51. ダブルトールモカ!
「え!?フリオがゼロだったの?」
Z「何だよ!気付いてなかったんじゃないか!とにかく、このことは、エリザにはまだ」
「言わないよ。言いたければ自分で言ってくれ。」
Z「ああ、そうするよ。」
「ユミンには?」
Z「あいつには手紙を書いておいたんだが、見つけられなかったようだな。」
「俺が渡そうか?」
Z「悪いな、それを頼みに来たんだ。」
そういうと、フリオの姿をしたゼロが、本棚から本を抜き取った。
そんなところに隠してたのかー。そりゃ見つからんよ。
Z「あれ?手紙がないぞ。」
「またまたー、隠し場所忘れたんじゃないの?」
Z「そんなはずはない。お前、この本は見なかったか?」
「それって何が書いてあるやつ?」
Z「初級の物だ。【劣化毒消し】などのレシピがある」
「あー、それなら見たよ?あああああ!!」
俺は【アイテムボックス】から一通の手紙を取り出す。
そこには『愛するユミンへ』と書いてあった。
以前にこの部屋で発見して、あとで読もうと思ってすっかり忘れていたやつだ。
Z「おい、他人の手紙を持ち歩くなんて、趣味が悪いな。」
「持ってたの忘れてたよ。後で読んで爆笑してやろうかと思ってたやつだ。」
Z「最低だな。そんな奴に娘はやれん!」
「どうしたの?エリザがどうかした?」
Z「ええい!とにかくその手紙をユミンに渡してくれ。ではフリオに戻るからな!」
ゼロ、いや、フリオは戻って行った。
手紙を託されたが、もう深夜帯だ。明日でいいだろう。
最近、ゆっくり眠らせてもらえない日々が続いた。久しぶりに安眠したい。
50年が50年1日になっても、誤差の範囲だよね?
そして次の日。
俺は手紙を持っていく時間を迷っていた。
あの手の商売は、仕事終わりが夜中になるため、あまり早い時間だと迷惑になる。
しかし、彼女はオーナーの立場であって、毎日閉店後まで仕事はしていないだろう。
手紙を渡すのは早い方がいいが、何時ぐらいが妥当なのか判断が難しい。
なんとなく、午後一ぐらいにしておこうかな?なんて考えていたら
D「ねえ、お客さん来てるよ。たぶん、あの子たちの母親だと思うけど。」
向こうから来てくれたようだ。
まだ会う決心ができていないのだろうか、中に入ろうとする様子はない。
俺は外套を羽織り、外へと向かった。
家の前で話すのもなんなので、近くのカフェに移動した。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「あ、2名です。」
ふふふ。
今日はおひとりさまじゃないんだよ!
「先にご注文をお願いします。」
まずは飲み物を注文してから席に着くスタイルのようだ。
俺がメニュー表を見ながら優柔不断っぷりを発揮していると、ユミンが先に注文した。
Y「カフェモカのトールサイズにエスプレッソを1ショット追加してください。」
「かしこまりましたー。ダブルトールモカ!」
何だ?
長い長い注文が、一気に短縮されたぞ?
これはあれか?餃子一人前がコーテルイーガーになるようなものか?
個人的にはソーハンとエンザーキーも追加したいところだ。
思考は逸れたが、俺もユミンと同じものを注文し、席に着く。
「それで、決心はついたんですか?」
Y「昨夜眠れずに」
「泣いていたんだろう」
Y「え?」
「すまん、続けてくれ。」
Y「昨晩眠れずに」
「失望と戦った」
Y「・・・。」
悪い!シリアスな緊張感に耐えられなかったんだ。
もうネタ切れだから、話を続けてください。
Y「考えた結果、私はやはり、あの子たちとは会わない方がいいと思ったの。」
「そうですか。理由は聞きません。でも、これを読んでから、もう一度考えてみてもらえませんか?」
俺は、ゼロの手紙をユミンに渡した。
Y「これは!」
「地下室にありました。どうです?一度、お家に帰ってからゆっくりと読みますか?」
Y「いいえ、ここで読みます。すぐにでも見たいので。」
ユミンは素早く、そして丁寧に封筒を開けた。
一心不乱に手紙を読む姿を、コーヒーを飲みながらぼんやりと眺めていた。
繰り返し読むこと3回。
彼女のコーヒーがすっかり冷めきった頃、彼女は視線を手紙から俺に移した。
Y「あの子たちに、会わせてもらえますか?」
そう言うと、彼女の大きな瞳から、一粒の涙がこぼれた。
俺は、カフェで買ってきたシュガードーナツを振舞いながら、精霊4人衆とティータイムだ。
D「今頃、どんな話をしてるんだろうね?」
C「とりあえず、近況報告?」
B「手紙の中身が気になるね。」
A「これからどうなるのかしら?悪い予感がするんだけど。」
親子の感動の再会を邪魔しちゃいけないと、3人には応接室に行ってもらっている。
今までの時間を取り戻してる最中かな?
