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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
3/102

3.“さあ、おいで。昔話をしよう”

20/08/07 挿絵を足しました。

 アスラに先導され、館の中を歩いている。

 お茶でも飲みながらと言うからには、ダイニングか休憩室か、そうした部屋へと向かっているのだろう。

 長い廊下を歩く中、使用人と思しき人たちと時折すれ違う。これだけの広さがあるのだ、手入れにも人手がいるのだろう。

 階段を降りて広間へ出る。それはエントランスであり、大きな玄関扉があった。

 館の外はないと言っていたけれど、景観のためか立派な扉があるのだなあ。と、向日葵がぼんやり思っていると、なんてことないように彼はその扉を開けた。


「外……」

「なに、庭くらいあって然るべきだろう」


 彼女の胸中を見透かして、悪魔は悪戯っぽく笑った。

 先に扉を抜けたアスラはほんの少し繋いだ手を引き寄せながら囁く。


「おいで、向日葵」


 さて、館の敷地より外がないならば、果たしてそこには降り注ぐ陽光の抱擁や、(たお)やかな月灯りのヴェール、星の瞬きは存在するのだろうか。向日葵はその景色への僅かばかりの不安と弾む好奇心を持って玄関扉を潜り抜けた。


 そこにはなんて事のない、けれど丁寧に手入れされた美しい庭園と見慣れた青空が広がり、とても世界がこの館だけで終わっているとは思えないほどに自然な光景があった。

 恐ろしい場所でなかったことへ一先ず安堵の吐息を溢す。

 視線をアスラの方へ向けると、その奥にはテラス席。

 そこにはすでに一人の青年が腰掛けてお茶を楽しんでいるようだった。


「ヴィー、始末は済んだのか」

「ああ、うん。さっきやっと縫い終わりました。アスラ様もお話終わったようで」

挿絵(By みてみん)

 金髪の青年は言葉途中に向日葵へと目を向けて、柔らかく笑む。

「目覚められたようでよかった」と労りの言葉をつづけた。

返答に迷っていると、アスラが口を挟む。


「彼はヴィー。居候の魔法使いだ」

「そう呼ぶのは止して欲しいな。僕はヴェロニカ、ヴィーなんて不本意な呼び方をするのはアスラ様だけですからね」


 ヴェロニカは呆れたように息をついてから「もう諦めましたけど」と両手を上げた。

 そうして手を下ろすと、片手を向日葵の前に差し出す。

 握手を求められていることを察して、おずおずとその手を取った。


「向日葵です。ええと、よろしくお願いします?」

「うん、よろしくね」

「向日葵はここに掛けるといい。ヴィーは一休みが終わったなら早く退き給え」

「なんだい急に。ようやく一息ついてるのだからそう急かさないで欲しいものですよ」


 アスラがあまりに露骨に彼を邪険にするものだから、向日葵は勧められた席に腰掛けながら「いてもらっても構いませんよ」と微笑んだ。

 その穏やかな様子にヴェロニカは「そう?」と。


「どうやら向日葵さんは賢明で順応性が高い方のようだ。話が通じてよかったですね、アスラ様」


「ふん」アスラは拗ねたように息を吐く。

 褒められた当人は隣へ腰掛けた悪魔の様子などお構いなしに、ぼぅっと眼前に並ぶ茶菓子を眺め「夢ならばいくら食べてもカロリーゼロだろうか」などと思っていた。


 夢。向日葵とって此処は尚も夢の中。

 実感がないのだから、順応もなにもないのだろう。


 アスラはヴェロニカに向けて言った。


「居るなら私たちのお茶を淹れろ」

「はいはい。それくらいならなんなりと」


 立ち上がり、慣れた手つきでティーバッグをポットへ投げ入れ沸騰した湯を注いだ。

 落ち切った砂時計を裏返すと、砂粒が時を刻む。

 アスラはティーバッグを見るたびに「趣がない」と冷ややかな視線を注ぐが、対してヴェロニカは「便利なものは使ったほうが得ですよ」と苦笑した。

 ティーバッグの利便性も素晴らしくはあるが、しかし茶葉の跳ねる様を見ることが魅力であり好んでいる。

 向日葵にもその気持ちはわかる気がしたが、それが嫌ならば自分でこそ淹れれば良いだろう。


 抽出の終えた茶葉を取り除き、液体が金縁のカップへと注がれる。

 透き通る明るい黄紅色のダージリン。

 鼻をくすぐる甘く柔らかな香りに包まれながら、短くお礼を告げた向日葵は隣のアスラの顔を見上げた。


「それでは、話の続きをお願いします」

「嗚呼……」


 語気に甘さを含んだ相槌。間を置いてチラリとヴェロニカへ視線をやると、彼は「まだ話終わってなかったのか」と目を丸くしていた。

 アスラは咳払いをして向日葵へと向き直る。


「昔話をしよう。キミにとっては御伽噺かもしれないけれど」


 嗚呼これは、本当に長い話になるのだろう。

 それを覚悟した向日葵は、少しでも渇きが遠のくように、紅茶を一口含んで頷いた。

筆が乗りました。

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