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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第二章 in the Black Theater
41/102

41.第四幕 ヒナタ

 暗転を挟み舞台上に映された世界観は変わる。

 別の誰かの記憶を紐解いて、次の役者が舞台へ上がる。


 向日葵は彼女を初めて見たが、知っている。

 それは紛れもない自らの一欠片だから。


 次の主演はさて誰だろう?


***


 仕立ての良い服を乱雑にまくりあげ、我楽多(がらくた)の山を漁る少女がいる。

 綺麗で質の良い服は汚れ、可愛らしい顔も油やゴミ塗れで、袖で適当にそれを拭えばさらに服が汚れた。


 そこは、この街で使われなくなった廃棄品を集めた処分場。

 少女の名前はヒナタ。

 彼女は高い身分の生まれながら、機械いじりが大好きで、よくこうして廃品を漁っては自身の倉庫に持ち帰り、直してみたり、改造してみたりするため、周囲からは変わり者として冷たい目を向けられた。

 ヒナタ自身がそれを気にすることはなかったけれど、両親ときたら、それはそれは心配づくしだった。


 彼女の両親は、最初こそその変わった趣味に面白がっていたものの、何年も続いて、まさか年頃になってまで機械弄りを続けるなどと到底思わなかったものだからたじたじだ。

 どうにか別のことに目を向けさせようとしてみるが、ヒナタがレンチを離すことはなく、それどころか彼女を止めようものならより強い反発力で、賢く、彼女は立ち回った。直したものを売り、それで得た資金で自ら作業をするための倉庫を買ったのだ。

 こうなって仕舞えば誰にも止められようはずがない。


 しかしそろそろ世間の目もある。

 両親はヒナタへ婚約者を充てがった。彼はヒナタの趣味を受け入れてくれていたので、誰もが二人の結婚はうまくいくと思っていた。


 この後どうなるのかを語る前に、彼女が倉庫を買った直後に修理した大作の話をしよう。


 レフとオリガ。

 彼女が処分場から拾ったジャンクの機械人形だった。

 回路は壊れて部品もひどいもので、どうりで捨てられたと思われる男性型の人形とは逆に、何もかも綺麗なのに、電源を落とされ眠るように捨てられている女性型の人形。

 この二対は型番号が並んでいて、兄妹とも言えるだろう。寄り添うように捨てられていた。


 この国で機械人形は珍しくない。

 雑用だとか、付き人に綺麗な顔の人形をはべらせる金持ちも多い。

 機械人形を調整するために、そうした技術を持つものは重宝されるし、ヒナタもまたそう言った面では敬われていた。


 一方で、壊れるまで労働を強いて捨てられる人形たちも多い。

 人とよく似た見目故に、見間違いを避けるため多くは分解されてから廃棄される。

 そのためこうしてボディを残して捨てられていることはとても珍しく、ヒナタは気になってその二対の人形を持ち帰った。


 レフは修理しなければならないが、オリガはすんなりと起動する。

 彼女は目覚めたことに大層驚いたけれど、そのあとは置き物のように黙して語らず、彼女自身の意思を持ってヒナタの声を拒絶した。

 けれどレフを直そうとなったならオリガはとても協力的で、彼女の内部を参考にしながら、レフの修繕は成功した。


 目覚めたレフが語ってくれたのは、二人があの場所で眠ることとなった記録。

 或る腕利きの人形師が、心ある機械人形を作ろうとした。二人はその失敗作。

 しかしそれは人形師にとって失敗作であったが世間からすればこれほどまでに自主性を持った人形というのは、やはりなかなかに貴重なのだ。


 高額で売られることとなった二人は、しかし自らの意思でそれを拒み逃げ出した。

 その最中、レフはオリガを庇って負傷して、レフが語れる記憶はそこまでだった。

 その先のことをオリガは語らなかったけれど、おそらく、逃げ続けて生存することに悲観したのだろう。処分場の奥底、埋まるように、壊れたレフと共に眠ることを選んだに違いない。


