4.人間のくせに、生意気よ
さて、マイホームをきれいきれいしますかね。
まず、建物全体の雰囲気を悪くしている、伸び放題の植物たちをどうにかしようか。
塀を一周しながら、巻き付いている植物の様子を見る。
どうやら根は敷地内にあって、そこから枝が建物の外に出ているようだ。
枝が道路まで浸食しているので、近隣住民から苦情がくるのだろう。
まずは塀をきれいにしよう。
ギルドカードで門扉を開ける。
なんと、自動ドアだった。
その電力は、どこから供給されているんだ?
不思議が多いが、ゲームってことで、気にしたら負け。
敷地内に入って、違和感を覚えた。
長年手付かずとの情報だが、草が生い茂っている様子などなかった。
それどころか、花壇のようなものがあり、植物が栽培されているように見える。
手入れが行き届いた庭という印象を受けた。
おそらく、いや、間違いなく、住人がいる。
庭の中心に1本の巨木が生えている。
塀に絡んだ枝も、建物に張り付いている蔦も、その巨木から伸びているものだった。
幹の太さは、直径1m程か。
樹齢何年か知らないが、ここまで大きくなるまで、たくさんの時間を必要としただろう。
でも、それも今日で終わりだがな。
【アイテムボックス】から【初心者の短刀】を取り出す。
短刀を突き刺してみた。
なんと、一発で折れました。
短刀が。
こりゃ、斧が必要だな。これから買おうかな?なんて考えたが、もう夕日が沈みそうだった。
今日寝る場所だけでも確保しようかと、玄関に向かう。
ここも鍵がかかっていて、ギルドカードで解錠する。玄関は自動ドアじゃなかった。
重厚な扉を開け、暗い室内に入る。
日本人としては靴を脱ぎたいところだが、下駄箱などないので靴のまま入る。
目の前には広いホールがある。ソファーや暖炉があり、弧を描いた階段が2階に通じている。
ドラマなどで見る洋館そのものだ。
1階を探検したところ、ホール以外に応接室、書斎、キッチン、トイレ、風呂があった。
一人で住むなら、1階だけで十分だ。
2階も確認してみる。
階段を昇ると、お約束のように大きな肖像画が壁に掛けられていた。
ダンディな紳士と、うら若き黒髪女性とのツーショットだ。
親子ほどの年齢差がありそうだが、女性の表情が親子ではないことを物語っている。
2階には3部屋あった。
主寝室と子供部屋らしきものが2部屋。
どの部屋も広い間取りとなっており、8畳以上あったかと思う。
ここで困ったことがあった。
照明がない。
いや、厳密にはある。やたら豪華なシャンデリアが各部屋にあるのだ。
どうやって、この照明を点灯させるのだろう?スイッチがないぞ。
あと、お掃除グッズも欲しいね。
いっちょ、ギルドに行って聞いてみるか。
外に出ると、すでに夜の景色に変わっていた。
ギルドに向かう途中に、いくつかの屋台が並んでおり、良い匂いをまき散らしていた、
そういえば、夕飯も考えておかないとな。用事を済ませたら、夕食にしよう。
ギルドに入り、不動産屋のブースへ向かう。
相変わらず閑散としていた。
受付には、昼間お世話になった青鬼さんがいた。
もしかして、従業員は一人だけか?
「すみませーん」
「はい、あ、これはこれは、いつもお世話になっております。」
「ちょっと相談があるのですが・・・」
そう言うと、青鬼さんの顔が、さらに青くなった。デスラーか。
「え?売却の件ではなく、照明ですか?」
「はい、そうなんです。」
「照明は魔道具になっていますので、魔力で起動することができますよ。」
「それは、どうやってやるんですか?」
「照明器に向かって、点灯するように魔力を送るだけです。」
「魔力を送る、か。どうやって送れるんですか?」
「お客様も無意識にやっているかと思います。例えば鍵を開けるとき、鍵が開くように意識していますよね?」
え?あれって、俺が魔力を送って開けてるのか。
ギルドカードをかざしたときに、鍵が開けって無意識に考えていたのかな?
まあ、試してみるか。
ついでに他のことも聞いてみる。
「部屋の掃除がしたいんですが、掃除道具ってないですか?」
「【クリン】の魔法で問題ないかと思いますよ?」
「え?そんな魔法、持ってないですが?」
「これは失礼しました。レベルが2になると、生活魔法一式が取得できます。レベル2を目指してください。」
自分のチートステータスで見逃していたが、レベルという概念もあった。
何もしていない俺は、もちろんレベル1だ。
これは早急にレベルを上げる必要がある。
でも、どうやってレベル上げるんだ?
