48. 飛んで、キックして、どうしたぁ!
王都に入り、馬車止めがある広場まで行く。
そこから王城までは歩いて5分程度だ。
「はい、着きましたよ。」
俺が馬車の幌をあけると、そこにはガーネットはいなかった。
入国審査の時は居たので、そこからここに来る途中で逃げたようだ。
逃げても何も解決しないのに・・・
「ヨシュア様、このようなものがありましたよ!」
馬車を掃除していた奴隷商が、荷台から手紙を見つけた。
『わたくしがこのまま戻っても、迷惑をかけるだけです。
今までは親が引いたレールの上を歩いていましたが、これからは自分の足で歩いてみたいと思います。
あなたのように自由に生きたいと思いました。
地位も身分も捨てて、1から、いえ、0からやり直したいと思います。
街に流れ着いた、あなたのように。
あなたは言いましたよね?私なら商人がいいのではないかと。
どこかの街で商人を目指して頑張りますわ。
ガーネット』
「変わったお嬢さんですな。」
「まあ自立するのはいいけど、イベントどうなるんだろう?」
「何の話です?」
俺と奴隷商が王都に泊まるかこのまま帰るかを相談していたとき、こちらに走ってくる影があった。
10歳ぐらいの少年だ。
肩で息をしながら、少年は必死に言う。
「おじさん!おじさん商人さんだよね?」
「まあ、商人といえば商人だがな。」
「回復薬があったら、売ってください!」
少年の手には、小さな貯金箱が握られていた。
「回復薬なら、ギルドで売ってるぞ?」
「実は・・・お金が足りないんです。」
「それじゃこっちも売れないよ。」
「手伝いでも、何でもします!お願いします!」
うーん、また何かに巻き込まれたようだな。
帰ってお家でゆっくりしたいんだけどなー。
ちょっと助けてやるか。
「少年よ。どうして回復薬が必要なんだ?」
「母ちゃんが大変なんだ。」
「どう、大変なんだ?」
「王都の西にある山で山菜を取りに行ったら、帰ってこなくて。」
「いなくなっちゃったのか?」
「なかなか帰ってこないから、見に行ったら地面に倒れてたんだ。」
「外傷は?」
「ガイショウ?」
「あ、怪我してるのか?」
「うん、いっぱい血が出てる。」
少年!伝える順番は重要なことを先にしてくれ!
「母ちゃんは、今どこにいるんだ?」
「おいらが家まで運んできた。今は家で寝てるけど、返事してくれないんだ。」
「呼吸はしてるのか?」
「勝手に母ちゃん殺すな!生きてるよ!」
なぜキレた。
キレやすい年ごろか?
俺は奴隷商を見る。
無言で首を横に振った。
商人として、売れないってことなんだろうな。
もー、仕方ないなー。
「おい、奴隷商!」
「ハンネと申します。」
「そんな名前だったか。まあいい、回復薬はいくらだ?」
「あいにく本職じゃないので、現在の価格は不明です。」
「そうだったな・・・。」
「それに、その症状なら最低でも【上級回復薬】が必要でしょう。私は持っていません。」
さっき首を振ったのは、持ってないって事か。
使えねーな。
しゃーねーか、奴隷商だもんな。
その時、ハンネが動いた。
「ボク?その貯金箱見せてくれる?」
「ボクじゃなくてハンスだよ!貯金箱なんて見てどうするの?」
「おじさんと名前が似てるね。おお、これはなんと立派な貯金箱なんだ!」
「それはおいらが紙粘土で作ったやつだよ?」
「気に入った!これを売ってくれないか?そうだな・・・2万ガルで買おう!」
「え?それって・・・」
「ほら、これで回復薬を買ってあげな。」
いやん。ハンネったらイケメン!
もし騙されたとしても、「よかった、怪我した母親はいないんだ」とか言っちゃうタイプだろう?
イケメソ!イケメソ!
