38. キミも日本人だよね?
ギルドまでの道のりを二人で並んで歩いているが、やはりさっき感じた違和感が残る。
この子には、何かが足りない。
なんだろう?
「そういえば名前を聞いてなかったね。ボクはメイメイ。キミは?」
「俺はヨシュアだ。よろしくな、メェーメェー。」
「ボクはヤギでもヒツジでもないぞ!」
名前?
そうか、違和感の理由がわかったぞ。
メイメイには、アイコンがない。
プレイヤーでもNPCでも、ましてや魔物でもないってことだ。
誰だこいつ?
「ここが、ギルドかい?ボクが知ってるのと随分違うな。」
「メイメイの世界では、どんな作りだったんだ?」
「ボクの世界?まるでボクが異世界人みたいじゃないか。」
「ごめんよ、メイちゃん。」
「メイ、泣かないよ?えらい?」
偶然なのか、俺の知っているメイ像と一致する回答だ。
もしかすると、プレイヤーなのか?
それともいつもの運営の遊び心か?
「メイメイの国では、お城の中にギルドがあったんだ。」
「随分、オープンな城だったんだな。」
「うん、お城にはギルド以外にも教会や病院もあるんだよ。」
「城が総合施設だったのか。」
この世界では。
少なくとも俺が知る王都にある城は、簡単に住民が入れるようにはなっていない。
国が違えばここまで変わるものなのか?
それともやはり、異世界か?
『いらっしゃいませ。ご用件をお話しください』
「うわ!このロボット、喋るのかい?」
「喋るというか、音声データをスピーカーから流しているだけだと思うがな。」
「へー、ペッパーそっくりだね。」
メイメイは最初こそ驚いたが、すぐに慣れたようで、受付マシンに話しかける。
もっと驚けよ、つまらん。
ん?今、ペッパーって言ったか?
「アレクサ!グェラヴィアラって知ってるかい?」
『わかりません』
「なんでだい?ヘイシリー!じゃあボクは知ってるかい?」
『ギルドカードをリーダーにかざしてください』
「なんだい?ギルドカードって?」
最後の質問は、マシンではなく俺に向けられていた。
俺は首から下げている白銀のカードを見せる。
ん?今、アレクサとかシリーとか言ったか?
「これがこの国のギルド証なのかい?ボクのはこれだよ?」
メイメイは、六角形のペンダントのようなものを見せた。
明らかに違うものだ。
たしかギルドカードは、世界中どこでも使えるものだ。
やはりメイメイは、異世界人なのだろうか?
とりあえず、落ち着いて話す必要がありそうだ。
ギルド内にある喫茶店に移動する。
「いらっしゃいませ。お一人様ですね?」
「いやいや、2名だ2名!」
「あらいやだわ。ついいつもの癖で。すみませんね。」
俺がいつも一人で使っているから、俺の顔を見るとおひとりさまと決めつけてきやがる。
それに、メイメイを値踏みするような目で見て「ふ~ん」って顔してやがる。
よく見れば、メイメイってかわいい顔してるな。
「なにさっきから、人の顔をジロジロみてるんだい?何かついてるのかい?」
「えっと、口の周りに泡が・・・」
「やっぱり?そうなると思ってたよ。」
メイメイが飲んでいるカプチーノの泡が、口の周りに白い髭を作っていた。
ハリポタみたいだな。
「拭かないの?」
「まだ残ってるから、今拭いてもまた付くじゃん?」
「付くたびに拭くもんじゃないの?」
「めんどくさいよ、そんなの。」
悲報。俺が男として見られていないことが判明。
まあ、変に気を遣われても困るけどね。
温かい飲み物を飲んで落ち着いたところで、話をすすめる。
「メイメイの国。グアルディオラだっけ?その国はギルドでも把握してないみたいだね?」
「グアルディオラじゃないよ。グェラヴィアラ!全然違うじゃん」
「覚えにくい国の名前にするのが悪い!もうペップでいいじゃん」
「せめてジョゼップにしてよ。」
ほんと、このゲームを作った人は、NPCに何を教え込んでるんですかね?
でもメイメイはNPCと決まったわけじゃないな。
もしかして、プレイヤーなのかな?
「「ねえ」」
「「あ、どうぞどうぞ」」
どうやらメイメイも気になったようだ。
「俺から聞いてもいいか?」
「うん、きっとボクと同じ質問だと思うけど。」
「そうかな?えっと、君は、NPCなの?」
「あれ?予想と違ったな。それにNPCって何だい?」
NPCにNPCか?って聞いたら「はい、私がNPCです」って志村さんみたいに答えてくれるのかな?
