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36.腕を上げたな

というわけで、着いたのは漁協だ。


「すみませーん、圭さんいますか?」

「またあんたか。圭さんなら出かけてるよ。」


んもー、いつもタイミング悪いなー。


市場で買い物をしているという圭さんを探しに歩き出すと、ちょうど圭さんが帰ってくるところだった。

両手で大きな紙袋を抱えており、フランスパンのようなものが袋から飛び出していた。

夕飯の買い物なのかな?


「あ、圭さん!探しましたよ。」

「んん?あんたと会うのはこれで、何度目だ?」

「カカシさんが見つかったんですよ。」

「おお、良かったじゃねぇか。で、どこにいたんだ?」

「それは、明石圭!あなたがカカシだ!」


(決まった!)


「はあ?」


もー、リアクション薄いな。

それじゃお笑いで食べていけませんよ!


ヒントとなったのはサンマだ!

あ、違う。アジだ!


圭さんは漁協の2階でアジの様子を見てくるとか言っていた。

それって、魚のアジじゃなくて、アジさんのことだったのじゃないか?

ずっとアジがヤスに上書きされていたから、ピンとこなかった。


「なぜ、カカシが圭さんかと言いますとですね。」

「ちょっと待ってくれ、話は荷物を置いてからでいいか?」

「あ、じゃあ半分持ちますよ。」


俺は圭さんの荷物を半分持ち、漁協まで運んだ。


「持たせちまって悪いな。俺がカカシだとして、あんたは俺に何の用があるんだ?」

「ボトルメッセージです。圭さん、以前にまさこさんとシオリさん宛に、ボトルメッセージを流しませんでした?」

「!」


圭さんは、驚いた顔を向けた。


「最後に、k.akashiってサインしてたと思うんですけど、インクが滲んでkakashiに見えたんですよ」

「そのボトルは、あんたが拾ったのか?」

「いいえ、拾ったのは、シオリちゃんです。」

「ちゃんと、届いたんだな。よかった。」

「俺は、シオリちゃんからの依頼で、ここまで来ました。」


圭さんは、ガッツポーズをしている。

他人の事でここまで喜べるなんて、ホントいい人だな。


「早速ですが、アジさんに会わせてもらっていいですか?」

「おう、2階にいるぞ。一緒に行くか?」


ついにご対面だ。

緊張しながら階段を昇る。


「アジー、開けるぞ。」

「はい。」


力のない返事が聞こえる。

声の主であるアジさんは、そこにいた。

視点の合わない目でこっちを見ている。

感情が見えない表情。まるで人形のようだ。


「手紙にも書いた通りでな、記憶を失っちまったんだ。」


え?記憶がない?

