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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第一章 私の住みか
20/102

20.屋根裏部屋のもみの木と一匹のネズミ

「アスラ様には黙っててあげるよ。僕としても、無闇に彼の機嫌を損ねたくはないからね」

「それはどうも」


 ヴェロニカに見送られ、彼の部屋を後にする。


 良識の望めそうな彼ならば、帰還の協力をしてくれるのではないかと思っていたが、そう簡単ではないらしい。

 そもそも、長い時を此処で過ごしているのだ、向日葵と同じ手段を講じた契約者もいたことだろう。ヴェロニカからしてみれば、彼女の相談は幾度か経験済みだったと思える。


 ヴェロニカの言った「三人」とは、十中八九、アスラとアリオと、始まりの少女ソレイユだろう。

 彼がソレイユと面識があるならば、悪魔の共犯者であり続けることにも納得がいく。

 彼らの結束は思っている以上に固く、向日葵がそこに入り込むことは容易ではないのだ。


 振り出しに戻ってしまった彼女は、当て所なく館を彷徨う。

 部屋に戻れば、フェロメナとアヤメが待っているだろう。ほんの少し、すぐ戻ることが憂鬱だった。

 一人で居たい気分。

 うまくいかない現状から、溢れ出る焦燥感。もう二度と帰ることはできないのだと、重い事実を突きつけられれば、その衝撃の強さ分の反発力が生じる。


 彼女は帰りたがった。

 緩やかに流れる時は、二週間ほど経過しようとしていて、濃密な出来事ゆえにまだそれ程しか過ぎていないかと思う反面、それだけの時間、家族を心配させてしまっているのだと悲しく思う。

 きっとまだ探している。

 私は此処にいるのだと叫びたい。せめて、生きていると、危険はないから安心してと、大切な人に伝えたい。

 それさえも叶わぬことがもどかしかった。


 自然と人の出入りが少ない場所へと足を向け、たどり着いたのは屋根裏部屋。

 僅かに埃が積もり、鼻を通って入る空気は喉へ張り付くようで、思わず咽せる。小窓を薄く開けたところで、すぐに空気が良くなるわけではないが、そうすることで少しはマシになったように思えた。


 使わなくなったものだろうか? 大小さまざまな物が、丁寧に埃除けの真っ白いシーツを被されてしまわれている。決して乱雑ではなく小気味良いほど整列されていて、頻繁に掃除をしていないにしろこの部屋はえらく整頓されている。シーツさえなければ展示室だとも思うほどだ。

 何かをしまっている大きな二つの木箱の間には程よい空間があり、向日葵は手で辺りの塵を払うとそこにすっぽり収まるように腰を下ろした。


 膝を抱えて目を閉じる。

 静かで落ち着く空間。そこで息を潜めていると、自らもまた不要なものとして仕舞われた品の一部になった錯覚を受ける。


 ふと、もみの木を主人公にした童話を想起する。

 アンデルセンの創作童話だ。

 自分から歩くことのできないもみの木は、森の外に憧れを抱きながら、人間の都合で切り取られ、ほんの一夜、宝石をちりばめ飾られて、けれどすぐさま屋根裏部屋に仕舞われてお払い箱になってしまう。終ぞ彼は世界をその目で知ることはなく、薪になってパチパチ暖炉で焼かれてしまう、どこか物悲しい物語。


