40.おかえり
メイメイが再現したマップの魔法には、メイメイが住んでいた世界のマップが展開された。
そこに【瞬移の羽】を組み合わせれば、その場所に飛べるのではないかと提案したが、アイテムが起動しない。
なんとか起動できないか考えていたところ、メイメイは床に魔法陣を書き始めたのであった。
「いっちょあがりー!」
「なんだこの魔法陣は」
「キミのアイテムを起動させることができるかもしれない魔法陣の出来上がりだい!」
「OH!MYコーンブ!」
「ボクは令和の中学生だから、そのネタ知らないよ?」
「けっ、コミックボンボンも知らない若造めが」
メイメイが書き上げたのは、直径30cm程度の魔法陣だった。
その中心にアイテムを置き、メイメイは手をかざす。
魔法陣から光が浮かび上がり、アイテムを飲み込んでいく。
その光が、メイメイの手のひらに吸い込まれ、メイメイが光に包まれた。
「見えるよ!ボクにも見えるよ!」
《瞬移の羽》
移動先を指定してください。
おそらく、この文字が見えているのだろう。
「じゃあ、ちょっと飛んでみるね?」
「おう、今度こそ、ばいばいきんだな?」
「ふふ、ボクはいつでも、キミの家の地下室に飛べるんだけどね。」
「もう来なくていい。さっさと日本に帰れ。」
「そうだね、今度は日本で会おうね。」
「じゃあ、またな。」
「じゃね!シーユー!」
トレーニングルームにあるのは、消えかけた魔法陣と、ゆっくりと転がるバランスボールだけだ。
メイメイは、ちゃんと転移できたようだな。
これで俺の家の地下室にいたら笑えるんだが。
念のため地下室に飛んでみたが、そこには誰もいなかった。
さすがにそんなオチはないか。
そんなことを考えながら1階に行くと、鼻を手で押さえたチャミの姿が。
C「ティッシュ買うだけで何時間かかってるのよ!今日は夕飯抜きです!」
ひぃぃぃ、忘れてましたー。
それからさらに1ヶ月ほど経過したある日。
いつもの通り、ロビーでダラダラした生活を送っていると・・・
「カン!カラカン!」
A「何?今の音。」
B「なんか、地下の方から聞こえてこなかった?」
C「ねえ、見てきてよ」
「え?あたくし?」
D「前にも同じことなかった?デジャヴ?」
またメイメイだったりして?
でも、今度は音が軽かったな?
期待と不安に胸を膨らませながら扉を開ける。
そこにメイメイは、いなかった。
その代わり、250ccのドリンク缶のようなものが転がっていた。
拾い上げると、中には紙が入っていた。
どうやら、手紙のようだ。
『ヨシュアへ
メイメイだよ。元気かい?
急に帰っちゃったから、お礼が言えなかったので、手紙を書いたよ。
直接伝えようと思ったけど、今度会うのは日本って約束したから、手紙だけ送るよ。
紙だけ転送しようかと思ったけど、絶対気付かないって思ったから缶に入れてみた。
ボク、頭いいだろ?
突然、ボクみたいな身元不明の人物が家の中に入り込んだのに、親切にしてくれてありがとう。
それに、日本に帰るヒントをくれたり、グェラヴィアラに戻るアイテムをくれたり、感謝の言葉が思いつかないよ。
あ、そうだ、今更だけど、ボクはちゃんとグェラヴィアラに戻ることができたよ。
全部キミのおかげだよ。
今度日本で会ったら、何かお礼させてくれよ。
なんか、日本に帰れる前提で書いてるけど、実は本当に帰れるんだ。
キミの言う通り、召喚した英国紳士をどうやって日本に送り込んだのか不思議だったからそれについて問い詰めてみたんだよ。
最初は何も教えてくれなかったけど、ボクがそっちの世界で生み出したマップの魔道具を見せてさ、その技術と引き換えに、ボクを日本に帰してくれないか頼んだんだよ。
でもそれだけじゃダメって言うからさ、キミがくれたあの転移のアイテムがいくつか残ってたから、それの使い方を教えたら、目の色を変えてね。
ああ、文章がまとまってないね。
つまりマップの技術と、そのマップ上にどこにでも飛べる道具。
これをセットで渡してくれれば、日本に帰してくれるって約束してくれたんだ!
っていうかね、どうやらボクはいらない子みたい。
戦闘もできないのに、敵国にバレたらヤバい技術を持ってる危険分子だって。
だから追い出す意味で日本に送還するんだってさ。
最後まで気に食わない奴らだ。
ほんじゃ、またねーw』
そうか、メイメイは日本に帰れるのか。
でも、日本で会うって、難しくないか?俺、リアルと外見が全然違うんですが。
SNSを駆使して、俺探しなんてしないでくれよ?
