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ひだまりと悪魔  作者: 兎角Arle
番外編・挿話
100/102

100.魔の国1

 向日葵は少し居心地が悪く、先ほどから、振る舞われたただの水をちびちびと飲んで間を繋いでいる。

 正面に座り彼女を持て成してくれている、この国の王である銀髪の若い男性は、一見冷たそうに見える仕草や表情からは思いもよらない、思いやりのこもった声で告げた。


「すまないな、人間向けの飲料が今は酒か水くらいしかなかったんだ」

「お気持ちだけで十分です」


 にっこりと愛想良く返す胸の内で、この場にいないアスラへと向日葵は助けを求めた。


***


 少し前までアスラと共に、嘗て聖女一行として巡った土地を歩いてまわっていた。

 長い時が過ぎて、もう殆ど昔の面影はなく、国もすっかりなくなって、今は違う名前の国になっていたりしたけれど、時たま変わらない風景を見つけては、アスラの思い出話を聞いたりする。


 そんな風にのんびり旅行を楽しんでいたのだが、唐突に一変。

 アスラ自身も流石に時効だろうとたかを括っていたのだが、神の国の者たちと言うのは実に執念深いらしい。地上を巡回中の天使と鉢合わせ、運悪くよりにもよって、アスラが神の国へ乗り込んだ当時を覚えている者だったから、当然ながら、従順な神の使徒は脱獄犯を見逃すはずがないのである。


 攻撃を迎え討とうにも、向日葵の安全を優先したいアスラは防戦一方になりかねないし、増援を呼ばれては流石に対処しきれない。

 アスラが力で押し負けることはない相手ではあったが、こう言う場合は逃げるに限る。

 向日葵を抱き上げて、アスラが逃げ込んだのは、彼にとって生まれ育った故郷である、魔の国だった。


「ここまでは奴らも追ってこれまい」

「天使ってもっと平和的なものなんじゃないんですか……?」

「人間の勝手な想像だな。少なくとも、この世界の天使は大抵ああ言う堅物どもだ。向日葵も気をつけるんだぞ」

「気をつけてどうにかなるものなんですか?」


 ふっとアスラが笑みをこぼすので、どうにもならないのだろう。

 向日葵はアスラの腕から下ろされると、ザワザワした空気が落ち着かなくて、自身の肌を撫でさすった。その様子に気づき、アスラが声を顰める。


「今最も気をつけるべきは、むしろこの場所の方か」

「そういえば、ここは一体?」

「多くの魔族が住まう魔の国だ。人間は格好の餌食だ、私から離れないように。声をかけられても無視していい、私が処理する」


 向日葵が頷いて見せると、アスラは彼女の手を取った。

 そのまま「行こうか」と歩き出すので、少女は歩みを合わせて「どこに行くんですか?」と返す。


「折角だから、我らが王に拝謁しよう」

「えっ」


 思わず立ち止まると、先を行くアスラも足を止める。

 向日葵の躊躇をどう思ったのか、「今戻っても敵だらけだろうし、この場に留まり続けるのも得策ではない」と。


「アスラさんのいう王様って……」

「魔王様だな」

「却って危なくないですか?」

「なに、心配は無用だ。魔王様は思慮深いお方だからな」

「だとしても、その、そんな気軽に行って会えるものなんですか? 王様なんですよね?」


 アスラは不思議そうに首を傾げ、しばし思案する素振りを取る。

 思えば、ソレイユと過ごした頃の話は多くしていたが、それ以前の彼の経歴を、具体的に語ったことはないかもしれない。由緒ある悪魔であると語ったことはあるものの、思い返せば些か大雑把で、意味が伝わっていないのもおかしな話ではない。

