表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第二章 in the Black Theater
42/102

42.第五幕 ヘリオス

 シーンは変わって、新たな記憶が展開される。

 もうこの流れにも慣れてきた向日葵だったが、けれども記憶の闇から聞こえる声音と、投影される姿を見て息を呑んだ。


 信じ難いけれど、少女には彼もまた彼女の欠片なのだとわかる。


 さあ、彼の物語が始まる。


***


 少年、ヘリオスはバリスタを目指していた。

 理由は些細なもので、なんとなく格好いいからとか、そんなものが始まりだ。

 彼の生きる国ではお茶よりも珈琲の方が広く一般的で、バリスタも、きちんとした資格を持っていると一目置かれるし、勤め先には困らない。


 ヘリオスは孤児で、働ける年齢になれば昼夜なく労働をこなし、空いた時間に夢を叶えるための勉強をした。

 忙しない日々を過ごす中、成人を祝う式典にも招かれたものだが、彼は出席するよりも修行を積むことを選び、行きつけのカフェでその技術を教わることに心血を注いだ。

 彼の生活は忙しく、仕事と勉強に追われる日々は、目まぐるしくすぎてゆく。

 言ってしまえば付け入る隙などまるでなく、成人をすぎて三年間を、平穏無事に過ごしたものだ。

 館の住人たちもまた、異性での生まれ変わりには慎重になっていたことも、迎え入れるまでに時間がかかった要因だろう。


 彼がようやく手にした、バリスタの地方大会出場権。ここから多くのバリスタが生まれ、優れたものは世界大会まで上り詰める。

 カフェのマスターからも太鼓判を押されたヘリオスは、期待と不安、緊張を募らせてその地方大会へ向かった。


 しかし、彼が大会へ出ることはなく、旅宿を探す彼が声をかけたのがあの館の住人だったものだから、例の如く、ヘリオスは悪魔の館に招かれることとなる。

 そして、聖女の生まれ変わりだという話に頭痛を感じながら、ヘリオスは大会までに帰りたいと乞い願った。

 とうとう帰ることができなかったヘリオスは、呆然と日々を過ごす中で、今を生きる少女と同じように珈琲の味に焦がれた。そこで珈琲に必要な道具を一通り集めてもらったのだ。


 彼にとってそれは故郷の味だ。水と並んで、何処ででも飲めるもの。

 それを飲むとほっと一息ついて、安心できる。

 とはいえヘリオスの生きた国では珈琲が常飲されていたがゆえに、癖が強く濃く苦いものが主流で、それが当時の館の住人たちにはあまり受けなかったようだ。


 さて、これまで、ヘリオスには同性愛というものに馴染みがなかった。

 けれどアスラはといえば性など関係なく、彼を甘く熱のこもった目で見ているのだから、ヘリオスはどうにも慣れなくて彼を避けるように過ごしていた。

 しかし、時間をかけて珈琲を落とし、出来た液体を飲み込んで息をつけば、自ずと思うところが出てくる。落ち着いてじっくり考える時間というのは貴重だ。

 これまでアスラを避けていたヘリオスは、気になったことをすっかり問いかけた。

 その時のアスラの喜びたるや、想像に難く無いことだろう。


 その問いは、アスラにとって性別にこだわりはないのか? というものから始まり、話が広がっていく。

 悪魔には、各々の趣向にも因るけれど、目に見える魂の質を重要に思うモノが多く存在すること。


 魂の質とは?

 魂にはそれぞれ、どの生き物に適しているかの資質があり、ヒトはヒトへ生まれ変わりやすく、更に区分すれば、男性に生まれやすい、女性に生まれやすい、などと分かれているのだという。

 もちろん絶対では無い。ヘリオスの魂は比較的、ヒトの、それも女性に生まれることが多い傾向だけれど、こうして男性に生まれることだってあるし、もっといえば、人間では無い別の生き物で生まれてくることもままあるのだ。


