32. 無能の人
とぅ。
俺はセクハラハウスから逃げ出すべく、南の島に飛んだ。
そこに広がるのは照りつくす太陽、白い砂浜、南国の植物たち。
・・・ではなかった。
覆いつくすのは雪と氷。
どこまでも白銀の世界が広がっていた。
そして、とにかく寒い!
そうか!俺はアホか!
南端は寒いに決まってるじゃないか。
地球で言うなら、南極に飛んだようなもんだ。
とりあえず、立つか。
俺は座った姿勢のまま転移したせいか、ここでも座った状態だった。
でも俺、何に座ってたんだろう?
俺が椅子代わりにしていたモノを見ると、そこにはまだら模様の物体があった。
白地に黒の点々がある流線型のフォルム。
愛くるしいつぶらな瞳にかわいい髭。
ゴマちゃん!?
撫でたら「キュー」って鳴くかな?
好物はアイスクリームかな?
手を伸ばそうとすると、何者かによって俺の後襟が掴まれ、その場から高速で移動させられた。
奥襟を取られたぞ?何が来る?払い腰か?内股か?
しかし、俺の奥襟をつかんでいるのは、手ではなかった。
獰猛な牙が生えた口だった。
どうやら俺は、大きな生き物に咥えられているようだ。
その生き物は、俺を咥えたまま、4本足で猛ダッシュしている。
寒さ倍増です。
そのまま運ばれること数分。
俺はロッジのような建物の前で解放された。
改めて、俺を運んできた大きな生き物を見る。
シロクマだ!正式にはホッキョクグマか?
いや、でもここは南だからナンキョクグマになるのか?
そもそも、ナンキョクグマっているのか?
俺が小さく混乱していると、家の扉が開いた。
「おかえりなさい!あれ?お客様?」
現れたのは十代前半と思われる少女だった。
俺は少女に誘われ家の中に入る。
「寒かったでしょ?いま、スープを温めるね。」
家の中は、とても暖かかった。
シロクマに席を勧められ、座る。
あれ?シロクマも家の中に入ってるけど、いいの?
女の子は、まるでそれが普通なのかのように振舞っている。
なんだろう?ペットなのかな?
家の中には少女しかいなかった。
こんな辺鄙なところに、女の子一人で大丈夫なのか?
「お母さんも寒かったでしょ?スープいる?」
「ええ、いただくわ。」
なんだ、母親がいるのか。
俺は声のする方を見るが、そこには母親らしき人物はいない。
シロクマがテープルの片付けをしている滑稽な風景が見えた。
なんとなく、片付けを手伝おうとすると
「あら、大丈夫よ。そこで座っていてね」
わーい。
シロクマが喋ったぞ。
「体が温まるまでこれにくるまっていたら?」
シロクマは、俺に毛布を渡してくれた。
状況が整理できていないが、寒いのでありがたく受け取っておく。
少女からも、スープを受け取った。
温めなおしたスープに毛布
お礼に笑っておくか。
小悪魔とランデブーする現実逃避も、目の前の状況に破壊された。
「お母さん、この人は?」
「護魔腐アザラシに襲われそうになっていたから、助けたのよ。」
「それは大変!お兄さん、食べられなくてよかったわね。」
少女とシロクマが普通に会話している。
異様な光景に、会話の内容が入ってこない。
「でも、あんなところで何をしていたのかしら?」
シロクマが俺に向かって話しかけてる。
無視するのもいけないよね。
「すみません、その前に確認したいんですが。」
「何かしら?」
「どうしてシロクマと人が会話してるんですか?」
至極当然な質問をしたつもりだが、二人とも考え込んでしまった。
「難しい質問ね。『我々は、なぜ会話によってコミュニケーションを取るのか』といった観点よね?」
「いや、そんな哲学ではなく、シロクマが喋れるのが不思議なんです。」
二人とも、いや、一人と一頭か?首をかしげている。
俺が何を言ってるのか、わかっていないようだ。
「じゃあ逆に聞くわ。あなたはどうして喋れるの?」
「え?何だろう。言葉を知ってるから?」
「でしたら、私も言葉を知ってるから話せる。これで理解したかしら?」
納得できないが、理解するようにしよう。
これはゲームなんだ。もう、何でもありだろう。
人間の母親がシロクマという違和感も、甘んじて受け入れよう。
父親が白い犬のCMもあるしな。
その時だった。
大きな衝撃音がなり、家が揺れた。
少女が慌てて玄関の覗き窓から外を見る。
「大変!護魔腐アザラシよ!」
「ゴマフアザラシですか?どうしてここに?」
「あなたを追ってきたのね?どうしましょうかしら。」
俺が椅子代わりにしていたゴマちゃんは、護魔腐アザラシというそうだ。
愛くるしい見た目に騙されがちだが、獰猛な生き物らしい。
厄介なのは、しつこい性質らしく、標的にされたら地の底まで追ってくるようだ。
「このままじゃ家が壊されちゃう。お父さんがいてくれれば・・・。」
「ないものねだりしても仕方ないわ。戦いましょう。」
この原因を作ったのは俺だ。
俺が責任を持って排除すべきだろう。
俺はおなじみの【亜空間扇】を取り出す。
「俺が何とかしてみます。ちょっと下がってください。」
「危険よ!あなた武器を持ってないようですけど。」
「任せてくださいよ。」キリッ!
決まったな。
俺は玄関から飛び出し、護魔腐アザラシと対峙する。
愛くるしい瞳は、逆三角形になっていた。アニメか?
「ブオオオオォォォ」
恐ろしい鳴き声で威嚇する護魔腐アザラシ。
君には「キュー」がお似合いさ!【亜空間扇】を一閃!
