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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
4/102

4.ひだまりの聖女

20/08/13 挿絵を足しました。

***


 それは遠い昔のことだった。

 そう、賢女が暴君へ寝物語を聴かせて改心させた夜の数よりも永く、決して誇張などではなく永遠に限りなく近いほど、途方もない昔。


 そこは私の生まれ育った世界で、慈愛なき神が見棄てた無法の地、だからこそ悪魔がのさばることができたのだが。

 その国の地方領主にはソレイユという娘がいた。

 領主らは幸せだった。なに不自由なく暮らし、気立ても良く民からも慕われる、順風満帆な生活を送っていた。しかしそれは一晩にして失われてしまった。


 なあに、あり触れた話だよ。その幸福を疎んじた者が屋敷へ火を放ち、周到にも抜け出せぬよう全ての穴を堅く鎖した。

 そんな燃え盛る屋敷から奇跡的に生き延びた少女が独り。

 焼け朽ちたその場所で、惨劇を茫然と受け入れるほかないソレイユの前へ、私は手を差し伸べた。


 当時の私はそれはそれは性根が悪くてな、悪魔らしいと言えばらしいだろう。可哀想な人間の不幸をそばで眺め、時としてさらに深くまで貶めるために手を貸した。

 私は期待していたのだよ。ソレイユ、キミが家族を殺めた者たちへ復讐することを。


 まあそう慌てるな、賢いことは素敵なことだが、話を先回りするのはよくないよ、向日葵。


 凄惨な復讐劇を私は望んでいた。その様を見るのは愉快だからな。

 そして私の手を迷いなくとったソレイユは、しかし復讐を願いはしなかった。

 信じられないことに、悪魔の力を持ってして「世界平和」を為そうとしていたのだよ。

 嗚呼、私も早計だった、契約を済ませた後に宣うものだからあの頃は「お花畑」だと悪態をついたものさ。


 契約は確かに交わされた。

 ソレイユの願いを叶えるために、私はそばに付き従い、力を貸し続けた。

 ふとした瞬間、願いが揺らぎ悪事を働くだろうと決め付けてね。


 だがソレイユは、楽観的でお人好しなお花畑だったが、愚かではなかった。

 人々への献身は信頼と信仰を得て、そのあたたかで穏やかな為人(ひととなり)は多くの人々を惹き寄せ、いつしか「ひだまりの聖女」と呼ばれるようになる。

 最初こそ、悪魔の力で幸福をもたらすなんて馬鹿げていると思ったが、ソレイユはその固定観念に囚われることなく言っていたよ。


「力そのものに、善い悪いなどはありません。重要なのは何を行い、何を為すかです。アスラ、あなたの力は、あなたがそう望めば誰かを救い、導くことにも行使できるでしょう」


 真っ直ぐに告げられ、間近でその行動の成果を見て、時にソレイユと共に人間から謝辞を述べられ、いつしか私も絆されていたのだろう。

 ソレイユの願いが叶う瞬間を見てみたいと思うようになった。


 時は過ぎ、人の一生は悪魔からすれば短く儚いものであるが、ソレイユと過ごした時間はその充実感からか一層速く、刹那の幻のようであった。

 だが、共に過ごす日々は愉快で、気苦労も絶えないが、濃密で今なお褪せることなく輝き続ける宝石そのものだと言える。


 結果として、私はソレイユの願いを叶えてやることはできなかった。

 そもそもが、ソレイユの願った世界平和がなんたるか、私にはわからない、今となっては知る由もない。

 ソレイユは若くして亡くなってしまったから……。


 しかし再三語ったように、私は絆されていた。言い換えよう、ソレイユを恋い慕った。

 私は誰よりもキミを愛し続けている。


***


「願いを叶えられなかった以上、その魂を戴く権利は私にはない。触れることさえ許されない。だがしかし、繋がりを断ち切りたくはなかった。故に死した後も魂を賭けた契約を断ち切らずにいる」


 長い長い御伽噺にも似た昔話。

 アスラが続きを口にせず間を設けていたので、向日葵は察する。言葉を促されている。

 冷え切った二口目の紅茶を飲み込み、月並みの言葉を紡いだ。


「そのソレイユさんの生まれ変わりが私だと?」

「その通り」


 ニッコリと笑みを作った彼も冷めた紅茶を飲んだ。

 向日葵は苦笑する。


「本当に御伽噺みたい」


 異世界転生。物語の中ではよく描かれるテーマだろう。向日葵もいくつか読んだことはある。

 だがまさか自分がそうであると言われるなど思いもしなかった。


「遠い昔の契約ということはわかりました。お話がこれで全てだとは思いませんが、どうして私なのかという疑問はひとまず氷解しました」


 長い幻想物語にすでに頭がクラクラしている。

 これ以上情報が入ってきたら頭痛で寝込んでしまいそうだ。

 難しい顔をして考えていた彼女の前に、新しいカップが置かれると湯気の立つ暖かいお茶が注がれる。

 スッと鼻腔をくすぐる爽やかな薄荷(はっか)の香りによって思考の海から意識を引き戻された向日葵はその給仕を終えた相手を見上げた。


「ミントは苦手?」

「いいえ」

「そう。気休め程度でも、少しはスッキリすると思って」


挿絵(By みてみん)

 ヴェロニカは優しくウィンクをすると向日葵の前に置かれた皿へと茶菓子をあれこれ並べていく。

 時折、指に垂れたジャムを舐めとったりしながら「アスラ様の話が長くて疲れたでしょう」とこぼした。


「この程度まだ始まりに過ぎないぞ!」

「一度に詰め込んだら入るものも入りませんよ。テスト前日に徹夜で暗記とかじゃあないんですからね」


 アスラの激昂を気にも止めず、ヴェロニカは笑みを残したまま苦言を呈した。

 そんなささやかな応酬をする二人を余所に、少女は一人、口にした菓子の甘さに癒されていた。

美しい詩を紡ぐように、言葉を綴れたらいいなと思います。

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