5.俺、何か悪いことした?
何度も言うが、俺は寝起きは機嫌が悪い。
誰だソファーを揺らす奴は!
Aか?Bか?Cか?Dか?
ガバっと起き上がって周りを見るが、何もいない。
くそ、逃げられたか。
俺は眠いんだ、相手にせずにもう一度寝よう。
いい感じに眠りに落ちたころ、再びソファーが揺れた。
さっきは起きるモーションが大きかったから逃げられたのだろう。
ゆっくりと片目だけ開けてみる。
目の前には誰もいない。でも、ソファは揺れている。
(そういうことか)
俺はソファーから飛び降りると、一気にソファーをひっくり返した。
秘儀!ちゃぶ台返し!
いるじゃないか。EとFが。
10歳ぐらいの女の子のEと、5歳ぐらいの男の子Fだ。
「みーつけた!」
E「なにこいつ!きもっ!」
あいたたた。心が痛いです。「きもっ」は禁止でお願いします。
Fはなぜか泣いていた。しっかりしなよ、男の子。
仲良くなれる空気ではないが、対話による交渉を試みる。
「どうして、お兄さんの睡眠を邪魔するのかな?」
E「おじさんが私の家に勝手に入ってくるからよ。」
F「ヒック、ヒック、グスン」
「このおうちはね、お兄さんが買ったんだよ。5千万もしたんだ。」
E「悪徳不動産に騙されたのね。可哀そうに。とにかく、ここは私たちの家だから。」
F「5せんまん、うわーん」
お兄さんがおじさんに書き換えられてるが、そんなのには負けないぞ。
「君たちには干渉しないから、お兄さんの睡眠は邪魔しないでくれるかい?」
E「おじさん、物分かりがいいね。じゃあ、エリザの部屋にも勝手に入らないでね、ドスケベ。」
F「フリオもー」
EがエリザでFがフリオか。次はGか?
しぶしぶ、寝室に戻る。
1階のロビーにあるソファーで寝ることも考えたが、リアルにGがカサカサと出てきたら困るので戻った。
ABCはいなくなっていた。Dは盆栽に宿っているだろうが、こちらから話しかけなければおとなしくしてるだろう。
やっと静かに眠れる。ベッドに入り、欲求のまま意識を手放した。
こうして、ABCDEFとの、奇妙な共同生活が始まったのだった。
朝だ。
希望の朝だ。
今日の目的をおさらいしてみよう。
レベル2になる。そして、生活魔法を覚える。
レベルを上げるには、仕事をするか、クエストをクリアするかだ。
さてと、ギルドに向かいますかね。
1階に降りると、台所から物音が聞こえる。
Gか?黒くて足が6本生えてるやつは勘弁してくれ。
そっと覗いてみてごらん。
誰かいる。見覚えがあるぞ。あの青い髪はアリスだっけ?ベリーだっけ?
「おはようございますー」
とりあえず挨拶は重要だよね。
?「今、朝食の準備してるから邪魔しないで。あんたの分は、ないわよ」
あー、これはベリーだな。
「君たちってさ、夜にしか見えないわけじゃないの?」
B「私たちの事、アンデッドか何かと思ってるの?私たちは精霊よ。」
「子供たちはアンデッド?」
B「詳しく知らないわ。」
「精霊ってさ、何かの属性があるわけ?」
B「アリスは火、私は水、チャミは風、ドリーは木の精霊よ。」
「へー。ところでドリーって誰?」
B「ああ、ドライアドの事よ。長いでしょ?呼ぶのが面倒だからドリー。本人は嫌がるけどね。」
「昨夜は『ドライアド様』とか呼んでなかった?」
A「ドリーに頼まれたのよ。威厳を出すために、一芝居打ってくれって。」
赤い髪のアリスが会話に割り込んできた。
そのまま台所に入ると、かまどに火をつけていた。
さすが火の精霊様だ。
「君たちも、その、ドリーみたいに、この家を守るよう天啓を受けたの?」
C「そうよ。この家に危害を加えるものは排除しろって言われたわ」
「え?俺って排除の対象?」
C「今後の行動次第かしら?」
チャミは金髪だ。
アリスは火で赤、ベリーは水で青。
ここまではわかりやすいが、風は金なのが納得できない。
といって、何色なら納得できるのかと聞かれても、答えはないのだが。
朝食にありつけそうにないので、屋台で買うとするか。
俺の家なんだけどなぁ。
まあ、自炊するつもりはなかったから、自由に使って問題ないんだけど、なんか複雑な気分だ。
庭に出ると、花壇の世話をしている緑髪の女性がいた。
また新キャラか?覚えられないので勘弁して欲しい。
?「あら、お出かけ?」
「ええ、まあ、ギルドに。」
?「はーい、いってらっしゃーい」
会話が、まるで知人と会話しているようだ。
向こうは俺を知っているのか?でも俺は知らない。なんて気持ち悪いんだ。
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
?「失礼ね!もう忘れたの?私よ私、ドライアドよ!」
ハンバーグ師匠かよ。
ていうかね、昨日はお顔を拝見してないんですが?
