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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第一章 私の住みか
23/102

23.トランキライザー

「いい加減にして」

「もう少しだけ、お願い」


 金木犀はまだ時期ではないのか、あの独特の強い香りはない。

 木々の隙間から心底嫌そうな声と、それに対してか細く折れてしまいそうな囁きが聞こえて、向日葵はそっと様子を窺った。


 そこには、抱きついたまま倒れ込んだらしいアリオとヴェロニカの姿。

 抱きつかれ下敷きになっているアリオは苛立った口調とは裏腹に彼を引き剥がそうとはせず諦めと言ったように無抵抗であった。そんな彼女を強く抱きしめて、ヴェロニカは顔を埋めている。

 縋り付いているような、痛ましさがあった。


 慣れた様子のアリオから、特に危ないこともなさそうだと感じた向日葵はこっそり後ずさる。

 けれど、偶々アリオがヴェロニカから視線を外した際に目がぱっちりと合ってしまった。


「っ!」


 アリオはこれまで受け入れていた彼の肩と顔を掴み無理やり引き剥がしながら「見せ物じゃない!」と激昂した。

 覗き見に後ろめたさも合ったので向日葵は素直に謝罪する。


「ごめんなさい、ヴェロニカさんの剣幕が凄かったので、アリオさんが心配で……」

「余計なことに首を突っ込まないで! あなたには私たちのことなんて関係ないんだから!」


 彼女はなんとか上体を起こすも、まだひっついたままのヴェロニカによって立ち上がることが出来ず怒声を上げる。

 すると、むくりと彼が顔を上げ、片腕は彼女を抱いたままに、空いた手で今にも噛みつきそうな彼女の額をぺちりと叩いた。


「そんな言い方よくないよ、アリオ。向日葵さんはただ心配してくれただけじゃない」

「全部あなたのせいでしょうが!」


 言いながら腹へ蹴りを加えると、ようやくアリオは解放される。蹴られたヴェロニカは衝撃で倒れお腹を摩った。


「うぅ……容赦ない……」

「大丈夫ですかヴェロニカさん!?」

「へーき。アリオがこうなのはいつものことだし慣れてるから」


 息をついてそそくさと逃げ去ろうとするアリオに気づいたヴェロニカは魔法で先回りして道を塞ぐ。


「もう少し一緒にいてよ」

「嫌だ」

「そう言わずにさ、お願いだよ」


 ヴェロニカはアリオの手を両手で包み込む。不機嫌そうに顔を歪ませたアリオに、向日葵は二人の間に割り入って言う。


「ヴェロニカさん、嫌がってますしそのくらいに……」

「ごめんなさい向日葵さん。でもどうしようもないんだ。凍えて震えが止まらない、このまま氷漬けになってしまいそうなんだ……わかってるでしょう、アリオ?」


 繋がった手を凝視すると、言葉のままにその手は小刻みに震えている。なんとか普段の落ち着きを取り戻したように見えるけれど、まだそれははりぼてのようで、青い瞳の奥には怯えが潜んでいる。

 このまま放っておけば彼の心は崩壊し、終いには自己を喪失してしまうかもしれないだろう。ヴェロニカはそうなることを恐れ、震えているのだ。

 アリオという存在は、彼にとっての安定剤だった。


 彼女は舌打ちをしてから「どうせ私じゃあなたから逃げきれない」と弱い力でヴェロニカの額を叩く。そして仕方なくと言うように腕を広げて抱かれるのを待つと、ヴェロニカは一歩前へ踏み込んで腕を伸ばした。


