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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
17/102

17.揺らぐは心か果たして世界か

「まあ! フェロメナがそれを!? すごいじゃない!」

「ふふふ〜! ルーちゃんから教えてもらった私の特技です!」

「驚いた」

「よくお似合いですね、向日葵様」


 廊下での話を終えアスラから解放されると、フェロメナは「みんなに見せて回りましょう!」と向日葵の手を引き館中を回った。


 今は厨房。

 そこには壮年女性のシェフ、レイラと、コックが二人。見慣れない青緑の髪をした青年はレフ、向日葵と年の頃が同じに見える明るい青色の髪をした少女はオリガ。


 レフとオリガは人間そっくりだが、その中身は機械人形で、昔此処に連れてこられた契約者の所有物だったのだという。

 シェフのレイラが無類のパン好きのため、パンにばかりこだわって調理に時間がかかることから、二人の人形はレイラの手伝いを買って出た。こうして今の厨房の担当が割り振られたのである。

 フェロメナも以前は皿洗いなどを手伝ったことがあるようだが、ことごとく失敗していたのは目に見えることだろう。


「もう、フェロメナったら、そんな特技があるなら言ってくれれば私からも担当替えをご主人に進言してあげたのに!」

「えへへ〜、ルーちゃんがいなくなってからご無沙汰だったのですっかり忘れてました〜」


 レイラはフェロメナの肩に手を置いてぴょこぴょこと飛び跳ねた。

 彼女は明るく、年齢など関係ない可愛らしさがある。どことなく雰囲気がフェロメナと通ずるので、気が合うのかもしれない。

 はしゃぐレイラの腕を引いて、レフが止める。


「レイラ様、そのくらいに。首が落ちたら困ります」

「あらそうね。うふふ、ごめんなさい。フェロメナの才能が自分のことみたいに嬉しくって!」

「喜んでもらえて私も嬉しいです〜!」


 喜ぶ二人を眺めていたオリガが呟く。


「貴方が此処を出入りしなければ失敗も減ってくれて私も嬉しい」

「こら、オリガ。たとえ本当のことでも本人の前で言うものじゃない」


 レフが叱りつけるも、彼の方も言葉から苦労が滲んでいるのが伝わった。


「いいんですよ〜気にしてません〜」

「貴方は少し自分の失敗を気にしてください」


 ピシャリとレフが返す。

 ハッとして、向日葵へ「お見苦しいところをすみません」と。

 こうして見ていると本当に機械人形なのか疑わしい。向日葵は「気にしないで」と微笑んだ。


「そろそろいきましょう、フェロメナ。長居したら皆の邪魔になってしまいます」


 それにこうしてお披露目をするみたいに回るのはなんだか恥ずかしい。

 褒められるのは悪い気はしないけれど、慣れないのは確かだった。

 フェロメナも「そうですね〜」とニコニコ可愛らしい笑みで返し、二人は厨房の三人へ別れを告げて移動した。


 それからもフェロメナの気が済むまで館を回る。

 雑事を取り仕切る執事長のようなユウキは、にこやかに「女神のようにお美しいですね」と世辞を言い、彼の下でさまざまな仕事をこなすダヤンも、口が聞けない分大きな身振りで向日葵を敬った。庭師のルカといえば、最初こそつんけんして「服に泥がつくだろ」と二人を追い払ったが、程なくして刈り取った花を一輪贈った。


 こうして館中全員へ見せて回り、隅々まで歩き回った向日葵は、部屋へ戻るとその疲れからベッドへと雪崩れ込む。

 館は広い。

 もうすぐ夕食の時刻だろうか。

 フェロメナはそばで「お疲れ様です〜。あとはアヤメさんとヴェロニカ様でコンプリートですね〜!」と。


「このままでいなきゃダメ? 慣れない服は緊張するからそろそろ着替えたいな」

「お着替えですか! 次はどんなお洋服にしましょう!」


 ルンルンと楽しげに息巻く彼女の笑みから逃れるが如く、布団へ顔を埋める。


「少し休ませてぇ……」

「おやすみになりますか?」

「うん……ご飯になったら起こして」

「あ〜、じゃあこれだけ!」


 フェロメナはそっと向日葵の顔を包み持ち上げると「後ろを向いてくださ〜い」と言って背を押される。

 彼女へ背中を向けると、何をされるのか分からなくなりほんの少し身構えてしまう。

 (おもむろ)に寝台へ飛び込んだことで乱れた髪に触れ、手櫛でそっと結び目を解いてゆく。バレッタを外された時に、そういえばアクセサリーをつけていたのだと思い出した向日葵は安堵した。うっかり寝転がって体重で壊してしまわなくて済んだからだ。