てっきり実体はなくて、木そのものが本体かと思いましたよ。
「木から離れることできるんですか?」
D「当り前じゃない。木は落ち着く場所だけど、木がないと死んじゃうわけじゃないわよ?」
なんとも腑に落ちない気分だ。
しかし、さすが木の精霊様だ、趣味はガーデニングですか。
何を育ててるんですかね?ミニトマトとかかな?
とりあえず、ギルドだ!メシだ!
屋台がある広場に到着。
これから外に出る冒険者向けなのか、サンドイッチのような持ち運べる食事が多かった。
とりあえずスルーしてギルドに向かう。
生産職ギルドの掲示板を眺める。
俺が作れるのは【低級回復薬】だけだ。
しかし、【低級回復薬】の依頼はなかった。
くそ、クエストクリアできないじゃないか。
でも、お仕事すれば、経験値が入るんだよね。
自分用に【低級回復薬】を作るか。
素材は【薬草】と【ロッソベリー】だったな。
まてよ、持ってないぞ。
いや【アイテムボックス】に【薬草】が2つだけあった。
2つだけでレベルが上がるような甘い設定じゃないだろう。
それに【ロッソベリー】がない。
ギルド職員に、どこかに【ロッソベリー】が売っていないか聞いてみる。
「すみません、【低級回復薬】を作りたいんですが、素材がないんですよ。」
「はあ。」
「素材ってどこに売ってますか?」
「商人ギルドに依頼を出してください。」
あー、そういえば、昨日そんな説明を受けた気がする。
で、商人ギルドは冒険者ギルドに依頼を出すという流れだった。
なんか面倒だな。
この周辺の探索がてら、自分で取りに行くか。
屋台で食事を済ませる。おかゆのようなものだが、米じゃない。パン粥?
一緒に昼飯も買うことにした。ピタパンのようなものでローストした肉を挟んだものだ。
飲み物はいらないのかと聞かれ、水筒を持ってないと答えると、水筒ごと売ってくれた。
この商売上手め。
じゃあ薬草を取りに行きますかね。
どこに生えているか知らないけど、まあ、行きゃわかるか。
鼻歌交じりで街から出ようとすると、門番の衛兵に止められた。
「この門を出ると、魔物がいるぞ?そんな軽装で大丈夫か?」
「薬草を取って来るだけなので、大丈夫じゃないですかね?」
「薬草なら、街道を進み、森に入る手前に自生してるな。森には強い魔物がいる。気をつけろよ。」
ぶっきらぼうだが、親切な衛兵さんだ。
きっと街に入るときは「ここは〇〇の街です」って、毎回言ってくれるんだろう。
あれ?この街の名前、なんだっけ?ああ、【クリマ】だった。
門を出ると、道幅4m程度の整地された道路があった。
馬車か何かが走るようで、轍ができている。
景色を堪能しながら歩いていると、何人か冒険者のような人たちを見かけた。
剣が2人、弓が1人、杖が1人のパーティーだ。
皆、革の鎧のようなものを身に着けている。布の服は俺だけか。そりゃ衛兵に心配されるな。
冒険者は、そのまま森の中に入って行った。
お気をつけて~
さて、薬草を探しますかね。
場所は森の手前。大きな岩が、何個か転がっている。
岩の上に立って、眺めてみると、岩陰に草が群生している場所があった。
あれかな?「とぅ!」と一声発して岩から飛び降りる。
草を観察してみると【アイテムボックス】の中にある【薬草】と似ていた。
葉っぱをちぎって【アイテムボックス】に入れる。
【薬草×2】のままだ。その代わり【生ごみ×1】が増えていた。
あれ、違うのかな?