「悪い予感って、何?」
A「もう一人、この家の住民が増えそうって事よ。」
B「あの二人が母親の家に住む可能性は?」
C「いや、きっとあの子たちは、この家じゃないと生きられない。もう生きてないけどね。」
D「そうなると、消去法で、ユミンがこの家に来るって事になるのか。」
やっぱそうなっちゃう?そうなっちゃう服部?
頼まれたら断らないんだろうな、俺は。
もう、6人が7人になったところで大差ないさー。
「でもまあ、増えたことが悪い事ってわけじゃないんじゃない?家事分担できるし。」
A「増えることが悪いんじゃなくて、増える人が問題なのよ。」
B「この前のガーネットといい、なんであなたは美人ばっかり拾ってくるんだか。」
C「みんな気付いてると思うけど、エリザの指環。母子戦争勃発?」
D「そうなの?親子丼なの?はしたない!見損なったわ!」
まただ。
俺は悪いことしてないのに、なぜか意味不明な理由で責められる。
親子丼って何だ?食ったら美味いんか?美味いな。
そんな会話をしていたら、3人が応接室から出てきた。
ユミンの両手は二人の子供に握られている。
Y「この度は大変お世話になりました。」
「いえいえ。」
Y「大変申し上げにくいのですが、お願いがありまして。」
来た!
ここに住んでいいか?ってことだろ?
精霊4人衆は、じっとこちらを伺っている。
Y「キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「へ?キッチン?」
Y「この子たちが、私の手料理を食べたいと言うもんですから。」
なるほど。
まずは胃袋を掴む作戦だな?
でも、子供たちが何か食べてるところを見たことないな。
「お前らって、いつも何も食べてないよな?食べなくても平気なんだろ?」
E「ええ、食事は必要じゃないわ。そこの精霊さんと同じでね。」
F「久し振りにママの味を楽しみたいだけ。ね、お願い!」
精霊も食事は必須じゃないのか?
さっき食べたシュガードーナツ返せ!
「ええ、キッチンを使う分には問題ないですが、全員の分を作ってもらえますか?」
Y「はい、もちろんそのつもりですわ。」
「わーい、楽しみだ。親子丼ですか?」
Y「え?いえ、違いますが?これから材料を買ってまいります。」
「はいはい」
Y「8人分になりますので、大量になります。お買い物にお付き合いいただけますか?」
なんだ?精霊たちが半眼でこちらを見ている。
俺、試されてるのかな?
でもこれは断れないよね?
「はい、力だけはありますので、荷物持ちやりますよ!」
Y「うふ、頼もしいわ。」
なんか、空気が凍り付いてませんか?
