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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
序章 ようこそ最愛の君
11/102

11.見えないものの在り処を探して

 向日葵は暇を持て余していた。

 アスラは好きに過ごして良いと言っていたけれど、何もすることがないままに、数日を過ごしてしまった。

 ぼんやりして時を過ごすことは嫌いではないけれど、悩み事があるとそればかりぐるぐる考えて気疲れしてしまう。


 なんとなく、聞いてはいけない気がして誰にも吐露できない言葉がある。


 帰り道はどこにある?


 向日葵が此処に対して夢という言葉を用いたのは、兎を追って穴に落ちた少女の御伽噺がそうであったからで、ともすれば帰還の方法は夢から醒めることなのだと思っていた。

 けれどアスラは、此処は夢ではないと言う。


 本当に、本当にそうだとして。そうだとして、彼女が生きるべき世界から攫われてきているのだとすれば、家族は、友人は、どうしているのだろうか?


 一人でぼんやりしていると、そんな今まで考えないでいたことを思い悩む。かと言って、いつまでも知らん振りを続けることは到底できない問題だ。


 庭の芝生の上へ座り日差しを浴びていた向日葵は、唸り声を上げて仰向けに寝転がる。

 隣には誰もいない。

 少し一人で散歩したいと言えば、忠実な悪魔は気を利かせて離れてくれた。

 それは監視する気は毛頭ないことを表していると同時に、向日葵には帰る手立てがないからこそ野放しにしてもらえているように思えた。

 実際に、此処から出る術を向日葵は持っていない。


 どの道攫うつもりだったらしいアスラが彼女を帰すとは思えないし、この館の住人は皆、アスラに使役されている。此処では誰もが向日葵へ親切にしてくれたが、此処を出ようとする向日葵の味方になるものはきっといないのだろう。

 強いて言えば、ヴェロニカはアスラへ物怖じせずお小言を言ったり、住人たちから様付けで呼ばれているあたり、彼と対等な立ち位置のように考えられたが、彼とて悪魔を真に止める気が有ればこんなことに加担などしていない筈だ。


 何も浮かばない。


 万策尽きたかと瞼を閉じると、その内側の暗闇に、チカチカと瞬きを感じる。

 あれはなんだろう。

 それを追いかけるように意識を手放しかけたとき、上から声が降り注いだ。


「おいお前、風邪引きたいのか」

「此処で風邪って引くんですか?」


 緞帳(どんちょう)が上がるようにゆっくりと瞼が上がると、覗き込む少年の姿が見える。白っぽい髪の毛先だけが茶色く色づく不思議なグラデーションをした彼は確か、庭師のルカだ。

 彼は「当たり前だろ」と悪態をついた。


「お前は生きてるんだから」

「私は生きてるんですね」


 夢などではなく。と心の中で続けた。ルカは呆れる。


「お前は自分をなんだと思ってるんだよ」

「それはもちろん……」


 人間?