「じゃあ今度はボクからの質問だよ?」
「ななななんでしょう?」
「キミは、地球から来たのかい?」
まあ、地球上からログインしているわけだから、地球から来たという表現で間違いないか。
それを聞いてくるメイメイは、NPCではない可能性が高いな。
「うん、地球からだけど?」
「なんだ、キミもボクと同じく召喚されたのか。」
「へ?俺は誰にも召喚されてないぞ?」
「え?え?じゃあ、ここは地球なのかい?」
「ちょっと待って、召喚!?」
わけがわからなくなってきた。
メイメイは誰かに召喚されたらしい。
なので、このゲームのプレイヤーでもNPCでもないのか?
だからアイコンがないのか?
「メイメイはさ、なんとかって国から転移してきたんだよね?」
「いい加減覚えてくれよ。グェラヴィアラだい!」
「そうそれ。そこが地球上の、どこかの国なの?知らないけど。」
「ちがうよ。地球の日本って国から、グェラヴィアラに召喚されたんだ。」
おい、ジャパニーズかよ。
メイメイだから、チャイニーズかと思ったじゃないか。
「日本から、どうやって召喚されたん?」
「学校の帰りに電車に乗ってたのさ。」
「電車通学か。高校?大学?」
「ううん、中学。」
「ちっ、厨房かよ。」
「ちょ、なんで舌打ち?厨房も厨房。リアル厨二だい!」
「電車で通うってことは、私立か?」
「都立だけど?」
「なんだ、ただの頭がいいやつか。」
「んもー、話が進まないよ。」
俺が頭がいいと褒めたのが恥ずかしかったのか、会話をぶった切ってきた。
厨房のくせに、生意気だ。
「で、電車のなかで、何があったんだ?」
「部活帰りで疲れてたから、空いてる席に座ったんだ。」
「へー、何部?」
「サッカー部。」
「あー、だからペップでわかるのか。」
「そーそー。いま、どこかの監督やってるんだよね?」
「シティ。」
「金あるなー、あのクラブ。」
「シティは他にもな」
「ちょっと待って。また脱線してるぞ?話を戻していいかい?」
いけないいけない。
メイメイに止められなかったら、このままプレミア談義に花が咲くところだった。
「どこまで話したっけ?」
「電車に乗ってるってところ。」
「あ、でね、向かい側の席に、不思議なおじさんがいたんだ」
「不思議?」
「シルクハットを被って、チェーンの付いた片眼鏡を右目に嵌めてた。」
「ほー。服装は?」
「よく知らないけどスーツみたいなやつ。」
「古き良き英国紳士ってところか?」
「うん、謎解きする、どこかの教授みたいだった。」
「レイトンかよ。」
「あのさ、聞くまでもないけど、キミも日本人だよね?」
「すまん、それだけは言えないだ。」
別に隠す意味もないんだが、ノリで言ってみた。
しかし、日本の電車で、そんな奴がいたら気になるだろうな。
「気になるから、ついつい見ちゃったんだよね。」
「まあ、仕方ないだろうな。」
「そしたら目が合っちゃって、突然立ち上がってボクの前に来たんだよ。」
「怖えぇ。」
「しかも平井駅の近くで。」
「場所は関係なくない?」
「そして、ボクに顔を近づけてきて、こう言ったんだ。」
『適合者を見つけました。申し訳ありませんが・・・』
記憶はここで途切れ、次に目にしたのは、石造りの建物の中だった。
メイメイの足元には、魔法陣が淡く光っていたらしい。
そこがお城だとわかったのは、しばらく先だそうだ。
「こうしてボクは、強制的に異世界に呼ばれたってわけさ。」
「あれか?魔王を倒すための勇者として召喚されたとか、そういうやつか?」
「ざっくり言うとそうなんだけど、ボクの場合、ちょっと事情が違ったんだ。」
「事情?」
「召喚で転送中に乱気流のようなものに巻き込まれたらしく、つまり、失敗したみたいなんだ。」
「失敗して、どうなったんだ?」
「まず、見た目が変わった。こんなピンクの髪の日本人、いないだろ?」
「いや、秋葉原あたりで、たまに見かけるが。」
「それはエクステか染めてるんだろう?ボクは地毛だい!」
本来であれば、転生の前後で見た目は変化しないらしい。
でも、メイメイの場合、なぜか変化したそうだ。
「身長も縮んじゃってショックだった。鏡をちゃんと見てないけど、きっと顔も変わってると思う。」
「でもさ、召喚した側からすると、見た目がどうなろうと関係ないんじゃない?」
「そう。ボクにとっては大問題なんだけどね。かわいいとか言われるし。」
「いいじゃないか。何か問題でもあるのか?」
「ボクの召喚後の初期ステータスに、勇者に必要なものがなかったみたい。」
「それは、なに?」
「勇気。」
「ほほぅ。」
ポケットサイズのモンスターを捕まえて仲間にするゲームで、卵を持ちながら自転車で走り回り、生まれたときの初期ステータスで取捨選択している自分を思い出した。
期待通りの初期ステータスじゃなかったら、捨ててたな。
この子、捨てられたのか?
