7.来い!ファンファーレよ!
帰りがけに、【ストーンフロッグ】が埋まっている穴を見てみた。
穴の中でジタバタしてるのが可哀そうだったので、引き抜いてあげた。
達者で暮らせよ!そう心の中でつぶやき歩き出す。
すると、背中に重い衝撃があった。
ねえ蛙さん?もう一度地中に埋まっとく?
その後は魔物に遭遇することもなく、街に着いた。
蛙さん?
今頃土の中でお休みしてますよ。
衛兵にギルドカードを見せると、すんなりと入れてくれた。
話しかけたら「ようこそ、ここはクリマの街です」なんて言ってくれそうだが、自重した。
ギルドの裏手にある工房に向かう。
結構広い部屋なのに、誰もない。
生産職、人気ないのかな?まさか俺だけってことはないよね?
誰もいない工房で、たった一人、装置の前に座る。
昨日、チュートリアルで学んだ手順で【低級回復薬】を作ってみることにする。
えーっと、台の上に素材を置くんだったな。
《合成装置》
【薬草】と【ロッソベリー】を認識しました。
合成することで【低級回復薬】になります。
合成しますか? <Yes> <No>
<Yes>を選択。
できたー!
簡単じゃないか。
えなり風に言えば、こんとんじょのいこ。
あと9個も素材がある。
これ、一気に作れないのかな?
【薬草】と【ロッソベリー】を、それぞれ9個ずつ装置に乗せてみた。
《合成装置》
【薬草×9】と【ロッソベリー×9】を認識しました。
合成することで【低級回復薬】になります。
合成しますか? <Yes> <No>
おお、一気にできた!【低級回復薬×9】だ。
こんとんじょのいこ。
さて、レベルは上がったのかな?
あれ?ファンファーレは?
ギルドカードを見てみると、まだレベル1のままだった。
10個じゃ足りなかったか。
また採取しないといけないね。
面倒だけど、仕方ない。目指せレベル2!
志は高い。
また岩場の陰で薬草を引き抜く作業をするのだが、シャベルみたいのがあった方がいいな。
そういえば、Dことドリーことドライアドが、庭いじりしてたな。
そういう道具をもってるかも。
ちょっと家によって聞いてみよう。
家に入ると、庭にドリーはいなかった。
2階にあがり、盆栽の前で話しかける。
「ねーねードライアドさん。」
D「・・・」
「お休みの所すみません、ちょっと相談に乗ってほしいんですけど。」
D「・・・」
おい、反応しろよ。
しゃーない、餌で釣るか。
「もし相談に乗ってくれたら、おいしいもの買ってきてあげますよ?」
D「ミルクケーキ。」
「は?」
D「パイネって店で売ってるミルクケーキ。」
即答ですか。
こやつ、事前に準備していやがったな?
悔しいが、従うしかないだろう。
「交渉成立です。」
D「ホールでね。5号で妥協してあげる。」
「そんなに食べたら、太り「なんか言った?」なんでもないです」
5号ってどれぐらいだっけ?
ちょっとしたバースデーケーキほどの量だったような。
食いしん坊さんですね。
あ、みんなで食べるのか。
「えっと、【薬草】を採取しようとしてるんだけど。」
D「【薬草】ならうじゃうじゃ生えてるからご自由にどうぞ。」
「岩場の近くで見つけたけど、あそこ、地面が硬くて、根っこが切れちゃいそうで。」
D「何の話?岩場じゃなくて、庭にいくらでもあるでしょ?」
「えーーーーー!」
庭に出て、花壇のような場所に行ってみる。
数種類の植物が栽培されていたが、その一角に【薬草】が群生していた。
土はドリーが耕しているようで、非常にソフト。
試しに一本抜いてみたが、スルっと抵抗なく抜けた。
さっきの苦労はなんだったんだ。
俺の午前中を返せ!
怒りに身を任せて【薬草】を収穫しまくっていると、後ろから声がかけられた。
D「ね、たくさんあるでしょ?」
「助かります!先輩!お願いがもう一つ増えちゃいましたけどいいですか?」
D「果汁水。」
「へ?」
D「パイネで果汁水も売ってるから。」
そうですかそうですか。
この交渉上手め。
「かしこまりました。でね。この花壇で、【ロッソベリー】も栽培していただけると嬉しいな、なんて。」
D「んー、できるけど、種か苗が必要ね。」
「その辺に生えてるやつを引っこ抜いてくれば大丈夫っすか?」
D「それより、実を持ってきてもらった方がいいかも。」
「かしこまり!早速持ってきます!」
D「ミルクケーキと果汁水も一緒に持ってきてね、4人分」
念を押すとは、抜け目がないな。
まあ、すっかり忘れかけてたんですけどね。
え?4人分?