「おいら、こんな大金もったことないから、一緒にギルドまで来てくれないかい?」
「ああ、いいともいいとも。Good Friendってな。」
ハンネのギャグは今日も冴えてる。
ギルドで【上級回復薬】を買った。
でも2万ガルでは足りなくて、少し追加することになった。
ついてきてよかったー。
その足でハンスの家に向かう。
「ここがおいらの家さ。」
そこはスラム街とまではいかないが、貧困層が住むエリアだった。
長屋の一部屋が、ハンスの家のようだ。
ハンスは勢いよくドアを開ける。
鍵かけてねーのかよ。
「母ちゃん!薬買ってきたよ!これで治るからね!」
ハンスの母親は、出血が多いのか、顔が青ざめている。
まだ塞がっていない傷もあり、危険な状態だ。
ほとんど意識のない母親に、少しずつ【上級回復薬】を投与する。
上級なだけに効果は高いようで、傷は塞がったようだ。
ただ、失った血は戻らない。あとは時間をかけて回復を待つのみだ。
いやー、いいことしたなー。
じゃあ帰ろうか!
そう思ってハンネを見ると、ハンネが固まっていた。
どうした?
飛んで、キックして、どうしたぁ!
必殺コンボを決めると、ハンネがやっと再起動した。
「いや、これは失礼した。ハンス君、ミルスを大事にするんだよ?」
「うん、ありがとう、おじさん!あれ?おいら、母ちゃんの名前、教えたっけ?」
ハンネは逃げるように家から出て行った。
早歩きで馬車止めまで戻る。
急いだせいか、別の原因か、ハンネは額から大汗を流していた。
汗を拭こうとポケットを探しているが、ハンカチは見つからないようだ。
「なくしたか・・・。まあちょうどいいタイミングだったのかもしれませんね。」
そういえば、最初会った時、黄ばんだハンカチ使ってたよね?
あれを探してるの?もういいでしょ。
「ミルスっていうのは、少年の母親の名前?」
「驚きましたよ。まさかこんなところで。」
「ワケアリのようですね?」
「あれはもう10年前になりますかね・・・」
こうして、ハンネの昔話が始まった。
ハンネは、今でこそ奴隷商として独り立ちしているが、その前は大きな奴隷商の元で、雑用係として働いていた。
そんなある日、父親の借金のかたとして、一人の娘が奴隷に売られてきた。
「綺麗だったんですよ。透き通るような肌でね。」
まだ若かったハンネは、その奴隷に一目惚れしてしまった。
女性の名を、ミルスと言った。
「売られたショックで、全然喋らない娘だったんですよ。それでも、毎日話しかけましたね。」
何を言われても無関心。
まるで人形に話しかけているようだった。
「得意のダジャレでも、まったく笑ってくれないんですよね。」
それは、奴隷に落とされたショックとは別の要因があると考えられる。
そうして1週間ほど経った頃、やっとミルスが喋ってくれたそうだ。
「うるさい。」
と、一言。
「いやー、ショックでしたね。でも無関心よりは前進したと喜びましたよ。」
ハンネは鉄の心臓を持ってるのか?
