50. お前がゼロだったのかー!
ボーイの先導で、キャバクラのオーナ室に入る。
そこは、豪華な店内と打って変わって、スチール机にロッカーが並ぶ殺風景な部屋だった。
万引きGメンが捕まえた犯人を連れていく、店の事務所のような感じだ。
覗き魔からストーカー(仮)を経由してキャバクラのオーナーに昇格した人物がそこにいた。
ストレートの黒髪を、後ろで一つに束ねている。
さっきも思ったが、どこかで見たことがあるような気がする。
なんか、毎日見ているような気が・・・。
??「ありがとう、下がっていいわ」
ボーイを下がらせ、二人りきりになる。
『マルタイとの接触に成功。狭い部屋に二人きりの状態。情報を収集する。』
手短にテレポートを済ませる。
絶叫のようなものが聞こえたが、聞こえない、聞こえない。
??「さっきの伝言だけど、どういう意味かしら?」
「そのままの意味ですよ。フリオに会いたいんでしょ?」
??「誰かしら?フリオって。」
「ずっと部屋を見てましたよね?昨日も、今日も。」
??「あら、バレてたのね。」
女性は、小さく舌を出して、頭をコツンと叩く。
マジでやる人がいたんだ。漫画の世界だけかと思った。
頭上のアイコンで確認すると相手の女性はNPC。
名前はユミンと表示されていた。
あれ?ユミンって名前、どこかで見たことがあるような・・・。
頭の引き出しをひっくり返していると
Y「長い話になるけど、聞いてくださる?」
彼女は昔話でもするかのように語りだした。
ユミンはいわゆる戦争孤児だった。
10歳にも満たない時、両親を戦争で亡くした。
お使いを頼まれ、買い物から帰ると、家が破壊され、両親の亡骸が転がっていた。
現実が受け入れられず、泣くこともできず、ただただ破壊された家の前で立っていた。
自国の兵士たちがユミンに声を掛けるが、彼女は反応ができなかった。
そのまま孤児院に連れ去られそうになったが、ユミンは激しく抵抗した。
両親から離れることを拒んだのだ。
兵士が困っていると、一人の男性が声を掛けた。
「その子は、うちで預かろうか?」
その男性を見ると、兵士はビシッと姿勢を正し、敬礼したまま微動だにしなかった。
たぶん、えらい人なんだろう。
小さなユミンには、そんな感想しかなかった。
その男は、最近ユミンの家の近所に引っ越してきた人で、大きな屋敷に一人で住んでいる。
今考えれば、こんな怪しい人の家に住むなんて軽率だった。
と彼女は語った。
一度に家と両親を失ったショックから、そこまでは考えは及ばず
ただ、両親と暮らしていた家の近くに住めるという理由で、この男の家に住むことにした。
男の名前はゼロと言った。
ゼロは、ほとんど口を利かないユミンを、まるで我が子のように愛情を注いで育てた。
衣食住の世話だけでなく、一般教養や家事全般、歌やダンス、テーブルマナーや礼儀作法に至るまで、どこに出しても恥ずかしくない知識と技能を与えた。
いつしか、ユミンのすべてはゼロになっていた。
ユミンが大人の女性として成長したある日、意を決してゼロの寝室に向かった。
Y「彼はベッドの上でも優しかったわ。」
頬を紅潮させ、彼女は歌うように語った。
俺の下半身が反応しそうだったので、話を遮った。
「それって何年前の話ですか?」
Y「もう50年ほど前になるかしら?」
「えっと、話の中のユミンと、目の前のいるユミンは別人ですか?」
Y「同一人物よ」
「はひ?」
Y「その疑問はあとで払拭されるから、もう少し聞いてね。」
やがて、二人の間に子供が生まれた。
一人目はちょっと気の強いお転婆のエリザ。
二人目はちょっと気の弱い泣き虫のフリオ。
「ちょっ!エリザとフリオって!」
Y「あら?知ってるのね?お互い聞きたいことが多いでしょうけど、最後まで話してからね。」
俺の質問攻めを予想したのか、最後まで聞くよう諭されてしまった。
一時は何もかも失ったユミンだったが、幸せな家庭を手に入れたのだった。
しかし、家族4人の幸せな日々は、長くは続かなかった。
ゼロの肩書は、宮廷錬金術師だった。のちに大錬金術師と呼ばれる存在となる。
彼が作るアイテムは、この国の革新的な発展につながった。
そんな彼の能力を戦争に利用しようとした存在がいた。
それは敵国だ。
スパイにより彼の存在が伝わり、狙われる対象となってしまった。
ある夏の晴れた日だった。
ゼロは庭で、育っていた薬草に水をあげていた。
そのとき家の前で、子供たちが押す荷車が壊れてしまった。
ゼロは手先が器用だったので、荷車を直してやろうと近付いた時、荷物から複数の手が伸びた。
ゼロを狙った犯行だった。
子供好きのゼロの良心を利用する、最低の作戦だった。
ゼロは複数の男によって抑えつけられたが、何かの道具を使って激しく抵抗する。
作戦は失敗したかに思われたが、さらに最低の作戦を実行した。
