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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第一章 私の住みか
25/102

25.悪魔の巣

「ええと、ご機嫌いかがでしょうか、アスラさん」


 薄く開いた扉から、そっと顔だけを覗かせて、向日葵は部屋の主に問いかけた。

 拗ねたようにそっぽを向いていた彼は答えない。


 向日葵は躊躇(ためら)いつつも部屋へ入る。扉は開けたままだ。

 アスラと二人きりで過ごすことも慣れたものだが、夜、男性の部屋に入ると言うのは流石に多少の勇気がいる。

 奥のソファへ腰掛けている彼のそばへ寄ろうと、数歩足を動かすと、バタン、と部屋の扉が独りでに閉じたではないか。

 思わず振り返り、締め切られたことを自らの目でも確認した向日葵は、明らかに不自然なこの現象を引き起こしたであろう相手へ再び疑念の目を向けた。

 視線を戻した時には、ソファに彼の姿はなく、こちらに近づいてきているのがわかる。


 何をされるのか分からず、向日葵は少しでも距離を取ろうと後ずさるけれど、その分彼は踏み込んでくる。

 そうして背中が壁にぶつかると、逃げ場を失った向日葵は、その距離をも詰めようとする彼へ「怒っているんですか?」と。


 結果的に彼を笑い者にしてしまったようなものだったから、気にしているのかもしれない。

 だとしたら改めて謝った方がいいだろう。

 そんな懸念とは裏腹に、アスラは逃げ場なき少女へ含みのある笑みを向けた。

 向日葵も負けじと強気に笑みを返すが、状況からしてやや滑稽に見える。


「これは仕返しのつもりでしょうか?」

「向日葵は私から仕返しされるようなことをしたのか?」

「期待を裏切ってしまいました」

「ほう。ではキミは、それに対する私からの仕打ちならば甘んじて受けてくれるというのかな?」

「まさか!」


 キッパリと否定する。

 うっかり良心の呵責(かしゃく)でなんでもイエスと答えていたら、大変なことになっていただろう。

 彼はわざとらしく残念そうに肩を竦めて、しかし壁際へ追い詰めた状態のままで動こうとはしなかった。

 向日葵は強く否定してしまったものだから、慌てて言葉を付け足す。


「仕返しを受ける気はこれっぽっちもないですが、一応謝っておこうかと。謀ったみたいになってしまったので」


 そうして彼女はペコリと頭を下げて「ごめんなさい」と。


 アスラは彼女が自らの力で頭を上げるよりも先に、左手を彼女の顔に添えて持ち上げ、目を向けさせる。

 そこには柔らかい笑みが湛えられている。

「機嫌がどうかだったな」と、最初の問いを復唱すると、しかし続きの言葉などまたなくてもその表情から答えは明白であると言える。

 それでも彼は続ける。


「キミが来てくれたから、すっかり良くなった」


 精巧なガラス細工へ触れるように大切に、彼の指は少女の(なめ)らかな肌を撫でる。

 慣れない感触に全身がぞわぞわして呼吸が乱れ、その手から逃れようと頭を後ろに引くのだが、壁に阻まれる。その間も彼女に触れる手の動きが止まることはない。

 逃れられぬならば止めるほかない。

 払い除けるために右手を滑り込ませるも、浮いた彼の大きな手は彼女の小さな手を包み指を絡ませた。


 以前にもこうして手を取られたことがあった気がすると思ったのも刹那。今度はその手を壁に縫い付けるように押さえられてしまう。

 ああ、そうだ。アスラの瞳は月の輝き。如何に穏やかに包み込むような色をしていても、その裏側にはいつだって果てしない闇が秘められているのだ。彼の腹の内なんてわかりっこない。

