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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
第一章 私の住みか
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19.ヴェロニカの魔法

 この部屋に一つしかない椅子を明け渡した魔法使いは、悠然と不可視の椅子へ腰掛ける。

 全て彼の魔法がもたらす現象だ。

 彼がこうして先に座っていて、彼女へも座るように促すものだから、言われるままに掛けるほかない。

 腰を下ろしながら、向日葵は口にした。


「まだ何も聞いてませんよ」

(おおよ)その検討はつくよ」


 ヴェロニカは苦笑して続ける。


「貴方が僕の魔法に興味を持つ理由は、単純な好奇心か、あるいはここから出る方法を探っているかのどちらかだね。でも前者なら人払いをする必要はない。後ろめたいことがあるからこそ、二人きりで話すことを望むんでしょう?」


 彼には見透かされていたらしい。

 取り繕うことは諦めて、向日葵は不適に微笑んで見せた。


「ヴェロニカさんは先ほど、答えを教えられないと言いました。それはつまり方法を知っていると言うことではないですか?」

「さあどうだろう。人の言葉なんていい加減なものだよ。僕はアスラ様と違って悪魔じゃない、ただ少し魔法が使えるだけの愚かな人間だもの」


 知らぬ存ぜぬで通そうとするヴェロニカに、向日葵は食い下がる。彼女には、彼が情報を握っている確信があった。


 切り込む先を変えようと、次の話題を思案する向日葵。諦める様子のない彼女へ、ヴェロニカは静かに続ける。


「意地悪を言ったね、ごめんなさい。ただ、方法が分かっていても、それで貴方を外へ連れ出すことは僕の力では無理なんだ」

「どうしてです? あなたは外に出られているのに、なぜ私は無理なんでしょう?」


 納得がいかない態度を示すと、ヴェロニカは前屈みになり己が膝に腕を乗せ手を組んだ。

 そうして「まずは、」と。


「僕の魔法についての話をしようか。余計な期待を抱いて欲しくないからね」


 これまでで最も真剣な面差しを向日葵へ向ける。

 それを一身に受けた少女は「お願いします」とだけ告げて口を噤んだ。


「僕の扱う魔法は、一言で言えば万能の力だ」


***


 万能、とは言ってもね、それは魔法を最大限に引き出せればの話だよ。能力には個人差がある。


 例えばほら、僕はこうして何もないところから火を出すことができるけど、人によってはこれができなかったりする。

 どうして個人差があるかって?

 さあ、どうしてだろう。

 この魔法はわからないことだらけだからね。


 僕の生まれ故郷では、こうした魔法使いが沢山いたんだけれどね、みんなこのよくわからない力が何なのか、探求と研究を重ねていた。

 魔法使いのほとんどは、魔法研究者になっていたし、僕もそうだった。

 実はこの、なぜ魔法に個人差があるのかっていうのは、僕の研究内容だったんだ。結局分からず終いだけどね。


 どうして分からず終いかというと、僕の故郷は、世界は、丸ごと滅ぼされたから……。

 知ってるかい? 災厄っていうのは人の形を伴っているんだ。それも幼い少年の顔をしている。

 あの恐ろしい魔法使いは、この何でもできる魔法を駆使して僕の故郷を破壊した。

 殆どの生物は世界の終わりに嘆きながら死に絶えたよ。

 いろいろあって、僕は偶然にも生き延びたわけだけどね。


 話が逸れてしまったね。ええと、そう。この力は、才能ある魔法使いが扱えば、世界を欠伸まじりに滅ぼすこともできるし、死者を本当の意味で蘇らせることもできる。もっと恐ろしいのは、人の心、感情、目に見えないもの全てを意のままに操れる。

 だからこそ、世界の移動だってお手の物だし、その方法さえわかっていれば、いとも簡単なことなんだけれど。

 大事なのは想像力だね。何でもできるということは、方法が選び放題ということだから、数ある選択肢の中から最適解を選びとる判断力も必要だ。逆にいうと、方法が思い浮かばないことに魔法は使えない。

 当たり前だけど、知らないことを叶えることは出来ないんだよ。


 さて、この魔法とは、そんな説明不能な未知の総称だと言える。これを踏まえておいて。

 ここからは僕個人の魔法の個性について。

 最初に言った通り、魔法でできる範囲には個人差がある、けれどその理由は解明されないまま、比較対象は失われた。

 理屈を説明することは不可能だから、そういものだと受け止めて欲しいな。


 実は僕は、たいていのことは魔法で何でもできるんだ。

 アスラ様と長く此処で暮らしていることから分かる通り、僕の体は不老不死だし、魂を定着させることは出来ないけれど、器の身体を作ることはできる。切れた首を直すこともね。


 但し、どうしても苦手なこともある。

 僕はね、生まれつき「魂を有した他者」へ魔法を掛けるのがすこぶる下手くそなんだ。


 例えばフェロメナの首だけど、もし彼女が、魂が宿っていないただの死体だったとしたら、僕は一瞬であの首を直すことができる。

 でも彼女はアスラ様の力でその身に魂を宿してしまっているから、実際はああして患部を固定して、地道に少しずつ繋げていくしか出来ないんだ。完治するのに百年はかかるかも……。


 せいぜい傷の治療だとか、金縛りだとか、イメージしやすいありふれたことしか、他者へ施すことはできない。

 僕の魔法はその程度のものなんだ。

 僕が万能の力を行使できるのは自分に対してだけ。

 世界を超えるための魔法だってそう。

 わかるかな、向日葵さん。

 僕は方法を知っているけれど、それを貴方にしてあげることはできない。


 これが僕の魔法の限界なのだから。



***


 一通り聴き終えて尚、向日葵は策を弄している。その様にヴェロニカは呆れ、目を細め鋭い語気で釘を刺した。


「仮に、方法が浮かんでも僕は貴方の力にはならない。それだけは明言しておこう」

「アスラさんを裏切れないということですね」

「うん。僕はこの場所が好きなんだ。貴方がいる穏やかなこの時間も好きだ、壊したくなんてない。向日葵さんがそれでも帰り道を探すようなら、僕は僕の力を用いてそれを止めるよ」

「ヴェロニカさんからも止められてしまっては、もう手立てはありませんね」


 向日葵は降伏を示すように両手を挙げて見せた。

 彼は「ごめんなさい、ありがとう」とニッコリ笑みを返す。


 これ以上、外へ出る方法を彼に問うても無意味であることを悟った向日葵は、気分転換に気になったことを口にする。


「ヴェロニカさんは、なぜアスラさんに協力しているのですか?」


 にこやかな向日葵の表情に、それが単純な世間話だと分かったヴェロニカもまた、フラットに返す。


「三人が僕に居場所をくれたからだよ」


 悪魔の共犯者は、それだけ告げて部屋の鍵を開けた。

ヴィーくん、おっと違った、ヴェロニカの故郷に関しては、愛されぬ花に祝福ををご覧ください。

世界を滅ぼす災厄は、人の形を持っているらしいです。

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