44.悩み事を隠すの、案外下手だね
「腹痛は、おそらく食事が原因だから、胃の中の物を採取して調べるとか・・・」
B「無理ね。調べる方法がない」
「あ、ベリー。血液が、誰の血液か調べる方法はない?」
B「んー、医療技術としてはないけど、何かの契約の魔道具で血液を使うものがあったと思う」
D「それなら心当たりがあるわ。あのね・・・」
ドリーさん、なかなか面白い魔道具をご存じじゃないですか。
問題は、どうやってそれを使わせるかなんだが・・・
それから数日、あの母子の家を偵察していた。
そして、ちょうど一週間後。つまりベリーが診療所に行く日に、母子がギルドに向かって出かけたのであった。
娘はひどい腹痛のようで、脂汗を流し、顔を歪ませていた。
俺は先回りして、ギルドの診療所に向かう。
「すみません、生産職をやってる者ですが。」
「はい、あら、あなたは精霊が見える人でしたね?ちゃんと通院してくださいね。」
「あの時はお酒が入ってまして、お恥ずかしい。」
「あら、そうでしたの?それで、今日は何かしら?」
「はい、新しい魔道具を作りましたので、サンプルをお持ちしました。」
俺が持ち込んだのは、ある魔道具だ。
血液を少量垂らすことで、効果を発揮する。
その効果が、もし母親に現れれば、血尿の中の血液は母親のものと証明できる。
「あら、どんな魔道具かしら?」
「尿検査用の魔道具でして、従来よりも精密な検査が可能となります。」
「そうですか。じゃあ機会があったら使ってみますね。」
そんな会話をしているとき、あの母子が診療所にやってきた。
よし、今日こそ突き止めてやるぞ!
本当に治療が必要なのは、母親だってことを!
「あの薬、全然効かないわよ!またこんなに苦しんで、可愛そうに・・・。」
「では、今すぐ病室に。お母さんは待合室でお待ちください。」
「それに、今回も血尿が出たわ!これよ!」
娘は病室に運ばれ、治療が施される。
実はベリーが魔法で治しちゃってるのだが、どうやらみんな知らないみたいだ。
あえて言うまい。知らない方が幸せなこともあるさ。
魔法の効果はすぐに出るようで、全快した少女が診察室から出てきた。
「ママ!もう元気になったよ。いつも診療所に連れてきてくれてありがとう。」
「まあ、なんていい子なのかしら。先生!うちの子は重い病気なんでしょう?」
治療にあたった医師も出てきていた。
かなり高齢のベテラン医師のようだ。
「わしにもわからんのだよ。なぜ痛みがでるのか、そしてなぜ治るのかもな。」
「ちょっと、やぶ医者じゃないの!本当にうちの子は可哀そうだわ。」
ちょっとお医者さん、正直に言いすぎだよ。
そう思ってみていると、医師が俺に向かって話しかけてきた。
「あなたがこの子の父親かの?」
「「ちがいます」」
つい、母親と同時に反応してしまった。
「フォフォフォ、じゃあお主はさっきの魔道具を持ってきた人じゃの?」
「はいそうです。最新の検査道具をお持ちしました。これで尿検査が、より精密に検査できます。」
「そういえば、血尿が出たとかで、持ち込んでいたようでしたな?」
「え、ええ。ここにありますけど・・・」
「じゃあ、さっそく調べてみますかいの。」
尿をスポイトで取ると、数滴を魔道具の上に垂らした。
その瞬間、魔道具と母親が同時に輝いた。
「この魔道具はですね、血液に反応するんですよ。」
「おかしいのぉ。母親に反応しておるみたいじゃが。」
「そうですね、まるで母親の血が入ってるみたいですね、お母さん?」
「はい、娘の尿に私の血液を入れました。」
「あ、言い忘れてましたが、この魔道具は、自白を促す効果もあるんですよ。」
「フォフォフォ、それが本当の機能じゃろうに。」
ベテラン医師は、俺の使った作戦を見抜いたようだった。
そう、今回持ち込んだのは、自白剤のような魔道具だ。
主に犯罪者に自白させるために使うものだが、それを応用してみた。
「どうして、自分の血液なんて、入れたのかね?」
「あの子が重い病気になってると思わせたくて。」
「そうかいそうかい。お、ここからは診察室でやりましょうかね。」
医師と母親が診察室へ入っていく。
去り際に「世話になったの」と、医師に感謝の言葉をいただいた。
さあ、ここからは医者の出番ですよ?頑張ってくださいな。ヤブだけどな。
その夜、自宅にて。
「それで、あの母子はどうなった?」
B「とりあえず子供は入院することになったよ。あ、それチー。」
C「え?子供は病気じゃないんでしょ?」
B「子供には病気を治すためって言ってるけど、実際は母親との隔離ね。ポン。」
A「過保護に育ってきたから、いきなり隔離は可哀そうね。」
B「うん、最初はすごく泣いてたよ。それもポンね。」
D「ねえ、ベリーも鳴きすぎじゃない?あ、ツモ。タンヤオ。」
俺が作ったボードゲームを興じる精霊のみなさまでした。
これは4人でやるゲームなので、1人余るわけで。