「私はもみの木かもしれない」


 薄く瞼を持ち上げて、こぼす言葉。戯言。

 向日葵には足があって、自由にどこへでも出歩ける筈。もみの木ほども哀れではない。脱しようと思えばきっと、彼女が薪になってしまうことはない。

 それでも、望まずして悪魔の都合で連れ込まれ、ただ流れる時をこの場所で飲み干させようと押さえつけられている現状は、御伽噺と重ねるには十分だった。


 彼女は動かず物言わぬ木ではない。今はそのように蹲り一人きりで多くのことへ静かに思いを馳せているが、すぐまた下の階へ戻ることになるだろう。

 心のチューニングをする様に、微かに漏らす鼻歌。

 それはもみの木。

 歌はよく覚えていない。メロディーをなぞるだけだけれど、繰り返し繰り返し、同じフレーズを口遊む。

 目を閉じると、家族や友人と過ごしたクリスマスの情景が浮かび上がるようだった。


 途端に、扉の軋む音。

 ハッとして口を塞ぐと「向日葵様?」と男性の声がする。


「ユウキさん?」

「ああやはり、向日葵様でしたか。こんなところで何を?」


 現れた白髪の男性は、向日葵の姿を見つけ出すと心底不思議そうに尋ねた。

 幼子の遊戯のように隠れ潜んでいたことが些か恥ずかしかった向日葵は「ええ、まあ」と言葉を濁してから、逆に問い返した。


「ユウキさんこそ、こんな場所へどうされたんです?」

「偶然、外から見上げた時に小窓が空いているのが見えまして。一応閉めておこうかと思ったのです」

「なるほど」


 納得した向日葵とは対照的に、はぐらかされたユウキは改めて「それで?」と。

 そこで向日葵は渋々、「もみの木になっていたんです」と答えた。

 彼はこの娘が何を言っているのかと目をまん丸にして首を傾げている。


「もしやユウキさんは、ネズミだったりしませんか?」

「はあ、いえ、私は人間……いや、屍人ですよ」


 真面目に返されると思わなかったので、今度は向日葵が目を丸くする番だった。けれどよく考えればフェロメナが兎であったように、元鼠だというのもあるのかもしれない。どうやら彼は違うようだったけれど。


 向日葵は苦笑する。


「ああ、すみません。今のは揶揄(やゆ)みたいなものです。もみの木のお話はご存知で?」

「ほう。残念ながら存じません、どんなお話なんでしょう?」


 向日葵は自分の知っているもみの木の話をすっかりユウキへと語り聞かせた。

 その様はまさに童話のもみの木そっくりだ。


 聴き終えた彼はニッコリと「なるほど」とこぼす。


「屋根裏部屋でネズミに話をせがまれるのですね。成る程成る程。いえ、しかし、物悲しくも奥深い話ですね」

「ええ、不思議と印象深いお話です」

「して、向日葵様はどうしてまた、もみの木になられたのですか?」


 やはりそこは気になるらしい。どう答えたものかと唸りを上げる。

 懐郷病なのだと伝えたら、此処の人たちはどう思うだろうか?

 どうせ此処から帰れないのなら忘れてしまえというのだろうか? はたまた同情を寄せて慰めるだろうか?


 言葉を詰まらせている向日葵へ、ユウキは落ち着いた声音で注釈する。


「無理に答えなくて良いのです。ただしもしそうであるならば『話したくない』と一言仰ってください。私とて人の子、他人の心はわかりません故」

「お気を悪くしませんか?」

「どうでしょう。仕方がないと思える時もあれば、悲しくなることや、憤りを感じることもあるでしょう。ですが、自らの気持ちや意見を主張できるのは他でもない自分だけなのですから、嫌なものは嫌だと、言わなくては」


 諭すような優しい言葉。

 彼の赤い瞳は、子を見守る父のような暖かさを含み、低く柔らかな声音は、こう付け足した。


「言ったところで伝わらないことの方が多いくらいですが、それでも言わなければ伝わりませんから」


 向日葵はおずおずと返す。


「実は、私は家に帰りたいんです」

「ふむ」

「此処の人たちはみんな優しくて素敵ですが、それでも、家族のいる家に帰りたい。みんなにそれを言うのはなんだか後ろめたくて、一人になりたくて、気づいたら屋根裏部屋を見つけていたんです」