誰か助けてくれ。
F「あのさ。」
お、こんな時はお前が頼みだ。
Z「調子乗んなよ!手出したらぶっ殺すかんな!」
ああ、こいつの中身はゼロだった。
大丈夫です。人妻に手を出したりしませんから。
俺とユミンは市場に向かい、大量の食材を購入した。
その帰り道だった。
Y「ちょっと、そこのベンチに座りませんか?」
俺たちは、公園のベンチに並んで座った。
Y「あなたにはお話ししておきたいことがあります。」
「なんでしょう?」
実はこれが目的だったのよ?などと言いながら、ユミンは話を始めた。
それは、手紙の内容についてだった。
手紙の冒頭に書いてあったのは、この世界についてだった。
この世界は、神々によって創造されたものだそうだ。
現実世界でも、そのような思想を持つ宗教はいくつかある。
それと同じ発想だろう。
世界を創造した神々は、作っただけで放置するわけではなく、平和と秩序を保つため、自らの使者を配備した。
その使者は、天使と呼ばれた。
「そういえば、うちにいる精霊たちは、天使に依頼されて家に住んでるって言ったな。」
Y「そうね。それには理由があるの。まず手紙の話をしちゃうわね?」
天使は、まだこの世の中にない道具を提供することで、健全な社会作りに貢献していった。
「まさかその天使って?」
Y「そう、ゼロは神からの使い。つまり天使だったのよ。」
「知ってたんですか?」
Y「いいえ、この手紙で、初めて知りましたわ。」
ゼロは身の上を明かした上で、これから自分が行うことを説明した。
自分がいることで、また狙われることがある。
そうなると、ユミンにも影響が出ることが考えられる。
Y「なので、彼は自分を殺すことにしたの。」
「天使が死ぬって、どういうこと?」
Y「死ぬというより、天界に帰還したみたいね。」
「じゃあゼロは死んだわけじゃないんだね?」
Y「そうね。もう宿る体がないから、会えないけど。」
「でも、フリオが・・・」
Y「その話も、あとでするわ。」
ゼロが死ぬ。いや、天界に帰還することにより、2つの問題が発生した。
1つはこの世界から天使がいなくなってしまうこと。
もう1つは、ユミンが一人きりになってしまうことだ。
Y「ゼロはね、エリザとフリオを新しい天使として地上に配備したわけよ。」
「あの二人が天使ねー。なんか天使っぽくないな。」
Y「でもね、天使にするための審査?みたいのがあって、すぐに配備できないけど待っててって手紙には書いてあったの。」
これは、ユミンがすぐに手紙を発見することを前提に書いていたのだろう。
しかし、手紙は発見されぬまま、ユミンは家を売ってしまった。
Y「私たちが応接室をお借りして話をしてたとき、突然フリオの様子が変わったの。」
「ああ、ゼロになったんですね?」
Y「そう。あの人は実体は失ったけど、フリオの体を借りて降臨できるみたいなの。」
「あれ?じゃあ普段はフリオで、たまにゼロになるってこと?」
Y「そうみたいね。」
「俺はてっきり、常にゼロなんだけど、フリオのふりをしてるだけかと思った。」
Y「フリオのふりを?」
「いや、狙ってませんから。」
ゼロになったフリオは、まず手紙を巧妙に隠しすぎたことを謝った。
自分を狙うやつらに見られては困るからと、入念に隠しすぎてしまったと反省したそうだ。
エリザとフリオの新米天使が配備されるころには、すでに家には誰もいなかった。
まずは家を守ろうと、4人の精霊を家に住ませたそうだ。
「なるほど。それがこのお化け屋敷と呼ばれた家の真相か。」
Y「誰かが偶然手紙を発見して、私に渡してくれることをずっと待ってたみたいね。」
「私に渡して?」
Y「やめて、狙ってないわ。」
ちょっと話が長くなってしまったようだ。
フリオからテレパシーが届いた。
いや、これはゼロか?
Z『どこをほっつき歩いてんだ!さっさと帰ってこい!』
俺がテレパシーの内容をユミンに伝えると、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「帰りますか。」
Y「そうね、みなさん心配しますから。」
「しかし、男の嫉妬は見苦しいな。」
Y「あら、嫉妬してるのは、男性だけじゃないと思うわよ?」
このシチュエーションで、他に誰が嫉妬するんだ?
あれか、エリザがママを取られて嫉妬してるって事か。
まだガキだから仕方ないな。
家までの帰り道。何度もゼロからテレパシーが届く。
Z『あと何分で着く?』
Z『あと何メートルだ?』
Z『あと何歩だ?』
うぜぇ。
あとでくすぐり地獄を味わわせてやる。
被害にあうのはフリオだけどな!
Y「ゼロはあんな感じですが、あなたには感謝してるのよ?」
「ホントですかぁ?」
Y「ええ、長年の苦しみが解放されたのですから。」
「それを態度で示して欲しいものですね。」
かといって、改まって感謝されても照れるだけだ。
やっぱ、今のままでいいです。