6.あ、俺、冒険者じゃないんで
魔物に襲われている女性を助けたのに避けられたわけで。
釈然としないが、当初の目的である【ロッソベリー】の採取に戻りますか。
そう思って振り返ると、そこにはオーガがいた。
岩に潰されてるんですけどね。
これ、倒したら消えるみたいな仕様じゃないのかな?
落ちていた木の枝でオーガをつんつんしてみるが、反応がない。しかばねのようだ。
そんなことをして遊んでいると、後ろから声がかけられた。
「倒した魔物は5分で消えます。それまでに剥ぎ取りをしないと、素材は入手できません。」
「え?」
振り返ると、さっきの女性だった。
「あなたが倒したので、剥ぎ取る権利はあなたにあります。消えないうちにどうぞ。」
「どうやって剥ぎ取るの?」
「【剥ぎ取りナイフ】を突き刺すだけですよ。冒険者になるときの初期装備として渡されたはずですが?」
「あ、俺、冒険者じゃないんで。」
「え?」
このまま消すのももったいないので、彼女に剥ぎ取ってもらうようお願いした。
「剥ぎ取ったものは、剥ぎ取った人の所属するパーティーに所有権があるので、渡せないです。」
「いいですよー」
「パーティーを組むには、ギルドに行かないとできないので、ここでパーティーに入れられないです。」
「いいですよー」
「今からギルドに行ってパーティーを組んでも、戻ってくる頃には消えてしまってます。」
「いいですよー」
「それに、他の人に剥ぎ取られてしまう可能性もあります。」
「いいですよー」
「ですので、私が剥ぎ取ると、私のものになってしまいますが、いいのですか?」
「いいですよー」
納得してくれたようで、彼女はオーガに【剥ぎ取りナイフ】を突き刺した。
彼女は一瞬驚いた顔をし、俺に申し訳なさそうな表情を向けた。
【オーガの秘爪】という素材が剥ぎ取れたようだ。どうやら激レアドロップ品らしい。
そしてオーガは光の粒となって消えてしまった。
「じゃあ、気をつけて帰ってねー」
そう言って立ち去ろうとすると、彼女が聞いてきた
「あの、聞かないんですか?」
「何をです?」
「どうしてオーガに追われてたか。どうして一人なのか。どうして武器を持ってないか。」
「言われれば、そうだね。変だね。でも、言いたくなければ言わなくていいよ。」
「不思議な人ですね。私は【ヘリーネ】。魔法使いよ。」
「俺は【ヨシュア】だ。生産職やってます。」
「生産職がどうしてフィールドに出てるか不思議ですが、私も聞かないでおくわ。」
「あ!そうだそうだ!聞きたいことがある!」
「えっ?ななななんでしょう?」
「【ロッソベリー】ってどこにあります?」
彼女、いやヘリーネによると、植物の群生地は、ギルドにある図鑑に書いてあるそうだ。
ヘリーネはまめな性格のようで、この近辺で手に入る素材はスクリーンショットで保存していた。
それによると【ロッソベリー】は川の近くにあるらしい。地図で確認して行ってみることにする。
ヘリーネは案内すると言っていたが、深入りすると面倒になりそうなので、丁重にお断りした。
***** ヘリーネ視点 *****
私は、新作ゲームの「Jolin」を、サービス開始と同時に始めました。
事前情報から、すでに職業は決めています。
冒険者。
しかも、魔法をメインで使うキャラクターで挑むつもりです。
PR動画の魔法のエフェクトがド派手でかっこよかったから。理由はそれだけです。
念願の冒険者となり、いくつかクエストをこなしていったところ、途中から進めなくなりました。
私の進行を邪魔したクエストは、ゴブリンを5体討伐するというものです。
ゴブリン自体は強いキャラではないのですが、問題は、ゴブリンに遭遇できないことでした。
ゴブリンの生息地は森の中。
たまに人里にきては、農産物や家畜、若い女性などを襲う、弱い者いじめが得意な魔物です。
ゴブリンは決まった場所に巣を作らず、森の中を転々としているみたいです。
私は最初、単独でゴブリンを探しに森に入りました。
でも、ゴブリンが全然みつからないんです。
森にはゴブリンだけが棲んでいるわけではなく、虫の魔物や小動物の魔物もいる。
ゴブリンを探しているうちに、そういう魔物に襲われています。
一体一体は弱いけど、群れで襲ってくることもあり、厄介です。
ずっとソロで活動してきたけど、これはパーティー組まないとだめかな?
そう思った私は、ギルドにあるパーティー募集掲示板を使う事にしました。
魔法使いを募集しているパーティーを探したのです。
しかし、魔法使いの需要は低いらしく、募集は2件だけでした。
1件目は男性3人のパーティーで「若くてかわいい魔法使いの女の子急募」と書かれています。
この募集の仕方で、本当に入る人がいるのでしょうか?
