3.家の値段は5000万ガル
俺は、生産職ギルドを目指す。
生産職ギルドの受付には行列はなかった。
反対側の受付には、複数人の受付窓口があり、それぞれ長蛇の列ができている。
あそこが冒険者ギルドなのだろう。
生産職って人気ないのかな?
受付には、人の良さそうな、えびす顔のおじさんがいた。
「すみません、生産職になりたんですが?」
「おお、若いのに珍しいのぉ。生産職について、知識はあるかい?」
「いえ、何も知らないです。」
「話が長くなるのでな、そこで座って待っててくれ。」
椅子が4つある丸テーブルに案内され、受付爺から生産職についてのレクチャーを受ける。
曰く、生産するためには、生産職固有のスキルである【合成】を使うとのこと。
ただし、何もない状態では【合成】はできず、合成装置というものを使って行うことになる。
「じゃあ、さっそく試しに【合成】してみるかね?」
そういうと、受付爺は立ち上がり、付いてくるように言った。
「裏に無料で使える工房がある。自由に使って良いぞ。」
工房の扉は、すこし不思議な構造になっていた。
「これは『サークルゲート』と言ってな、生産職以外は入れないようになっとるんじゃ。」
入り方の見本を見せると言って、爺さんはサークルゲートに入っていった。
サークルゲートとは、円筒状の作りになっていて、中には一人しか入れないほどの狭さだ。
最近はあまり見かけないが、回転扉にロックが付いたような感じになっている。
中に入り、入口の扉を閉めるとカードセンサーが点灯した。
爺さんがギルドカードをかざすと、奥の扉が自動で開いた。
「こんな感じで入るんじゃよ。」
爺さんが工房の中に入ると、奥の扉は自動て閉じ、入口が開閉可能となった。
同じようにして工房に入る。
これ、閉所恐怖症の人は入れないな。
「どうしてここまで厳重に?」
「合成装置は貴重品じゃからの。」
工房は、学校の図工室のような感じだ。
作業台が等間隔に並んでいて、壁際には工具が置いてある。
【合成】を使うだけなので、これらは不要だと思うんですが、雰囲気ですかね?
「最初は【低級回復薬】しか作れんが、まずは作ってみるかい?」
「はいっ!」
「作業台にあるのが合成装置じゃ。そこのセンサーにギルドカードを乗せてみぃ。」
椅子に座って作業台に向き合う。
右側にカードリーダらしきものがあったので、その上にギルドカードを乗せる。
目の前の石板のようなものに文字が浮かび上がった。
《合成装置》
ようこそ!合成装置へ
どれを合成しますか?
【低級回復薬】
「ほれ、【低級回復薬】を選ぶんじゃ。」
俺は画面の【低級回復薬】をタップする。
あれ?
タップ!タップ!タップ!
全く反応がない。このパターンは、アレか?
下を見ると、やはりキーボードがあった。
数字キーとTABキーとEnterキーだけが刻印されており、アルファベットの部分には何も書かれていない。
【低級回復薬】の項目が反転ているので、Enterキーを押す。
おそらく、複数あった場合はTABキーか矢印キーでカーソルを移動するんだろうな。
《合成装置》
【低級回復薬】を合成するための素材を表示します。
【薬草】+【ロッソベリー】
素材を台に乗せてください。
「その台の上に、素材を置いていくんじゃ。今回はサービスで、ワシが用意してやろう。」
チュートリアルにありがちなセリフを言われる。
そうか、まだチュートリアル中なのか。
渡されたのは【薬草】と【ロッソベリー】だ。
【ロッソベリー】は赤い小さな実だ。見た目は、赤いブルーベリー。
渡されたものを乗せ、蓋をする。
蓋は、テレビ番組で料理が紹介される際に、皿の上に乗っている金属製の半球体のあれのようなものだ。
《合成装置》
【薬草】と【ロッソベリー】を認識しました。
合成することで【低級回復薬】になります。
合成しますか? <Yes> <No>
「正しい組み合わせを置くと、こんな画面が出る。合成してみぃ。」
俺は画面の<Yes>をタップする。
またやってしまった。キーボードを使うのね?
