37. パイン・サラダ
1日ぶりに家に帰り、慣れたベッドで至福のひと時を味わおうとしたとき、ドリーから不可解な言葉をかけられた。
「なんだドリーか。で、女泣かせって誰のことだ?」
D「行先も言わずに飛び出して行って、夜になっても帰ってこない人よ。」
やばい、心当たりがありすぎる。
ところで俺、なんで飛び出したんだっけ?
「あー、すまんかった。家出したとでも思った?」
D「もう帰ってこないかも?とか言って、泣いてるかわいい女の子がいたのよ。」
さっきの反応からすると、泣いていたのはチャミなのかな?
「それチャミのこと?」
D「半分正解」
「半分?チャミの右半身だけ泣いてたとか、そんなホラーな展開?」
D「違うわよ。もう一人泣いてたの。主に私が。」
お前もか。
なんか悪いことしたかな。
「ごめんね。今度はなるべく連絡するようにしたいと思う。」
D「そこはビシっと宣言して欲しいけど、私もゴメンね。」
「なんでドリーが謝るんだ?」
D「ちょっと酷いこと言っちゃったかな?って思ってね。」
「さっき、チャミも謝ってたけど、何の事だっけ?」
D「何あんた、忘れてるの?謝って損した。」
昨日、今日と、いろんなことがありすぎて、あまり覚えてないです。
頑張れば思い出せそうだけど、いいことがなさそうだから、やめておこう。
「明日も朝から出かけるから。」
D「そう。いつ帰ってくるの?」
「流れ次第だけど、日帰りになると思うよ。」
D「わかった。期待しないで待ってるわ。」
明日は圭さんたちの出航を見送って、まさこさんたちにアジさんが見つかったことを伝えるだけだ。
上手くいけば午前中には終わっちゃう作業だな。
変なことに巻き込まれなければね。
あれ?これフラグだったかな?
そんなことを思いながら、就寝するのであった。
そして次の日。
俺は朝一番で、ワイハ島に飛んだ。
圭さんたちの出航を見送るためだ。
「見送りに来てくれたんですか?」
すっかり元気になったアジさんに声を掛けられる。
昨日の、人形のような様子はすでになかった。
その横顔は、希望に満ちていた。
隣には圭さんがいる。
「サウスアン島には、どれぐらいで着きますか?」
「俺の船は最新型だ!4日もあれば着いちまうぜ!」
一瞬、ハワイから南極まで船で4日って超早い!って思ったが、ここは地球じゃない。
マップは地球サイズではないのだ。あくまでも感覚だが、地球の5分の1程度の大きさだろう。
積み荷と乗船が終了し、いざ出航となった。
港から船に向かって声を掛ける。
「お気をつけてー!」
「なあに、何度も言ってる場所だ、心配すんなって。」
あれ?急に心配になってきたぞ?
港には、出航を見守る人たちがいた。
ある女性が、圭さんに向かって叫ぶ。
「新たにパイン・サラダがあたしのメニューの一つに加わったの。どうする?食べてみる?」
「当然!勤務が終わったら寄らせてもらうよ。じゃあ!」
あれれ?
嫌な予感しかしないぞ?
不安を残したまま、船は出航していった。
とぅ!
寒ぃー!
俺はまさこさんの家に来ている。
コンコンコンコンコココンコン!
ノックの回数が増えてしまうほど、寒い。
早く開けてくれ。
「はーい、どなたー?」
出てきたのはシオリだ。
すぐさま家の中に駆け込む。
「え?もう見つかったの?ありがとうー!」
「本当に...本当に...本当に...なんとお礼を言っていいのやら...」
母と娘は抱き合って喜んでいる。
はたから見ると、捕食しているようにしか見えません。
ベアハッグ、いやポーラベアハッグか。
「到着は4日後を予定しています。」
「4日後かー。待ちきれないなー。」
シオリはテカテカしそうなぐらい、ワクワクしている。
でもさ、いくらワクワクしても、テカテカしないよね?
この母子には、その4日間のうちにやっておかなければいけないことがある。
おれはアジさんの考えを告げた。
「でもこの4日間は、きっと忙しくなりますよ?」
「あら、どうしてですか?」
「アジさんは、南国のワイハ島に移住する計画です。」
「南国?暖かいの?ねえ、暖かいの?」
「うん、暖かいを超えて、暑いけどね。」
「暑いと、お母さん大丈夫なの?」
「わからないわ。実際に行ってみないと。でも、私はどこまでも付いて行くわよ?」
まさこさんの意思はゆるぎないようだ。
気温なんて、なんとかなるかな?
「あらやだ、じゃあ引っ越しの準備が必要よね。」
「そうなんです。事前に荷造りしておいた方がいいですね。」
まさこさんは、すでに現実を見つめている。
この先の未来に向けて、まっすぐ進んでいる。
「ここを離れるのは、ちょっと寂しいな。」
「移住するのは、シオリちゃんのためでもあるんだよ?」
「ここには同世代の友達もいないし、満足な教育も受けられないからよ。だから我慢して。」
シオリはこの土地を離れたことがない。
ここ以外を知らないのだ、そういう感想があっても当然である。
まさこさんの説得にも、ピンときていないようだ。
「教育とかよくわからないけど、私はお父さんとお母さんのいる場所にいたい。そこが暑くても寒くても。」
「あなたって子は...」
こうして、再びベアハッグだ。
俺はそっと家を出る。
みんな、幸せになれ!