「勇者失格の烙印を押されたボクは、城から追い出されたのさ。」
「帰してはもらえなかったの?」
「うん、泣きながらお願いしたんだけど、方法がないの一点張りさ。」
「じゃあさ、お前を召喚した英国紳士は、どうやって日本に行ったんだ?」
「あ・・・。」
おい、気付いてなかったのかよ。
下手に自分で転移しないで、元の国で調べてれば見つかったんじゃないのか?
「お前がいた何とかって国は、魔法が発達してるのか?」
「グェラヴィアラは、漫画やラノベで出てくるような、いわゆる剣と魔法の国だったんだよ。」
「おお、ワクワクするな!」
「冗談じゃない!ボクは平和な日本に戻りたいんだい!」
創作物として見る分には面白いが、自分の体験となると、厳しいのかもね。
やっぱり平和が一番。ビバ平和!
「ボクには勇気がなかったから、前衛向きじゃないけど、魔法の能力は高かったんだ。」
「だったら、魔王退治に役立つんじゃない?それをアピールすれば、好待遇で迎え入れられたんと違う?」
「嫌だよ、魔王なんておっかない。ボクはその能力を隠して、平和に暮らしていたんだ。」
「魔王を倒したら、戻してもらえるかもよ?」
「そう思うかい?絶対飼い殺しにされるだけだよ。」
メイメイの意見も一理あるな。
能力のある人物なら、国として囲い込むだろう。
「でね、どうにか日本に帰れないかと研究してて、転移の魔法陣までは作れたんだけど...」
「失敗して、俺の家に飛んじゃったわけね?」
「うん、そんなところ。」
呪文を唱えるような魔法じゃなくて、魔法陣が必要だったのか。
メイメイが飛んだ場所は、そういうシステムの世界なのかな?
「ボクからも聞いていいかい?」
「どうぞ。まずはリヴァプールの話からしようか。」
「話が進まなくなるから。えっと、単刀直入に、ここはどこだい?」
もう何度目になるかわからない「ここはどこだい?」の質問だ。
ちゃんと教えて差し上げよう。
「ここはゲームの世界だ。『Jobs Life Online』。通称『Jolin』っていうゲームのね。」
「ゲームの中?じゃあキミはゲームのプレイヤーってこと。」
「イエース!だから最初にメイメイにNPCか?って聞いたんだけどね」
「その、NPCって何だい?」
メイメイは、あまりゲームをやらないらしい。
やったとしてもスマホが主で、ネズミの国のキャラクターをつなげて消したり、某有名バトロアゲーム程度だとか。
まあ、ある意味健全な中学生だったんですね。
「じゃあ確認だけど、キミはいつでも地球に戻れるのかい?」
「ああ。ログオフすれば、いつでも。」
「どうやってログオフするんだい?」
「仮想ウインドウの上にある三みたいなマークを選んで、そこからログオフだけど?」
「仮想ウインドウ?どうやって開くんだい?」
「いや、開こうと思えば、勝手に開くが?」
メイメイは、ウーンウーンとか言いながら、懸命に仮想ウィンドウを開こうとしている。
でもあなた、そもそもログオンしてないんだから、ログオフできないでしょ?
「これから、どうするつもりだ?」
「さっき、キミがくれたヒントがあるだろう?」
「なんだっけ?」
俺が出したヒントとは?
何の事だろう。
「グェラヴィアラに戻れば、日本に帰れるかもしれないって。」
「え?マジか!」
「なぜ驚くんだい?ほら、英国紳士が日本に行けたんだから、ボクも行けるかも?って。」
「そんなこと言った記憶はないが、確かにそうだろうね。」
「だから、ボクはグェラヴィアラに戻るよ」
「できるのか?」
メイメイは、こっちに来た魔法陣をちょっと直せば、理論上は戻れると言っていた。
おい、失敗した魔法陣だぞ?大丈夫か?