俺は、スクショで保存した手紙を見直す。


『一命**り留*て**が、*憶*失**いる**だ。』


これってつまり

『一命は取り留めているが、記憶を失っている状態だ。』

って事なのか。


「記憶がありゃあ、家の場所を聞いて船で送ってやっても良かったんだがな。」

「手紙に書いてあった名前は?まさこさんとかシオリちゃんとかアジさんとか。」

「ああ、持ち物から判断したよ。本人が口にしたわけじゃない。」


なんてこった。

やっと会えたのに、こんな状態だとは。


俺はアジさんの前まで移動し、話しかける。


「すみません、本物のアジさんか、念のため確認したいんですが。」

「僕もわからないです。」

「なにかとれ」→「ふく」

「ぼくに ぬげというのですか?ボスは まさか・・・。」

「なにかとれ」→「ふく」

「・・・ ・・・ ・・・。」

「なにかとれ」→「ふく」

「わ、わかりました・・・ ・・・。」


上半身裸になったヤスは、いやアジさんの肩には、蝶の形のアザがあった。

よく見ると、全然蝶の形じゃないけどな。


「ボス、みごとな そうさでした」

「あ、もう大丈夫です。」


付き合ってくれて、ありがとう。

そして、付き合わせてごめんなさい。

この機能を実装したプログラマーと、一度飲みたい気分だ。


今回も、ふざけすぎてしまった。

ストーリーを元に戻そう。

記憶は失っているが、このままでは改善しないだろう。

やっぱり家族の元に帰るのがいいな。


俺は振り返り、圭さんに向けて告げる。


「奥さんとお子さんのいる場所に帰れば、思い出すかもしれませんね。」

「そうだな、家に帰るのが一番だな。あんた、家の場所わかるか?」

「はい、わかりますよ。地図ありますか?」

「あるぞ。1階に戻るか。」


圭さんは1階に戻ると、机の上に大きな地図を広げた。

俺は、まさこさんとシオリちゃんが住んでいる場所をプロットした。

マップの一番下にある島だ。


「やっぱりサウスアン島だったか。そんな気はしてたんだがな。」

「では、そこに漂着するように、ボトルを?」

「そうさ。これでも海の男の端くれ。潮の流れ位把握してらぁ。」


圭さんは机を拳で軽く叩き、勢いよく顔を上げた。


「予定変更だ!明日は南海に行くぞ!捕鯨だ!」


圭さん、男前。惚れちゃいそうです。


漁協の職員は、スケジュールボードを『近海サンマ漁』から『南海捕鯨』に書き換えていた。

職員も仕事が早い。圭さんの教育の賜物だろうな。


「今日は、アジがここで過ごす最後の日だな。夕食は豪勢に行くぞ!」

「「「「おう!」」」」

「お前ら、こんな時だけ返事がいいな。」


そんなわけで、アジさんの最後の晩餐が行われた。

人数も多いことから、砂浜でバーベキュースタイルだ。

新鮮な海産物が浜焼きで提供される。


酒も入り、参加者は皆楽しそうだった。

主賓であるアジさんを除き。


俺は、浮かない顔をしているアジさんに声を掛けた。


「どうしたんですか?楽しくなさそうですけど。」

「いえいえ、楽しんでいますよ。」

「・・・怖いんですか?」

「はは、すべてお見通しですか。ええ、家族を悲しませるのが怖いです。」


自分の帰りを待っている家族が、記憶を失っていると思うと悲しむだろう。

それを気にして、心から楽しめていないようだ。

よく見ると、食事も手についていない。


そこに、圭さんが現れた。


「アジよお、最後ぐらい楽しんでくれよ。」

「ホント、圭さんには最初から最後まで、お世話になりっぱなして、なんとお礼を申し上げたらよいか。」

「そんな畏まるなって。俺に感謝する気持ちがあるなら、いっぱい食ってくれよ。」


そういうと、アジさんに魚の干物を渡した。

何だろう?ムロアジかな?


「これはシイラの干物だ。この辺じゃマヒマヒと呼んでるがな。」

「ありがとうございます。こちらの名物でしたね。」


アジさんは、一口だけ食べるが、それ以上箸が進まない。

口に合わないのだろうか。


「記憶はないんですが、魚の干物って、もっと刺激的だったような気がするんですよね。」


申し訳なさそうにアジさんは言う。

は!

俺は、ここに来る前に、まさこさんに渡された、あの臭いのきつい干物を思い出した。


「それって、こういうやつじゃないですか?」


俺は【アイテムボックス】から臭い干物を取り出す。

隣にいた圭さんは「くさっ!」と言っているが、アジさんは何度も臭いを確認していた。


「そう!これです!いただいてもいいですか?」

「どうぞどうぞ。これはアジさんの奥さんの、まさこさんが作ったものですよ。」


アジさんは、先ほどと同様に一口だけ食べる。

その後、何かを思い出したかのように、一気に全部食べてしまった。


「フフフ、まさこめ、腕を上げたな。」

「「え?」」

「思い出しましたよ。全てを。記憶が帰ってきました。」

「アジ!本当か!」


干物の刺激臭に導かれ、アジさんの記憶も戻ったようだ。

いや、刺激臭ではなく、まさこさんの愛情かな?


「ありがとうございます!これで自信をもって家族の前に帰れます!」

「お、おう。良かったな。」

「あー!!!」

「どうしたアジ?また記憶が消えたか?」

「その逆です。思い出したんです。僕は、移住先を探していたのでした。」


そうでした。

アジさんは、移住先を探して船出したんでしたね。

本来の目的を忘れかけていたようです。


「圭さん。この島で、家族3人が移住できるような場所はありますか?」

「この島は、見ての通り開拓が進んでない。ギルドで土地を工面できれば、好きに住めるぞ。」

「良かったー!家族共々、この島で暮らしたいと思います。」


物語は大団円に進もうとしている。

しかし、俺には一つの不安があった。


「盛り上がってるところすみません。まさこさんは、ここの気候、大丈夫ですか?」

「あ・・・。」


そうだ。

まさこさんはシロクマだ。

常夏のワイハ島で生活できるのだろうか?


