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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
13/102

13.“私の可愛い兎さん、一緒にお粧しいたしましょ”

 髪を誰かに梳いてもらうのは久しい。


「痛かったら教えてくださいね〜」

「うん」


 幼い頃に利用していた散髪屋さんが閉じてから、美容院のキラキラとした空気に緊張して、髪を切りに行くことを避けていれば、焦げ茶色の少し癖のある髪は腰のあたりまで伸びてしまった。

 ここまで伸びてくると、切ってしまうのは勿体無い気もして、今なおそのまま、伸びたがる髪を思いのまま自由にさせている。それに、自分で切ってみて変になるのも憚られた。


「私ずーっと思ってたんです、向日葵ちゃんのお手入れはとっても乱暴だなあって! 私には優しくブラッシングをしてくれるのに、自分の毛先はとってもボロボロなんですもの!」

「途中で腕が疲れちゃって……」


 枝毛だらけの髪をまじまじとみられると恥ずかしい。お手入れがいい加減というわけではないはずだが、丁寧かと聞かれると苦い笑みを返すだろう。


 ふと、以前アスラが彼女の髪に触れたことを思い出して、急に恥ずかしくなる。こんなボサボサの髪を彼は愛おしげに指で撫でていたのだ。


「こんなに誰かに触られるならもっと綺麗にしておけばよかった」

「うふふ、これからは私が綺麗にしてあげますよ!」


 自信たっぷりにフェロメナは答えるけれど、少し不安だ。

 曰く彼女は何をやっても失敗ばかりで、アスラはおろか、あの優しげなヴェロニカからも呆れられているのだから。

 向日葵の不安などお構いなしに、彼女は幸せそうに、向日葵をどうお粧ししようかと声を弾ませていた。


 数刻前。

 アスラとヴェロニカが廊下で密談をしていた頃、部屋の中でフェロメナは向日葵に尋ねた。


「向日葵ちゃんにお願いがあるんです」


「なに?」と返してみれば、立ち上がった彼女は少女の手を取り「ついて来て下さい!」と。

 駆け出そうとする彼女の手を引きとどめ、向日葵は問う。


「どこへ?」

「向日葵ちゃんのお部屋です〜!」

「それはどうして?」

「向日葵ちゃんをもっと素敵にお粧ししたいんです!」


 危ないことでもなさそうだと感じた向日葵は、誘われるままに化粧台の前に座らされ、ブラッシングをされている。

 彼女が兎のちょこなのだと思うと、逆に櫛を入れられている現状は不思議な心地である。


「ひとまずはこれくらいでぇ、いったん髪を上にあげますね〜」

「フェロメナ、なんだか慣れてるんだね」

「えへへ、ルーちゃんにいっぱい教えてもらいましたぁ」


 それは、向日葵の前世でありフェロメナの最初の主人の名。

 どんな人だったのだろうかと思っていると、聞くまでもなくフェロメナは歌うように口をつく。


「ルーちゃんはとってもお洒落さんで、お手入れもお化粧もお洋服も、全部大事にしてましたねぇ〜。私もいーっぱい可愛くしてもらいましたぁ」


 毎日同じ服を着る向日葵にはとても驚いた、とフェロメナは語る。一瞬なんのことかと思ったけれど、それはおそらく制服のことを言っているのだろう。向日葵は思わずクスリと笑みをこぼした。