そんなことより問題は今日の夕飯だ。
久し振りに、猫の店で食べるか。
きっと特製ミートボールだろうけどな。
「いらっしゃいませー!あ、おひとりさまですね?」
付加疑問文は、やめてくれ。
***** スラッシュ視点 *****
オレの名はスラッシュ。
アルガルゲ国の諜報部門に所属する兵士だ。
オレは身分を隠し、敵国であるグェラヴィアラに傭兵として潜入している。
いわゆるスパイ活動だ。
最近、我が国アルガルゲで、不思議な現象が起きている。
最初に起こったのは、武器庫の火災だ。
何重にも施した警備で、外部からの侵入は考えにくい。
内部の犯行か、自然発火だと思われていた。
しかし、それだけでは収まらなかった。
今度は軍事用備蓄倉庫内の食料の盗難だ。
軍行のために備蓄していた保存食や水などが盗まれていた。
ここも手厚い警備で、外部からの侵入は容易ではない。
倉庫へは、1時間おきに見回りの兵士が確認しているため、1時間以内に行われた犯行とみられ、盗難品の物量から、複数人で犯行に至った予想される。
この日警備にあたっていた兵士たちは、犯行が行われたであろう時間帯は、全員詰め所にいるか、門番をしており、物理的に犯行はできないものと思われる。
事件の捜査は、暗礁に乗り上げた。
武器と兵糧を失ったアルガルゲ国は、一気に軍事力が低下し、グェラヴィアラへの侵略を一時中断せざるを得ない状況となった。
今回の2つの事件で得をするのは、敵国のグェラヴィアラだ。
この国が裏で糸を引いているはずだとの連絡が入り、オレに調査の依頼が舞い込んだわけだ。
「オヤジ、いつものやつくれ!」
「あんたがいつも何を食ってるのなんか、覚えてねえよ。」
オレは行きつけの居酒屋兼食堂に来ている。
オレがオヤジと呼ぶ仏頂面の店主は、なんだかんだ言いながら、いつものメニューを出してくれる。
「オヤジ、知ってるか?アルガルゲの侵攻部隊が、国境付近から退いたらしいぞ?」
「ああ、聞いたよ。なんでも、内部紛争があったらしいな。」
「さすがオヤジだぜ。耳が早いな。」
ここはオレのような傭兵や、国の兵士、冒険者など、肉体労働者が集まる店だ。
この類の情報は入りやすいのだろう。
もうちょっと引き出せないか、すこしカマをかけてやろう。
「噂なんだけどな、その内部紛争ってやつ、この国が絡んでるらしいぜ?」
「あんた、どこまで知ってるんだ?あまり首を突っ込まない方がいいぞ。」
「国家機密ってか?オレのような傭兵が知っちゃいけねぇ代物のようだな。」
「ワシが情報を流したなんて知れたら、首と胴体が離れちまうぜ。」
「違げぇねぇ。」
そうとうヤバい情報のようだ。
ちと出費は痛いが、あいつを使うか。
「ひひひひ、旦那、久し振りでやんすな。」
「ふん、守銭奴め。まだ生きてたか。」
「へい、これでも逃げ足だけは早いでやんす。ひひひひ。」
オレは路地裏で情報屋と接触した。
過去に何度か世話になっている。
仕事は正確だが、金にがめつい食えない奴だ。
「今回は、どんな依頼でやんすか?」
「最近、この国で新兵器とか新技術とかが発明されてないか調査して欲しい。」
「んー、またそりゃ、随分とざっくりとした依頼でやんすね。」
「具体的には、離れた場所に対して、危害を加えることができるようなものだ。」
情報屋は、それを聞いてピンときたのか、依頼の目的を理解したようだ。
「あっしにお任せくださいな。」
情報屋は、そういうと右手をオレに差し出した。
手付金か。
オレはポケットから数枚の紙幣を取り出し、握らせる。
「ひひひひ、じゃあまた明日、この時間にこの場所で。」
情報屋と別れたオレは、いつもの安宿に向かう。
部屋は狭いし、雨漏りや隙間風が入り込むような最低の環境だ。
それでもオレがそこに泊まってるのは、もちろん安いからだが、それ以外にちょっとした訳がある。
「いらっしゃい。あ、スラッシュかい。おかえり。」
オレに「おかえり」と言ってくれる存在がいたからだ。
彼女は、後ろにある棚から鍵を取り出してオレに渡してくれた。
オレのような傭兵は、いつどこに呼ばれるかわからないので、基本的に宿はその日に取る。
彼女は、オレがいつ来ても良い様に、いつも同じ部屋を残しておいてくれていた。
今日は珍しく客の入りが良いようで、余っている鍵は、あと一つだけだった。
彼女はオレに鍵を渡すと、入り口に『満室』の看板を出した。
まだ、鍵が1つ残っているのに、だ。
「まだ引き摺ってるのか?」
「スラッシュが無理すんなって言ってくれたから、無理せず落ち込むことにしたよ。」
「そうか。落ちるときはどこまでも落ちとけ。あとで這い上がってくればいい。」
「またクサいこと言っちゃって。」
彼女はオレの心の癒しだ。
お世辞にも美人ではないが、彼女と話していると、陽だまりにいるような気持になる。
殺伐としたこの世界で、心が折れずにやってこれたのは、彼女の存在が大きい。
そんな彼女が、数日前から落ち込んでいる。
ひとつだけ残された鍵のせいで。
その鍵は、ある変わった少年が使っていた部屋の鍵だ。
あいつが「少年」と知ったのは、暫くたってからだったがな。
彼女は、その少年のために、あの部屋には他の客は入れなかった。
いつ帰ってきてもいいようにしている。
くそっ。あんなピンク頭の赤ローブを着たオカマ野郎のどこがいいんだ!