 得心したアスラは「言っていなかったかもしれないな」と呟いてから、向日葵へ告げた。


「私は元来、魔王様直属の配下だから、何も問題はないさ」


 開いた口が塞がらない向日葵をよそに、アスラは手を引いたままに歩き出す。

 長らく不在にしていたから、駐在のための自室が残っているかは怪しいが、何と言っても王の居城だ。客室くらいはある。仮に数日滞在する羽目になっても、無問題だ。


 アスラにとっては実家に帰るような軽い感覚らしい。

 ひとまず向日葵は、憂いなき彼の態度を信用して、それ以上は言及せず大人しく彼に連行されて行った。


 道中、魔物から襲撃を受けたものの、アスラはエスコートの片手間にいとも容易く撃退していく。

 実戦からは長らく離れていただろうに、ブランクを感じさせないのは、圧倒的な力量差があるからなのか、あるいは大悪魔ならではの抜け目無さなのか。


 とはいえ、こうしょっちゅう手を出されていれば、いくらアスラが強くとも、向日葵は生きた心地がしない。旅行はしたかったが、命懸けの冒険をしたいわけではないのだ。

 だがアスラは実に生き生きしていて、しおらしくアスラを頼る他ない向日葵の様子を、心から楽しんでいるのか、足取りを早める様子はない。


 今になって以前、情報屋の依頼で引っ張り出されて行った、あの繊細な魔法使いの気持ちを心底理解して、少女は隣の悪魔を胸の内で(なじ)った。

 結局、目的地に着くまでに、向日葵は一度たりともアスラ以外から触れられるようなことはなかったので、文句を言いたくても、言い募ることはできなかった。

 げっそりしながら、守ってもらったことへ言葉だけのお礼をすれば、アスラは満足げに笑う。

 少女からすれば、寧ろ何も終わっておらず、ここからが本番なのだが、心の準備もままならず、上機嫌の悪魔に連れられて、聳え立つ城へと足を踏み入れた。


 城内は閑散としていて、人影はない。

 時折感じる視線は、どちらかといえばアスラへ向けられているもののようだ。

 一直線に進めば、謁見の広間。

 だが玉座には誰もおらず、玉座の裏まで進み、そこにある扉を叩いた。

 返答はなく、留守なのかと向日葵が思った矢先、内側から扉が開かれる。


「ふうん、久方ぶりだな、アスラ」

「ご無沙汰しております、魔王様」


 冷たい表情を一切動かさず、銀の髪に銀の瞳の青年は、アスラを見て告げた。

 アスラは軽く頭を下げるだけで、なんともフランクな挨拶だ。


 魔王と呼ばれた青年は、本当に、ただの無愛想な青年のようにしか見えず、いい加減に肩へのせている大きな赤いマントだけが、辛うじて彼を王様らしく印象付けている。

 彼は左肩だけをドア枠へ凭れて、決して二人を中へは招かずに「それで」と。


「アスラ、お前は俺の敵か?」

「いいえ」


 即答するアスラをじっと見つめ、魔王は無表情のままに吐き捨てる。


「嘘つきめ。お前が俺の与えた魔族の掟を破っていることくらいわかる」

「それには並ならぬ事情があるのです」

「お前の言を真実だと証明する手段はないだろう。お前自らが、その戒めを逸脱しているのだから」


 アスラは推し黙った。


 アスラはあの館に移り住む際に、或る万能の魔法使いから、悪魔のルールに縛られなくなるまじないを授かったという。

 悪魔のルールとは、有名な「嘘をつかない」とか「約束を破らない」というものだ。

 その呪縛から解放されることは一見、言論の自由を得る素晴らしいことのようにも思えるが、裏を返せば、悪魔としての信用を失うということ。


 相手を騙し、陥れるとしても、信じて縋ろうと思えるのは、彼らの言葉を信用できるから。

 これまでアスラは、人間相手に悪魔としてその恩恵に預かっていたけれど、同じ魔族が相手となれば、話は変わる。はみ出しものの同族ほど、疑わしいものはないだろう。

 ともすれば、こういう場合に、どう信用を得ればいいのか、アスラには知る由もない。


 だから先に、向日葵がその場に膝をついて見せた。


「そういえば、この娘は……アスラの非常食か?」

「……私の愛する者です」


 向日葵を食事だと認識されたことを不快に思い、刹那的に敵意を向けるも、押し殺し、落ち着いた声で告げた。

 そして、魔王の前だろうと気にせずに、アスラは向日葵へ手を差し伸べる。少女は迷いながら、その手を取って立ち上がった。


「キミが膝をつくことはない」

「でも、アスラさん、言葉で信じてもらえないなら、行動で示すしかないですよ」


 魔王は初めて表情を動かして、目を丸めた。

 そして、二人に背を向けて、室内へ招く。


「悪かった。俺の勘違いで、傷つけてしまったならすまない」

「いえ、私こそ、先に彼女を紹介するべきでした。……それでその、話をきいてくださるので?」

「はあ? 何を言っている? 俺は話を聞かないだなんて一言も言っていないだろう?」


 そっけない無表情に戻り、魔王が答えると、アスラの表情がパッと明るくなる。


「寛大な御心、痛み入ります」


 客観的に見ていた向日葵は、魔王のことを、口下手で不器用な人だと思った。

祝100話!アスラの故郷!やって参りました!

ちょっと長めの話なので数字で管理します。

言葉だけは信じることができるって、だいぶ悪魔のアドバンテージだよなあと思いました。

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