8.覗いたら家ごと燃やすから
採取した残りの【ロッソベリー×4】とお土産を抱えて家に到着だ。
庭を見ると、すでに花壇が拡張されていた。
ドリーさんや、ありがとうねー。
玄関前には笑顔のドリーが両手を差し出して待っている。
俺はその手の上に、【ロッソベリー×4】を乗せた。
ドリーは瞬間的に不機嫌な顔になり、その実を花壇に向かって投げてしまった。
「あ、ちょっと、貴重な実なんだから、大切に扱ってよ。」
D「あんた、わかってやってるでしょ?」
「こちらの品でよろしかったでしょうか?」
D「え?『よろしかったでしょうか?』ですって?あなた学校出てるの?」
「あー、よろしいでしょうか?でいいですか?」
ドリーさんは日本語に厳しいようです。
言葉というものは、時代に合わせて成長するものですよ?
柔軟な姿勢も必要です。
D「確かにこれよ。さ、食べましょう!アリス!ベリー!チャミー!」
「いやいや、あの、栽培を先に・・・。」
D「え?もう終わってるわよ。明日になったら実が成るような魔法付きでね。」
確かに投げた実は花壇の中に行ったけど、これだけでいいの?
精霊ってもしかしてすごいのか?
家に入ると、女子4人がケーキを食べながらガールズトーク中だ。
邪魔しないように隣のある応接室に行く。
ソファーに寝ころびながら、やるべきことを整理しよう。
当面の目的はレベル2になることだが、そのための経験値が必要だ。
経験値を得るには、仕事をするか、クエストをクリアするか。
俺ができる仕事は【低級回復薬】の作成だけ。
30個作ったが、レベルアップなし。
クエストには【低級回復薬】作成依頼のクエストは、今日はなかった。
レベルを上げるには、もっと【低級回復薬】を作るか、【低級回復薬】のクエストが出るまで待つか。
この条件じゃ、生産職がレベル2になるのがすごく困難なゲームになってる。
何か見落としがあるのかな?
そうだ!クエストを待つんじゃなくて、作ればいいんだ。
自分で発注して、自分で受ければいいんじゃない?
マッチポンプ式クエストクリア法って論文書こうかな。
でも、今日は疲れたから明日だな。
風呂入りてぇ。
水も火も、生活魔法が必要なんだよね。残念だ。
ゲームだからに匂わないけど、なんか俺くさそうだし。
できれば着替えも欲しいな。
夕飯のついでに、着替えも買ってくるか。
そんなことを考えていると、ノックもせずにドアが開いた。
おい、ノックしろよ、何かしてたら困るだろ。何かって?ナニかだ。
A「ねぇ、今日も夕食は外で食べるの?」
「そのつもりだけど。他に買いたいものもあるし。」
A「買いたいものってなに?」
「着替えが欲しいんだよね」
A「着替えは、マイアカウント画面から[変更]-[装備品]で変更できます。」
なんだ?いきなり事務的な口調になったぞ。システムインフォメーションモードか?
A「服飾品は、オンラインショップで購入可能です。」
おい、課金アイテムかよ。やめた、このままで行こう。
A「じゃあ、先にご飯食べてお風呂入ってるね。覗いたら家ごと燃やすからそのつもりで。」
風呂?風呂って言いましたあなた。
そういえば火と水の精霊がいるんだから、風呂なんて余裕じゃないか。
でも「覗いたら」っていうセリフ。
これは、ラッキースケベのフラグだよね。
風呂桶が飛んでくる展開を、期待してもいいと思います。
外に出ると、すでに【ロッソベリー】が成長していた。
1m程度の木になってるではないか。
本当に明日には収穫できそうだ。
で、何しに外に出たんだっけ?
あ、そうだ着替えを買って、ついでに飯を食おうと思ってたんだ。
でも着替えは課金アイテムってわかった時点で諦めたから、飯だけか。
着替えはできないにしても、見ると結構汚れてる。洗濯だけでもできないものかね?
桃太郎のおばあさんのように、川で洗濯なのか?