「いや、あとの3人は関係ないでしょ?」
D「喧嘩になるでしょ?それに、変な噂を立てられたくないし。」
変な噂ってなんだよ。俺がドリーを狙ってるとか?いや、ないない。
さっきの河原に向かうために街を出た。
衛兵に「町の近くにオーガが出たようだ。気を付けるように」と言われた。
出たんじゃなくて、誰かが連れてきたんだよね。
あれ、誰だっけ、名前忘れた。ま、いいか。
河原に着くと、地面に大きな穴が2つあいていた。
まったく邪魔だな。だれがやったんだ。ちゃんと埋めとけ。
はい、埋めます...
お目当ての【ロッソベリー】の木を見つけた。
さっきは遠慮して10個しか取らなかったが、これから自家栽培できるんだから、全部とっちゃえ!
ま、ここにしかないわけでもないだろうしね。
収穫し【アイテムボックス】に放り込む。
最終的には【ロッソベリー×23】となっていた。
足元には石に擬態した【ストーンフロッグ】がいることは、しばらく前から気づいていた。
向こうはバレてないと思っているようなので、俺も知らないふりして踏んであげた。
だって、キミは石なんだろ?踏んでもいいよね?
これからの事を考えながら家に戻る。
23個のうち、いくつを【合成】に使って、いくつを栽培にまわすか悩みどころだ。
最初に【合成】だけ進めて、レベルが上がったら、残りを栽培にまわすか。
そうしましょ。
じゃあ、最初に向かうのは、ギルドだな。
河原を川下に向かって歩く。
石があって歩きにくいが、石を踏むと、たまに「グゲッ」って聞こえるので楽しんでいた。
そんなことをしていると、また厄介事の予感だ。
馬車の周りを、いかにも盗賊と思える姿をした人たちが囲んでいた。
なんというテンプレ展開だ。
これって強制イベントだったりするのかな?
盗賊は馬車を奪い、そのまま逃走しようとしている。
このまま放置すれば、メリットはないが、デメリットもないだろう。
でもね、なんか気持ち悪いんですよ。
これを見逃したら、夜寝る前に思い出して、寝つきが悪くなりそうな気がする。
安眠は大事です。盗賊退治といきますか。
盗賊の人数は6人のようだ。
人数が多い時の戦闘は、まずリーダーを倒すことが鉄則。
あの太ってて泥棒髭のやつがリーダーだろう。
そして、きっと「かしら」って呼ばれてるんだろうな。
ここから馬車までの距離は、およそ50m。
馬車は今にも動き出しそうだ。
俺は手ごろな石を拾う。「ゲコ?」って聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「レイザービーム!」
その掛け声とともに、石を力いっぱい投げた。掛け声だ。呪文ではない。
石はリーダーと思われる人物の頭に直撃。ヘッドショット成功!危険球退場だ。
盗賊たちが慌てている
「かしらー!かしらー!大丈夫っすか、かしらー!」
聞こえないけど、そう言ってるのに違いない。
さっき投げた石が、勝手に飛び回って盗賊たちにダメージを与えているように見えるが、目の錯覚だろう。
もう1球投げましょうかね。
そう思い、河原の石を取ろうとすると、石が逃げて行ってしまった。
もちろん追いかけて捕まえましたけどね。
それから2球ほど投げ、すべてヘッドショットだ。
なんか楽しくなってきた。こういうのをトリガーハッピーって言うのかな?
うん、なんか違う気がする。
石が直撃した3人は起き上がれそうもない。
残りの3人は、動く石に襲われながらも、倒れている3人を担いで逃げて行った。
イベントクリアかな?
何も変化はないけど、まあいいか。いいことした。
あ、だめじゃん。今度は商人が石に襲われてる。これは俺の責任だよなー。
商人のもとにダッシュ!
【ストーンフロッグ】も一目散にダッシュ!
嫌われちゃったかな?
