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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
15/102

15.誰より特別で素敵な少女

 綺麗に着飾り粧しこみ、熱い視線を注がれながら手を取られ口を付けられると、以前この館で魔法使いから打たれた言葉を思い出す。


 誰より特別。


 それは微々たる愉悦を内包しながらも、その好意に甘んじ続けていれば自分が自分でなくなっていくような得体の知れない恐ろしさもまた含んでいる。

 向日葵は照れ隠しとそんな自己喪失の恐ろしさから、彼に取られた手を引いて、もう一方の手で包み隠した。

 僅かに指先を動かして、まだなお残る温もりを撫で摩る。


「変なところがないならよかったです。フェロメナのおかげですね」

「とってもお似合いですよ〜! お化粧があんましできなかったのが少し残念です〜」


 アスラは手を離されてしまい名残惜しいが、それには言及せずフェロメナの言葉へ「向日葵にまだ化粧は必要ないだろう」と返した。


「そんなことないですよ〜。お化粧は素敵な人をもっと綺麗にする魔法の道具なんです! ルーちゃんが言ってましたぁ!」

「ならば、次の機会には用意させておこう」


 ふっ、とアスラが笑みを溢す。フェロメナは返答に嬉しそうにしているが、向日葵は彼の反応に驚いた。彼がこの兎へ何の嫌味もなくすんなりと彼女の要求を飲んだからだ。余程彼女の手腕がお気に召したのかもしれない。今ならば、彼女を追い出さないで欲しいと言えば笑顔で迎えてくれる気さえする。


 ところで、これまで黙っていたアリオはまじまじと、支度を終えた向日葵を見つめボソリと。


「化粧までしたら今度こそ危険かもね」


 アスラとフェロメナは、用意して欲しい化粧品についての話をしていて、その声を聞き漏らしたが、向日葵は確かに聞いた。


「危険とは?」


 それとなく問うてみる。


「アスラ様の理性が」

「えっ」


 まさか。と漏らす。彼は向日葵を害することはないだろう。

 しかし「愛情が必ずしも優しいとは限らない」と苦笑される。


「ぼんやりしてたら、次は此処にされるかもね」


 アリオは自らの口元を指さした。その仕草に向日葵は先ほど手を取られされたことを思い出し、またアリオが意味するところを想像して真っ赤になる。

 今日はこんなことばかりで、このままでは茹でだこになってしまいそうだ。

 沸騰する顔を少しでも冷まそうと両手で頬を包んだ。


 アスラと向日葵、二人の反応を見て満足したのか、アリオは別れの言葉もなく、静かにその場をあとにする。

 残された向日葵は一生懸命、顔から出る火を消火しようと手をパタパタさせてみたりした。


「向日葵? どうかしたのか?」

「い、いいえ。どうもしません」


 意識してしまったものだから、顔を合わせられず、不自然にそらしてしまう。

 彼がそれをどう受けとったのかは、向日葵には知りようがなかったが、今はそれよりも自らの内で暴れ回る羞恥心を抑え込むことでいっぱいいっぱいだった。


「お顔が少し赤いみたいですねぇ……お熱でしょうか?」

「ちっ、違うの! なんでもないんです。大丈夫!」

「アリオに何か言われたのか?」


 姿が無いことに気づいたアスラが訊ねる。

 言われはしたし、それが要因ではあるのだけれど、原因は目の前に居る。

 向日葵は首を横に振って見せた。


「そうか……。アリオのことは気にしなくていい。あれは昔から天邪鬼なところがあるからな。キミのことが嫌いで意地悪を言っているわけじゃない」

「ほ、本当にそういうんじゃないんです!」


 あらぬ誤解を招いてしまったことに、困り笑顔で告げる。

 そこでようやっとアスラの顔を見ると目が合う。刹那、彼はニヤリと笑みを深めて「やっとこっちを見たね」と囁いた。


 スッと温度が引いていくのがわかる。恐ろしさも恥ずかしさも何処へやら。純粋に、自分は遊ばれているのだと気づいて、なんだか煮詰まっていた自分が馬鹿らしく思えてきた。

 まだほんのり熱の残る頬をそのままに、微笑を返す。そのまま向日葵はワンピースの裾を手に、少し持ち上げて衣服を示した。


「フェロメナは本当に凄いです。こんな素敵なお洋服を選んでくれて。私が選んだら、面倒くさがっていつも同じような服を着てしまいます」

「向日葵ちゃんは可愛いので何を選んでもお似合いになって楽しいです〜!」


 フェロメナはそう言ってアスラに見せびらかすように、向日葵の肩に手を置いた。そして「ご主人様もそう思いますよね?」と。

 二人の距離の近さが些か気になったものの、無邪気に問われれば「ああ、そうだな」と返すしかない。微かに笑みを零して見せた。


「それで、あの、アスラさん。私は……」

「遠慮せず言うといい。キミの願いを聞かせてくれ」


 これから彼女が何を言うかをわかっていて、決して先回りせず彼女が言うまで待つ姿勢のアスラ。

 それは優しくもあって狡くも感じられる。

 らしいと言えばらしいだろう。

 彼は悪魔だ。願いは口にしなければ、決して叶えてなどくれやしないのだから。


「彼女をこれからも此処に置いてあげてください」


 お願いをする立場として頭を下げる。けれどそれは同時に相手の顔色を窺えなくなる行為。表情の変化に怯えることはなかったけれど、ひどく緊張してしまう。

 上から降り注ぐ声は「いいだろう」と。

 顔を上げると、勝気な笑みを浮かべたアスラが続けた。


「但し、こちらからも要求がある」

「要求、ですか……?」


 もしやこれは、俗に言う“代償”というものだろうか?

 物語の中の悪魔は、願いを叶える代わりに対価を求める。思えば彼とて、最初の契約者との間には魂のやりとりを行なっていたのだ。

 これまでなんの説明もされなかったのですっかりそんなペナルティがあるとは思わなかった。

 願ってしまった以上、受け入れねばならないのだろうと、向日葵は身構える。

 けれど悪魔の要求はこうであった。


「今、ヴィーに休暇中の侍女を迎えに行かせている。その間抜けだけじゃなにかと心配だからな。そのモノをそばに置いても構わないなら、フェロメナと共にいることを許そう」


 力んでいた体から力が抜け、呆気にとられる。


「いいんですか?」

「何がだい?」

「要求って、それだけなんですか?」

「これ以上を望むなら考えてもいいが……」


 アスラの月色の双眸が、まさに月そのもののようにその裏側に影を含ませた。

 向日葵はゾッとして首を横に振る。


「いいえ、十分です。わかりました」

「そうか。残念だ」


 くつくつと笑うアスラに、まだ少し冷や冷やする。

 先ほどまで燃え上がる勢いだったというのに、今は凍りつきそうな自らの感情の波に翻弄され、どっと疲れてしまう。


 誰にも悟られぬよう息をついていると、この間を機にフェロメナが口を挟む。


「アヤメさんが戻られるのですかぁ?」

「ああ。どこかのぼんくらが予定を狂わせたから、急遽連れ戻すことになった」


 遠回しの嫌味に気づいた様子はなく、フェロメナは「わぁい!」と。


「アヤメさんはとってもお優しいのでまたご一緒できて嬉しいです〜!」

「ふん」


 全く動じない彼女に態度に、アスラは呆れて息を吐いた。

最近静かに言葉を考える時間が少なくてペースダウンが著しいです。描きたいことがいっぱいあるのになかなか上手くいかなくてもどかしいですね。

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