49.欲望に満ちた青年団
ハンネとミルスの、まるで物語のような再会について伝えると、その数奇な運命が、女子たちの興味をそそったようだ。
B「でも、美談よね。これからどうなるのかしら?」
C「そりゃ、結ばれるでしょ?いろんな意味で」
D「ハンスに弟か妹ができちゃうわね!キャハ!」
なんだこの少女漫画展開は。
いや、レディコミか?
よくもまあ、他人のことでここまで盛り上がれるな。
これが女ってものか。
A「心配したんだからね。テレパシーあるんだから、連絡ぐらいしなさいよ」
アリスだけ温度差があるな。
テレパシーがあるのは、そっちも同じ条件だ。
なぜ俺にだけ求めるんだ?
理不尽だ。
これが女ってものか。
A「・・・あとさ、覚えてないの?」
「何を?」
A「ほら、さっき薬飲んだでしょ?」
「ん?薬?」
A「だからー、私がエリザの部屋で倒れて、その時に私の口に・・・」
「あーあれか、アリスが飲めっていうから、何も考えずに飲み込んじゃった。」
A「それで?」
「何が?」
A「もー!何でもないっ!」
アリスは赤い顔をしてどこかへ行ってしまった。
まだ調子が悪いみたいだ。
さっき、【全快玉】をあげたはずなのに。
何か見落としている気がするが、よくわからないから放置しよう。
そんなことがあってから数日。俺は違和感を覚えていた。
何となくみんなの態度がおかしい。妙に女性陣との距離を感じる。
非常に細かいことだが、例えば、喉が渇いて水を飲もうとしたとき
B「そのコップはアリスのだから、あなたはこれ使って。」
とか
食事のときにスプーンやフォークなどのカトラリー類を取ったときも
C「あなたのはこれ。今度から間違えないでね。」
とか
俺、ばい菌扱いされてるのかね?
授業中に俺の背後で、小さく丸めた紙が回ってませんか?
俺の背中に『ヨシュア菌注意。触ったやつは勇者。』とか貼られてないですか?
癪に障るが、この家で、俺以外唯一の男性であるフリオに相談してみた。
俺は、子猫ちゃんを拾ってきたところから、最近の女性陣の態度の変化についてドラマチックに語ったのだ。
「・・・とまあ、こんな事があったわけさ」
F「ふーん、それ、全面的に兄ちゃんが悪いよ。」
「なぜに!?」
F「そういうところだよ。」
小僧め。気に食わん。
一体俺が何をしたというんだ。
そして、いつから俺を『兄ちゃん』と呼ぶようになったんだ?
F「まずね、猫を拾ってきたでしょ?それがダメ。」
「どうしてさ!子猫ちゃんに罪はないぞ!」
F「うん、猫に罪はないけど、兄ちゃんが猫だけに意識が行ってたでしょ?」
「おう!まさに猫まっしぐらだ。意味は違うがな。」
F「猫に取られちゃうと思ったんじゃない?」
「何を?」
あのかわいい子猫が何を盗むというのだ。
大丈夫、俺が責任を持ってしつける!
F「まあいいや。で、猫が人になって、その人に魅了されてメロメロだったわけだね?」
「結果的にはそうだが、あれは不可抗力だ。俺に属性が足りなかった。」
F「あの4人は、どんな気持ちだっただろうね?」
「まあ、見て気持ちのいいもんじゃないだろうな。」
F「今まで露骨なアプローチをしたのに実らず、突然やってきた女性にイチコロだもんな。」
「お前の言ってることが、たまにわからなくなる。」
F「わからないのはこっちの方だよ。」
つまりはあれか?
おもちゃを取られた幼稚園児的な?