制作者であり家の主である俺が、入れてもらえないわけで。
親のアリスが『ジュンチャン・サンショク・イーペーコー』という華麗な手を一向聴まで持って行っていたのに、ベリーにツモ・タンヤオという親流しが目的のような安い手で和了られてしまっていた。
それなのにアリスは表情一つ変えず、牌をかき回している。
俺なら絶対「ここまで揃えたのにー」って言ってるはずだ。
そして罪のないベリーに「鳴きすぎだコノヤロウ」と怒っていただろう。
だってハネるよ?親ッパネだよ?18000点だよ?何より牌の並びが美しい。
このゲームは、本当に性格が出るな。
それはさておき、あの母親だが、子供への虐待の罪の問われ、留置所に入った。
本人も認めており、有罪となるだろう。
これから病気と向き合って、子供のためにも治してもらいたいものです。
「ねえ、ベリーの魔法で、母親の病気は治せないの?」
B「精神的な病気は無理ね。物理的な物しか治せない。」
D「自分がよく見られたいために、子供を傷つけるなんて、オレは貴様が許せねぇー。」
「どこのバーダックですか?でも、子供が憎かったわけじゃないからねぇ。」
A「間違えれば命に係わる問題よ?親の愛情って何なのかしら。」
「まったく愛情がなかったわけじゃないと思うよ?」
B「どうして?」
「診療所に行く日って、いつもベリーがいる曜日だったみたいじゃん。」
B「そうか、私がいればすぐに治るってわかってたのかも。」
「まあ、向こうは、あのベテラン医師と思ってるだろうけどね。」
C「うーん・・・」
「チャミ、さっきから静かだけど、悩み事か?悩み事を隠すの、案外下手だね。」
C「うーん、このツモで揃ったみたいなんだけど、これってチンイツって役だっけ?」
チャミさん、それ、九蓮宝燈です。
死なないように気を付けましょう。
***** スラッシュ視点 *****
オレは今、小さな部屋で待たされている。
いつもなら、待たせているやつに文句を言ってるところだが、今日だけは言えない。
時間がかかるって聞いてたしな。
椅子に座ってるのも落ち着かないので、鏡の前で自分の姿を確認する。
「似合わねぇな。」
着慣れない燕尾服を着ている自分を見て、独りごちる。
オレは、最近の出来事を回想した。
まず、あの失敗魔法陣で飛ばされた先から戻ってからだ。
オカマ野郎が戻れないという事実を、どう伝えようか悩んだ。
事実をそのまま伝えたら、彼女が壊れてしまうのではないかと危惧したのだ。
しばらく考える時間が必要だと思ったので、あの宿には近づかないようにしようと思っていたのだが。
「スラッシュかい?突然現れたからびっくりしたよ。」
帰りたいと強く念じた場所に移動する道具だったので、彼女の目の前に帰還してしまったのだ。
「あの・・・、会えたのかい?」
「いや、まあ、その、なんだ、あれだよ。」
「そうかい、会えなかったのかい。」
「いやいや、会えたぞ!」
いかん、つい言ってしまった。
隠し事や嘘は、仕事で使いまくっているが、彼女の前では全く機能しない。
「良かった。死んだわけじゃなかったんだね。」
「ああ、ちゃんと生きてたぞ。」
「よかった。」
彼女が次に口にする言葉を予想する。
『なんでいなくなったの?』
『帰ってくるの?』
『あたいも会いに行きたい』
ああ、オレはなんと答えればいいんだ。
しかし、彼女が発した言葉は、意外なものだった。
「生きてるってわかっただけで良かったよ。」
それ以上、彼女は何も言おうとはしなかった。
それが逆に怖かった。
次の日、オレは本来の仕事をすべく、アルガルゲと繋がりのある骨董屋に来ていた。
「これが、オレが掴んだ情報だ。」
「信じられねぇな。人が瞬間移動するなんて。」
「本当なんだ。体験したオレが言うんだ、間違いない。」
オレは、知り得たすべての情報を、嘘偽りなく伝えた。
まあ、オレ自信が理解できてない部分が多いから、上手く伝わったか不安だが。
「お前、何か隠してるだろう?」
「何を言ってるんだ?オレはすべて話してるぞ。」
「わかってるか?虚偽報告は重罪だぞ?」
「だから、なんで信じてくれねぇんだ!」
「パラレルワールド?そんな荒唐無稽な話、信じろっていう方が無理があるぞ?」
信じられねぇだろうな。しかし本当の事なんだ。
そうじゃなかったら、オレはここに居ねぇってよ。
「本国には伝えるが、本当にこのまま報告していいのか?」
「おう、ちゃんと伝えてくれよ?」
不安を抱えつつ、今日の宿を探す。
少し悩んだが、オレはいつもの通りこの宿に泊まることにした。
「おかえり。今日もいつもの部屋ね。」
「悪いな、助かるよ。」
「あ、欲しそうにしてたから、置いといたよ。」
「ん?何の事だ?」
「部屋に行けばわかるよ。」
部屋に入ると、そこには机が置いてあった。
あのオカマ野郎が使っていた机だ。
布団を運ぶだけでも嫌がっていたのに、一体どんな心境の変化があったんだ?
