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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
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12.望郷

 フェロメナの部屋の前へ行くと、中から大きな話し声が聞こえる。

 その柔らかに諭すように、しかしはっきりと告げられる声は確かにヴェロニカのもので、「いいかい?」と幾度も当人へ確認しているようだった。


「まだ首は繋がりきっていないから激しい運動はダメ。縫合のサイズが合わなくなるから、兎になるのも絶対ダメ。縫い目が切れたら支えがなくなるから切ろうとしないこと、無闇に触るのも良くないよ」

「はぁい」

「本当にわかってるかい? 守れなかったら向日葵さんとは二度と一緒にいられないんだからね?」

「ヴェロニカ様が毎日おっしゃったのですっかり覚えましたよ〜! ばっちしです!」

「不安だなあ……」


 部屋の中から微かに漏れるそんな会話に、こちらまで不安になりながら扉の前へ立つと、アスラが代わってノックをした。

「どうぞ」という返事に、とうとう覚悟を決める。


 ちらりと一瞬、隣に並ぶアスラへ視線を投げると、彼はニヤリと笑って「大丈夫だ」と。


「望むならいつまでもそばにいるさ」

「こんな時に愛の告白みたいなことを言わないでください」

「私がキミへ贈る言葉は全て愛の告白だとも」


 それは紛れもない本心だったけれど、向日葵は冗談の軽口だと受け取った。そのお陰で緊張して固まっていた体から程よく力が抜けたようだ。

 ドアノブへ手を掛けたアスラへ無言で頷きを返す。


 開かれた部屋の中、小さなワンルームはフェロメナの居住する個室で、生活に必要な最低限のものしか置かれていないように見受けられる。

 ヴェロニカは部屋に一つしかない椅子へ座っていたけれど、向日葵の姿を見るや立ち上がり席を譲る。

 フェロメナは向かい合うようにベッドへ腰掛けていたのだが、ヴェロニカの行動につられて勢いよく立ち上がり、向日葵を見るや花が咲くように幸せそうな笑みを浮かべ「こんにちはぁ! 向日葵ちゃんとご主人様!」と挨拶した。しかし、勢いよく立ち上がったものだから、ヴェロニカと向日葵はギョッと青褪める。


「フェロメナ、そんな乱暴に動かないで……」

「あ、そうでしたぁ」


 飛びついて来そうな勢いにたじろぎながらも、向日葵はヴェロニカに空けてもらった席へと腰掛ける。

 すると自然に、両隣にアスラとヴェロニカが待機することとなりそれもそれで落ち着かなかった。

 フェロメナは気にした風もなく、マイペースに「失礼しますね〜」とベッドへ再び腰掛けて、向日葵と向かい合う。


 そこでまできて、向日葵は後悔した。

 数日間の猶予があったというのに、彼女ときたらぼんやりとただ無為に時間を過ごすばかりで、いざフェロメナを前にした時なんと話せば良いのかを、まるで考えていなかったのである。

 とりあえず挨拶に返事をした方が良いだろうか。


「こんにちは、お久しぶりです。フェロメナさん」


「むむ」とフェロメナは唸る。


「さん付けはいりませんってば〜」

「え、えと……では、フェロメナ」

「はーい」


 慣れない呼び方にぎこちない響きになってしまったけれど、呼ばれた彼女はそれは嬉しそうに返事をしてくれた。

 間の抜けたような独特な雰囲気が、話題に困り果てていた向日葵の気負いを解きほぐしていくようで、思わず向日葵は微笑ましさをこぼす。


「私は、あなたのことをもっとよく知りたいと思います。話し相手になってくれませんか?」


 向日葵の言葉に、フェロメナは今までで一番の笑顔を浮かべて「喜んで!」と。


「ご主人様から向日葵ちゃんがお話ししたいって言ってたことを聞いて、とーっても嬉しかったんです〜! 私、嫌われたんじゃないかってすっごく悲しかったんですもの!」

「吃驚はしたけども……」


 はしゃぐフェロメナの様子に、向日葵は苦笑した。


「あなたのことを何も知らないのに、嫌いになりようがありません」

「そんなことはないですよぉ」


 彼女は向日葵の手を両の手で包み込み、自らの頬まで引き寄せた。


「何も知らないなんてことはありません。私は向日葵ちゃんが抱いて撫でてくれたこの温もりを知っていますもの」


 指先が彼女の茶色い髪へと触れると伝わる、細く柔らかい、ふわふわとした手触りは、向日葵にも覚えがある。

 もっときちんと触れてその感触を確かめたい。


 疼く気持ちを抑えてはにかむと、フェロメナは触れやすいように頭を前へ垂らした。


「どうぞ」

「えっ、でも……」


 触ったらポロリと落ちてしまわないだろうか?