F「じゃあさ、指環の件はどう考えてるの?」
「え?指環って、何の話?」
F「んもー!アリスとベリーに指環を付けなおしたでしょ?」
「取れたから付けろって言われたからだけど、深い意味あるのか?」
F「ありすぎる。女性の立場で考えてごらん?」
「あ!わかった!俺が目移りしたからだろ?」
F「やっとかよ・・・」
「だから腹いせに指環を付けさせるという細かい反逆に出たんだな?」
F「もー!バカー!」
夜の屋敷内に、フリオの叫び声が響く。
近所迷惑だからやめてくれ。
F「それから【全快玉】については?」
「ん?何の事だ?」
F「だ・か・ら!兄ちゃんは【全快玉】を飲んだから魅了から解放されたんでしょ?」
「あ!そうだったのか!!」
F「え?そこから!?」
フリオの声のトーンがどんどん大きくなる。
なぜ興奮してるんだ?落ち着いて欲しいものだ。
F「さっきの話を聞く限り、兄ちゃんはアリスに【全快玉】をあげたんだよね?」
「そうそう、エリザが出せっていうから。」
F「兄ちゃんの口の中にあった【全快玉】は、どこからきたの?」
「あれ?不思議だ。」
フリオに出されたミステリックな問題を考えることしばし。
俺が出した答えは、こうだ。
「そうか、俺が無意識にポケットから・・・」
F「ちがーーーーう!!」
フリオが叫ぶと、廊下をドタドタと歩く足音が。
そして、扉が勢いよく開けられる。
E「うるさーーーい!あんたらいい加減にしなさいよ!」
「ひぃぃぃぃ。すみませーーーん。」
エリザが鬼の形相で突入してきた。
再び扉が勢いよく閉じられると、大きな足音を残して部屋に戻っていた。
「ほら、大声出すから怒られちゃったじゃないか。殺されるかと思ったよ。」
俺がフリオに話しかけると、フリオはショックだったのか、顔面蒼白でぶつぶつ呟いていた。
「どうした?」
F「まさか、あの子は大丈夫だと思ったんだが。」
「あの、キャラ変わってますよ?」
F「おいお前、あの子の左手の薬指は見たか?」
「お前?兄ちゃんじゃなくなったの?あの子ってエリザの事?」
F「とにかく、今は一人にさせてくれ。ちょっと心の整理が必要だ。」
フリオに部屋から追い出された。
不思議なやつだ。突然キャラが変わるし。
それに、何も解決してないじゃないか。やっぱりフリオは使えないな。
フリオの部屋から寝室に向かおうとしたが、途中にエリザの部屋がある。
さっきの件もあったから、一応謝っておこうか。
「トントン、さっきはうるさくしてゴメンね。」
E「・・・」
「でもさ、うるさいのはフリオで、俺はそんなにうるさくなかったよね?」
E「・・・」
「それからさ、フリオの様子が変だから、あとで」
そこまで言うと、さっきと打って変わって、静かに扉が開けられた。
エリザは人差し指を唇につける、シーの姿勢のまま
E「静かにして」
と小声で言った。
あれ?まだうるさかったかな?
そう反省していると、彼女から驚きの発言があった。
E「誰かが家の中を覗いてる。」
そろりそろり。
どこかの狂言師のように、ゆっくりとエリザの部屋の窓際まで行く。
窓から見下ろすと、門の前に、黒いローブを身に着け、深いフードを被った人がいるのがわかった。
その人物は、2階の部屋を見上げながら、手をそわそわと動かしていた。
門を開けようと手を伸ばしては、その手を止めて元に戻す。
それを繰り返していた。
なぜ俺がそこまで細かくわかるかというと、透明化して覗き魔の背後に転移しているからだ。
もし危害を加えるようなことがあれば、その場で取り押さえるつもりだった。
やがて、フリオの部屋の電気が消える。
よくわからないが、心の整理というやつが済んだのだろうか?
それを見届けると、覗き魔は2階の部屋に大きくお辞儀をして、歩き出した。
これ、絶対何かあるよね?
当然ですが、尾行しますよ?
その人物が行きついた先は、いわゆる歓楽街だ。
女性が男性を一時的に悦ばせるお店が軒を並べる。
覗き魔は、そのうちの1軒に入って行った。
客が入る扉ではなく、従業員が出入りするところからだ。
「しょうがないなー。」
俺は呟きながら、その店に入ろうとすると、後ろから羽交い絞めにされた。
E「どこに行くつもりかしら?」
あれ?いつのまに?
家に戻ると、フリオ以外の全員が揃っていた。
うーん、そろそろ寝たいんだが、これは寝させてもらえないかな?
D「どう思う?」
E「ストーカーの線は捨てきれないわね。」
A「あなた、またどこかで思わせぶりな態度を取ってきたでしょ!」
C「あの店、以前に入ったことない?」
あれ?どうしてみんな俺を見てるの?
