53.コントロール・C
***** 運営視点 *****
プレミアム会員に誘導するイベントの進捗は悪かった。
イベント開始直後こそ会員数は伸びたが、掲示板で会員限定のヒントが役に立たないとの情報が流れ、頭打ちとなった。
新規加入特典として与えたヒントは
『ガーネットは猫の姿をしている』
だった。
しかし、どこにも猫なんて見当たらないというクレームが相次いだのだった。
「猫がいないって、どういうことだよ。」
「わかりません。でも、どこにもいないんです。」
「あの猫の行動範囲は限定してるだろ?なんでいないんだ?」
「もしかして、誰かが猫化の妖術を解いたとしか・・・。」
「でもあれってさ、まだ出してないプレミアム会員限定のヒントがないと、作れないやつだろ?」
「ええ、しかも一部は課金アイテムです。まだ販売していません。」
今回のイベントは、プレミアム会員を増やすために作ったようなものだ。
小出しするヒントを元にクリアを目指すものだったが、最初からその目論見が外れた。
「そもそも、今回のイベントって、どうして先に猫を登場させてから、イベント通知出したんですか?」
「そりゃさ、イベントが始まってから、今まで見たことがない猫が現れたら、みんな怪しむだろう?」
「だから、先に猫を歩かせておいてから、イベント開始させたってことですか。」
「そうそう、ココだよココ。」
橋本はどや顔でこめかみあたりを指で叩くが、それが仇になったことに気づいていないのか。
結局僕たちは、何らかのバグがあったものと結論付け、プレミアム会員には1ヶ月の無料期間を与えた。
このままでは無料期間が過ぎれば、みんな退会することが、目に見えている。
「しっかし、悔しいな。」
「なんとかイベントを正常にして、退会者増加を食い止めなくちゃいけませんね。」
「もう一回、猫を放つか。」
「それしかないですかね。」
こうして、再度猫をマップ上に配備させようとしたのだが
「ダメです。猫を配備しようとすると、蹴られます。」
「なんでだ?」
「This object is already exists.ですって。」
「すでにいるってことか?じゃあやっぱり猫はどこかにいるわけだな?」
「はい、もしくは猫から人になってるかもしれませんが。」
猫を配置する処理が拒否される。
理由は、同じキャラクターがマップ上にいるからだ。
キャラクター被りを防ぐための排他処理が動いたわけだ。
「NPCリストから探しているんですが【ガーネット】はいないです。」
「おいおい、どういうことだ?」
「何かしらの原因で【ガーネット】の存在が消えたか、書き換わったか・・・」
「書き換わる?そんなことあるのか?」
「例えばですけど、改名したとか・・・」
NPC配備時の重複確認は、システム内で一意につけられたIDを利用する。
一方でNPCリストは、そのIDではなく名前で表示される。
名前を変えた場合でもIDは引き継がれるため、今回の事象となり得る可能性がある。
「改名?誰がそんなことするんだ?NPCが自分の判断で名前を変えのか?」
「んー、考えにくいですね。じゃあ不慮の事故かなにかで、存在自体が消えたとか?」
「消えたなら、新しいやつを配備できるだろ?」
「浮いてるのかもしれませんね。」
すでに存在しないのに、いるものと認識されてしまうことを「浮く」と言う。
今回も、その浮きが発生したものと考えるのが妥当だ。
「そうだ!あのUFOのやつ使えば、強制的に配備できるだろう?やっちゃうか?」
「え?あれをやるんですか?まだデバッグ終了してないですけど。」
「早くしないとさ、会員が逃げちゃうぞ。」
「怖いけど、仕方ないですかね。」
橋本が言ったのは、別の目的で作ろうとした機能だが、まだ開発途中のものだった。
UFOというか宇宙船のようなものをMAP上に落とし、キャラクターを配備する機能だ。
将来的に、エイリアン来襲!的なイベントをするために考えていたものだが、まだ実行する予定はなかった。
この機能にはバグが確認されており、すでに存在するキャラクターも強制的に配備できてしまうのだ。
その修正が間に合っていなかったが、今回はそれを利用する作戦だ。
「じゃあ、猫を入れたUFO落としますね。方向と角度はこれでいいですか?」
「まあ、いいんじゃない?」
「速度はどうしましょう?10段階あるんですけど。」
「じゃあ8ぐらいで。」
「それってどれぐらいのスピードですか?」
「しらんがなw」
本当に、大丈夫かな?
