39.実に興味深い
メイメイは、自分のいた世界に帰るべく、転送魔法を発動することになった。
「そこでお願いなんだけど、魔法陣を書く場所を提供してくれないかい?」
「その辺の地面に書いちゃダメか?」
「この世界の文化にないことをすると、ハレーションが怖いじゃないか。」
「おい厨房。俺の知らない言葉を使うな!」
何がハレーションだ。
日本人なら日本語使え!
「どこか隠れた場所でやりたくて、キミの家、貸してくれないかい?」
「まあいいど・・・」
「どうしたの?歯切れが悪いけどさ。もしかして、あの家はキミの物じゃなくて、居候だったりするのかい?」
「そんなことはない。主は俺だ。ああ、俺の権限で、好きに使うがいい。」
「ありがちょ。たすかりんこ。」
勢いで許可しちゃったけど、怒られないよね?
家主が居候に気を遣うって、間違ってる気がする。
ギルドから自宅に戻った俺たちは、さっそく転送の準備を始める。
「じゃあ、ここに書いてもいいかい?」
「いいけど、その魔法陣は消えるんだろうな?」
「うん、一度使えば効力がなくなって、消えちゃうよ」
魔法陣を書く場所は、家のロビーになった。
魔力を充填したインクを使って書くらしい。
メイメイは、筆を使って慎重に、慎重に魔法陣を書き始めた。
書道が苦手な俺には、到底できな作業だな。
A『結局連れ帰ってきたのね?』
B『あいつ、そういう性癖があったのか。』
C『いやいや、あの鈍感野郎の事だから、気付いてないかもよ。』
D『その可能性高いね。じゃあ面白そうだから放置しようか。』
精霊たちは、姿を消して、俺に聞こえるように陰口を叩いている。
俺は厨房に欲情するような性癖はないぞ!取り消せー!
「よし、でけた。」
ものの30分程度だろうか。
メイメイは、直径2m程度の大きな魔法陣を書き終えていた。
もしかしてこの娘、ものすごく優秀なんじゃないの?
ただし、転移が成功すればだけどな。
「じゃ、またね!」
「おい、また会うつもりか?」
「そうだった。じゃあばいばいきーん」
メイメイはそう言うと、魔法陣の真ん中に立ち、胸の前で手を組んだ。
足元の魔法陣が光を放ち、メイメイが光に包まれる。
そして、メイメイの姿はなくなり、魔法陣も消えていた。
「ガシャーン」
地下室から大きな音がしたのは、お約束通りか。
メイメイは一人で地下室から出て1階のロビーに上がってきた。
ショックだったのか、ぐったりと肩を落としている。
あンた背中が煤けてるぜ。
「不運と踊っちまったんだい!」
「事故って言え。」
「ああ超、恥ずい。」
「予定外の事が起きると、恥ずかしいもんだよな。」
「キミの言う通りさ。例えるなら、トイレだ。」
「トイレ?」
「個室でオナラしても恥ずかしくないけど、おしっこのチョロチョロって音が、妙に恥ずかしかったりしないかい?」
「何言ってるんだお前。」
「逆にさ、小便器でチョロチョロって音は恥ずかしくないけど、オナラが出ると、めっちゃ恥ずかしい。」
「ま、まあ、そうかな。」
言わんとしていることは理解できるが、今の状態を例えるのに適切なのか?
あれ?その例え、おかしくないか?
「なあメイメイ。それって男性目線の発想だろ?女は常に個室じゃないか。」
「何言ってるんだい?ボクは男だけど?」
「はあ?」
「だって、一人称がボクだろう?何を勘違いしてるんだい?」
「いやだって、見た目が。」
「だから言ったじゃん。召喚されたときに見た目が変化したって。」
なんだよ。男だったのかよ。
だったらもっと雑に扱っても良かったか。
あ!精霊のやつら、性癖がどうのって言ってたな。
あいつら、メイメイが男って見抜いていやがったな?