【アイテムボックス】から【薬草】を取り出して比較してみる。
うん、やっぱり同じ葉っぱだな?これで違ったら、本物見つけるのクソ面倒くせぇぞ。
あ、いや、まてよ。ちょ、まてよ。
【薬草】は葉っぱだけじゃなくて根っこまでついてる。
1株そのままだ。
この形じゃないと、薬草として認められないのかも。
今度は一株引っこ抜くか。
うりゃ!ブチッ!切れたー!
無駄に力が強いだけに、強引に引っ張るだけではだめみたいだ。
しかも、ここは地盤が固くて切れやすい。
慎重に、慎重に、少しずつ引っ張る。
ブチッ!
俺がキレそうになるわ!
苦労して、やっと1株抜き取れた。
【アイテムボックス】に入れてみると表示されたのは【薬草×3】。
やっぱり予想通りだ。根っこがちゃんとないと【薬草】として認識されないのか。
その後も注意に注意を重ねて薬草を取る。
ちゃんと取れたと思っても【生ごみ】になってしまう場合もあり、なかなか数が取れない。
【薬草×10】になったところで妥協した。もう、集中力が持ちません。
さて、次は【ロッソベリー】だよな。
どこにあるんだ?さっきの衛兵に聞いておくべきだったか。
再び、手ごろな岩の上に乗って眺めてみる。
【ロッソベリー】は赤い実だったのは覚えている。
イチゴのように地面にあるのか、ブドウのように木になるのか...
岩を乗り換えながらキョロキョロと見まわしていると、面倒なものを見つけてしまった。
森から一人の女性が走りながらこっちに向かってきた。
まるで、何かから逃げているように、必死に走っている。
その背後から、身長2m以上ありそうな、鬼のような魔物が追いかけてきた。
どうする?
今なら岩陰に隠れれば、やり過ごせそうな気がする。
うん、隠れよう。いのちだいじに。
岩から飛び降りる。こんな時でも「とぅ!」と言うのはやめない。
足音が近づいてきた。岩に密着するように身を隠す。
「逃げてー」女性の悲痛な叫びが聞こえた。
周りには誰もいない。俺に向けられた発言だと思う。
あ、そうか、岩の上に立っていたの、見つかってたんだ。
そんで、ここに隠れてることもバレてるのね。
これはお恥ずかしい。
そうだ、隠れてるってことにしなければいいんだ。
迎撃するために、身を潜めていた。そういうことにしよう。
行動は同じだけど、意味合いはかなり変わってくる。
で、問題は、どうやって迎撃するかだ。
武器はない。
あの鬼と素手で戦うのか?恐ろしや。
石ころでも投げつければ、多少の牽制にはなると思うが、あいにく石ころもない。
あるのは、身を潜めている岩だけだ。
ちと、カンストした能力を試してみるか。
俺は岩を持ち上げられるか試してみた。
持ち上げられないことも考慮したんですが、意外にあっさりと持てちゃったんですよね。
カンストすげー。
で、そのままポイっと、鬼に投げつける。
直撃!一気に鬼のHPが減る。そのまま岩の下敷きになり、HPは枯渇した。
《Information》
オーガを倒しました。
経験値の取得はありません。
なんともあっさりとした通知があった。
まあ、倒したってことね。
逃げていた女性は、その場に座り込んでいた。
全力ダッシュで疲れたのだろう。
俺が近づくと、座りながら後ずさりした。
あれ?俺、感謝されていいよね?なんか避けられてない?
「大丈夫ですか?」
と、どう見ても大丈夫そうではない女性に聞いてみた。
反応はない。呼吸が荒いですよ?過呼吸ですか?ビニール袋いります?
水でも飲んで、落ち着いてもらいますか。
「水、飲みます?」
水筒を渡そうとすると
「いやーーーー!」
俺、何か悪いことした?