「UFO落下まで5秒前、4、3、2、1。発射!」
橋本の号令でUFOを落とした。
UFOはそのまま落下・・・しなかった。
「橋本君、UFOが変だよ!」
「ん?軌道が逸れたか?まあ多少ならいいよ。」
「違う!UFOが落ちない。その代わりにどんどん大きくなってるんだ!」
「なに!?おい!これ、このまま巨大化したら、世界が消えてなくなるぞ!」
「まずいです、もう止められません!」
「なんとかしろー!田中ー!」
フロア内に橋本の声が響き渡った。
***** ヨシュア視点 *****
俺は庭のベンチに座り、ドリー特製のハーブティーを飲んでいる。
A「いい天気ね。でも日焼けが怖いわ。」
B「別にいいじゃん?小麦色の肌っていうのも、色気があるんじゃないの?」
平和だ。
リアルでは経験できないような日常が、ここにはある。
A「今はいいけど、年取るとシミになったりするから、あなたも気を付けた方がいいわよ」
C「ていうかさ、精霊って日焼けしたり、シミができたりするの?」
A「それは考えちゃダメ。」
D「ハーブティーにビタミンCが入ってるから、一応効果はあるみたいよ?」
会話に入れない。
このままでは、ただの空気だ。
リアルでは積極的に女子に声を掛けられないが、ここではできるだろう。
勇気を振り絞って、声を出すのだ!
「日焼けしても、しなくても、アリスはかわいいと思うよ。」
全員の視線が俺を射抜く。
あれ?言葉のチョイス、失敗した?
きっとあれだ!一人だけ褒めたのがいけないんだ。
「もちろん、ベリーもチャミもドリーもかわいいよ。」
B「後付けじゃ嬉しくないわね。」
C「そんな、まとめて褒められてもねぇ。」
D「その他一同みたいな扱いはないわー。」
ダメだ、もう何を言ってもリカバリー不能だ。
アリスなら助けてくれるか?
そう思ってアリスを見ると、赤い顔をして下を向いたままだ。
なに?笑いを堪えてるの?
A「そ、そんなわざとらしいお世辞言われたって、嬉しくなんかないんだからね!」
そう言うと、アリスは家の中に行ってしまった。
「なあ、なんかアリスが余所余所しいんだけど、どうしてかな?」
B「うーん、教えない。」
「えー、けちー。」
C「私たちが教えても意味ないし。自分で気づきなさいよ。」
「わからないから聞いてるんだけど。」
D「あれ?郵便だ。めずらしい。」
鳩のような鳥が、手紙を持ってきた。
B「誰から?」
「ハンネだって。誰だっけ?」
C「それって、奴隷商じゃない?」
「あー、そんな名前だったな。」
D「で、なんて書いてあるのよ!」
俺が封筒を開けて手紙を読もうとした時だ。
持っていた手紙が陰に隠れた。
雲が出てきたのか?
A「ちょっと、何この空!」
「あ、アリス。戻ってきたのか?そういえば聞きたいことがあったんだけど。」
B「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃない!空を見て!」
見上げると、空を覆いつくすほどの大きな物体があった。
正体不明のそれは、急激に大きさを増している。
俺は【アイテムボックス】から【亜空間扇】を取り出して煽いだ。
しかし、それは吹き飛ばされることなく、どんどん巨大化していく。
そして、巨大なそれは、地面に激突した。
何かが破壊される音が響き渡る。
俺の家も、庭も、すべてが押しつぶされた。
一瞬、視界がブラックアウトし、そのあとに目にしたのは瓦礫だらけの世界だ。
俺は【不死の首飾り】のおかげで一命は取り留めたようだ。
あの巨大な物体は、なぜかどこにもなかった。
アリスは?ベリーは?チャミは?ドリーは?エルザは?フリオは?ユミンは?
どこにもいない。
念のためテレパシーを飛ばしてみたが、反応はなかった。
【千里眼鏡】で確認すると、家のあった場所には、自分のアイコンしかなかった。
マップを広域にし、街全体が入るようにする。
いつも人が溢れていたギルドでさえ無人のようだ。
誰もいないのか?
街中をくまなく探すと、路地裏に1体のNPCがいることが確認できた。
その場所に転移すると、そこは1匹の白い子猫がいた。
目は左目が黄金色、右目が水色のオッドアイだ。
これってガーネットが姿を変えられてた猫と同じデザインじゃん。
運営手抜きか?猫の素材は他に用意してなかったのか?