 髪だけ戻されると肩をポンポンと柔らかく叩かれながら横になる。


「シワができちゃうと思うので、起きたらお着替えしましょうね〜」

「フェロメナはお洒落に関しては気にしいなんだね」

「ルーちゃんの大事にしてたものですから、私も大事にしたいんです」


 仰向けになり彼女を見上げると、はにかむような笑顔。けれど少し影があるように見えるのは、果たして光の角度からそんな風に思ってしまうだけなのだろうか? 一抹も、彼女が寂しさを感じていないなどということは決してないだろう。それを感じさせない明るい振る舞いに、ほんのり胸の奥が震えた。


「ルーさんと違くてごめんね、幻滅した?」

「いいえ、向日葵ちゃんもルーちゃんも私のとっても大切で大事な家族ですもの」


 向日葵はすぐに言葉を返さず、笑みを浮かべて手を伸ばす。彼女の頬を柔らかく撫でて「ありがとう」と。

 そして、ゆっくりまぶたを閉じる。

 伸ばした手を包み込む感触は、その手を向日葵の胸の前まで移動させた。向日葵もその動作に抵抗せず、静かに受け入れた。


「おやすみなさい、向日葵ちゃん」

「おやすみ、ちょこ」


 微睡の中思わず口をつく馴染みある名前。向日葵は己が呟きへ気づかないまま寝息を立て始める。

 フェロメナは自身の真っ赤になった頬を包み込み恥ずかしそうにかぶりを振った。


 さあ、眠りとは。

 脳がそれまでに得た情報を整理する時間だという。

 ならば向日葵は今何を剪定しているのだろうか。

 この場所は優しく暖かく、向日葵に危険が及ぶことはきっと起こり得ない。

 親切な人たちとの思い出。

 これまでに聞いた御伽噺にも似た話。

 帰る方法の模索。


 散らかった点を並べ替え、線を繋いで輪郭を作るように、無意識下で少女は探していた。

 此処の住人に悪いところは一つもない。それでも、帰りたいものは帰りたい。

 どうしたってその心理を剥離させることはできない。向日葵が、園田向日葵という人間である以上、この得体の知れない館からの脱出の念は常に心の奥底に滞在しているのだ。


 いっそ夢であってくれたなら。

 夢と現は目に見えた境界線などないのだから、どちらが正しいかなど分かりっこない。

 もしこれが夢だとしたら、これ以上此処での生活に染められてしまう前に、今すぐにでも目が覚めてほしい。

 反面、目覚めたくない、途方もない寂しさが向日葵を苛んだ。


 これまで触れ合った皆の存在が、跡形もなく気化するのは嫌だ。


 ……時が経つ。

 誰かが彼女の頭を撫で、髪に指を通して梳いている。降り注ぐ、包み込むような声。名を呼ばれている。

 瞼に光は感じない。微かに夜の唄が聞こえて来る。

 日が暮れたのだ。そうわかった時、いまだ閉じたままの瞼へ、再び声を掛けられる。


「あなたは誰?」


 口をつく。

 薄く目を開ければ、覗き込む顔が映る。

 ぼやけた輪郭が鮮明になっていくと、彼が苦笑しているのがわかった。


「寝ぼけているとしても、酷い言いようだな」

「アスラさん?」

「ああ、ほかの何かに見えるか?」

「いいえ」


 体を起こして伸びをする。

 膝の上に感じる重さから、向日葵は状況を理解した。

 フェロメナはきっと、起こすことを忘れて少女の膝の上に丸くなるようにして共に眠ってしまったのだ。必然的に起こす存在がいなくなり、彼女たちは夕食を忘れて眠りこけていたのだろう。


 気持ちよさそうに寝息を立てる彼女を起こすのは躊躇われて、声を潜めてアスラへ謝罪した。


「お待たせしてごめんなさい」

「構わない。待つのは慣れている」


 戯けたように返された言葉には、彼が過ごした悠久の刻を淡く滲ませていた。

褒められたいです!絶賛褒められたい期突入です!うわーー!!

励ましのお便りをお待ちしております。

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