それで喜べるなんて、素敵な脳みそしてますね。
そしていよいよ、ミルスが奴隷市場に出される日が来た。
馬車に奴隷を満載して市場のある街に向かう。
その中に、当然ミルスはいる。
「そりゃ悲しかったですが、商売ですからね、諦めてましたよ。」
馬車で峠を走っている時に事件は起きた。
馬が暴走し始めたのだ。
「季節的に、馬の繁殖期だったんですよ。野生の雌馬を見て、暴れだしましてね。」
細い峠道で馬が暴走。
コーナーを曲がるとき、荷台が遠心力に負けて、馬車ごと崖の下に転がり落ちてしまった。
ハンネは頭を強く打ったが、なんとか一命は取り留めた。
しかし、ハンネが仕えていた奴隷商は、気を失っていた。
「旦那様ー!旦那様ー!って叫んでも、まったく反応なくて。怖くなりました。」
ハンネが叫んでいると、後ろから腕を引っ張られた。
驚いて振り返ると、腕を引っ張っていたのはミルスだった。
ミルスは片手で木の幹を、もう片手でハンネを掴んでいた。
「何してるんだろうと思った瞬間ですよ。馬車が谷底に真っ逆さま。焦りましたね。」
生き残ったのは、ハンネとミルスの二人だけ。
凄惨な事故となった。
今回の事故で、ハンネが仕えていた奴隷商も亡くなった。
ハンネは後を継ぐかたちで、なし崩し的に奴隷商になるのであった。
馬車と一緒に、出荷前の商品も失うことになり、マイナスからのスタートだった。
食べるものも困る毎日だったが、それを救ってくれたのはミルスだった。
「ミルスはね、自分を売って経営に当ててくれって言ったけど、そんな考えはまったくなかったですね。」
ミルスは、食べられる野草などに詳しかった。森や河原に出かけ、野草を取ってきてくれる。
それだけでも、十分生活が潤った。
「それ以上に、彼女との生活が、精神を支えてくれました。」
そんな苦しい生活もなんとか立て直し、やっと商売も軌道に乗ってきた。
そして、念願の馬車を手に入れることができた。
「うれしかったですね。中古の馬車でしたが、今でも大切に使ってますよ。」
喜びを共有し、馬車の中で、二人は初めて抱き合った。
苦楽を共にした二人が結ばれるのは、自然な事だった。
「幸せでしたね。まだまだ生活は苦しかったですが、人生の絶頂を迎えた気分でした。」
それから数か月後。
ミルスはハンネの前から姿を消した。
「彼女が残したのは、手紙とハンカチだけでした。」
手紙には、今まで幸せだったけど、これ以上甘えるわけにはいかないから出ていくと書いてあった。
ハンネは必死に探したが、どこを探してもみつからなかった。
「で、さっきやっと会えたってわけですね?」
「はい、念願が叶いました。お子さんもできて、幸せそうです。これ以上は首を突っ込まないようにしますよ。」
俺は、少し違和感を覚えた。
子供の、ハンスの年齢だ。
「ハンネさん、それって何年前の話ですか?」
「もう、10年ぐらい経ちますかね。」
「ふむ。ハンスって何歳ぐらいでしょうね?」
「おいら、もうすぐ10歳になるよ」
そこには、黄ばんだハンカチを持ったハンスがいた。
「おじさん、これ、忘れ物。」
「あ、ありがとう。大切なものだから探してたんだ。」
「母ちゃんがさ、そのハンカチ見て、泣いてたよ。」
「え?」
「そのハンカチはね、母ちゃんの初恋の人にあげた物なんだってさ。」
ハンネは大量の涙と鼻水を垂らしていた。
さっそくハンカチの出番がきましたね。
「ヨシュアさん、すみません、わたしは大切な用事ができました。」
涙声で話すハンス。あんたかっこいいぜ!
「じゃあここで解散だね。幸せにな!」
二人が歩く姿を見送った後、俺は自宅に飛んだ。
A「遅かったじゃない?」
アリスたん?なんか全身から黒いオーラが出てますよ?
なんか、怒ってます?
「怪我した女性を助けたら、なんと10年ぶりの再会だったんですよ。」
A「そんな嘘を信じる人がどこにいるの?一体何してたのよ!」
「えー、本当なのにー」
アリスに追い掛け回されながら、これはこれで幸せなのかと思うのであった。
俺は、ガーネットを送って行っただけなのに、どうして遅くなったのかについての説明を求められた。
一通り説明し終わると、名探偵エリザが得意気に話し出した。
E「ったく、相変わらず鈍いわね。」
「どどどどういう意味ですか?」
E「貧乏だったんでしょ?そこで子供ができたら商売の邪魔になると思って身を引いた。違うかしら?」
「なるほどう。異議なしです。」
E「そもそも、名前を聞いた時点で気付くでしょ?ハンネ+ミルス=ハンスって事ぐらい。」
「あ!名前が似ててややこしいと思ったけど、そういう事だったのか!?」
エリザは返事の代わりに溜息を返した。
こいつ、態度悪いな。
そんな子に育てた覚えはありません!