「と、とりあえず、連れてきて確認しますよ。」

「そうですか。余計なこと言ってすみません。」

「いえいえ、少し冷静さが欠けていました。」


まだまだ課題は山積みだが、良い方向に進みそうだ。

これからはアジさんと、その家族の努力次第だろうな。


俺は一人、歓喜の輪から外れて、海岸の岩に腰掛けていた。

これで俺の仕事は終わりかな?そろそろ家に帰ろうかな?


そんなことを考えていると、気配り上手な圭さんが話しかけてきた。


「どうした?こんな端っこで。陰の主役はあんただろ?」

「いえいえ、俺はちょっとだけお手伝いしただけですよ。」

「謙遜すんなって。しかしよくカカシから俺にたどり着いたな。」


そりゃ、苦労した。

あのネズミさんの愛犬のカカシがいなければ、無理だっただろう。


「あ!忘れてた。圭さんに伝えたいことがあったんです。」

「ん?何だ?」

「北の港の近くに住んでいるネズミさんからです。」

「お前、あんなところまで探しに行ったんか?」

「ええ。圭さんから貰った犬が死んじゃって。それを伝えなきゃって。」

「そうか、もう高齢だったからな。よく今まで生きてたな。」

「圭さんには、とても感謝していましたよ。」

「なんか、くすぐったいな。ハハハ。」


圭さんは、俺の肩を2回叩くと、みんなの輪の中に入って行った。


「よし!明日は早いぞ!そろそろ終わりだ!」


圭さんの一言で解散することになった。

さて、俺はどうしますかね?

宿なんて取ってないし、久し振りに自宅に帰りますか。


とぅ!




もう遅い時間になっていたため、ロビーの照明は消えていた。

昨晩、風呂に入っていないことを思い出し、暗いままのロビーを通過して浴室へと向かう。

勢いよくドアを開けるが、浴室には、誰もいなかった。クソッ。

しかし、浴槽には湯が張られていた。お湯の透明度から予想するに、おそらく誰も入っていないだろう。

お湯は若干ぬるかったので、魔法で適温にした。


ぬるいということは、しばらく前から準備してたのかな?

入ろうとして準備したけど、入るのを忘れていたのか?

もしかして、いつ帰るかわからない俺のために準備してくれてたとか?

いや、それは考えすぎだ。

女性相手に思い上がると悲劇を生む。

勘ぐるのはやめておこう。


浴室から出て脱衣所に行くと、タオルが置いてあった。

あれ?このタオル、風呂に入る前にあったっけ?


風呂のおかげで身も心もリフレッシュした俺は、2階の寝室へと向かう。

他の住民の迷惑にならないよう、足音がしないように慎重に階段を昇る。


C「なにコソコソしてんの?」

「ヒィィ!出たーー!」

C「ちょっと、ヒトを化け物扱いしないでよ。」


チャミさん?暗い階段で、突然後ろから声を掛けられると、誰でも驚きますよ?

それにあなた、気配殺してましたよね?


C「あのさ、昨日の朝は、ゴメンね」

「へ?なんのこと?」

C「とにかく、帰ってきてくれてよかった。じゃあオヤスミ」


あー、びっくりした。

で、なんか謝ってたけどなんでしたっけ?

とりあえず寝室に行くか。


寝室に入ると、久し振りのマイベッドに飛び込む。

外泊したのは1日だけだが、やっぱり自分のベッドが一番落ち着く。


D「やっと帰ってきたか、女泣かせめ。」

「ヒィィ!出たーー!」

D「ちょっと、ヒトを化け物扱いしないでよ。」


一日の中で、一番無防備な瞬間に突然声をかけられたら、そりゃ驚くさ。

こいつら、絶対わざとやってるよな。

それに、何か気になることを言ってたぞ?

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