さて、飯だ。屋台も飽きたし、ちゃんとした店に行ってみるか。
目的もなくプラプラ歩いていると、知った顔を見かけた。
「これはこれはヨシュア様、その後、お家の方はいかがですか?」
不動産業者の青鬼さんでした。
「うん、確かに変なのが棲んでるけど、今のところ快適ですよ?」
「え?やっぱり出るんですか?よく平気ですね?」
「まあ、便利な面もあるんで、今のところ満足してますよ。」
「それは良かったです。近所の方から邪魔な枝がなくなったと感謝の言葉もいただいてます」
不動産じゃなくて、俺に感謝して欲しいものだ。
さて飯だが、どうするかな。
「ところで、この辺に美味しいお店ありますか?」
「これからお食事ですか?でしたら、少し離れますが【猫の隠れ里】をおすすめしますよ。」
俺は【猫の隠れ里】の場所を聞いた。
ここから海に行く途中にあるらしい。
ついでに洗濯の事もきいてみるか。
「家に洗濯するような場所がなかったんですが、川とかでやるんですか?」
「洗濯でしたら、【クリン】の魔法でできますが、レベル2になる必要があります。」
オーノー
やっぱりレベルアップが急務だな。
自作自演のクエスト発注でやったろう。
【猫の隠れ里】は、人気の店らしく、店の外で並んでいる人もいた。
時間に余裕もあるし、俺も並ぶか。
リアルであれば、入り口で名前と人数を書いて待つんだが、どんなシステムなんだろう。
とりあえず、顔を出してみるか。
「ちわーっす、空いてますか?」
「何名様ですか?あ、あたなは昨日の・・・。」
猫耳少女だ。名前は・・・思い出せん。ここの店員だったんですね?看板娘かな?
「どもっす。外で並んでますね?」
「あ、1名様ならカウンター席が空いてますけど、どうします?」
「じゃあ、お願いします」
「1名様ご案内でーす」
店の中は、大衆酒場といった感じだ。
大男がジョッキを片手に騒いでいる。
正直、うるさい。
俺は、カウンターの一番端の席に案内された。
カウンターには俺の他には1人いるだけだ。
どうやら「おひとりさま」は少ないようだ。
「お酒ですか?お食事ですか?」
「酒はやめとくかな。食事で。」
「はーい」
注文も取らずに、厨房に行ってしまった。
メニュー表もないので、きっと食事用のメニューを持ってくるんだろうな。
猫耳少女は、メニューではなく、お盆に乗せられた大量の食事を持ってきた。
ミートボール、温野菜、スープ、パンだ。
「お待たせしました。700ガルになります。」
猫耳少女の持つ道具にギルドカードをかざす。シャリーン
「ごゆっくりどうぞ」
そう言い残して去っていった。
食事メニューは1つだけなんだろう。
悩まなくて済むな。メニューを絞ることでコストカットと時間短縮を実現しているのでしょう。
一人の食事は少し寂しいが、いただくとしましょうか。
孤独のグルメだな、これは。
美味い。美味いです。
でも、パンじゃないんだよなー。ご飯が欲しい。
この世界に米はないのか?あとで木の精霊にでも聞いてみるか。
「ごちそうさまでしたー」
「はーい、また来てくださいねー」
また来るかは微妙だな。
安くてうまいのはわかる。ただ「おひとりさま」の肩身の狭さが精神的に厳しい。
これなら家で食べたほうがいいな。
今日のアリスの反応から考えると、俺の分も作ってくれそうな雰囲気だった。
家賃代わりに食事を提供してもらっても、バチは当たらないと思うんですが。
そうだ!アリスで思い出した!
家に帰れば風呂が待ってるんだ。
そしてラッキーなことも。
これは期待せずにはいられない。
「ただいまー」
C「遅かったわね。もう全員風呂に入ったから、最後の人は掃除してね。」
もう、全員、入っちゃいましたか。
それに風呂掃除付きとは。
家主は俺なんだが、水と熱を提供してもらっているので、文句は言えませんね。
やっぱり風呂はいいですね。一日の疲れが取れますな。
ただ、風呂上がりに、さっきまで着ていた汚れた服を装備しないといけないのが悲しい。
さて、掃除と。
掃除道具がないけど、どうすんだろう?
素手で洗うのか?