俺はとりあえず子猫を連れて自宅に戻った。
いや、自宅跡地か。
瓦礫に座り、膝の上に子猫を乗せる。
撫でると、ふわふわとした毛並みが心地よい。
そんな現実逃避をしていたが、【千里眼鏡】で見えたのは、厳しい現実だった。
王都にも誰もいない。
マップ全体を見渡すが、どこにもアイコンが現れない。魔物すらいないのだ。
俺と猫だけの世界になってしまった。
一体どうしろというの?
膝の上で背伸びをしている子猫を見下ろす。
その視線の先に。何かが落ちているのに気づいた。
ハンネからの手紙だった。
『親愛なるヨシュア様へ
この度、ミルスとハンスと一緒に暮らすことになりました。
私が不甲斐ないせいで、二人には迷惑をかけてしまいました。
これからは、それを取り戻すため、夫として、父親として精進してまいります。
お近くにお越しの際は、ぜひ顔を出してください。
PS
ヨシュア様には、うちの商品を格安でお譲りいたしますよ!』
彼らには幸せな人生が待っていたのだろう。
しかし、もう、いない。
せっかくつかんだ幸せが、こぼれて行ってしまった。
俺は空を見上げて茫然とする。
そこには雲一つない青空が広がっていた。
そのまましばらく、瓦礫の上に寝転がり、空を眺めていた。
「いい、天気、だな。」
A『いい天気ね、でも日焼けが怖いわ。』
アリスの言葉が、耳鳴りのように再現された。
もう、あの幸せな時間は、戻ってこないのかな。
時間を戻せれば・・・
はっ!
俺は急に立ち上がった。
子猫が驚いて飛び跳ねた。
ゴメンよ子猫ちゃん。でも、やりたいことがあるんだ。
俺は【アイテムボックス】からあるアイテムを取り出した。
【巻戻の指輪】時間を最長で1時間前まで戻せる
頼む、これで元の世界に戻ってくれ!
祈るようにアイテムを使用した。
俺は庭のベンチに座り、ドリー特製のハーブティーを飲んでいる。
A「いい天気ね。でも日焼けが怖いわ。」
B「別にいいじゃん?小麦色の肌っていうのも、色気があるんじゃないの?」
「やったー!戻った!!」
C「どうしたの?」
D「今日は、暖かいからなー。」
「おい、俺を何だと思ってるんだ!」
A「変人?」
「あー、そんなのに付き合ってる場合じゃない、空を見ろ!」
B「まあ綺麗な青空。」
C「で?」
あれ?
あれほど巨大な物体だったのに、何も見えないなんて。
「おかしいなぁ。」
A「おかしいのは、あなたの頭じゃないの?」
D「あれ?郵便だ。めずらしい」
「そう、この郵便物を受け取って、手紙を開くと・・・」
手紙が陰に隠れた。
俺は上を見上げると、巨大な物体が迫ってきた。
だめだ、もう間に合わない。
【巻戻の指輪】を使って時間を巻き戻した。
A「いい天気ね。でも日焼けが怖いわ。」
B「別にいいじゃん?小麦色の肌っていうのも、色気があるんじゃないの?」
俺は、二人の言葉に耳を向けず、寝転がって空を凝視していた。
あんな巨大な物体が突然現れるなんておかしい。
現れる瞬間を見つけてやる!
女子トークは続いているが、そっちは完全に放置だ。
とにかく空を凝視し続けた。
A「どうしたの?さっきから空ばっかり見て。」
「空から何かが落ちてこないか見てるんだよ。」
B「頭、イっちゃってる?」
「いや、この世界を破滅に導く巨大な物体が落下してくるんだ。」
C「ねえ、これが中二病ってやつ?」
「いや、マジでマジで。」
D「巨大ねぇ。それってあの小さいやつのこと?」
ドリーが指さす方向に、小さな点があった。
A「へえ、あの小さいのが、破滅の物体?大変ねぇ。」
B「どれのこと?あー、あれか。ちっさ!」
C「でもさ、あれ、何だろうね?こっちに近づいてるように見えるけど。」
D「ああ!どんどんおっきくなってる、おっきくなってる!」
ドリーさん、それ耳元で聞かせてください。
あ、いや、そうじゃなく本当に大きくなってる。
最初は北極星ぐらいだったのが、今は月ぐらいの大きさになっている。
D「あれ?郵便だ。めずらしい。」
郵便物が届く頃には、太陽を塞がんばかりに広がっていた。
なるほど、わかったぞ。
あれが何かはわからないが、徐々に巨大化する物体ということがわかった。
ということは、巨大化する前に何とかすれば、止められるかもしれない。
空を飛んで、握りつぶすか?
