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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
16/102

16.切り取られた丸い空を見上げて

 さて、向日葵はいくつか気になったことがあった。

 話題に上がったアヤメという人物も多少なり興味はある。どんな人がやってくるのかと思うことは無理もないだろう。

 しかし、待ち人について語るアスラたちへ混ざらず向日葵は他の言葉に着目した。


「休暇中の方を迎えに行っているというのは、どういうことなのでしょう?」


 向日葵はこの言葉に内包された事実を察知していたが、気づいていない体を装い、投げかけた。


「アヤメはこの館にはいない。いうならば、実家へ帰省しているようなものだ」

「実家、ですか?」

「彼女のもといた世界のことだ。アヤメはキミの面倒を見てもらうために連れてきたから、キミがいない間は故郷へ一時帰省するのだよ」


 だから本来はあと二年戻る予定ではなかったのだが。とアスラは付け足す。


「ほかの皆さんも、生まれ故郷に戻ることはあるんですか?」

「いいや、アヤメくらいなものさ。そもそも此処の住人は皆、帰る場所がない烏合の衆だからな」

「私の帰る場所は向日葵ちゃんのお膝だけです〜!」


 話の腰を折るフェロメナへ、アスラは鋭い目を向けて「やはりお前を野放しにするべきじゃないな」と。

 まあまあ、とアスラの勢いを窘め、向日葵は続けて聞いた。


「皆さんは帰ろうと思えば帰れるんですか?」

「ああ、できなくはないだろう」

「何か問題でも?」


 歯切れの悪い返答へ畳み掛ける。

 アスラは誰からも視線を外し、何もない中空から言葉を選びとるようにじっくりと続ける。


「器ごと世界を超えることは難しい。此処でそれができるのは私やヴィーくらいなものだ」

「私もできます〜!」

「お前は……まあ、変わってるからな……。兎の姿で有ればなんとかなるみたいだったな」


 フェロメナに関して釈然としないアスラは、不意に向日葵へ顔を向けると、彼女がよほど難しい顔をしていたようで、それを見てクスリと笑った。


「深い井戸のようなものだ」

「?」

「キミは此処へ来るとき落ちるような感覚があっただろう? それはあながち間違いではない。キミは此処、井戸の底に落ちてきたのさ」

「では、」


 はたと、言葉を止める。

 向日葵は直接的な言葉を飲み込んで、アスラの続きを待った。


「落ちるのは容易だ、足を踏み外せば真っ逆さま。しかし底から這い上がるのは難しい。体はあまりにも重すぎる」


 だから、と彼は区切る。

 向日葵があまりにも食い下がったからか、アスラは気がついていた。向日葵が求めている情報に。だからこそ、こう言い放つ。


「キミはこの館から出られないよ、向日葵」


 キッパリと言われたじろぐも、負けてばかりではいられない。


「っ。……難しいだけで、登れれば帰れるのでしょう?」

「私が易々とキミを手放すと思うか? 言っただろう? 許してくれなくていい、こればかりは私のエゴだ」


 手首を強く掴まれて語られると、心の逃げ場さえも閉ざされたように感じられる。

 フェロメナはあわあわと、どちらに対して割り入ったものか悩み慌てているようだ。


 向日葵は言葉の武器を選ぶ。

 情に訴えても無意味だ。彼はすでに、理屈ではなく情動で向日葵を縛り付けている。そこへ帰郷の願いを哀願しても、感情の押し付け合いにしかならないだろう。

 故に冷静さを装って、けれど僅かに掴まれた手の圧迫から恐れを抱きながらも果敢に、別の言葉を取り上げた。


「アスラさんとヴェロニカさんはその難しいことができるんですよね? どうやって?」


 彼は不敵に笑う。手に込めた力はそのままに、壁に押し付けると、彼女は自然と壁際へ追い詰められて悪魔の懐へと収まってしまう。

 逃げ場を失った無力な少女へ「往生際が悪いな」と。


「向日葵は見かけによらず度胸があるようだ。そして聡明だ。どうやってかと聞かれれば、それは私が世界を超えられる悪魔だからという他あるまい。ヴィーとてそうだ、彼の魔法はそういうことができるというだけだ。わかっただろう、キミには無理だ」