「これはこれは、助けていただきありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそすみません。変なの投げちゃって。」
「とんでもない、助かりました。」
商人と思われる男は、額の汗を年季の入った黄色いハンカチで拭いている。
いや、黄色じゃなくて元々は白だったじゃないかな?
黄ばんでますよ?
商人は【ハンネ】というらしい。
隣町から【クリマ】に荷物を届けに来る途中だったようだ。
不思議なことに、一人しかいない。
護衛ってつけないものかな?
「いくらこの周辺に危険な魔物が少ないからと言って、護衛もなしに外に出るのは危険ですよ。」
「いえ、護衛は雇ったんですよ。」
「どこに行ったんですか?」
「さっき、あなたが追い払ってくれました」
「え?つまり、護衛に扮した盗賊だったってことですか?」
「そのようですね。こんなことなら、ギルドを通して正式に冒険者に依頼すればよかったですね。」
ギルドを通して依頼すれば、ギルドが保証した冒険者を出してくれるし
何か不具合があれば、ギルドが負担してくれるそうだ。
しかし、その分値段も高くなる。
そこで闇の業者というのがいて、人材については保証しないし、ノークレーム、ノーリターンが原則だが金額は安くなるそうだ。
「何かお礼を」と言われたので
「じゃあ【クリマ】の街のギルドまで乗せてってください」と言ったところ
「そんなのでは足りません。そうだ!積み荷の中からお気に入りがあれば、一つ持って行ってください」だって。
ほほぅ。それはありがたい。
新生活に役立つグッズはあるかな?雑誌DIMEで特集されそうな、大人のおしゃれグッズがいいな。
馬車の後方にある扉を開けるハンネさん。
「今回は上物揃いです。さ、ゆっくりとご覧ください。」
俺は荷台の中を覗き込み、ゆっくりと扉を閉めた。
「奴隷、ですよね?」
「はい!まだ奴隷市場に並ぶ前ですので、お好きなだけ選び放題ですよ?」
「今は必要としてないので、遠慮しておきます。」
やはり、奴隷というものに対しては、ちょっと引いてしまう。
なんていうか、人としてイケナイコトをしているような気がしてしまう。
それに、いま、家には6人も居候がいる、これ以上増えても困るし。
「奴隷がいると便利なんですけどね。踊ることもできますよ?『奴隷、踊れぃ』ってね。」
へったクソなライミングだ。それじゃオーディエンスはのらないぜ!
心からお断りを申し上げたところ、やっと理解してもらえました。
でも、それじゃ気持ちが収まらないということで、ある物をもらった。
【アイテムボックス】に入れると【契約のマント】と表示された。
そのマントで包むと、どんな物でも自分の所有物にできるというものらしい。
あっぶねぇ道具だ。【アイテムホックス】の肥やしにしてやる。
約束通り、ギルドの前まで乗せてくれた。
「しばらくは【クリマ】に居ますので、御用があれば奴隷市場までお越しください」
そう言い残し、何度もお辞儀をしながら、奴隷商の男は去っていった。
あれ?名前なんだっけ?もう忘れた。
再びギルド裏の工房へ。
今度は先客が3人ほどいるが、みんなNPCだ。
プレイヤーで生産職いないのかよ。
さて、【合成】しましょうかね。
さっきの実験で、まとめて出来ることは確認できた。
今、薬草はたっぷり、【ロッソベリー】は23個ある。
とりあえず10個いっとくか?
【合成】は無事成功。
でも、レベルは上がらない。
今、【アイテムボックス】の中には【低級回復薬】がたくさんある。
チュートリアルで作った1個、岩場からとってきた【薬草】で作ったものが10個。
今回作った10個の合計21個だ。
もう少しかなぁ。
あと5個追加で!
レベルアップなし。
【ロッソベリー】はあと8個になってしまった。
もっと合成すべきか、栽培に回すか。
現在【アイテムボックス】には【低級回復薬×26】となっている。
よし、30個まで作ろう。それでダメなら栽培に回すか。
【薬草×4】と【ロッソベリー×4】を【合成】する。
来い!ファンファーレよ!
Oh,No...
レベルは1のまま。
やっぱり、クエストを受けないと効率悪いのかな。
今日はショックが大きいので、クエストを受ける気力がない。
ドリーへの貢物を買って、家に戻りましょうか。