 すると突然、フェロメナから「両手を上にあげて下さーい」と。言われるままに腕を上げると、勢いよく「そぉれ!」と服を脱がされてしまう。


「わぁっ」


 驚きの声を漏らした時。

 バタンッ。扉が強く開け放たれる。


「向日葵! 無事か!?」

「え? はい」


 やって来た、というよりも、追って来たという方が正しいだろう、そこには肩で息をするアスラの姿があった。

 無事かと問われ、何もされてはいないので、すぐにそう答えたけれど、向日葵は今中途半端に服を脱がされている。

 せめて羽織があれば申し分ないが、キャミソールを着ているし、さして気に留めていない向日葵だったが、アスラは口を開けて静止しているようだ。


「未成年の子女がみだりに肌をみせるのはよくない!」

「あらぁ、お部屋に入って来たのはご主人様ですよ〜?」


 やっと絞り出した言葉への悪意の篭っていない(もっと)もすぎる切り返しに、アスラは呻く。

 バツが悪そうに、向日葵の方を見ないように別の話を投げた。


「フェロメナ、お前は向日葵を連れ去ってどういうつもりだ?」

「う〜んと、見ての通りですけれど〜?」


 アスラの質問の意味がわかっていないのか、そんな素っ頓狂な返答に、向日葵は付け加える。


「彼女は私をお粧ししたいらしいです」

「お粧し?」

「そうですよ〜。これからお着替えしてお化粧してお飾りもつけて、向日葵ちゃんをとびっきり綺麗にするんです!」

「はっ! お前にそんな器用なことが出来るとは到底思えないな! むしろ向日葵の体に傷でもつけそうで看過できるか!」

「むぅ……ルーちゃんに教えてもらって自信があるんですけどね〜。そんなに言うなら、此処でご見学されますか?」


 静寂が場を包む。

 彼女の言葉の意味するところを想像して、アスラと向日葵は赤面し、互いに居た堪れなくなり目を逸らす。


「向日葵が構わないなら残るが……」

「駄目です。断固拒否します」

「だろうな」

「ではでは、ご主人様はお外で待ってて下さ〜い」


 そう言ってフェロメナは、自らの主人の背をぐいぐいと押して部屋の外へと追いやる。

 アスラといえば、それを振り払いたい気持ちでいっぱいだったが、勢い余って彼女の首が落ちてしまったらと思うと、向日葵の前で強行的な手段は選べなかった。


「ぜーったいに覗いたらメッ! ですよ〜?」


 フェロメナが悪戯っぽくウィンクをすると、アスラは「ルーみたいな言い方をするな」と不満を呈する。しかし言葉半ばに扉を閉められ、彼は締め出されてしまった。

「主人の言葉くらい最後まで聞け!」などと部屋の外から声が響くが、もう押し入ってくる気配はない。

 フェロメナは向日葵の後ろを通り過ぎると、クローゼットの中から「どれがいいですかねぇ」と服を物色している。


「それにしても意外でしたねぇ。ご主人様も照れちゃうことがあるんですねぇ」

「そうだった?」


 向日葵は自身が恥ずかしさから顔を逸らしていたので、彼がどんな顔をしていたのか目の当たりにしていない。あのアスラが照れているところは思い浮かばず、ピンとこない。


「あんなご主人様初めて見ました! ご主人様にも可愛いところがあるんですね〜!」


 本当に照れていたのなら、確かに少し可愛らしい。彼の口ぶりからてっきり、そういった交流には慣れているものと思っていた。そうでもないのだとしたら心底意外だ。

 向日葵はほんの少しだけそのうぶな姿を想像して興味と共に微笑をこぼした。


 部屋の外からは時折、少女を心配する声が聞こえてきて、僅かに催促されているような気になり焦ってしまうが、フェロメナの方はマイペースにも「お好きな色はなんでしたっけ〜?」と問いかけてくる。


「特にないかな」


 自分が身にまとうことを思うと、下手に好きな色を挙げて似合わなくなるのは嫌だった。

 せっかくなのでフェロメナがどんなコーディネートを行うのかも見てみたい。けれど彼女は向日葵の返事に納得がいかず頬を膨らませて見せる。


「好きなものを取り入れてこそ、お粧しは楽しいものです! 本当に何にもないんですか?」

「フェロメナの好きに選んでいいよ。あんまり派手だと困っちゃうけど」

「うぅ〜。それじゃあお洋服の前にこちらを見てくださ〜い」


 いくつか手に持っていた服をクローゼットへ掛け直すと、足元に置かれていた小箱を持ち、向日葵の前でその蓋を開ける。

 中にはいくつかの飾りリボンやアクセサリーが丁寧に納められていて、感嘆の息を漏らしながら向日葵が目についたバレッタを手に取ると、フェロメナは「それですねぇ」と、バレッタを残して箱を閉じた。


「今日の向日葵ちゃんのご気分は〜カメオのバレッタですね! これに合わせてお洋服を選んじゃいましょ〜!」

「え、いや、細工が綺麗だなって思っただけで、そんなつもりは……」

「他のがよかったですかぁ?」


 既に何着か新しい服を見繕っているフェロメナは小首を傾げた。

 箱の中身を思い返して、ほんの一瞬しか見ていなかったこともあり他に気になったものは思い浮かばない。彼女の姿勢から、どうあっても向日葵に何かを選んで欲しい様子なのがわかるので、結局それ以上言及することはしなかった。


「ううん。それでいいよ」


 諦めた笑みでそう返すと、彼女は屈託なく笑い返す。


 それからフェロメナは、服を向日葵の体へ当ててみたり、髪に柔らかく触れながらバレッタの位置を試行錯誤してみたり、真剣だけれど楽しそうに向日葵の衣装を選んで行く。

 実際に口をついているわけではないが、彼女の弾む息遣いは鼻歌を歌っているようにも聴こえて可愛らしい。

 今度こそはインナーまでも脱ぎ、選んだ小さな花のパターン柄ワンピースを着る。御伽噺に出てくるようなゴテゴテのドレスだったらどうしようかと思っていただけに、それなりに馴染みのある見目に安心した。

 着替えを手伝われるのはお断りしたかったけれど、どうにも純粋な眼で「ダメでしょうか?」と問われると断りきれなくなってしまう。

 着衣を終えると、改めて何種類かの櫛を順番に使って髪をより綺麗に整えていく。


「傷んだ毛先は、また今度切りましょうか〜」とフェロメナは呟いた。

 ブラッシング終えたなら、艶を出すためのオイルを塗り込む。ハーブのような自然で甘すぎない香り。さらさらと髪の毛が流れるよう滑らかになれば、再びブラシを片手にフェロメナは髪を一房ずつ揃え編み、目立たない色をした飾りのないゴムで髪を留めた。

 その結び目に沿うように、髪の隙間へバレッタを滑り込ませる。

 左右の髪を編み後ろへ流しバレッタを飾り、襟足はそのまま後ろへ垂らしているシンプルなヘアアレンジだ。

 そこで一旦、前髪をクリップで持ち上げると、今度はドレッサーの中身を物色する。


「これはまだ使えますかねぇ? うーん。二百年はだめですかねぇ?」


 不吉な言葉に向日葵はひきつりながら「お化粧はしなくてもいいと思う」と。


「むむぅ。ちょっと残念ですがそうですね〜。あとで新しいのを用意してもらいましょうね!」


 諦めてくれた彼女に、ほっと胸を撫で下ろした。


 仕上げに悩むフェロメナを待ちながら、ふと思い返す。

 これからは。

 また今度。

 あとで。

 自然に彼女が口にした言葉に、向日葵は純粋に期待を抱き、こうして過ごす時間がこれからも続けば良いと密やかに祈った。

やっとこさ少しラブコメらしさが出た気がします。やったー!

ラブはありましたがコメが出てきてよかったです。わーい!

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