「それに名前も悪い。メイメイってまるで中国系女子みたいじゃないか。」
「学校でメイって呼ばれてたんだよ。本名は佐藤明。」
「それならアキラでいいじゃないか。」
「それがね、同じ読み方の佐藤朗もいて、メイとロウで区別してたんだよ。」
サトウ・アキラ
日本中に何人いるんだろう。
漢字を音読みすることで区別か。ありえない話ではない。
「でも、なんでメイメイって2回繰り返すんだ?重要な事なのか?」
「ちがうんだ。召喚されたときに名前を聞かれて『メイ、メイです』って答えたら・・・」
「あほか。」
東国原英夫「殿、私の名前はどうなるんでしょうか?」
ビートたけし「お前はそのまんま『東』だよ」
ラッシャー板前「わかりました。『そのまんま東』ですね!」
「どうしたんだい?遠い目をしてるけど。」
「いや、ちょっとした逸話を思い出してた。」
「それでさ、転移が失敗した件。」
「そうだよ、お前どうするんだ?」
「もうちょっと、転移の魔法陣を研究するつもりだよ。」
腰を据えて研究するのであれば、まずはこの街でギルド登録が必要だ。
メイメイは、登録のためにギルドに向かうのであった。
「もう一人でも大丈夫だよん。」
「そうか、頑張れよ。」
「うんじゃあまたね。」
「はーひふーへほー。」
「ばいばいきんって言ってないのに。」
異世界からゲームの世界に転移してきたメイメイ。
果たして、無事に日本に帰ることができるのか?
数々の不安と疑問を残したまま、彼はこの家を後にした。
それから数週間経ったある日。
C「ヘクチ!」
「なにそれ?」
C「くしゃみだよ。へ、へ、ヘクチ!」
「独特だな。」
お嬢さん、花粉症ですか?
それとも誰かに噂されてます?
C「ねえ、ティッシュ取って。」
「お言葉ですが、ティッシュではなく、ティシューです。」
C「そんなことはどうでもいいから、早く!」
「ほら、ティッシュペーパーの箱をみてごらん?ティシューとは書いてあるが、どこにもティッシュなんて書いてないよ?」
C「そんな能書きいらないから!もー、自分で取るよ。」
他人に頼み事をする場合は、ちゃんと礼儀をわきまえてくださいね?
そうじゃないと、今みたいに意地悪しますよ?
C「あ、最後の1枚だった。」
「最近のティッシュって、残り少なくなっても色が付いてないのが多いね。」
C「お言葉ですが、ティッシュではなく、ティシューです。」
「また、鼻出てるよ?」
C「ヘクチ!」
『いらっしゃいませ。ご用件をお話しください』
というわけで、なぜかギルドに来ています。
今日の食事当番はチャミ先生だったので、逆らえませんでした。
ギルドは言わば総合商業施設なわけで、日用品なども売っております。
今日はその中から、ティシューペーパーBOX(5個セット)を買いにやって参りました。
しかも『ふんわりしたやつ』とのご指定です。
「ティッシュペーパーってどこに売ってますか?」
『もしかして:ティシューペーパー』
「はいはい、それです」
『2階の日用品売り場です』
何気に、初めて行くギルドの2階。
何があるんだろうね?
2階には、生活用品や衛生用品、薬、絆創膏、包帯などを扱っている売店があった。
日本でいう大型薬局みたいだ。
入り口付近にティシューが山積みになっていたので、それを持って店内に入り会計を済ませる。
すでに用事は済んでしまったが、初めて入る2階フロアなので、他に何があるか探検してみることにする。
2階フロアの大部分を占めているのは、トレーニングジムのような施設だった。
ガラス越しにトレーニング機材が見える。
広いフローリングの部屋には、バランスボールやヨガマットらしきものが見えた。
さらには、天井からサンドバッグがぶら下がっている。
しかし、使っている人は誰もいない。
最近、運動不足だから、サンドバッグでも叩きたいな。
これって、会員登録とか必要なのだろうか?
興味本位で中に入ると、受付らしき場所があった。
でも、受付する人がいない。
なんてやる気のないジムなんだ。
これはあれか?ギルドに登録している人なら、自由に使っていいってことなのかな?