それが顔に書いてあったのか、青鬼さんはレベルの上げ方を教えてくれた。
レベルを上げるには、経験値を積む必要がある。経験値を入手する方法は2つあり、一つはクエスト達成時。もう一つは仕事をこなしたときだ。
仕事をこなしたときというのは、例えば冒険者ならモンスターを倒したときになる。
生産職なら、何かを作ったときだ。
逆に言うと、生産職がモンスターを倒しても、経験値は得られない。
俺は生産職だから、何かを作らないと、経験値が溜まらないということだ。
盲点だった。
ただ生産するだけでも良いが、クエスト達成でも経験値が入るので、クエストを受注してから生産するのが効率的だろう。
しかし、もう夜だ。
クエストは明日からにしよう。メシだメシ!
帰りがてら、屋台を覗いてみる。
肉の串焼きやハンバーガーのようなもの、焼きそばやお好み焼きに似たようなものまである。
海が近いのに、海産物が少ないのが不思議だ。
串焼きを買って、食べ歩き。何の肉だろう?牛でも豚でも鶏でもない。考えない方が幸せかも。
腹を満たして家に帰る。
庭にある巨木を見て、斧を買うのを忘れたのを思い出した。
ま、明日でいいか。
家の中は真っ暗だ。
天井から釣り下がる、無駄に豪華なシャンデリアを眺めながら、こいつが点灯すればいいのに
と考えたら、点灯しました。
なんて便利。
今日は疲れたから早めに寝よう。
2階の寝室に向かう。
クイーンサイズのベッドが2つあるが、奥のベッドを使おう。
そして就寝。
俺ね、寝起きは機嫌が悪いんですよ。
無意識なんですが、安眠を邪魔されると、ついつい暴れちゃうんです。
自分で仕掛けた目覚まし時計に怒りをぶつけて、何回壊したことか。
で、今の状況なんですが、ベッドの下に、3人の何かが縄に縛られて転がっています。
今から少し前、息苦しさで目が覚めた。
体の自由が利かない。
これが俗にいう金縛りってやつか?
目を開けると、誰かが俺を抑えている。
一人が両手を抑え、もう一人が両足を。
さらにもう一人が、縄で俺を縛ろうとしていた。
んがー
そんな声を出したかどうかは覚えてないが、一気に束縛を外した。
こちとらカンストしとるんじゃ!女の細腕で俺が抑えられると思うか!
そう、その3人は、女性だった。
3人とも美しい女性だが、ちょっとだけ違った。
宙に浮いてるのだ。そして、ちょっとだけ発光している。
束縛が解かれることは想定外だったのか、3人とも動きが止まった。
そこを見逃すわけがなく、俺を縛ろうとしていた縄で、3人を縛り上げたわけだ。
言葉が通じるかはわからないが、話をかけてみた。
「どうして俺を襲った?」
返事はなかったが、顔を逸らした。どうやら聞こえているようだ。
「夜這いか?俺の体が目的か?」
A「そんなわけないじゃん。」
B「あんた、鏡見たことあるの?」
C「私たちにだって選ぶ権利はあるのよ。」
これはキツい。
ライフが一気に底をつきそうだ。
話の内容は別にして、会話はできそうだ。
「じゃあ、なんで俺を襲うんだ?」
A「縄で縛って、窓の外から放り投げようとしたの。」
B「誰かさんの馬鹿力のせいで、上手くいかなかったけどね。」
C「人間のくせに、生意気よ。」
こいつら、順番にしか話せないのか?
まあいい、質問を続けよう。
「窓の外に放り投げて、どうしようと思ったんだ?」
A「外のドライアドの餌になるはずだったのよ。」
B「誰かさんの馬鹿力のせいで、上手くいかなかったけどね。」
C「おいしくなさそうだけどね。」
さっきから、Cは毒しか吐かないな。Bは手抜きか?