 アスラとて嘗ては見目も重要に思っていたけれど、今となってはヒトの姿をしてくれているだけ可愛いものなのだ。

 そんな、魂が気に入っていれば見目を気にしないという悪魔の感覚は、やはり人間のヘリオスには理解できない。

 砂糖のように甘やかに接せられると、それはもう鳥肌を立てて青ざめるのだ。同時に、やや寂しくも思う。


 アスラにとって、彼を含め聖女の生まれ変わりたちは、いない者も同然なのでは無いかと思えた。

 彼はずっと、始まりの聖女のことしか見ていない。無論、アスラはこれまで関わった生まれ変わりたちを等しく愛し、その思い出も全て大切にしているのだろうけれど。

 それでもヘリオスには、自分の個性が無視されているように感じられた。


 慣れてくれば、ヘリオスにとってアスラは、変わり者の愉快な友人みたいに思えるのだが、そのことがずっと心に引っ掛かっている。

 ヘリオスが聖女の生まれ変わりでなければ、アスラと出会うことはなかったし、これほど友好的にはならなかっただろう。

 仲良くなればなるほどに虚しさが募る。アスラが果たして見ているのは此処にいるヘリオス自身なのか? それとも忘れ得ぬ聖女の残光なのか?

 答えはきっとわかりっこない。

 アスラがどれだけ否定しようと、ヘリオスにはそれを信じられはしないだろうから、問うことさえなかった。


 天涯孤独だったヘリオスにとって、気がつくと此処の住人たちが家族のようになっていった。

 明確な関係性を言えるわけでは無いけれど、それほどまでに気心を許し、居心地が良かったのだ。

 だから、アスラにとっての自分とはなんなのかということについて、彼は思考も感覚も意図的に鈍らせて、堅く閉ざした。


 目を背けていれば、此処は楽園のように優しい場所だったのだ。

 そうして、穏やかな時を過ごしたヘリオスもまた、他の者たちがそうであったように老衰し、人生の幕を下ろした。


***


 青年の姿をしたその人は、自分の掌をぼんやりと見つめて、握ったり開いたり、なにかを確かめるようにして呟く。


「生まれ変わるってのがどういうことか、今更になって実感するなんてな」


 それは、向日葵を通して自らの記憶と意識を蘇らせたことで、否応無く自覚せざるを得なかったのだ。

 ヒトは魂の存在を認識できない。

 けれどこの場所、この劇場で魂の記憶を、少女の内側から掬い上げられていくと、明確に感じる。どれだけ思考や人格、性別さえ異なっていても、彼は彼女であり、彼女も彼なのだ。

 互いが互いの一欠片。


 今まで別人のように思えていたものが全て、自分のものなのだという実感に、ヘリオスは心の底から安堵した。

 アスラたちの求めている者で間違いはなかったのだと思えれば、やっと、本当に家族になれたような気さえする。仲間に入れてもらえたような気持ちになれる。


「もしかしたらあんたも、俺と同じように悩むかもしれないけど、胸を張って良かったんだ。俺も、もっと前の生まれ変わりも、確かにあんたの中にある、あんたの一部だ。なりを潜めてても確かにそこにある。やっとわかったよ」


 ヘリオス、青年の男性的な大きな手が、少女の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 その衝撃に思わず目を瞑ると、そこは暗闇。

 頭に乗っていた手が離されるのを感じると、彼が屈託なく言い放った。


「ああそうだ。あんたの珈琲は薄くて味気ない。苦い方が絶対美味いぜ」


 目を開けて反論しようとした時には、もう彼の姿は何処にも無い。

 再び独りきりの意識だけがポツリと残されている。

 向日葵は心の中で「味の趣向はそれぞれですよ」と不満げに呈した。


 程なくして場面転換。

 舞台の様相は切り替わる。

 劇場の音色が静かに奏でられれば、次の記憶が記されて、向日葵はその景色へと挑むことになるのだろう。

メンタルケアと絵のリハビリを兼ねてSDキャラ落書きを量産してました。

挿絵を増やすかは悩み中ですが、落ち着いたらキービジュアル的なというか集合絵というか、ひだまりと悪魔関連で絵が書けたらいいなと思います。言うだけタダ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