オレはそれを確かめるために、彼女のいる1階の受付へと向かった。
彼女は、まるでオレが来ることを予想していたかのようだった。
「あの机は・・・」
「邪魔だったかい?だったら処分するけど。」
「いや、便利そうだが、オレが使っていいのか?」
「あの子の使ってた部屋、いつまでも空き部屋にしとくわけにもいかないでしょ?」
「他の客を、入れるのか?」
「もう入ってるわよ。」
意味がわかんねぇ。
あれほど固執していたのに、こうもあっさり断ち切れるとは。
つまり、あれか?ほかに気になる男でもできたか?
恋愛の傷は、恋愛でしか治らないって言うしな。
気に入らねぇ。
一体どこのどいつだ。
ドアをノックする音で、思考が現実に引き戻された。
「新婦様の準備が整いました。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。」
短い返事のあと、開いたドアの向こうには、オレの天使が佇んでいた。
純白のドレスに身を包んだ小柄な彼女は、はにかむ様な笑顔を向けていた。
「どうだい?似合うかい?」
「ああ、今まで目に入れたものの中で、一番綺麗だよ。」
「それじゃあ、いつものあたいが綺麗じゃないみたいじゃないか!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな、なんていうか。」
「フフフ、わかってるよ。ありがとね、スラッシュ。」
まいった。向こうの方が一枚上手だ。
こりゃ、尻に敷かれそうだな。
「それでは、式の準備が整いましたらお呼びいたしますので、それまでお待ちください。」
式場の係員が営業スマイルを浮かべたまま部屋を出る。
二人きりになるのはいつもの事だが、今は妙に恥ずかしい。
「スラッシュ、覚えているかい?」
「何がだ?」
「この口癖、直さなくていいって言ってくれたよね?」
「無理する必要はねえさ。その口癖野郎のおかげで、今日があるようなもんだしな。」
「あの子は全部わかってたんだよ。あたいの気持ちも、スラッシュの気持ちも。」
「違げぇねぇ。」
それはオレが失敗魔法陣で飛んだあとだった。
突然消えたオレを心配して、彼女はオレを探してくれた。
あの机の中までも。
彼女が机の中から発見したのは、あいつの日記だった。
読んではいけないとわかっていながら、あいつのすべてを知りたいという気持ちから、ついつい読んでしまった。
そこに綴られていたのは、厳しい現実と、自分の知らない自分の気持ちだった。
「スラッシュは知っていたのかい?あの子が召喚された別世界の人間だって。」
「知らなかったさ。オレが飛んだ先でそんな事言ってたけど、意味が分からなかったよ。」
あいつは、別の世界から勇者として召喚された人間だった。
しかし、勇者としての資質がないため、国家から捨てられた。
自分の世界に戻ることを目標として、日々魔法の研究をしていたようだ。
「しかし驚いたね。あたいの気持ちに気付いてたなんて。」
「おいおい、あれだけあからさまにアピールすれば、誰でも気付くだろうよ。」
彼女の気持ちはわかっているが、自分は元の世界に戻る。
だから、彼女の気持ちには応えられない。
なので、あえて素っ気ない素振りをしていたようだ。
「もっと驚いたのは、スラッシュの事だよ。」
「オレもあからさまにアピールしてたつもりなんだがな。」
「あの子も書いてたね『スラッシュの気持ちに気が付かない鈍感さに驚きだ』だって。」
「あー、オレがやってきたことは、一体何だったんだろうな?」
「でもそれでわかったんだよ?あの時のあの行動は、そういう事か!って。」
「遅いって!」
「気付いたら、妙に恥ずかしくなっちゃってね。枕に顔をうずめてジタバタしてたよ。」
「か、かわいい・・・・」
「やめてくれないかい?」
しっかりしているように見えて、抜けてるところが多い。
これが彼女の魅力でもあるのだがな。
おっと、惚気てしまったな。