 このまま食べられてしまうような恐怖を抱えながらも、視線を落とした向日葵は「埋め合わせはしますので、」と。


「これ以上揶揄(からか)うのはやめてください」

揶揄(からか)う? 私はただキミを愛しているだけだよ」


 本気で言っているのだろうところがたちが悪い。

 それにこの返答は、彼なりの愛情表現を止めるつもりはないという意味にも受け取れて狡い。

 向日葵は照れ臭くなりながらも、目を伏せる。


「もう勘弁してください……いっぱいいっぱいです……」

「さて、どうしようかな」

「サプライズの埋め合わせはちゃんとしますから、今日のところは離してください」

「今埋め合わせをして欲しいと言ったら?」


 アスラは空いた右手を向日葵の腰へ回して抱き寄せる。引き寄せられ、僅かに足が地面から離れる浮遊感に、目を見開いた彼女は距離の近さに息を詰まらせた。

 背丈の差分、普段ならもっと距離がある彼の顔がやや近づきここまま持ち上げられたらキスでもされてしまうのではと。一瞬の懸念に向日葵の顔は真っ赤に染まる。

 そうしてすぐさま「嫌です」と。


「お断りします」


 角が立った言い方が自分で気になり、向日葵は言い直す。

 相変わらず抱き上げたままのアスラはくつくつと笑いながら「そうか」とこぼす。

 揶揄(からか)っていないと言っていたが、やっぱり少しくらいは遊んでいるに違いない。向日葵は温度の下がらぬ顔が見られぬように自由な片手で隠してから目を逸らした。

 幸いにも彼の手はもう塞がっているので、そのささやかな抵抗をこじ開けられることはない。


「いずれにせよ、埋め合わせを楽しみにしているぞ、向日葵」

「あの、待ち構えられたらサプライズにはならないですからね」


 ふっ、とアスラは笑みをこぼしてから「程々に期待して待っていよう」といった。


 アスラの拘束から脱しようと、顔を隠していた手を彼の胸へ押しつけて引き剥がそうと力を込める。

 向日葵の抵抗はびくともせず、渋々「いい加減おろしてください」と不満げに訴えた。


何故(なぜ)? 私の目には満更でもなさそうに見えるが」

「勝手に決めつけないでください」


 わざとらしく頬を膨らませれば、彼はやれやれと息を吐きながらその腕の中から少女を解放した。

 地に足を下ろされてバランスを崩せば、やっと解放されたというのに、結局再び彼の胸の中に倒れ込み支えられる。


「っ、すみません」

「いいや。しかし、キミの体の方はまだ私のことが恋しいらしいな」

「それは都合よく解釈しすぎです」


 半ば突き飛ばすように引き離し、ようやく自立できる。

 その衝撃でアスラは一歩身を引いたが、特に気にした様子はなく、むしろ彼女の機嫌を取るためかもう一歩下がってやった。

 その間に向日葵は先ほどから不安定になっていた息を整えようと大きく深呼吸をする。

 体内の空気を循環させることで、僅かでも頬に帯びた熱が冷めた気がした。


「そうだ、ご参考までに、アスラさんの好きなものを聞いてもいいですか?」


 どの道何か用意せねばならないのなら、喜ぶものがいいだろう。

 しかし彼はこともなげに「キミだが?」と。


「そうではなく……何か趣味とか、食べ物の好みとか……」

「趣味はキミを観ていること。食べ物はキミと同じものだな」


 これは埒があかないと思い「では、」と区切る。


「アスラさんはお一人の時普段どう過ごされてますか?」


 日常的な動作の中で何か役立つものを見つけるべく、話の切り口を変える。ほんの少し、向日葵と一緒にいない時彼がどうしているのか興味もあった。


 アスラは奥のソファまで歩みを進めると「おいで、掛けて話そう」と彼女を招く。

 部屋の奥へ入ることは若干の不安はあったけれど先に腰掛けた彼は隣ではなく正面を示したのでゆっくりと、警戒を解かずに近づいて見る。

 小さなテーブルを挟んでいて、手を伸ばしても触れられない距離であることに安堵して席についた。


 向き合って、視線が絡み合えば、彼は口を開く。


「さて、何から話したものかな」

すごい!イチャイチャしてる!ラブコメ!!!と一人できゃっきゃしてます。

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