そのオカマ野郎は、数日前に遠い場所に行くと言い残してこの国から出て行ってしまった。
きっと、もう、戻ってこないと。
彼女は「うん、いってらっしゃい!」って見送ってたけど、いなくなってからすっかり元気がなくなっちまった。
まったく、むかつくったらありゃしねぇ。
「おまえ、好きだったなら、告白でもすりゃ良かったんじゃねえのか?」
傷ついている人の心に土足で入り込むような言葉だと、自分でも思った。
嫉妬か。見苦しいな。
「自分の気持ちに気づいたのが、最近だったのさ。」
「あれか?一月ぐらい前に、何日か帰ってこなかったときか?」
「うん。近くにいると気づかないもんだね。いなくなって初めて気づいたよ。」
「そういや、あいつ、あれから様子が変だったな。」
「うん、なんか嬉しそうで、毎日が楽しそうで、忙しそうで。あたいが入る余地なんて、なさそうで。」
「そうか、悪いな。変な事思い出させちまってな。」
「変な事じゃないよ。いい思い出。ううん、まだ思い出になってないかも。」
彼女はまだ、自分の胸にあいた穴を埋めることができていない。
悲しいかな、オレでは穴埋めにならねぇようだな。
「あんな年下の、年の離れた男の子に惹かれるなんて、変よね?」
「いや、なんだその、年が離れてても、あ、あ、愛があれば、いいんじゃねぇかな?」
「どうしたの、顔真っ赤にして。」
「飲みすぎたみてえだな。部屋で休ませてもらうよ。」
逃げるように部屋に帰る。
愛があればだと?この口が、良く言えたもんだ。
オレはこの国を潰すために潜入しているスパイだぞ?
わかってるな?お前の任務を。
オレは自問自答を繰り返し、薄っぺらい布団に潜り込んだ。
「じゃあ、ちと出かけてくるわ。今晩もここに泊まる予定だ。」
「ありがとね。あ、部屋は掃除しておくかい?」
(・・・かい?か。あいつの口癖だったな。)
「ああ、あまり汚してねぇが、一応掃除しといてくれ。」
「かしこまりー。今日は天気がいいから、お布団も干しておくね。」
「悪いな、じゃあ、行ってきます。」
「いってらっしゃい!」
気丈に振舞う彼女だが、まだ笑顔に若干の翳りがある。
以前は太陽のような笑顔だったが、いまは薄雲がかかっている感じだ。
快晴になる日は、いつだろうな。
今日は傭兵としての仕事はないのだが、例の襲撃事件の調査のため街に出た。
といっても、どこかに侵入するとはではなく、あくまでも聞き取り調査だ。
百ある噂話の中に、1つでも真実があれば儲けものだ。
オレが向かったのは、城に併設してある休憩所のようなところだ。
国の兵士や冒険者、オレのような傭兵などが良く利用している。
「よう、スラッシュ。今日は何の用だ?」
傭兵仲間が話しかけてくる。
「最近めっきり仕事が減っちまってな。どこかに金の臭いがしねぇか、嗅ぎまわってるところだ。」
「お前もか。なんだか傭兵の契約解除が多いようだな。」
世の中が平和になれば、軍費は節約できる。
最初に切られるのは、オレ達のような傭兵だ。
ここには、職を失った傭兵が、たくさん詰めかけていた。
オレは、話しかけてきた傭兵仲間に探りを入れてみた。
「あんたも首を切られたクチか?」
「まあな。第3部隊にいたんだが、突然もう来なくていいってさ。」
第3部隊とは歩兵隊で、主に偵察や陽動などを行う特殊部隊だ。
「そりゃあ、災難だったな。それもあれか?敵軍の撤退の影響か?」
「ところがそうじゃねえんだ。もっと前にクビになったのさ。」
「撤退の前だと?」
「ああそうだな。撤退の1週間ぐらい前だったな。」
おかしい。
まだ敵がいる状態なのに、突然の傭兵の解雇。
ここに、何かヒントがありそうだ。