似合わないことを考えながら、自宅に帰るのであった。
ある晴れた昼下がり。
暇を持て余している俺は、自宅の構造改革に取り組んでいた。
「だいたい、ここにキッチンがあるのに、なんで食器棚があんな遠くにあるんだ?いや、待てよ。食器棚をここに置いたら、動くスペースが狭くなるな。実質稼働していない、このワゴンがここにあるからいけないんだな?」
B「またやってる」
A「ああやって、一人でブツブツいいながら、色々変えようとしてるけど」
D「結局、今のままでいいって落ち着くんだよね」
C「予想できるな。「ま、このままでいいか」って言うよ?」
聞こえてるよ?
今回こそは、ちゃんと家事導線を考えた配置に変更するんだ。
俺は今、燃えている!
そんなとき、異変が起きた。
ガシャーン
家の中から物音がする。
何かが落ちたような、タンスが倒れたような、そんな音だ。
A「何?今の音。」
B「なんか、地下の方から聞こえてこなかった?」
C「ねえ、見てきてよ」
「え?あたくし?」
D「何その言い方」
まるで志村けんのような反応をしてしまった。
俺も気になってたので、行くつもりでしたけどね。
地下室の前まで行くと、中から誰かの声が聞こえた。
エリザかフリオが中でいたずらでもしてるのか?
よし、いっちょここは脅かしてやろう。
そう思い、勢いよくドアを開けると、そこには赤いローブを着た、鮮やかなピンクの髪をボブカットにしている人物がいた。
なんだちみは。
「いてててて。あれ?見慣れない場所だなぁ。」
「あのぉ。」
「あ!人がいた!ここはどこだい?」
「俺んちですが?」
赤いローブの人物は、尻もちをついた状態でお尻を撫でている。
どこかにぶつけたのかな?
おじさんが診てあげようか?
変なおじさんって言われちゃうかな?
「ちみは、どうやってここに入ってきたんだ?」
「ちみ?ボクの事かい?転移の魔法で飛んできたんだけど、着地点を間違っちゃったみたいだな。」
明るく答えてますが、これ、違法侵入ですよ?
それにしても転移の魔法って、このゲームに実装されてたんですね。
あまり聞かないから、もしかしてすごく高レベルの人かもしれないな。
「事情はわかりましたけど、ここ俺の家なので、出て行ってもらえますか?」
「そんなに冷たくしないでおくれよ。言われなくても出て行くからさ。はい。」
そういって、手を差し出す赤ローブ。
これ、立たせろっていってるのか?
甘ったれるな!
俺は速攻でその手を握り返した。
「よっと。サンキュー。じゃあ玄関の場所を教えてくれよ。」
「こちらでございます。お客様。」
あんれぇ?
なんか主導権握られてないか?
そんなことより、さっきから何か違和感がある。
あるべきものが、この子にはないような・・・。
1階に行くと、精霊たちは姿を消していた。
あまり存在を知られたくないようだ。
「お邪魔してゴメンね!バイバイキーン!」
つかみどころのない子だったな。
これが現代っ子ってやつか。
まるでベテラン社員が新入社員に抱くような感情に浸っていた時、さっき閉められたばかりの玄関が、また開いた。
「ねえ、ここはどこだい?」
だから俺んちだって言ってるじゃないか!
「え?国の名前?」
「そう。ボクはグェラヴィアラって国から来たんだけどさ、ここは何って国だい?」
なんだその絶対に覚えられない国の名前は。
そんなことより、国の名前?
うーん・・・
「国の名前なんて、あるっけ?」
「えー!ないのかい?キミが知らないだけじゃないのかい?」
マップを見ても、メニュー画面を見ても、国の名前なんてない。
もしかして、ヘルプを見れば書いてあるのかな?
「じゃあ、この街には、名前あるよね?」
「それはある。たしか【クリマ】だったはず。で、王都が【ヨマシティ】だったかな?」
「クリマにヨマシティ?聞いたことがないな。ボクはどこに飛んじゃったんだ?」
俺はほとんど家の中で過ごしているから、外の世界には疎い。
こういうのは、ギルドで聞くのが手っ取り早いじゃないかな?
「ギルドで聞いてみたらどうだ?その、ゲラビエラ?とかいう国を知ってる人がいるかもよ?」
「グェラヴィアラだい!」
「ゲラビアラか」
「グェラヴィアラ!」
面倒だからギルドに丸投げだ!
この後のセリフが予想できるぞ?「連れて行ってくれるかい?」とか言うんだろう?
「じゃあさ、ギルドまで送ってくれるかい?」
「あー、ちょっと惜しかった。」
「何がだい?」
「いや、何でも。」
送るのも面倒なので、場所だけ教えればいいか。
そう思った俺は、仮想ウインドウにマップを展開する。
「俺の仮想ウインドウのマップは見えるか?」
「へ?何も見えないけど?」
「あれ?共有設定にしたんだけどなぁ。」
「もしかしてキミには、この街の地図が見えてるのかい?」
「そうだけど?」
突然、目を輝かせる赤ローブ。
マップぐらい、ほとんどのゲームに実装されているだろ?
見えないあんたが不思議だ。
「わー、すごい技術だ。これがグェラヴィアラにあったら、革命的な発明になる!」
「そ、そうか。」
「地図情報を意識レベルで同期させて、視界領域に展開させることで・・」
「もしもし?」
「それを発動させるための術式は・・・」
「あのぉ・・・」
「媒体は何にするかな。魔石を使う場合・・・」
「あぽー!」
「痛て!何するんだい!」
脳天唐竹割り。
通称馬場チョップ。
かの力道山に「相手が死んでしまうぞ」と言われた大技だ。
お前、死ななくてよかったな。
「仕方ない、ギルドまで送ってやるよ。」
「わーい、ありがちょ。」
赤ローブと家を出て行こうとすると、後頭部に何かがぶつかる。
丸めた紙だ。
開くと「下心見え見えだ!このドスケベ!」と書かれていた。
何がだい?