうしてこんなところにいるんだい?」


 にこやかだが高圧的に、金の髪に金の双眸を持つ神々の王は、アスラを一瞥(いちべつ)した。

 決して鋭くない瞳は、けれど憎悪を孕んでいて、蛇に睨まれた蛙ような気分を、アスラは味わった。


「神王よ、無礼を承知で頼みがある。その魂を、私に譲って欲しい」

「あはは! 本当に無礼な奴だ! でもいいよ、どうせ捨てるつもりだったから。ほら、どうぞ、お前の最期の晩餐だ、しっかり味わえ」


 そう言って魂を差し出される。

 最期の晩餐。そう言われて、アスラは苦笑し、周りを横目で見た。

 彼を捕らえようと、兵が集まっている。

 どうやら悪魔を生かして帰す気はないらしい。


 アスラは逃げ帰る算段を企てながら「なぜ、捨てる?」と。


「それは確かに、美しく尊く、功績もあるけれど……悪魔と契約するなんて、ろくでなしで汚らわしいよ」


 ソレイユを悪く言われたようで腹が立ったが、それを抑えて「ふん」と息をついた。

 そして、目の前に漂う彼女の魂へ手を伸ばす。

 手にしたら、食べるフリをして手に納め、捕まる前に逃げる。難しいかもしれないが、その覚悟を決めて、愛しい灯火へと触れた。


「っ!?」


 焼ける痛みに、アスラは手を引き後ずさる。アスラは大事なことを思い出し、顔を真っ青にした。神王はそれを見て思わず失笑し、続けて盛大に嘲笑する。


「あはははは! なんだ悪魔! とんだお笑い(ぐさ)じゃないか! お前、契約を果たせて無いね? ふふ、ははは! 悪魔って奴はどいつもこいつも、約束を破りたがるなぁ! 本当に愚かで穢らわしい! こんな所まで来たって言うのに、残念だったねぇ?」


 おかしそうにケラケラ笑う神など気に留めず、アスラは何度も触れようと手を伸ばし、痛みに耐えて掴むも肌が(ただ)れていき、耐えきれずに手を放す。

 何度も何度も、呻きと嗚咽を漏らしながら、持ち帰ろうと懸命に。

 それを眺めるのに飽きたのか、神王が手を(かざ)すと兵がアスラを取り押さえ、うつ伏せに拘束する。

 神王は床に滴ったアスラの血を見下し「汚いな」と罵った。


退()け! 離せ! 私は、彼女を連れて帰らなければならないんだ!」


 抵抗する悪魔を押さえ込む天使どもは「大人しくしろ!」とアスラを打った。

 衝撃に意識が霞んでいく中、神王が漂う魂に触れる。


「嗚呼……待ってくれ、駄目だ、やめてくれ。頼む、お願いします」


 譫言(うわごと)のようなアスラの哀願は届かない。

 触れられたその灯火は、悪魔の眼前でみるみる消えていく。契約と言う絆を辿れないほどに、遠く、遠くへ彼女が消えてしまう。

 涙を零しながら、アスラは愛しい人の名を呟いた。


「ソレイユ」


 その言葉を最後に、アスラは再び強く()たれ昏倒した。

夜中まで起きてしまったので慰みに更新しました。続きはお昼頃にあげます。

ところでこの神様怖いですね。すごく怖い……。

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