それは、ユミン、エリザ、フリオを人質に取るというものだった。
Y「家の裏口に何人か配備してたみたいで、合図と共にたくさんの人が家に入ってきたわ。」
「裏口ですか?今はないみたいですけど。」
Y「そうね、この事件のあと、潰しましたから。」
「それで、みんな人質に取られてしまったんですか?」
Y「今思えば、抵抗せずに人質になっていればよかったのかもしれませんね。」
ここで抵抗したのが、普段は泣き虫のフリオだった。
ゼロの道具を使って、母を、姉を、守ろうとしたのだ。
Y「フリオが悪いわけじゃないのよ?あの子は必死に私たちを守ろうとしたわけですから。」
「あいつなりに、頑張ったんですね。でもその結果は?」
Y「いくら便利な道具でも、使い方を理解してないとね。あの子、道具の名前すら知らないんですから。」
「訳も分からず道具を使いまくったわけですか?危険ですね。」
Y「フリオが使った道具で、相手を一人殺しちゃったみたいなの」
「あらら。」
Y「それで相手が逆上して・・・」
ゼロが外の敵を蹴散らし、家の中に入ったときには、ユミンも子供たちも瀕死だった。
激昂したゼロは、その場で全員を瞬殺。
慌ててユミンの元に駆け寄るが・・・。
Y「子供たちはもう助かる見込みはなかった。私はギリギリ生きてた感じね。」
「それで、どうなったんです?」
Y「こんな状態でも彼は冷静だった。冷酷とも思えるほどね。」
このままではユミンと子供たちの命は助からない。
そう思ったゼロは、大胆な行動に出る。
回復の見込みのない子供たちから、壊れていない臓器を取り出してユミンに移植した。
それでも足りず、ゼロは自分の臓器をユミンに移植したのだ。
それによりなんとか一命は取り留めたが、激しい拒絶反応と、一度に最愛の子供たちを失ったショックで、ユミンは寝たきり状態となっていた。
ゼロは生きるための最低限の機能だけを残し、あとはユミンに移植してしまったため、まともに生活できる状態ではなかった。
Y「こんなことなら、私たちを見捨てて、ゼロだけでも生き残って欲しいと思ったわ。」
「そうしなかった理由があるんですよね?」
Y「ゼロは自分を責めていたわ。自分のせいで家族に危害を与えてしまったと。」
「ゼロさんは、そのあとどうなったんですか?」
Y「ゼロは、満身創痍の体で地下室に籠っていたわ。何かに取りつかれたようにね。」
ゼロは地下に工房を作り、病床で苦しむユミンを助けるための薬の開発に取りかかった。
数日後、ユミンの寝ているベッドに、痩せこけたゼロが現れた。
Z「これで、この薬で、君の体は元に戻る。」
Y「そんなことより、あなたの体が心配よ。寝てるの?ちゃんと食べてる?」
Z「いいから、この薬を飲むんだ。」
Y「あなたが作ったものだもの。毒薬でも喜んで飲むわ。」
Z「ある意味毒薬かもな。ちょっとした副作用があるんだ。」
副作用の効果を聞いたのは、薬を服用した後だった。
その副作用とは、不老だ。
こうしてユミンは、何年経っても、老いることがなくなってしまった。
Y「これでわかったでしょ?50年前の話ってことが」
「なるほど。不老不死なんですか?」
Y「いえ、不死ではないわよ?ただし老衰による死亡はないから、普通の人より長寿だけどね。」
「それで、ゼロさんはどうなったんですか?」
Y「消えたわ。」
ゼロはユミンに薬を与えても、まだ地下室に籠りっぱなしだった。
あまりにも出てこないので、心配になって地下室に行くと、そこにはゼロの姿はなかった。
ユミンは、家中を探した。
どこかで倒れてたりしないか心配だった。
しかし、ゼロはどこにもいなかった。
何も手につかず、何も考えられず、時間だけが過ぎて行った。
外が暗くなった頃、外から兵士の声が聞こえた
数人の兵士と、胸にバッジをたくさんつけた上官らしい人物が家の前にいる。
何かと思い外に出ると
「ゼロ様は、先ほど王城で死亡が確認されました。」
信じられない言葉だった。
夢じゃないかと、ひどい悪夢を見ているのだと思った。
立っていられずその場に座り込んだ。
そこから先、数日間の記憶があいまいだ。
宮廷錬金術師だったので、彼の葬儀は国葬という扱いになった。
国を挙げて、彼の急逝を悼んだ。
ユミンはその葬儀の間も、感情のない人形のように存在していだけたっだ。
両親を失った時のように。
Y「私は、あの家に住んでいることが辛くなって、家を売って飛び出したのよ。」
「一人で住むには、大きすぎますからね。」
Y「そのあとは・・・。今の私を見れば想像できるかしら?」
「水商売で生計を立て、貯まった資金でオーナーになったってところかな?」
Y「惜しいわね。家を売った金でオーナーになったの。私はキャストになったことはないわ。」
「残念ですね。きっとナンバーワンになれましたよ。」
Y「あらお上手。」
これか?