 ヒナタは行き場のない二人を哀れに思って、他の機械人形と同じように仕事を与えた。

 身辺警護と倉庫の管理、警備。

 警護とは言っても、そのほとんどは倉庫に寝泊りする彼女の身の回りの掃除や炊事と言った家事ばかりだったけれど。


 オリガは相変わらずそう言う性分なのか、寡黙で何を考えてるのかわからないと言われていたが、レフと共によく働いた。

 そんな二人を、ヒナタの両親は快く受け入れたが、それもこれも、レフが上手く立ち回り、ヒナタの周りで起きていることを逐一、丁寧に両親へと報告していたからだ。レフの献身に、両親は心を開いた。


 そうして時は過ぎ、彼女の婚姻が近づく。

 この国では、家庭を築くことが成人となる条件だった。でなければ、四十を過ぎるまでは成人としての扱いを受けられない。

 結婚をして、初めて成熟した大人だと認められる。そのために、多くの親は子らが適齢期を迎えればすぐにでも結婚をさせたいと願っている。

 当時ヒナタは二十六歳で、平均的に見れば遅い方である。周囲の人々は、やっと一人前の大人になってくれるのだと胸を撫で下ろしたものだ。


 しかし、彼女の婚儀が三日後に控えた夜、性急に修理して欲しいという依頼が舞い込んだ。

 レフたちは、他の技術者を紹介すればいいと彼女を止めたが、ヒナタは「手配してたら遅くなるでしょう?」と自らへ来た依頼を断らず、手紙に記された約束の場所へ向かった。


 さて、この依頼が件の館からであることはわかり切っているだろう。

 悪魔は成人を迎えるまで待ちたかったけれど、しかしどこの馬の骨とも知れぬ輩に触れられてしまうことが心底嫌だったのだ。悩み抜いた結果、婚儀が決まったヒナタは成人なのだから問題なかろう、と言い訳を並べて、彼女をおびき寄せ拐った。


 ヒナタが帰らなかったことで、婚姻は無効となり、責任は彼女を止められなかったレフとオリガへと向いた。

 二人は自らの意思で昼夜問わずヒナタを探したけれど、とうとう手掛かりが掴めず、廃棄処分が下されることとなる。


 拐われたヒナタは、こうなることを憂いていた。

 最初こそ、婚儀が近いから依頼でないのなら帰して欲しいと何度もアスラへ懇願したが、無論受け入れてもらえるはずがなく。

 日が経つほどに彼女の中に芽生えたのは、あの二人の機械人形が、不当な扱いを受けていないだろうか、という心配だった。

 だからかアスラへこう言った。


「もし二人が、売られたり壊されたりするようだったら、どうかそうなる前にここに連れてきて」


 アスラは即座に頷いて、解体寸前だった二対を運び入れた。

 電源を入れてやれば、再び動き出す。

 二人は摩訶不思議な現象に驚いたが、ヒナタのそばにいることを望み、ここで与えられる仕事に従事するようになった。

 ヒナタはそんな二人へ、来るべき別れの日へ向けて、教えられる限りのことを教えた。

 というのも、二人の整備をできるのはヒナタだけなのだ。ひょっとするとヴェロニカの魔法なら多少なんとかできるのかも知れないが、自分たちで調整できるに越したことはない。