「わ!?」

「ちょ、っと! ヴェロニカ!」


 彼は片腕でアリオを抱き込むと、空いた腕で向日葵も抱きしめた。

 二人の女子の驚きと抵抗からバランスを崩した三人は倒れ込み、ヴェロニカが下敷きになる。


「ははっ、ごめんね。つい出来心で」


 しかし彼は腕を緩めることはなくしっかり二人を抱えていた。その顔はやや晴れやかである。


「どうして私まで……?」

「向日葵さんを見てたら、昔みたいに三人で寝転がりたいなって思っちゃってね」

「はあ……」


 ヴェロニカの言う昔がどれほどのことか分からず、それはこの館ができた後の話なのか、それともそれ以前なのか、何にせよ二人とこうして寝転がるような仲睦まじい人がいたのだろう。

 アリオは不満げに眉を寄せて「やめて」と。


「この子は姉様じゃない。勝手に姉様とこの子を重ねるのはやめて」

「別に重ねてはいないよ。向日葵さんとソレイユ様は別人だもの」

「赤の他人を妹扱いしてくるくせによく言う」


 悪態を吐くアリオ。輪に混ぜられてしまった向日葵は、緊張しながらも問いかけた。


「お二人はやっぱり、ソレイユさんとお知り合いなんですね」

「うん、そう。僕もアリオも、あの方の優しさに救われたんだよ」

「どんな関係だったのか聞いても?」

「あなたに教える理由はない」


 言い淀み顔を逸らすアリオを気にせず、ヴェロニカは「アリオはね、」と。


「大怪我を負って記憶喪失だったところを、ソレイユ様とアスラ様に救われたんだってさ。以来ソレイユ様を姉として慕ってるんだ、ちょっと妬いちゃうね」

「何勝手に人のこと話してるの?」


 結構な強さで彼女がヴェロニカの顔を叩くけれど、全く痛そうにしていない。魔法で痛覚の遮断でもしているのだろうか。蚊に刺された程度に受け流されて、アリオはさらに腹を立てた。

 向日葵はそれを宥める。


「ヴェロニカさんの方は?」

「僕も大して変わらないね。故郷を失って呆然と無心で放浪して、行き倒れた所を三人に拾われたんだよ。アリオを見た瞬間ときたらもう涙が止まらなくって……」


 何かを思い出しているようで、回されている彼の腕から微かな振動が伝わる。

 彼は今の幸福を噛みしめるように、二人を抱く腕に力を込めた。


「僕って情けないよなぁ。やっと知ってる人に会えたって思ったら、故郷では(ろく)に会話したこともなかった妹だっていうのに、嬉しくなっちゃってさ。もう二度と孤独はごめんだ……」

「気持ち悪い代償行為。あなたは果たせなかった兄としての務めを、身勝手に私に押し付けて、それを心の拠り所にしているだけ。いい加減目を覚ましなさいよ」


 毒づくアリオに、ヴェロニカは感情の色を薄くして目を細める。そして淡々と語る。


「そんなどうしようもない僕を、ソレイユ様は許して、アリオのそばに置いてくれた。僕はあの頃みたいに、みんなで穏やかな時を過ごすのが一番の幸せなんだよ。アリオだって、あの頃を取り戻したいからここにいるんでしょう?」