TABキーを押してYesの項目が反転した状態でEnterキーを押す。
すると、台の上の蓋の隙間から光が溢れる。
光が消え、蓋を開けると薄緑色の丸い玉があった。
「これで完成じゃ。簡単じゃろ?」
「簡単ですけど、なかなか面倒ですね。」
「今は練習じゃから、レシピを表示させて【合成】したが、慣れてきたら素材を置くだけで良いぞ。」
「それは楽ですね。今度試してみます。ありがとうございます。」
「なんのなんの。あ、忘れとったが【合成】にはMPを消費する。やりすぎんよう注意せいよ。」
【ステータス】画面を確認するとMPが5%程度減っていた。
「MPは、どうやって回復するんですか?」
「放っとけば勝手に回復するぞ。MPを回復する薬もあるがの。」
課金アイテムかな?ソシャゲでありがちな行動力回復アイテムのようなものか。
他にも気になることがあるので聞いてみよう。
「この作業台を自宅に置くことはできますか?」
「難しいのぉ。この装置を作る技術は、失われた技術の一つじゃ。新しく作ることはできんのじゃ。」
「では、ここに来る以外に【合成】はできないということですか?」
「この装置がなければ【合成】はできんが、装置はここにしかないわけではないぞ。」
「他には、どこにありますか?」
「大きな街のギルドには、だいたいある。ほかの街に行ったときは、ギルドを訪ねるとよい。」
そうなると、家はギルドの近くがいいな。
あとで不動産屋に行ってみるか。
「これでワシの説明はおわりじゃ。これからも頑張ってくれよ。」
爺さんは、部屋から出て行った。
《Information》
チュートリアルを終了します。
ネットワークに接続します。
しばらくお待ちください。
画面が暗転し、明るくなったらギルドの前に戻っていた。
先ほどまで規則的に動いていたキャラクターが、不規則になっている。
おそらく、プレイヤーなのだろう。
頭の上にアイコンが表示されており、◆と◇がある。
動きから察するに、◆がプレイヤー、◇がNPCなんだと思う。
さて、まず何をしましょうかね。
依頼を受けて、クエストに挑戦するのが流れだと思う。
まずはギルドに入りますか。
ギルド内は、人があふれていた。
その多くは冒険者ギルドでクエストを受けているようだ。
お金を稼がないと、今夜泊まる場所がないですからね。
ところが俺は大金を持っている。
俺が目指す店は・・・不動産屋だ。
そう、家を買うのだ。
家の1軒や2軒、簡単に買えてしまう財力があるのだ。
不動産屋の前に行く。
近くにプレイヤーの姿はない。まだ始まったばかりだから、当たり前か。
不動産の窓口には、七三分けで黒縁眼鏡をかけた、まじめそうな男性がいた。
ただ、顔の色は青く、頭には短い角があった。
青鬼さんですか?
「すみません、家が欲しいんですが、いいのありますか?」
「住居をお探しですね?賃貸ですか?分譲ですか?」
へー、賃貸もあるんだ。でも、欲しいのはマイホームです。
「分譲の一戸建てを希望です。」
「そうなりますと、この近くには土地が空いてなく、ちょっと遠くなるのですが。」
「あれ?建売はないんですか?」
「はい。さらに、これから建築となりますので、住めるようになるまでお時間がかかります。」
そいつは困ったなぁ。ギルドの近くがいいんだけどな。
とりあえず、土地の候補先でも見ておこうか。
「家が建てられる土地まで案内してもらえますか?」
「はい、今からでも大丈夫ですが、いかがでしょう?」
青鬼さんと歩きながら、土地を見に行く。
ギルドの近くは店舗が多く、民家のようなものはない。
住宅地は、少し離れた場所にあるようだ。
「昔はここも住宅地だったんですが、戦争がありましてね、このあたり一帯は、かなり被害を受けたんですよ」
戦争で破壊された住宅街を取り壊し、その跡地を区画整理したようだ。
道路は碁盤の目のように整理されている。
そんな中、一際異質な建物があった。そこだけが、何年も前にタイムスリップしているようだった。
その建物は、なんというか、一言でいえばお化け屋敷。
二階建ての洋風な建物には、甲子園球場のように蔦が絡まっている。
その建物を重厚な塀が囲っていた。この塀にも、不気味な植物が絡まっている。
俺がその建物を凝視していると、青鬼さんが視線に気づいたようだ。
「あの家は、何年も空き家なんです。持ち主は権利をギルドに売り払って、どこかに消えてしまいました。」
「荒れ放題ですね。」
「はい、近隣住民から苦情が来てるのですが、整備するにもお金がかかり、誰がその金を出すかで揉めてまして。」
何やらきな臭い物件だ。
ここは街の中心部に近く、立地条件は最高だ。
なぜ買い手が付かないんだろう?