 ある種、ヒナタはここへ二人を連れてこれて良かったと思った。

 機械は歳を取らない。消耗品としての寿命がいかに短くとも、壊れたパーツは取り替えて、丁寧に手入れを続ければ、いくらでも動き続けることができる。

 それはつまり、彼らは基本的に“置き去りにされる側”なのだ。

 ヒナタは歳をとり、いずれ死せる。それを直すことはできない。彼女の子らが残っても、その子らもまた歳をとり失われていく。


 けれど、ここのモノ達は損なわれない。

 二人を置いて逝ってしまわない。

 何より、此処では人種も在り方も、生死さえも関係ないのだ。機械人形だろうと受け入れてもらえる。

 レフとオリガにとって相応しい場所だと、ヒナタは思う。


 ヒナタは残りの生涯をこの場所で、趣味の機械いじりをしながら過ごした。

 ヒナタにしてみれば、嫁ぎ先が婚約者ではなくこの悪魔に変わっただけのようなもので、加えてアスラは彼女の望みをほとんど叶えてくれたから居心地が良かった。

 彼はここまで、彼女へ対して寛大だから、相応の要求もあるのではないかと、一人の女としても気を張った物だけど、アスラは終ぞ手を出すことはなかった。


 一度、ヒナタなりの恩義を返そうと、夜伽(よとぎ)の相手を買って出たことがある。彼女だって成人した女性なのだから、そうした覚悟だって持ち合わせていた。

 アスラは困ったように笑い「(やぶさ)かではないけれど」と言いながらも、唇に一度キスをしただけで、その夜はただの添い寝で終わってしまった。

 そうした気がないわけではなさそうだけれど、彼の中に計り知れないジレンマがあるのだろうことは理解できて、ヒナタもそれ以上このことを掘り下げることはしなかった。


 これが原因などと、ヒナタ自身もまた恥ずかしくて言いたくなどないが、幸い死人に口無しである。

 ヒナタは翌朝釈然としないまま、やや寝不足気味に目覚め、ぼんやりと日課の機械いじりをしていれば、散漫となった注意力ゆえに爆破事故を起こしてしまうのだ。

 何故このような不幸な事故が起きたのか、館の住人達が知るところではないが、ヒナタはこうして、なんとも派手に、しかし呆気なく亡くなったという。


***


「ああもう! せっかく覚悟を決めて全部明け渡してあげたのに、あの悪魔ときたら! 断るくらいなら最初からその気はないって明言しておきなさいよね!」


 深層から浮上した記憶と意識は、威勢よく文句を垂れた。

 思い出すたびに恥ずかしくて、ああもう死んでしまったのだから、思い出すことなんてないと思っていたのに!

 彼女はその場で地団駄を踏んで爆発する感情を発散した。


 それは向日葵の奥底を経由するため、ややその感情が直接流れこんできて、影響されそうになる。

 少女は首を振り、死者の意識に飲まれぬよう自分を保つことに集中した。


 クールダウンする向日葵の意識もまた、ヒナタへと伝わる。

 俯いて、ヒナタは「わかってるわよ」と。


「あれはその気があるくせに、手を出せない意気地なしなのね。……いえ、それは意地悪な言い方かしら」


 女は遠く、暗闇の先を見る。

 舞台上での一人語り、観客の向日葵は息を飲む。


「例えば、ねえ、もし、子供ができたらどうなるかしら? 悪魔と人間に子供ができるのかしら? わからないわよね。いないってことは、出来ないってことかもしれないわね。でももし、寿命が人間程度なのかもしれないとしたら、彼は失う大切なものが増えてしまうわよね」


 私ね、これでも子供が欲しかったのよ。と彼女は笑った。

 でも、夜伽(よとぎ)を断られてから死を目前とする短い間に、彼女はずっとそのことをぐるぐると考えていた。

 この場所で生まれ育った子らはどうなるのだろう?

 そのことを思うと、安易にそれが欲しいとは言えなくなってしまった。


「でも、悩み過ぎる前に亡くなってよかった」


 彼女は自嘲する。


 レフとオリガ、残されていくモノたちを、彼女は愛し強く想っている。その中にはアスラや、館の住人たちも含まれているだろう。

 置いていくしかできない苦しみを、孕むことのなかった我が子へ与えずに済んだことを、彼女は安堵した。


 暗がりの中、対面する意識。

 スポットライトが当てられたように、彼女たちだけ明瞭に映される。

 女はまだ若い少女へ告げる。


「もしあなたが彼を愛するならば、いずれこのことであなたも悩むでしょうね」


「どうしたらいいの?」と、問いかけた少女の声は女に届く前に闇へと消え、女の姿もまた、スポットライトの明かりが失せると共に見当たらなくなる。


 先ほどから、向日葵の問いに言葉が返されることはない。

 当たり前だが、これは彼女の中の一片(ひとひら)の記憶の再生であり、また、彼女の心を通して蘇っている幻だから、向こうの声がいくら聞こえても、こちらから語りかけることはできやしない。

 言葉でなく、心でしか通じ合うことができない存在たちだ。


 触れられる距離にあったというのに、決して干渉できないことへ、少女は歯痒く思う。

 されど演目はとまならい。まだまだ遡る夢はある。

 次のキャストが袖で待っているのだろう。

 場面転換の音楽が軽やかに響き向日葵の意識は記憶の旅路へと戻された。

就活落ちまくりで元気がないので執筆ペースが落ちます。

誰も私を愛さない…誰も私を必要としない…(机の下に転がる)…。

そんな気持ちです。

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