 アリオは唇を噛んだ。

 言い返したいけれど、事実此処に存在しているということは彼女もまた同じ思想に傾倒した共犯者なのだ。どんな言葉も言い訳にしかならないだろう。


「姉様はもうどこにもいない」


 懸命に絞り出した声はそんな悲しいものだった。


 向日葵は、ソレイユを知る三人の異なる反応を見て、それぞれがこちらへ望んでいるものが違うことを悟った。

 アスラは魂さえ同じで有れば、きっと人格は然したる問題ではなく受け入れられる。

 ヴェロニカは相手の人格を見てではあろうが、彼女の代用としてさえ務まれば十分なのだろう。

 しかしアリオは、寸分違わぬソレイユ本人を求めている。


 彼女を失った悲しみと苦しみは、同じ色をしていたものだから、求めるものの微々たる違いに気づくことのないままに、彼らは共犯となりこの館を築いた。

 犯行に及んで初めて、彼らはそれぞれの描く理想の違いを思い知ったけれど、時すでに遅し。後戻りは許されない。

 ならばこそ誰しもが、また昔のようになれるはずという小さな期待を捨てきれずにいるのだ。


 強く強く、ソレイユを望むアリオは、その想いの強さ分、生まれ変わりに出会うたびに落胆し、彼女がどこにもいないことを痛感しているのだろう。

 彼女の素っ気ない態度は、そんなどうしようもない(わだかま)り故なのかもしれない。

 勝手に期待して傷つきたくないから距離を置く。手負いの獣のようだった。


 向日葵はアリオの頬を包み込む。

 与えられた暖かさに黄色い目を丸くしたアリオへ、少女は力なく笑いかけた。


「ソレイユさんじゃなくてごめんなさい」

「どうしてあなたが謝る?」

「なんとなく、じゃダメですか?」

「理由もないのに謝らないで」

「なら、ええと、お友達になりませんか?」


 はにかみ笑顔を向けるとアリオは警戒に顔を歪ませ、目だけで「何故?」と問いかける。


「アリオさんの言う通り、私はソレイユさんじゃないし、きっと代わりにはなれません。でも、新しいお友達にはなれるかなって」

「友達なんていらない。余計な気を遣わないで」

「僕は良いと思うんだけどな、向日葵さんとアリオが仲良くするの」


 口を挟んだヴェロニカへアリオの鋭い視線が注がれる。


「もう良いの。一人でいい。どうせこの子だっていつかここから居なくなる。虚しいだけだもの」

「アリオは強情だなあ」


 軽く返すヴェロニカとは対照的に、向日葵に彼女の言葉は重く響いた。


 ここから居なくなる。

 それは帰る手段があってもなくても、不変の事実。

 向日葵は生きていて、命を消費し続けている。成長し、衰え、やがては他の生き物がそうであるように長い眠りにつくのだ。

 彼女はどうあっても、この館の人たちを置いていく。

 彼らはどうあっても取り残される。


 向日葵を蝕む思考などつゆほども知らず、アリオはヴェロニカの腕を掴み引き剥がそうともがき出した。


「いい加減離しなさいよ。もう十分でしょ?」

「えーん、もうちょっとだけ〜」

「気持ち悪い言い方しないで」


 彼女が今までで一番の抵抗を見せると、ヴェロニカは渋々腕を緩め、その隙間からアリオは抜け出すことに成功する。

 そして彼女はわざとらしく大きなため息をついてから、思い悩んでいる向日葵へ声を注いだ。


「……その、別にあなたが嫌いなわけじゃない。これは私の問題だから、あなたが関わる必要はないだけ。それだけだから」


 吐き捨てて、アリオはこの場から駆け足で去っていった。

 上体を起こすヴェロニカに支えられて、共に起き上がる。


「アリオさんは優しいですね」

「うん。……その優しさに付け込んで甘えてる僕に言えた義理じゃないけど、仲良くしてあげてほしいな」

「本人には嫌がられちゃいましたけど」

「照れ隠しだよ」


 ヴェロニカは苦笑した。そして今はもうないアリオの姿を追うように視線を投げる。


「僕にアリオが必要なように、アリオもまたソレイユ様が拠り所なんだ。ソレイユ様はもういないけど、貴方ならその代わりになれると僕は確信してるよ」

「そうでしょうか?」

「できるよ。ソレイユ様と向日葵さんはひだまりみたいな暖かさが少し似てるから。かつてソレイユ様がその優しさで僕の凍った心を溶かしてくれたように、向日葵さんならきっと、アリオの震える心を包んであげられる」


 向日葵は「善処します」と微笑んでから、「なんだか」と。


「ヴェロニカさん、本当にアリオさんのお兄さんみたいですね」

「え、そう?」


 彼は嬉しそうに照れ笑いを浮かべて頬を掻いて見せた。

眠たいです。ぴえん。

文章支離滅裂だったらどうしようって思いつつ。楽しく書いてます!

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