もし入った場合、自分をかわいいと思っている痛いやつだと思われてしまいそうです。
ここはパスですね。
2件目は男性2人と女性1人のパーティ。
男性の剣士が2人に、女性の弓使いが1人の構成でした。
女性が一人いるだけで安心します。
私は、こちらのパーティーに加入申請をしました。
パーティーを組んで、ゴブリン討伐クエストを受注します。
初対面の方とのパーティーで緊張しますが、そんな強い魔物じゃないので大丈夫でしょう。
そんな軽い気持ちでパーティーに参加してしまいました。
街を出て、ゴブリンのいる森へ向かいます。
途中でソロで歩いている人を見かけました。
武器を持ってないし、初期装備のままで大丈夫かしら?
なんて考えていましたが、昨日までの自分と同じだと思い、心の片隅で応援していました。
森に入り、パーティーメンバーでゴブリンを探しますが、なかなか遭遇できません。
パーティーリーダーの男性剣士(名前は忘れた。思い出したくない。)は、どんどん森の奥に行ってしまいます。
強い魔物が出てこないか、不安でした。
「よし、ここなら誰にも見られないだろう。」
パーティーリーダーがそう言うと、弓使いの女性に目配せしました。
その瞬間、その女性は、いきなり私を抑えつけるのでした。
突然の事で抵抗できず、杖も奪われてしまいます。
私は木の幹に縛り付けられ、呪文が使えないよう口に猿轡をされました。
「ゴブリンは、人間の女を襲う。こうするれば、ゴブリンもやってくるよな。」
「ほら、早くメスの臭いを出せよ。」
私は囮にされたのだ。
悔しいけど、その作戦は成功し、ゴブリンが私の匂いにつられて現れたのでした。
私に向かって襲ってくるゴブリンを後ろから刺すだけです。
しかし、ここで彼らの思惑と違うことが起きたのです。
人目に付かないよう、森の奥に入り過ぎてしまったのが仇となったのか、ゴブリン以外の魔物も出現してしまった。
なんとオーガが現れたのでした。
オーガはランクD相当の魔物です。
3人の冒険者たちは、あっという間に蹂躙され、死に戻ってしまった。
残されたのは、ゴブリンとオーガと縛られた私だけ。
私も死に戻りを覚悟しました。
ゴブリンが私に襲い掛かります。どうせなら一瞬で殺して欲しい。
もし凌辱されそうなら、強制ログアウトも考えていました。
しかし、そうはなりませんでした。
獲物が横取りされると思ったオーガが、ゴブリンを襲撃したのでした。
ゴブリンは剣で抵抗しますが、オーガに簡単に弾き返されてしまいます。
その剣が、私に向かって飛んできて、私を縛っているロープを切断してくれました。
まるで映画や漫画のような出来事でした。
私は、ゴブリンとオーガが戦っている隙を狙い、逃げ出したました。
森の中を走る、走る、走る。
後ろから、オーガの叫び声が聞こえたました。
どうやら、ゴブリンはオーガに倒されたようです。
もう少しで森を抜けられる。森を抜ければ誰かに助けてもらえないか。
そんな淡い期待を抱いて、とにかく無我夢中で走りました。
やっとの思いで森を抜けましたが、近くには誰もいませんでした。
視線を遠くに移すと、岩の上に立っている人が見えました。
きっと、森に入る前に見かけた初心者装備の人です。
あの人にオーガが倒せるとは思えません。
とにかく、街を目指して走れるまで走ろうと決めました。
街までの最短距離を進むには、どうしても、あの初心者装備の人の近くを通らなくてはいけません。
「ごめんなさい」と、心の中で謝りながら走ります。
初心者装備の人は、いつの間にかいなくなっていました。
どこにいるかわからないけど、警告だけはしておこうと思い、大きな声で知らせました。
「逃げてー」
今の私にできることは、これだけ。
オーガの足音がすぐ近くに聞こえてきます。
ここまでか?と思ったとき、目の前の岩が動き出して、オーガに向かって飛んで行きました。
いくらオーガといえ、大きな岩が直撃したらひとたまりもありません。
オーガは、岩の下敷きとなり、息絶えていました。
(助かった?助かったの?)
何が起きたのか、理解できませんでした。
だって、逃げていたら突然岩が降ってきて、オーガに当たったんですから。
疲労と安心感で、私は地面に座り込みました。
肉体的にも精神的にも限界を迎えていたようです。
その時、私に近づく人影がありました。
さっき、パーティーメンバーに裏切られたこともあり、つい後ずさりしてしまう。
「大丈夫ですか?」
「水、飲みます?」
やめて、やさしくして私に近づかないで。
もう誰も信用できない。
「いやーーーー!」
私は拒絶する言葉しか出せませんでした。
彼は、そんな私を責めたりせず、ふらっとオーガの所に行ってしまいました。
もしかして、ちょっと考えにくいけど、彼があの岩を投げたの?
