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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第一章 私の住みか
32/102

32.“あなたは既に招待状を持っている”

「悪魔は夢を観ることができない」という言葉へ、向日葵は返した。


「眠らないということですか?」

「休息はある。だが意識を失うだけで夢というものは観ない。だから、その感覚が私にはわからない」

「何故、夢を見ないと断言できるのですか? 忘れているだけかもしれませんよ」


 向日葵は振り返りかけて止まる。自らを閉じ込める腕を見やれば、彼と顔を合わせた時の距離が窺い知れて、怖気(おじけ)付いたのだ。


「悪魔は様々な種に分類される。中には夢を食す夢魔や貘というものもいるが、そのどれもが夢を見ないだろう。それは、私たち悪魔にとって、夢とは現実の延長に、物質的に“存在するもの”だからだ」


「意味がよくわかりません」


 緊張の中、話が上手く入ってこない。向日葵の静かな返しに、アスラは数秒悩んでから続ける。


「夢を食む悪魔にとって、夢は食事だ。キミにとっての食卓のパンと変わらない。食べられる、ということは、少なくとも私たち悪魔にとっては実像があり、触れることができる……物質的なものということだよ。キミは空虚を食べて生きられるわけではあるまい?」

「はあ、ええと、はい。悪魔にとって、夢は実在するものであることはわかりましたが、では何故、観ることができないのです?」

「悪魔が夢を観る時というのは、いつだって“醒めてる”時さ。夢を観ている時点で、その悪魔は眠っていなかったということだ。しかし、ヒトの言う夢は眠りの中で観るものだろう? もし私たちが眠りの中で夢を観ては、悪魔のあり方に矛盾が生じてしまう。だからこそ、感覚的に、夢を観るセンスがない」


 アスラは区切ってから、「或いはこう言えるかもしれない」と。


「悪魔の認識する世界には、夢というものは存在しない。全てが紛れもない現実なのだから」


「なるほど」と、向日葵は相槌を打つ。

 悪魔と人間の感覚の違いに、まだ飲み込みきれないものはあるけれど、夢を観れないということには一先ず区切りをつけよう。

 意を決した向日葵は振り返り、アスラを見上げる。まさかこちらを向くと思わなかったのか、彼は目を丸くして静かに驚いているようだった。


「アスラさんにとって、夢が実在する場所、或いはモノであるならば、何を恐れる必要があるのですか? ケモノとは一体なんなんです?」

「さあ?」


 さらりとした返事に向日葵はムッとする。

 ここまで話して、何をそんなに躊躇(ためら)っているのかと目で訴えてみるも、彼は彼女を拘束していた手をひらひらと上げて「すまない」と。


「私も詳しいことは知らない。わからない。しかし、わからないモノは恐ろしいだろう? そんなものが、大事な人を奪っていくのだから、(おぞま)しいだろう?」

「以前、劇場がどうのと言っていましたよね。本当は何か知っているんでしょう?」


 顔を合わせて仕舞えば、アスラの勢いの失われた表情がよくわかる。向日葵は歯切れの悪いアスラを問い詰めた。

 彼は困ったように口元を手で押さえ言葉に悩んだ。


「私とて、奪われたままでいるつもりはない。取り戻そうと、様々な文献、伝承を調べた。おそらく、ソレだと思しき記述には“劇場(げきじょう)化物(けもの)”という名称が付けられていたのさ」

「げきじょうのけもの、ですか」


 アスラはその内容を掻い摘んで語った。


 夢を観たい者は眠りの中その劇場に招かれる。そこに棲まう真っ黒い化物(ばけもの)の導きで、招かれた客人たちは夢の舞台を観るのだと。もしもそこで、最後まで演目を観てしまったら……。