これがアリスの言う思わせぶりな態度なのか?
いや、違うだろう。単なる誉め言葉だ。
Y「私は逃げてたの。」
おっと、いきなりシリアスモードになった。
聞き手に回ろう。
Y「両親を亡くし、最愛の家族であるゼロとエリザとフリオが、私の大切な人は、みんないなくなってしまう。だから大切な人は作らないと、今まで逃げてきたの。でもたまに耐えられなくなって、あの家の前を遠くから眺めていたのよ。」
「頻繁に来てたんですか?」
Y「家を飛び出したばっかりのころは頻繁に来てたけど、最近は数ヶ月に1度かしら?前はお化け屋敷みたいだったのに、綺麗になっていて驚いたわ。それと同時に、誰かの手に渡ってしまった悲しさもあったわね。自分で売っておいて、買われたら悲しいって、私は我が儘ね。」
「家の中を覗いていたのは、どうしてですか?」
Y「声が聞こえた気がしたの。フリオの声が。あの子は死んでしまった。でも、あの子の声が聞こえた気がしたのよ。そうよ!フリオに会わせるってどういうことなの?」
ここでやっと、俺の伝言についての真意が問われた。
「フリオならいますよ、あの家に。あと、エリザもね。」
Y「そんな・・・、あの子たちは死んだはずじゃ?」
「はい、生きてるわけではないですが、会話は可能です。」
Y「地縛霊にでもなったのかしら?」
「いや、霊ではないようなんですよね。俺もよくわかりません。」
Y「あの子たちは、元気にしてますか?ご迷惑はかけていませんか?」
「死んでるのに元気っていうのも変ですが、元気にしてますよ。」
Y「会いたい・・・。今すぐ会って抱きしめたい・・・。でも・・・。」
「どうしたんです?・・・が多いですよ?」
Y「私自身、どうするのが正しいのかわからなくなってます。決心がついたら連絡します。」
てっきり、今すぐ会わせろと言われるのかと思ったが、何か思うところがあるようだ。
今日の所はここで引き上げますか。
『マルタイの目的把握。これより帰宅します。』
すぐに戻るのに不要かと思ったが、念のためテレパシーを送っておいた。
瞬時に自宅に転移。
ホールにはABCDがすでに集結しており、EFは階段を下りているところだった。
その二人を見ていると、視界の中に肖像画が見える。
ダンディな紳士と、うら若き黒髪女性とのツーショットだ。
親子ほどの年齢差がありそうだが、女性の表情が親子ではないことを物語っている。
あ・・・ユミンだ。
そうか、この肖像画に描かれた女性だったんだな。
どうりで、どこかで見たことがあると思ったよ。
A「全員揃ったわ。綺麗な女性と二人っきりで話した内容を聞かせてちょうだい?」
アリスたん、言葉に棘がありますよ?
「まずエリザとフリオ。君たちには嫌な記憶を呼び出す話になると思うが、覚悟して欲しい。」
E「なによ、藪から棒に。」
「藪からスティックな話だが、俺がさっきまで会っていたのは、あの人だ。」
そう言って、俺は肖像画をビシっと指さした。
決まった!
ABCDEF「???」
「えっと、あそこにある肖像画を指さしたの。」
決まらなかった...
B「わかりにくいわよ。かっこ悪いんだから、かっこつけないで。」
E「ちょっと、肖像画ってパパとママよ?どういうこと?」
「うん、ユミンと会っていた。この家を覗いていたのは、ユミンだ!」
俺は左手を腰に構え、右手で肖像画を指さして宣言した。
誰も俺の姿は見てくれていなかった。
E「うそ、生きてたの?ママはナイフで刺されて・・・」
F「生きていたのか。そうか、そうか。」
二人が落ち着くのを待って、俺はユミンの話を伝えた。
まだ幼い二人には辛かったようで、普段は気丈なエリザが泣いていた。
フリオは、やさしくエリザの髪を撫でている。
俺はその場を離れ、地下室にやってきた。
特に意味はないが、ここ来ればゼロに会える気がしたのだ。
「ゼロさんよぉ、何も言わずに消えるとは、あんまりじゃないか?」
地下室に誰かが入ってくる足音が聞こえる。
「お前が、ゼロだったんだな?」
Z「いつから気づいていた?」
「最初からだよ。」
Z「まいったな。」
振り返ると、そこにはフリオがいた。
お前がゼロだったのかー!