 途端に自己の認識が曖昧になると、告げかけた言葉は霞んで消えた。


 ぼんやりした様子の彼女を、ぶっきら棒な態度はそのままに少年は心配そうに見つめた。


「日差しに当たりすぎたんじゃないの? レフに頼んで冷たいお茶でも用意してもらったら?」

「ルカくんは優しいね」

「はあ?」

「此処の人たちはみんな優しいです」

「僕にはみんながお前を甘やかしてるようにしか見えないね。でもそんなの当たり前なことだよ。誰もフェロメナの二の舞はごめんだからな」


 ルカは「ふん」と息をついて、向日葵を立ち上がらせるとその背を強く押した。


「ほら、んなことよりいつまでも庭にいられてもメーワクなんだ。オジョーサマは中で涼んでくるといい」

「わっ、乱暴だなあ」


 転けるほどではないけれど、自然と足が前へ数歩出てしまうと、向日葵は振り返り拗ねたように頬を膨らませた。

 こうして立って見ると、背丈は同じほどなのがよくわかる。

 彼はにっかりと、全く悪気がなさそうに笑みを向けた。


「あ、今のご主人には内緒にしといてよ? 僕怒られたくないから」

「こんな些細なこといちいち言いませんよ」


 わざとらしくツンとした返事を見せるも、ルカとの時間は居心地が良かった。

 歳も近く感じるし、態度も砕けていて断然接しやすい。この軽口を叩き合う時間は向日葵にとってある種の憩いである。


 ルカは身体を持たない亡霊だったらしい。今でこそヴェロニカが代わりの身体を用意しているけれど、彼の生まれ育った世界で、彼は何も持たずに花畑で佇んでいた。

 生前の記憶を持たない少年霊。唯一、手元に残っていたのは、自分がルカという名であることと、真っ白いリコリスの花に心惹かれてしまうということだけだった。

 数奇な存在である彼を見出したアスラは、実験の一環と称して(なんの実験かははぐらかされてしまったのだが)、彼を館へ招き入れ、労働力とするための肉体を与えたのだという。


 失礼ではあるが、彼のように帰る場所がなかったならば、向日葵も現状をすんなりと受け止めて、此処での生活を純粋に楽しめたのかもしれない。

 此処の人たちは親切なことに加えて優しいから、きっと素敵な日々を過ごせたことだろう。


「ああやっぱり、ルカくんの言う通り日に当たりすぎてクラクラしてしまったかも……」

「げぇ……僕の庭で倒れないでよ? さっさと中に戻りな」

「そうします」


 解の見えない問答を繰り返し続けたせいなのか、はたまた本当に日差しに当てられて具合が悪くなってしまったのか。

 向日葵は自らの額に手を当て、のろのろと館へ向けて歩き出した。


「一人で平気?」

「大丈夫」

「そか。じゃあ気をつけて」

「うん」


 大した距離ではなかったので、向日葵はルカと別れて一人、とぼとぼと歩き出した。


 極力日陰を選んで歩く。

 風がそよぎ肌を撫でると心地よさで目を瞑る。葉擦れの音が聞こえる。止めていない足元から土や草を踏み地を蹴る音がする。瞳を開く。木々の隙間から日差しが漏れて、それは光の薄い膜となり小道へ垂れ下がっている。

 ぼんやりと、己の内側を覗き込み続けた向日葵のセンスは研ぎ澄まされていた。どこにでもある風景をより明瞭に、より美しく、より幻想的に捉え、此処にある現実を夢へ貶めていくほどに。

 現実と幻想の境界は曖昧になる。


 再び風が彼女を包み込むと、先ほどと同じように目を閉じた。

 それを感じることに意識を向けすぎてしまった少女は、流るゝ風に拐われるままに重心を前へ前へと傾け、とうとう均衡を保てず倒れ込んだ。


「向日葵」

「あ……」


 地面にぶつかる前に、風の悪戯から彼女の身を守るように、アスラがその身を包み込み支えていた。

 彼がもたらした温もりと、鼓膜を震わせた重すぎない深みを持った声に、微睡んでいた少女ははたと覚醒する。


「何を考えている?」

「何も」


 がらんどうに吹き抜けていたところへ、急速に自らを構成する思考が舞い戻りピタリと嵌ったようだった。

 向日葵は自分でも、虚ろだった先ほどの自分へ驚き目を丸くする。その様をアスラは、感情の色を宿さずに見つめた。


「ぼんやりしていたな」

「日差しに当たりすぎたみたいです。ルカくんに心配されてしまったから、中に戻ろうかと」

「転びそうだった」

「……あの、どうかしました?」


 圧というほどのものではないけれど、アスラは何かを見極めようとしている風であった。

 先入観と好悪を捨てて、ただじっと、向日葵の瞳の奥を覗き込むように。

 観察するようにじっくり見られて落ち着かない向日葵は単刀直入にアスラへと尋ねた。

 彼はそれに、ようやっといつもの、彼女のために向ける柔らかな微笑を持って、向日葵と同じように一言「何も」と答えた。


「一人で歩かせるのはやはり危なっかしいな」

「いつもこんなじゃないです」


 此処ではやることもないからぼんやりするのだと、茶化すアスラへ不服そうに口を尖らせた。

 彼は溜め込んでいたものを取り出すように、豪快に「ははは」と笑い飛ばすと、向日葵の手を取り先導する。

 口角を上げたまま、わずかに声色を低くしてアスラは言った。


「用意は済んだよ。一休みしたら、フェロメナに合わせてやろう」

思い出したようにポエム精製しました。感想やキャラクターの絵を描いていただけてうれしかったです。いっぱい描けるように気ままに頑張ります!

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