「この家は、売ってないんですか?」
「今まで何回かご購入いただいているのですが、すぐに売却されてしまいます。」
「こんな立地条件が良いのに、不思議ですね?」
「・・・出るらしいです。」
「何が、出るんですか?」
「幽霊が。」
おい、見た目通りじゃないか。
これが日本なら、Youtuberに「幽霊屋敷に入ってみた」なんて動画が配信されるだろう。
俺は見逃さなかった。
青鬼さんの表情が、商売人のそれに代わったのだ。
「こちらの物件に、興味はおありでしょうか?家具付きでお売りできますよ?」
商売っ気たっぷりの笑顔を向けられた。
確かに資金に余裕がある。こんな物件を好んで買うやつはいない。
今すぐ決める必要はないな。
そもそも、その笑顔に従うのが、癪に障る。
「買うかどうかは、土地の予定地を見てから決めます。」
「そうですか。では時間もないことですし、先を急ぎましょうか。」
いきなり塩対応ですか。まあ、いいです。先を急ぎましょう。
それから15分ぐらいは歩いただろうか。
建設予定地にたどり着いた。
そこは、森の中だった。
誰かが不法投棄したと思われるゴミも散見される。
土地も平坦ではなく、伐採と整地が必要そうだ。
水場から離れており、生活に必要な水を確保するのも難しそうだ。
ここに家を建てて、充実したゲームライフが過ごせるとは想像できない。
生産職には必須の合成装置までも遠い。
やっぱりあの幽霊屋敷を自分のものにするか。
「条件に合わないので、土地を買うことは諦めます。」
青鬼さんは、俯きながら「わかりました。」と一言だけ発した。
「でも、来るときに見た屋敷を購入したいと思います。」
そういうと、俯いていた顔を一気に上げて
「ありがとうございます!では、さっそく戻って契約しましょう!」
なんだこの変化は。
こいつ、わざと条件の悪い土地を紹介したんじゃないのか?
俺たちはギルドに戻り、契約を済ませた。
家の値段は5000万ガルもした。
高いのかどうかわからないが、金銭感覚は崩壊しているので、言い値で買い取った。
ギルドにある専用の端末を使って振り込むようだ。
一括で買えるが、怪しまれると思うので、分割払いとした。
250万ガルの20回払いだ。分割手数料はギルドが負担。
ま、ゲームだし、細かいことは気にしないようにしよう。
毎月、250万ガルを払うが、返済が滞ると差し押さえになるとのこと。
なお、繰り上げ返済も可能だとか。
「今月はいろいろと実入りでしょうから、支払は来月からで結構です。」
やさしいお言葉だ。
不動産屋に、ギルドカードを読み取り機の上に乗せるよう言われる。
言われた通りにすると、目の前に画面が現れた。
『家を購入します。よろしいですか? <Yes> <No>』
Yesを選択する。
「はい、これで契約は完了です。ギルドカードが建物の鍵となりますので、紛失にご注意ください。」
カードキーなんだ。ハイテクですね。
さてと、マイホームの様子でも見に行きますか。
相変わらず、独特の雰囲気を醸し出す建物。
「入ってくるな」オーラを感じます。
屋敷を眺めていると、後ろから声がかけられた。
「あんた、その家に何か用事かい?」
振り返ると、誰もいなかった。
ついにお化けが出たか?と思ったら、下の方から声が聞こえた。
「下だよ、下。」
下を見ると、身長120cm程度の、がっしりした体形のおばさんがいた。
耳の形がちょっとだけ人間とは違う。もしかして、ドワーフの女性か?
「実は、この家を買ったんですよ。」
「不動産屋から聞いてるかい?ここに長く住んだ人はいないよ?」
ドワーフの女性は「今度はいつまでもつか」とつぶやきながら、去っていった。
あとで井戸端会議のネタにされるんだろう。