それはそうと、ドライアドって木の精霊だっけか。
あのバカでかい木に宿ってるのか。
こいつらは、ドライアドに命令されて動いているだけか。
「その、ドライアドと話がしたい。会わせてくれないか?」
A「連れて行ってもいいけど、会えるかはあなた次第ね。」
B「人を嫌うから、希望は持たない方がいいわよ。」
C「あなたが認められるとは思えないわ。」
3人の縄を解いた。
ABCの名前を聞くとAはアリス、Bはベリー、Cはチャミだとか。うん、今後もABCでいいかな。
玄関から外に出る。
満天の夜空だ。
ABCに連れられて、木の前に行く。
A「ドライアド様、人間を連れてまいりました。」
B「ドライアド様とお話しがしたいそうです。」
C「気に入らなければ、取って食っても構いません。」
木が、僅かに光った。
どこからか、声が聞こえる。
女性の声のようだ。
『愚かな人間よ。お前は昼間、この世界樹に傷をつけようとした。その罪は重い。』
え?これ世界樹?ユグドラシル?
街の中心にあっていのかよ。秘境めいたところになくちゃダメじゃん。
「だって、邪魔なんだもん。近隣住民も迷惑してますよ?」
『人間どもによって、水や空気が汚染され、我が住みにくくなった。その報復じゃ。』
「報復が、枝を伸ばして邪魔すること?ちっさ。つーか、その喋り方、疲れない?」
『ええい、黙れ!我が報復を、受けてみよ!』
え?戦闘になるの?
そう思った瞬間、地面から根のようなものが生えて、俺の体を縛り上げた。
目の前からは、木の槍のような物が飛んでくる。
狙いは心臓。当たれば即死だろう。
当たればね。
左手を強引に動かす。根っこが絡んでいたが、強引に引きちぎる。
そのまま槍をキャッチ。危ない危ない。本気で殺そうとしてるよ、この人。
人じゃないけど。
根っこを引き摺ったまま、前進する。
『なんだお前、それでも人間か?やめろ、近づくな!お願い来ないで!』
後半は、キャラ崩壊してますな。
俺は木の幹にハグする。
そして、そのまま上に持ち上げた。
ミシミシという音とともに、世界樹が地面から離されていく。
『やめて、お願いだからやめて。落ち着こう?とりあえず落ち着こうか?』
それから、俺はドライアドの話を聞いた。
こいつ、話が長い。ABCは、いつの間にかいなくなっていた。
ドライアドの話によると、まず世界樹というのは嘘だそうだ。
ただの木です。
ドライアドは、神からの使者である天使から天啓を受け、この家を守るために配備されたそうだ。
ただ、木がないと住めないので、森から適当な木を持ってきて、精霊の力で成長させたのだとか。
ドライアドに名前がないか聞いてみたが、『ドライアドの名前は、ドライアドなの』とわけがわからない。
面倒だからDでいいか。
「そもそもさ、こんな大げさな木じゃないと、住めないの?」
D「そんなことはないけど、雰囲気よ。」
「雰囲気も大切だけどさ、みんな迷惑してるし、小型化してくれない?」
D「なんていうか、プライドが許さないのよね。」
「じゃあ、引っこ抜こうか?」
D「まって、まって、落ち着いて。妥協案を探しましょう。」
「あのさ、盆栽って知ってる?」
D「なにそれ、知らない」
「うーん、口で説明するのは難しいなぁ。本来は大きな木なんだけど、小さく育てて、えっと。」
D「話さなくていいわ、頭の中で想像してみて?」
俺は、盆栽を頭の中で描いてみた。
すると、目の前にスクリーンのようなものが現れ、盆栽が映写された。
D「へー、これすごいね。これだったらいいかも。やってみるね。」
そういうと、木が一気に小さくなり、本当に盆栽サイズになってしまった。
さらに、植木鉢のようなものに乗っていて、持ち運び可能となった。
D「ここは塀のせいで、日当たりが悪いわ。日当たりの良いところに運んでちょうだい。」
言い方が上から目線なのは気になるが、まだ寝たいので、盆栽をもって家に入る。
2階の寝室は出窓になっていたので、そこに置けばいいだろう。
設置してみると、どうやら満足したようだ。
なんか、この環境じゃ熟睡できないな。
ずっと誰かに見られている気がする。
俺は、隣の部屋に移動した。
寝室の隣には2部屋ある。
すぐ隣の部屋に入ると、ベッドや机があるが、大人のサイズではない。
ベッドに至っては、天蓋付きだ。
これは女の子の部屋だったんだろう。
もう一つの部屋に入る。
こちらの部屋も子供部屋のようだ。
机やベッドは、先ほどの部屋よりさらに小さい。
このベッドで寝ることはできないが、大きなソファーがあった。
今日はここで寝ることにしようか。