ホールに行くと、ABCがそろってケーキを食べていた。
俺が買ってきたやつだ。ドリーはもう完食したのか、ここにはいなかった。
「風呂掃除なんだけど、道具ないの?」
A「道具なんていらないでしょ?」
B「ぱぱっと【クリン】かけちゃえばいいじゃない?」
C「まあ、レベル1のあんたには使えないけどね。」
なんだろう、この感じ。懐かしくもあり、悲しくもあり。
「チャミの言う通り、【クリン】使えないので誰かやってもらっていいですか?」
A「チーズタルト」
B「モンブラン」
C「ザッハトルテ」
レベルアップ急がないとな。
金は問題ないが、3人の体重増加が心配だ。
代わりに風呂掃除をしてくれたのは、意外にもチャミだ。
まだこいつらの性格を理解できていないな。
C「あんたのその服も、きったないわね。ついでに【クリン】してあげる。」
「実は気になってたんです、ありがとう。」
C「ザッハトルテに生クリーム追加で。」
ちゃっかり者のチャミに全身綺麗にしてもらった。
しかしこいつは便利だな。確かに洗濯機はいらない。
さて、今日はやることもないし、そろそろ寝るか。
「先に寝るけど、今日は夜這いしないでね」
A「するわけないでしょ?」
B「昨日のも夜這いじゃないし。」
C「きもっ」
おい、泣くぞ!
「ところで3人は、いつもどこで寝てるの?」
A「精霊は睡眠は必要としないの。それぞれの属性に宿って休んでるわ」
今回はBCの発言はなしか。
ちょっと淋しい。
「属性に宿るって?」
A「火なら、暖炉や蝋燭の火とかに溶け込む感じね。」
B「水は、水がある場所ならどこでも。」
C「風もどこでもいいんだけど、屋根の上が多いかな?」
なるほど。昨夜、ドリーが外の木に宿ってたようなものか。
精霊の生態は謎すぎる。
2階の寝室に行く。
ドリーは盆栽に宿ってるんだろう。特に話しかけずにそっとしておいてあげよう。
昨晩は夜中にたたき起こされて寝不足気味だ。
さっさと寝ましょう。
窓から差し込む光で目が覚めた。
そういえばこの部屋、というかこの家全体的に、カーテンというものがないな。
まあ、特に必要ってわけじゃないので、このままでいいか。
今日やることを整理する。
目指せレベル2だ。
ギルドに行って、生産職に依頼をする。【低級回復薬】30個の納品依頼だ。
で、自分でその依頼を受けてクエストクリア!んでもってレベルアップ!
完璧な計画だ。夜神月も舌を巻くぜ。
意気揚々と1階に降りる。
みんなでアリスとベリーで朝食の準備中のようだ。
あ、チャミもいた。
竈に空気を送ったり、換気扇のようなことをしたり、それなりに働いてるようだな。
関心関心。
外に出ると、ドリーが趣味のガーデニング中だった。
お!【ロッソベリー】の木に花が咲いてるじゃないか。
D「おはよ。もう少しで収穫できそうだよ。」
「マジすか。やばいっすね。」
D「感謝の言葉が聞こえないのは、気のせいかしら?」
「感謝の言葉もございません」
D「言葉のチョイスが間違ってないんだけど、間違ってる気がするのはなぜかしら?」
相変わらず、日本語に厳しいドリーさんでした。
ドリーには、このまま【薬草】と【ロッソベリー】を量産してもらって、俺は自作自演の
【低級回復薬】クエストを重ねてレベルをガンガンあげる。
どうこれ、イカしてるでしょ?
ギルドには食堂が併設されていた。
今日の朝食は、ここで食べることにしよう。
モーニングセット350ガル。
トーストと目玉焼きとサラダのセットだが、目玉焼きのサイズが超でかい。
鶏ではない何かの玉子なんだろう。
ま、味は想像通りでした。値段相応って感じですね。
可も不可もなくといったところか。
忙しい時は、ここで済ませてもいいかな。
いよいよ、レベルアップ作戦を決行するときがやってまいりました。
俺は生産職ギルドに向かい、こう言ってやった
「すみません、依頼を発注したいんですけど。」
「それでは、こちらの用紙にご記入し、ギルドカードと一緒に提出してくだい。」
俺は作戦通り『【低級回復薬】30個の納品』と書いて提出した。
するとギルド職員が
「失礼ですがヨシュア様は生産職でございますね?」
「はい。(あれ、もしかして?)」
「あいにく、自分のギルドには依頼は発注できない仕様となっております。」
仕様かよ!