とりあえず、今回はもう取返しが付かないので、【巻戻の指輪】を発動だ。
A「いい天気ね。でも日焼けが怖いわ。」
B「別にいいじゃん?小麦色の肌っていうのも、色気があるんじゃないの?」
「ちょっと出かけてくるね。」
D「あらそう?どちらへ?」
「空へ。」
俺は【天使の翼】を使って飛んだ。
点が現れた場所に急ぐ。
そして、ついにそれをみつけた。
最初に見つけたときは、バスケットボールほどの大きさだったが
加速度的に大きくなり、今は運動会の大玉転がしの玉ほどの大きさまで成長している。
あとで転移できるように、この場所の座標位置を覚えておこう。
でもこれって、きっとバグだよなぁ。
んもー、ちゃんとデバッグしろよー!
俺は、怒りを力に変換し、全力でその玉をぶん殴った。
ビクともしない。
殴る、蹴るの暴行を働く。
ビクともしない。
ケル・ナグール
ビクともしない。
えー、どうしたらいいの?
これ不可避ですか?
何かいいアイテムないかな?
俺は【アイテムボックス】を眺めながら考える。
すると、懐かしいアイテムを見つけた。
【四星球】
【七星球】
これって結局何だったんだろうな?
たぶん、7個揃うと何か意味があるんだろうな。
でもあいつらが持ち帰っちゃったし、どうしようもないな。
残りもさっさと【アイテムボックス】に入れときゃよかったな。
いやいや、こんな無意味なアイテムについて考察を述べてる場合じゃない。
他に使えそうなアイテムないか?
【契約のマント】
これは、ハンネと最初に会った時、盗賊から守ったお礼に貰ったものだ。
なんでも自分の所有物にしてしまうという極悪アイテムだ。
これでこの巨大化する物体を自分の物にしたところでなぁ・・・
あ、そうか。
その手があったか。
俺は【四星球】を眺めながら、一つの作戦を思いついた。
しかしそれは、多くの犠牲を払うものだった。
やらければ、この世界は俺と猫だけの世界になってしまう。
「しゃーない、やるしかないか。」
大いに悩んだが、俺は作戦を決行することにした。
とりあえずは、【巻戻の指輪】だな。
A「いい天気ね。でも日焼けが怖いわ。」
B「別にいいじゃん?小麦色の肌っていうのも、色気があるんじゃないの?」
「時間がないから挨拶は手短に済ませるよ。今までありがとう。でも、絶対戻ってくるからね!」
C「ん?どっかいくの?」
「ちょっと、空へ。」
D「いってらー」
振り向かないあなたは、振り返らずに飛んでいくか。
前にそんなことを言った気がするな。
俺は【瞬移の羽】で玉が出現するポイントに移動する。
空を飛んで移動するより早く到着したおかげで、まだ玉は現れていなかった。
しばらくすると、空間が歪み、目の前にゴルフボールほどの大きさの玉が現れた。
今だ!
俺は【アイテムボックス】から【契約のマント】を取り出し、それで玉を包む。
これで玉は俺の物になった。
そしてこれから・・・
【四星球】と【七星球】が作戦のヒントになった。
7つのボールを集めたのに、手元に残ったのがこの2つだけだった。
他のボールは、まだ強盗の所有物だったので、あの強盗が消えたと同時に消えてしまったのだろう。
つまり、俺が玉を所持しながら、あの強盗のように消えれば、玉も消えることになる。
俺は仮想ウインドウでメニュー画面を開く。
[設定]-[ユーザアカウント]と辿り、[削除]を選択。
《Information》
アカウントを削除します。よろしいですか? <Yes> <No>
<Yes>を選択する手が震える。
しかし、これをしなければ、何もない世界になってしまう。
ええい!<Yes>だ!
このゲームとも、一旦お別れだな。
でも、またアカウント作り直してニューゲームを始めよう。
今後やるときは、変なことしないで普通にゲームを楽しもうかな?
そんなことを考えながら、視界が消えていくのを眺めていた。
そして俺のアカウントは、このゲームの世界から削除された。
-数分後-
よし!ここでCtrl+Cだ!
おしまい