 追い込まれた向日葵は、それでも懸命に足掻こうと目を泳がせて思考する。

 視界の端に、慌てふためくフェロメナが映ると、彼女もまた世界を超えられることを思い出す。


「フェロメナは超えられました。アヤメさんという方も帰郷できるのでしょう?」

「馬鹿なことを。フェロメナは兎だし、アヤメとて人間ではない。向日葵とは比ぶべくもない」

「人間では不可能だと?」

「無茶だな」


 彼は否定をしなかった。

 それはきっと、何かしらの方法があるということなのだろう。

 それがわかっただけでも今は十分だと思った向日葵は、両眼を伏せて一息ついた。

 すると、空いた片手を柔らかな手が包み込む。

 視線をやると、フェロメナが向日葵の手を握っているようだった。


「向日葵ちゃんは帰りたいんですか?」


 しゅんとした呟き。

 直接こちらに気持ちを問われることは新鮮だった。アスラといえば、絶対に帰す気はないのだという一方的な主張をするばかりで、一度だって、帰りたいか? とは聞かなかった。

 向日葵は一瞬、アスラへ目を向けてから、フェロメナへ頷きを見せる。

「そうですかぁ」とフェロメナは一層萎れる。


「向日葵ちゃん、私やご主人様は、向日葵ちゃんに此処にいて欲しいと思ってます……。だって、此処じゃなきゃお喋りもお粧しもできませんもの」

「でも、急にいなくなった私を、みんな心配してるはずだから……」

「むむ……そうですねぇ」


 向日葵にちょことして飼われていたフェロメナは、彼女の家族を知っている。それを思い出して、フェロメナは揺らいでいた。

 しかしアスラがすかさず言う。


「フェロメナ、間違っても向日葵連れ出そうとするんじゃないぞ?」

「はわ〜、ダメですかぁ?」

「仮にうまく連れ出しても、すぐ迎えに行く。私と向日葵は魂の契約で繋がっているのだから、逃げ(おお)せるなどと思わないことだ」

「あ〜! それじゃあダメなんですか?」


 華やぐフェロメナの笑顔。名案が浮かんだと言うように張り切っているが、アスラは冷めた口ぶりで問う。


「どれのことだ?」

「行ったり来たりすればいいじゃないですか〜!」

「間抜けも大概にしろよフェロメナ」

「ダメですかねぇ?」

「お前は自分が世界を超えたことで負った痛みを忘れたのか?」

「あ、ああ〜……うーんと、そうですね〜。ダメでしたぁ」


 光明が見えかかった話題の中、二人が納得している姿に向日葵は首を傾げる。

 アスラは掴んでいた手を離して、彼女を解放してやると告げた。


「生身で世界を超えると言うことには相応にリスクが伴う。此処へ落ちるのもそうだ。うまく受け止めていなければ最悪キミは死んでいた」


 それは宣告だ。

 此処からは決して出られないのだから、愚かな考えは捨て去ってしまえという、独善的な脅し。

 けれど向日葵には、その唐突に注がれた濃い珈琲のような主張を、大人しく飲み込むことはできなかった。

 しかし、飲み込む振りくらいはできる。

 残された希望のピースはまだ存在する。その反逆の意思を内に隠したまま、向日葵は微笑んで「わかりました」とそれ以上この話を二人に追求することはしなかった。

毎話挿絵を書くのに構図力の限界を感じたので気になったシーンだけ書くことにします。

世界構造の話で、井戸や塔を出しがちですが、井戸は冥界、塔は神の国へ繋がるとかなんとか、異界に繋がるゲートらしいです。

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