 隣へ立つヴェロニカへ視線で問う。


「引っ張ったりしなければ平気だよ」

「で、では」


 お言葉に甘えて。向日葵はそっとその懐かしい色の髪へ触れる。ふわふわでさらさらな、シルクのような髪は、太くて固い向日葵のそれとは大違いで、いつまでも触れていたい。

 目を閉じてみれば、記憶の底から探り当てることができる愛らしい兎の姿。


 彼女はちょこだ。

 実感が湧くと、懐郷の念が共に溢れる。

 向日葵は、見知らぬ場所でようやく家族を見つけることができた。


 再び正面からフェロメナを見つめると、彼女は優しい笑みをもって向日葵の揺らぐ瞳を受け入れた。


「ふふっ、また向日葵ちゃんに撫でてもらえて幸せです〜」

「私も。あなたとこうしてお話ができて嬉しいよ、フェロメナ」


 仲睦まじく語らう二人を横目に、アスラがヴェロニカの襟首を掴み引っ張った。

 音もなく口だけを動かして疑問を呈する。

 アスラは遠い景色を見るようにどこか寂しく、そっと向日葵のそばを離れて退室する。

 扉を閉めた部屋の外、隣に立つ青年にのみ零した。


「私に気配りは向かない」


「ああ、うん」と呆れた息をついた。


 あの場で静かに留まり続けることが、アスラには難しいのだろう。特段好んでもいない、少し厄介に思っているくらいのフェロメナと大切な向日葵が、(かね)てから通じ合っていて、それが傍目から見ても伝わってくる。気に入らなくても仕方がない。内心では、フェロメナを叩き出す口実を失ってしまったことと、愛し子を横取りされたような黒々とした感情が渦を巻いて、いつ飲み込まれてもおかしくないのだった。

 彼女たちを二人きりにするのは些か不安ではあったけれど、自らが彼女の望む時間を邪魔することになるよりはマシに思えた。


 ヴェロニカもそれを察して、難儀な彼を気の毒に思った。しかしそれも束の間だ。


「私はここから中の様子を窺うから、ヴィーは向日葵のそばでぼんくらが何かしでかしそうになったら止めろ、いいな?」

「ストーカー行為を明言するのはよしてください。第一、隠れて見てたら結局そばにいるのと変わらないし、我慢が効かなくなったらあなたは飛び出てくるでしょ?」

「そんなことはない」

「どうだか……。まあいいでしょう、あなたの頼みなら聞かないわけにはいかないもの。止める相手がアスラ様じゃないことを祈っておきます」


 息をついて、部屋の中へ戻ろうと扉へ手をかけようとするも、ドアノブは定められた軌道に沿って彼の手を避けた。

 内側から開かれた扉が、無情にもヴェロニカの体にぶつかると、ゴツン、という音が廊下へ響く。

 部屋の中からフェロメナがひょっこり顔を見せると「あらぁ〜?」と。


「お二方ともお外にいたんですねぇ?」

「すみませんっ! 外にいると思わなくて……今すごい音がしましたけど、大丈夫ですか?」

「びっくりした……」


 顔をぶつけたヴェロニカはその場所をさすりながらも心配する向日葵へ「大丈夫」と付け加えた。


「あ、ご主人様ぁ! 少しだけ向日葵ちゃんをお借りしまーす!」

「は?」


 何が余程嬉しいのか、フェロメナはマイペースにもそんな言葉を投げかけて、返事も待たず向日葵の手を引いて行ってしまう。

 彼女たちの突然の行動に、取り残された男たちはポカンと数秒、思考停止を余儀なくされたが、すぐに正気に戻ったアスラは、愛し人の名を叫びその後を追い駆けた。

 その声に遅れて事態を飲み込めたヴェロニカは、フェロメナの駆ける姿を思い出し蒼白になる。


「お願いだから、乱暴に動かないでよ……フェロメナ」


 地に落ちた呟きには、もう治療をしたくない彼の気苦労が滲んでいた。

思いつきで書きすぎて収集がつくのかとか辻褄合うのかとかが怖くなってきましたが、ゆるゆる創作マンなのでオールオッケーって感じです。わーい楽しい!

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