「ケモノによって殺される、と言われている」

「……」

「事実かどうか定かではない。しかし私では夢を観ることはできないのだからその場所へ行くことは叶わない。真偽を確かめる術はない」


 死を突きつけられて少し青褪めた向日葵を見て、アスラは「無闇に怖がらせたくないから黙っていた」と罰が悪そうに頭を掻いた。


「私も、その、劇場へ拐われるんですか……?」

「可能性は否定できない。しかし、全てはキミの心次第だ」

「夢を観たくないと、思えばいいと?」

「ああ。だがそんなこと、意識してできることではないだろう?」


 アスラは苦笑する。

 そして、向日葵の頬へと手を伸ばし、柔らかく触れた。


()しくもキミは、ケモノ好みの条件を満たしているから、私は心配でたまらない」

「条件なんてわかるんですか?」

「何度か奪われたキミの特徴を総合して考えてみれば、自ずと見えてくるものがある」


 多くは魔法のない世界に生まれ育った者。中でも家族や友人との仲が良好で、幸福な日々を送っていた者。さらに言えば、この館を良く思っていない……又は、こんな非現実的な場所は夢なのだと、強く思う者。

 劇場(げきじょう)化物(けもの)は、世界の実像を疑って、足元が揺らいでいる者ほど拐いやすいのかもしれない。


「だからアスラさんは、此処は紛れもない現実だと強く主張したんですね」

「ああ。あの時は腹立たしいこと続きでつい強く出てしまって悪かったと思っているよ」


 頬を包む彼の手がわずかに浮くと、指先を動かして輪郭をなぞるように撫でた。

 向日葵はぞわぞわとしてその手を引き剥がそうと彼の腕を掴む。


「あの、アスラさん。くすぐったいのでやめてください」


 ふっ、と笑みをこぼし、柔らかさを取り戻したアスラは手を引っ込めた。


 そうして彼は少女へ背を向け、席へと戻りながら「ところで」と。


「話を戻すが、一体どんな夢を見ていた?」


 冷めた珈琲を飲み干して、アスラは笑う。さっきの今なので、彼も固くならないよう努めているのだろうが、それでもどこか見極めるような鋭さが、視線には残っていた。

 向日葵はアスラの分のおかわりも共に淹れようと、ミルに豆を足して再び挽き始める。

 ゴリゴリと豆を挽く音が響く中で、「誕生日を家族と過ごす夢です」とさらりと告げた。


「もし此処に来ていなかったら、あんな風に過ごしたのかもしれない。そんな夢を見ました。家族にお祝いしてもらって、ケーキを食べるんです」

「ふん?」


 つまらなそうに聞こえる相槌に、向日葵は苦笑する。


「気に入りませんか?」

「いいや違う」


 即答された言葉に、向日葵が振り返ってみると、アスラは何事か悩んでいる様子だった。

 しかしその様に重苦しさはなく、もっと何か、夕飯を何にするか考えているような、軽く他愛もないような雰囲気だ。


 思案しているアスラに声をかけるのも(はばか)られ、珈琲を用意したいこともあったので、向日葵は彼へ声をかけずに手際よくおかわりを用意した。

 そうして空いたカップへ再び注ぎ、席へと戻ってようやく尋ねる。


「どうかしましたか?」

「パーティーをしよう、向日葵」

「はい?」


 突然何を言い出すのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で向日葵は首を傾げた。


「思えば歓迎会もしていない! 二年早く来てしまったからなんの用意もできていなかったし、その後もあのぼんくらの始末やれでそのまま時間を過ごしてしまっていたからな、改めて向日葵の誕生日祝い兼、歓迎会を行おうじゃないか!」

「いつも歓迎会、してるんですか?」

「ああ! 第一印象は大事だからな! 連れてくる日が決まっているのだから、抜かりなく用意しているとも!」


 既に用意を始める気満々で、嬉々として語るアスラ。向日葵も予定通りであったなら、その歓迎を受けていたのだろう。


 今更な感じもあるので断ろうかとも思ったけれど、これだけ張り切っているのを止めるのはやや心苦しい。

 せっかくの厚意だ。向日葵は「では、楽しみにしてます」と微笑んだ。

 その笑顔を受けて、彼は自信たっぷりに宣言する。


「任せ給え、とびきり素晴らしい宴を用意しよう!」


 息巻くその威勢を眺め、向日葵は珈琲を嚥下した。

劇場の話ができた!歌い出したい気分です!

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