護魔腐アザラシは、どこかに飛んで・・・行かなかった。
改めて確認すると、アイコンはNPCを示す◇だった。
この【亜空間扇】は魔物しか効果がない。
俺は急いで家の中に避難した。
「え?もしかして、そんな小さい扇で戦おうとしたの?」
少女の視線が痛い。
「投げながら『花蝶扇』って言うのを期待してたわ。」
シロクマさんの期待に応えられず、すみません。
ところで、言葉はどこで勉強したんですか?
再び、家に衝撃が走る。
護魔腐アザラシが何度目かの体当たりをしたためだ。
このまま放置したら、家が壊されてしまうだろう。
「護魔腐アザラシの標的は、きっと俺です。俺が出て行けば、脅威はなくなりますよね?」
「お兄ちゃん、危険よ!どこまでも追いかけてくるからね!」
「大丈夫だよ。ちょっとした道具があって、どこかに瞬時に移動できるんだ。」
「本当に?どこにでも行けるの?」
「本当だよ。その道具でこの島に来たんだから。あ、他の人には内緒だよ?」
「それなら・・・。」
少女が何かを言いかけたが、それを遮るようにシロクマが話だした。
「もしあなたが消えてしまったら、きっとまたこの家が狙われるわ。」
「あ、そうだった・・・。とにかくしつこいのよ、あいつは。」
まいったな。
囮作戦も使えないのか。
どうにか機嫌を直してもらえないかな。
【アイテムボックス】から、使えそうなアイテムを探す。
【服従液】その液体をかけることで、相手を服従させる
これ、前にも使ったよね。山トカゲだっけ?
説明文によると、魔物限定じゃなさそうだ。
外に出ると、目が吊り上がったゴマちゃんがニヤリと哂った。
俺は【服従液】の入った瓶の蓋を開け、ゴマちゃんに投げつける。
「キュ?」
三角形の目は、元のドングリ眼に戻っていた。
やっぱりそっちの方が似合うよ!
俺は、俺とこの家の住人およびこの家に危害を加えないようお願いした。
ゴマちゃんは「キュー!キュー!」と納得したようで、どこかへ去って行った。
しかしこのアイテムはチートだな。そしてゴマちゃんはキュートだな。
家に入り、もう脅威はなくなったことを伝える。
二人とも口々に「信じられない」を連呼していたが
俺からしたら、この家庭構成の方が信じられないんですが。
俺は改めて、助けてくれたお礼と、迷惑をかけたお詫びをした。
「俺にできることなら、なんでもしますが。」
「だったら、お兄ちゃんにお願いがあるの。」
「何かな?」
「お父さんを探して欲しいの。」
また、厄介事の予感がするな。
お父さんは、セイウチか?それともペンギンか?
「すみません、娘の話は気にしないでください。」
昼食の調達のため、シロクマ母さんと外出していた。
さっきの事もあったので、一応、護衛として俺が付いていくことになったのだ。
その時に言われたのが、さっきの言葉だ。
「失礼ですが、旦那さんは?」
シロクマなので表情はわからないが、おそらく困った表情をしたんだと思う。
「ここは、ご覧の通り生活には不便な土地です。」
俺が回答に困っていると、シロクマさんは畳み込むように話し出した。
「学校ないし 家庭もないし ヒマじゃないし カーテンもないし 花を入れる花瓶もないし イヤじゃないし カッコつかないし 」
なぜ電グル?無能の人ですか?
少なくとも家庭はあるでしょ?
ほんと、どこで言葉を覚えたんですか?
「主人は、新たな居住地を求めて、一人で島から脱出しました。」
「え?どうやって?」
「家の一部を壊して、その材料で船を作って海に出ました。」
「なんと無謀な。」
「必ず迎えに来るからと言い残していましたが、もうそろそろ1年になろうかとしています。」
勝手な推測ですけど、旦那さん、逃げたんじゃないの?
そんなこと言えないけどね。
とりあえず気になったことを確認してみるか。
「旦那さんも、シロクマなんですか?」
「何を言ってるんですか?それなら娘もシロクマになっちゃうじゃないですか。」
「へ?」
「人間に決まってるじゃないの。おかしな人ね。」
俺がおかしいの?
理解不能、理解不能...
「娘は、私とは血がつながってないんです。旦那の連れ子でして。」
「あー、それなら理解できますね。」
「このことは、娘には内緒にしてください。」
たぶん気づいてると思いますよ?
その言葉を必死の思いで飲み込んだ。
シロクマさんの、昼食の調達は、豪快だった。
川に飛び込み、鋭い爪で魚を捉える。
放り投げられた魚は、俺の足元でピチピチ跳ねていた。
無造作に乱獲しているように見えるが、減りすぎないよう、そして増えすぎないよう、調整して捕っているらしい。
資源が少ない島なので、共存共栄しないと生き残れないそうだ。
シロクマさんは、調理も豪快だ。
魚の鱗とエラを取ると、ぶつ切りにして鍋に放り込む。
頭や内臓も、そのまま鍋に入る。
出来上がった料理は、決しておいしいものではなかった。
具は魚のみ。味付けは海水のみだ。
それでも母子は幸せそうだった。
シロクマ母さんが後片付けをしているとき、少女が俺の隣に座ってきた。
「お父さんの件なんだけど、これがヒントになると思うんだ。」
少女が渡したのは、汚れた紙切れだった。
どうやら手紙のようだが、インクが水分で滲んでいて、一部しか読めない。
「海岸に打ち上げられていた瓶に入っていたの。」
ボトルメッセージだっけ?
瓶に手紙を入れて流すやつ。
それで届いた手紙らしい。
「読めないところがいっぱいあるけど、たぶんお父さんの事が書いてあると思うの。」
俺は少女から手紙を受け取り、慎重に開くのであった。