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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
2/102

2.不思議の館、或いは夢

20/08/07 挿絵を足しました。

「ああすまない、思いがけない邂逅に気が昂ってしまった。紹介が先決だったな」


 そう言うと彼は小さく咳払いをして、右手を胸の前へ当て自らを示しながら言葉を続けた。

挿絵(By みてみん)

「私はアスラ。この館の主人にして遠い昔キミと契約を交わした一途な悪魔さ」

「はあ」


 掘り下げたい言葉が多すぎて、淡白な息を漏らすことしかできない向日葵。

 彼女の心情を察してか、悪魔と自称したアスラは「順を追って説明しよう」と微笑した。

 部屋の中にある椅子を引き、向日葵の傍らへと腰掛ける。


「まず、ここがどういう所で、何故キミがここへ来ることになったのかを話そうか」


 妙に説明慣れした口調に、学校での授業風景を思い出し思わず背筋を伸ばして「よろしくお願いします」と口をつく。

 返事があったことに、アスラは嬉しそうに笑った。


「端的に言えば、ここはキミ、向日葵にとって異世界だ」

「それは…比喩や誇張ではなく言ってます?」

「言葉のままだよ」


 そうして一回、パチンと指を鳴らす。

 その行動を不思議に思いながら瞬きをした刹那、部屋の内装が音もなく変貌していた。

 見知らぬ調度品の数々に困惑を隠せずにいると「そして、」と。


「この世界にはこの館しかない。私がキミと過ごすために用意した私達の住みかだ」

「……ええと、私の部屋、こんなに片付いてましたっけ」

「少しでも気持ちが落ち着くように、部屋に幻術をかけていた。だがもう十分だろう」


 つまり、先程まで自室に見えていた部屋は幻だったということだ。

 彼との言葉を交わすほど浮遊感は増し現実味が遠のいていくようだった。


 つらつらと講義のように紡がれる話を要約すると、ここはアスラが作った異世界であり、さらにこの世界に館の外は存在しないということ。

 そして作り手であるアスラはこの館において内装の見目を操ったりなど、超常的な力を有している。


「さて、ここまでで気になったところはあるかな?」


 向日葵は首を横に振りながらも「さてはやっぱり、これは夢に違いない」と思った。


 あまりに突飛でご都合主義も程がある話に考えが追いつかないことも勿論あったけれど、一番はこの摩訶不思議な事態にも関わらず波打たぬ湖面のように落ち着き払った自身の平静さにそんなことを思ったのだ。

 そう、会ったばかりのこの怪しい男性へ、大きな信頼と安心感を覚えているだなんて、夢だからに違いない。

 反抗も抵抗も見せない向日葵の態度へ気を良くしたのか、アスラは「では」と高らかに告げた。


「向日葵が何故にこの館へ至ったかについてだが……」


 言葉の途中で一度止めると、真剣な面差しで椅子から立ち、彼は床へと跪く。

「このことに関して、謝罪せねばならない」と。


「謝罪ですか?」

「キミはまるで御伽噺の主人公のように、兎を追いかけこの館で目覚めただろう」

「はい」

「あの兎は私の、言うなれば使い魔の一人なのだが……くそ、あのぼんくら女、ふざけたことに二年早くキミを連れてきた! しかも穴に落とすなどという怪我をするかもしれない危険な方法で! しかし全ては私の人選ミスが起こした悲しい事故、向日葵からの責めならば甘んじて受けよう。本当に申し訳ない」

「はあ、あの、ちょこがアスラさんの使い魔……? で、ええと、二年早くってどういうことでしょう?」


 ハッとして、感情的になってしまったことを僅かに恥じながらアスラは咳払いをした。


 詳細は追々話すとして、彼は今回のことの経緯を語った。

 アスラは契約者である向日葵のことを、使い魔を通して常に見守り、そうして彼女が成人を迎えた年に此処へ連れてくるつもりだったという。

 しかし、監視役に選ばれたちょこはうっかり成人年齢を間違えて、二年早く彼女を館まで導いてしまったのだ。


「そもそも、どうして私なんです?」


 これらをすっかり夢だと思い込んだ向日葵は、さらりと重さのない言葉を掛けた。

 きっと目覚ましのアラームが鳴り響けば自室で目覚め、ちょこはリビングのケージの中でペットフードを食べているに違いない。

 そうなったらこの夢の出来事は慌ただしく平凡な日常にかき消される、波打ち際に描いた落書きのような取り留めもなく儚い御伽噺だ。

 一日でも一年でも、刹那の夢になるならば恐れることは何もないし、ともすれば存分にこの不思議の国を楽しむ方が有意義だと思った。


 アスラが返事をするよりも先に、向日葵は続けて言う。


「私たちは初対面だと思うのですが」


 そこにはやれ恋人だとか契約を交わしたなどと言う虚言には思い当たる節がないとの意味が込められていた。

 それに対して、彼は微笑をこぼした。しかしその瞳には寂しさの色が滲んでいるようだった。


「私の話を信じるのか?」

「さあ。でも、それを考えるのは後回しにしても問題ないかなと。何にしても、私は知らないことが多いようなので、話を聞けるのはたとえ嘘でもありがたいです」


 急にとって食われないだけマシですし。と向日葵は付け足した。


「キミを害そうなどと今は思わない」


 アスラは盛大に笑って見せる。


「向日葵は聡明で落ち着きがあるようで、話が早くて安心したよ。……そうだな、キミの話だ、全てを語ると誓おう。だがそれには長い時間を要する」


 ゆるりと立ち上がると、彼は手を差し伸べた。

 そうして「続きはお茶でも飲みながら」と、その手を掴もうか悩み中空を彷徨う彼女の手を取った。

箱庭世界が大好きです。

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