彼は、木の枝でオーガを突いています。
死んでいることを確認しているのでしょうか?
本当に彼が倒したのか、確認することにしました。
「倒した魔物は5分で消えます。それまでに剥ぎ取りをしないと、素材は入手できません。」
「あなたが倒したので、剥ぎ取る権利はあなたにあります。消えないうちにどうぞ。」
もし彼が倒したのであれば、剥ぎ取るでしょう。
しかし、彼の口から出たのは、予想外の回答でした。
「どうやって剥ぎ取るの?」
判断に迷いますが、彼が倒したと考えて問題ないでしょう。
あんな岩を投げる人がいるんですね。
「【剥ぎ取りナイフ】を突き刺すだけですよ。冒険者になるときの初期装備として渡されたはずですが?」
「あ、俺、冒険者じゃないんで。」
え?えー?
冒険者じゃないってどういうこと?
何なのこのひと、普通じゃない。
私が剥ぎ取ると素材は私のものになってしまうことは説明しましたが、全く気にしない様子でした。
こんな序盤でオーガの素材が手に入るなんて、すごいことなんですからね?わかっているのでしょうか?
剥ぎ取ってみてびっくりです。
ドロップ率2%と言われる【オーガの秘爪】が剥ぎ取れたのでした。
うれしい反面、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
彼の名前は【ヨシュア】で、生産職だそうです。
もう、考えるのはやめました。
彼は私の物差しでは測れない人。規格外だということを心に刻むのでした。
「【ロッソベリー】ってどこにあります?」
採取対象物の生息地も調べずにフィールドに出るなんて、やっぱり彼は規格外です。
***** ヨシュア視点 *****
おー、川だ。
小さい川だな。
川幅は3m程度か?水深も浅く、膝ぐらいまでしか水がない。
川は、森から街の方向に流れていた。
街の住民たちに、生活に必要な水を提供しているのだろう。
河原を森に向かって歩く。
ないなー。【ロッソベリー】らしきものは見つからない。
もうすぐ森に入ろうかという場所まで来て、それらしきものを見つけた。
向こう岸の土手に、赤い実が見えた。
助走をつけて、川を飛び越える。
すげー、軽く飛んだだけなのに、8mぐらい飛んでるぞ。
土手に実を取りに行こうかね。
丸い石があったので、それを踏み台にして登ろうとしたが、なんと、その石が動きだした。
この石に意思がある。
どうだ俺のパンチライン。華麗なライム、ノリノリのフロウ、強烈なバイブス、イエイ。
そんなことを考えている余裕はなかった。
石だと思って踏んだのは、石じゃなかったようだ。
丸い石から手足が伸び、こちらにピョーンと飛んでくる。
まるでウサギが跳ねているようだ。
なんだあの石の魔物は。
そう思って見てみると、画面に【ストーンフロッグ】と表示された。
HPのバーも見える。
そういえば、オーガを倒したときもHPのバーが見えたな。
見ようと思えば見えるようになってるのか。
で、【ストーンフロッグ】ですが、フロッグなわけですよ。つまり、蛙。
ウサギではなかった。
ぴょこぴょこ跳ねながら、体当たりを仕掛けてくる。
俺の胸元に直撃したが、ドッジボールのようにキャッチしてやった。
さあ、どうやって倒そうか。
ハンマーのようなものでぶっ叩けば簡単に終わりそうだが、俺は丸腰だ。
殴ったり蹴ったりしたら、こっちが痛そうだな。
よし、このまま叩きつけよう。
地面に向かって投げつける。
「ドカッ!」
大きな音と共に、石蛙は地面にめり込んだ。
HPバーは半分ほど減ったが、まだ倒し切れていない。
でも、自力では抜け出せそうにないな。
無駄な殺生はよくない。俺の採取の邪魔さえしなければいいんだから、このまま放置するか。
再び赤い実を取るために土手に登る。
実を一つもぎってみた。うん、これだ。見覚えがあるぞ。
【アイテムボックス】に入れると【ロッソベリー】と表示された。
よしよし、収穫するか。
【薬草】が10個あるので、【ロッソベリー】も10個でいいな。
全部取ったら、この場所からなくなってしまう。乱獲はやめとこう。
目的の物の採取は終わった。
時間はちょうどお昼か。
景色もいいし、ここでランチタイムとしましょう。
屋台で買ったピタサンドのようなものを食べる。
鶏肉に近い肉だが、何だろうね?
知らない方が幸せなこともあるので、詮索はするまい。
食事を終えて、空腹値も正常になっただろう。
さて、帰るとしますかね。