そうだ、きっとそうだ。そういうことにしよう。
俺は都合良く解釈し、先ほどのトレーニングルームに入る。
サンドバッグを軽く押し、こちらに戻ってくるところに、軽くジャブを入れる。
「ドザッ!ボン!ザー・・・」
あちゃー
軽いジャブだったのに、サンドバッグに大きな穴が開いてしまった。
そこから砂が流れ落ちている。
俺は周囲に誰もいないことを確認し、魔法を使う。
【リストア】破損・劣化した物を新品同様にする
まるでテープが巻き戻ったように、サンドバッグが新品同様に復活した。
なんて便利な魔法なんだ。
きっとこの調子だと、トレーニング機材も破壊してしまいそうだ。
ここは帰ろう。
そう思い、部屋から出ようとしたところで、奥の扉が開いた。
「はい、これで座学は終了です。これから実習になりますので、各自整列してください。」
「「「「「はい」」」」」
奥の扉から複数の人たちが出てきた。
さっきの会話から想像すると、一人が講師で、あとは受講者だろう。
ここは研修施設のような場所なのだろうか?
「あれ?キミは!」
講師と思われる人が、俺を見ている。
ピンクの髪に赤いローブ。
そこにいたのは、メイメイだった。
「ごめんね、待たせちゃったかい?」
「いや、なかなか興味深いものを見させてもらったよ。」
講義が終わるのを待ち、受講者が帰った後のトレーニングルームで、バランスボールに座りながらメイメイの近況報告を聞く。
メイメイが教えていたのは魔法技術で、受講者はギルド所属の講師のみなさんだそうだ。
異世界から持ち込んだ、この世界にはない魔法技術を知るメイメイは、すぐにその技量をギルドに認められ、冒険者として第一線に立つことを求められた。
しかしそこは『勇気』がないメイメイ。冒険者になることを断ると、今度は講師になって欲しいと依頼されたようだ。
「衣食住と賃金の保証、ギルドの魔法研究施設を自由に使っていい権利を条件に引き受けたわけさ。」
「上手くやってるな。」
「それがなかなか上手く行かなくてね。」
「それは、転移の魔法陣か?」
「うん。どうしてここに飛ばされたかがわからないから、その解明が必要でね。」
当初の目的である転移の魔法陣は、まだ未完成のようだ。
「でも、ひとつだけ完成したものがあるんだ!」
「嬉しそうだな。何ができたんだ?」
「マップだよマップ。キミが見ているようなやつさ。」
以前、ギルドの場所を教えるために、俺がマップを展開したが、メイメイには見えなかった。
自由にマップが見れる機能に、いたく感動していたのを覚えている。
「そうか、じゃあこの世界で、もう迷子になることはないな?」
「それがね、ボクが開くマップは、ボクがいた世界のものなんだよ。」
「なん、だと?」
「うん、だからね、この世界のマップじゃないだ。戻れれば使えるけど、本当に戻れるか怪しいし・・・」
「おい小僧!」
「え?ボクのことかい?」
「お前、帰れるかもしれないぞ?」
俺は【アイテムボックス】から一つのアイテムを取り出す。
【瞬移の羽】マップ上の任意の場所への移動を可能とする
これ、使えんじゃね?
「このアイテムを使うと、マップ上の好きな場所に飛べるんだ。」
「すごい!それ、ボクのマップでも使えるの?」
「わからないけど、試してみる価値はあるんじゃないか?」
俺はメイメイに【瞬移の羽】を手渡す。
1つだけだと失敗したときに時空迷子になる可能性があるから、10個ぐらい渡してみた。
「あのさ、これはどうやって使うんだい?」
「それを意識すると、どこに転移するか聞いてこないか?」
「何も起こらないけど・・・」
「お前の魔法技術で起動できないか?呪文とか、そんなので」
「アイテムを動作させる魔法か。起動原理がわからないと、難しいなぁ。」
メイメイは、アイテムを様々な角度から見ているが、起動できないようだ。
惜しいな、あと一歩なんだけどな。
「キミは、このアイテムを使うとき、どうしてるんだい?」
「実際に手に取ったりはしてないよ。【アイテムボックス】の中で選択してるだけ。」
「選択すると、どうなるんだい?」
「どこに転移するか聞いてくるから、マップ上にプロットするんだけど。」
「どこに出てくるんだい?」
「んー、脳内?」
説明が下手でごめんなさい。
あまり意識せずにつかってるから、改めて聞かれると答えに困るなあ。
「そうか、シナプスか。電気シナプスと化学シナプスを・・・」
「おい、どうした?」
「アセチルコリンをどう再現するかだな・・・」
メイメイは、バランスボールから飛び降り、床になにやら計算式のようなものを書き始めた。
「実に面白い」とか言っちゃいそうじゃない?
長い計算式を書き終えると、それを見ながら魔法陣を書き始める。
実に興味深い。