俺が悪者にされてる?冤罪だ!誤認逮捕だ!
「まずさ、覗いてた人はフードを被ってたから性別もわからないよ。」
B「身長はどうだった?」
「俺より小さかったな。小柄な男性とか子供の可能性もあるのでは?」
C「子供が夜中にそんな店に入るかしら?」
「小柄な男性だとしたら、お前らのストーカーって事も考えられるんじゃないの?無駄にかわいいし。」
A「そ、そんなこと言われても、嬉しくないんだからね!」
「それにさ、その人が家から離れたのは、フリオの部屋の電気が消えたタイミングなんだよね。」
E「あの子が?ないない。偶然でしょ?」
こんな不毛な会話が続くこと小一時間。
名探偵エリザが出した結論は、これだ。
E「ま、ストーカーならまた現れるでしょ?今度来たら顔を拝んであげましょう。」
ということで、交代で夜間の監視業務が義務付けられた。
俺の睡眠時間が削られていく・・・。
ストーカー(仮)は、次の日もノコノコとやってきた。
ノコノコめ、無限1UPしてやるぞ!
ストーカー(仮)は、昨晩と同じように門から家を見ている。
視線の先は、2階だ。
2階にあるのは、俺の寝室(盆栽付き)と、エリザ・フリオの子供部屋だけだ。
昨日の経験を踏まえ、2階の部屋は全部電気をつけていた。
そして、順番に消していく。
まず、俺の寝室の電気を消す。
ストーカー(仮)は動かない。
エリザの部屋の電気を消す。
ストーカー(仮)はちょっと反応を示すが、まだ動かない。
最後にフリオの部屋の電気を消す。
ストーカー(仮)は昨日と同じように、一礼して家から離れて行った。
「ほら、やっぱりフリオが怪しいじゃないか。」
F「えー、僕は基本的にこの家から出ないよ?偶然じゃないかな?」
E「そんなことより、尾行しなくていいの?」
「行く場所はわかってるから、そこで待ち伏せするよ。」
俺は店の前に転移して待つ。もちろん透明化してだ。
しばらく待つと、ストーカー(仮)がやってきた。
ストーカー(仮)は一度後ろを確認し、誰もいないとわかると、被っていたフードを外した。
綺麗な黒髪の女性だった。年齢は20代後半だろうか。
『こちらスネーク。マルタイを確認。黒髪の20代女性。このまま調査を続行します。』
俺はテレパシーで情報を共有。
何かギャーギャー騒いでいたが、強制的にテレパシーを切った。
カランコロンカラン。
重厚な扉を開けると、軽快なベルの音が鳴る。
薄暗い店内に流れる緩やかなジャズ。
紫色のベルベットのソファーに低めのガラステーブル。
ここは、欲望に満ちた青年団を、金欲に負けた女子が相手にする場所。
そう、キャバクラだ。
『ちっ、キャバクラかよ。あっち方面は楽しめないなこりゃ。』
テレパシーで店の営業形態を連絡する。
すぐに反応があるが、すぐにテレパシーを切る。
任務のためだ、仕方がない。
黒い服を着たボーイが近づいてきた。
「お客様は1名様ですか?」
無言で頷く。
「ご指名はありますか?」
「黒髪の女性っていますよね?」
「いや、当店のキャストに黒髪はいないですね。」
この世界に黒髪は珍しい。だからこそ、すぐに見つかると思っていた。
それにしても、あの顔、どこかで見たことがあるんだよな・・・。
「あれ?さっき、この店の通用口に入っていく、黒髪の女性を見たんですが・・・」
「あ、オーナーですね。キャストじゃないです。」
なんと、ストーカー(仮)はキャバクラのオーナーだった。
『マルタイはキャバ嬢ではなくオーナーと判明。接触を試みます。』
必要事項だけ伝えてテレパシーを切る。
「なんとか会えないですかね?」
「あー、そういうお客さん多いんですよ。オーナー美人だから。でも、全部お断りしてるんですよね。」
「せめて、伝言だけでも頼めないですかね?」
「まあ、それぐらなら・・・」
俺はボーイにある伝言を託した。
おそらくこれを聞けば、姿を現せてくれるだろう。
しばらくすると、ボーイが
「お客様、オーナーがお会いしたいというので、こちらにどうぞ。」
作戦成功です。