 苦笑すると、ユウキはこともなげに「そう言うこともあることでしょう」と。

 向日葵は帰りたがる気持ちを否定されないことを不思議に思って「何も言わないのですね」と言った。


「向日葵様はすでに苦しんでいらっしゃる。それをさらに追い詰めるような言葉をかけられようはずがございません」


 ユウキは目を伏せ、「私には、」と。


「息子が二人居たのです。向日葵様は少し、下の息子と似ているように思います」

「それは……どう言う?」


 突然の自分語りに、向日葵は意図が掴めない。

 一方でユウキは「話を聞いてばかりでしたので、お返しですよ」と苦笑した。


「私の生きた場所は荒廃した世界でしてね、人類唯一の生き残りで集まった小さな集落だったのです。私は僭越ながら長に選ばれ、民を統率する立場にありました」

「ユウキさんがリーダーなら、皆さん安心ですね」


「そんなことは」とユウキは首を振って謙遜する。


「当時の私は長として気負いすぎていました。父親としては失格です」


 彼の故郷は、彼が生まれるより遥か昔に空に分厚い雲がかかり、以来太陽の恵みを遮断していて、その影響で生き残った人類は皆肌も髪も白くなってしまったと言う。

 そんな中生まれた彼の次男は、遺伝の突然変異によって、黒い髪と瞳を持っていた。

 体も健康で丈夫なことに加え、賢く物分かりが良い次男は、次の長として若くから期待されて大人たちから寵愛(ちょうあい)を注がれた。


「人類の存続ばかり気にしていて、私には息子たちの苦しみがわかっていなかったのです。長男は、自らが後継ぎになることを強く望んでいた故に、次男が生まれてからはひどく荒れましてね。次男もまた、一人毛色が違うことで同年代の中に混じれず、一人で過ごすことが多かった。私はそれを知っていながら、干渉しようとはしませんでした」


 父親失格でしょう? と彼は自らに呆れて笑っていた。

 そうして「結果的に」と。


「兄弟間での亀裂は、大人への不信感に変わり、長男は大人たちの食事に毒を盛り、私はこのザマですよ」

「ユウキさんは、自分のお子さんに……?」

「あの子は、弟が長になる前に、大人を葬って自分が長になりたかったのでしょう。その後息子たちがどうなったのかは、私にはわかりませんけれどね」


 悲壮感はなく、きっとこの長い死後の時の中で、それを笑い飛ばせるくらいの失敗談にしてしまったのだろう。


 懐かしさをにじませた赤い双眸で向日葵を見つめ、ユウキは言う。


「こうして一人蹲る向日葵様のお姿を見ていたら、一人資料室に篭って本を読む下の子のことを思い出してしまったのです」

「その子の名前はなんと言うのですか?」

「それが、無いのです」

「無い?」

「長の名は代々継がれるものでしてね、生まれた瞬間から期待されていた倅は、私と同じ“ユウキ”と呼ばれておりました」

「ああ、成る程」


 ジュニアだとか、二世だとか、そう言うものだろう。と向日葵は小さく手を打った。


「当時の私は、息子たちに目をかけてやれなかったものですから。つい向日葵様や此処に来られる方々へ、お節介を焼いてしまうのです。代償行為と言うことは十分に承知しています、ですから鬱陶しければ仰ってくださいね」

「いいえ、私はどこか、此処には敵しかいないと思っていましたが、ユウキさんが親身に寄り添ってくれたから、それは浅はかな思い違いだったと気づけました。ありがとうございます」


 向日葵は立ち上がり服についた埃を払う。ユウキはすぐさまハンカチを取り出して、彼女へと差し出した。


「帰りたい場所があることは素晴らしいことです。向日葵様のご両親は私と違い良い方たちなのでしょう。少し羨ましくも思います」

「……その」


 向日葵は気の利いたことがいえないかと考える。そうして、言葉を詰まらせながらも懸命に続けるのだ。


「何もできなかったかもしれないけど、ユウキさんは二人のお子さんをちゃんと見守っていたのですから、十分だと、思います」


 月並みな言葉ですが、と向日葵は恥ずかしさで頬を染めた。


「向日葵様はお優しいですね」


 そう言って、彼は嬉しそうに笑って言葉を受け取ってくれたので、向日葵はほっと安堵した。


 小窓を閉めたユウキは、先に屋根裏部屋を出ようとする向日葵へ向けて「此処もこまめに掃除をします」と投げかける。「そうして、」と。


「また、もみの木になるようでしたら、その時は私も、向日葵様のネズミとしてご様子を見にきても宜しいでしょうか?」


 御伽噺になぞらえた言葉に、向日葵はクスリと笑った。


「次は楽しいお話を用意しておきます」

長くなってしまいました。いやあ、最近暑いですね。

後書きがなんたるかを気にせず日記みたいになってますが後書き芸ということで。

某冒険アクションRPGがしたくてにんてんどーすいっちが欲しいんですがどこにも売ってなくて悲しいです!

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