29.コンビニで下着買ってくるか?
僕と橋本は、探偵用のアカウントを作成し、ゲームの世界に舞い降りた。
ギルドでAランクプレイヤーの捜索を開始したのであった。
「なあ田中ぁ。」
「ここでは『じゃっく』と呼んでくださいよ、『ぶらっく』さん。」
「ああそうだった。つい癖でな。で、収穫はあったか?」
「まったく。Aランクなんて誰も知らないっていうし、Aランクの証である白銀のギルドカードなんて見かけませんよ。」
「おっかしいなー。Aランクなんて1人しかいないから、噂になってもいいんだが。」
すぐに見つかると思っていたのに、全く手掛かりもつかめないまま数時間が経過している。
その時僕は、ある間違いに気づいた。
「はし・・・ぶらっくさん、Aランクのクエストとか依頼って、ないんですよね?」
「おう、そうだよ。」
「だったら、ギルドなんか来ないんじゃないですか?」
「それ、もっと早く言って欲しかったなー。」
僕たちは視点を変えて、Aランクのクエストを探しに来た人がいないか、ギルド職人に聞き込みした。
「お客様のプライバシーに関わる質問のため、お答えできません。」
答えはみんな一緒だった。
よくできてたNPCだな。
今度は作戦を変えて、Aランクのプレイヤーがいるという噂を流すことにした。
そこから本人につながる情報が得られる可能性がないかと試みたわけだ。
こういうのは得意だ!という橋本に、噂を流すのをまかせた。
そこに、冒険者らしい大男のプレイヤーがいたので、橋本がアタックした。
「お兄さん、ちょっとした噂を聞いたんだが、知ってるかい?」
「知ってるかい?って言われても、それだけじゃ知ってるか知らないかわからんな!ガハハハ!」
「いや実はね、このゲームで、すでにAランクになってるやつがいるらしいんだよ。」
「はあ?いないだろう?俺はかなり飛ばしてる方だが、Cランクだぞ?」
「上には上がいるってことですよ。」
「お前、喧嘩売ってんのか?俺の上に人は立たずだ!わかったか!ガハハハ!」
あまりこの人から情報は得られないと判断し、橋本は戻ってきた。
僕も同じ印象だ。橋本の判断は正しいだろう。
すると、さっきのガハハ男がこっちに来た。
え?殴られる?
「あんたらFランクみたいだけど、最近始めたのか?」
「はい、まだ始めたばっかりです。」
「ふーん、じゃあFランクのギルドカードの色は、元に戻ったんか。」
「いや、カードの意匠は変更してないですよ・・・って聞きましたよ。」
「ちょっと前にな、Fランクの白いギルドカードでも、キラキラしたのを持ってるやつがいたんだが、光のせいだったのかな。」
前言撤回です。僕の判断も橋本の判断も間違っていた。
この人は、Aランクの人と接触している。
そのキラキラした白いカードは、恐らくAランクの白銀カードだ。
僕は、興奮して声が上ずらないよう注意して話した。
「へー、その人とは、どこで会いました?」
「ここだよ。」
「冒険者、だったんですかね?」
「いんや、冒険者じゃなかったな。商人か生産職の、どっちかだ。」
「え?どっちですか?」
「んなもん、覚えてねぇ!自分で探せ!」
「どんな感じの人でしたか?」
「あ?まだ聞くのか?男だよ、男。身長俺より低い。もういいだろ?」
あなたより大きい人は、あまりいないと思いますよ。
Aランク探しに一歩前進しだが、次の一歩までは遠い気がするな。
「こうしちゃいられねぇ。オレも速攻でランクアップ目指すぞ!」
誰に言ってるのかわからないが、さっきの人は冒険者ギルドに向かって歩いて行った。
「ぶらっくさん、どう思います?」
「ああ、確実にAランクはいるな。データ誤りじゃないようだ。」
「商人か生産職って話でしたが。」
「きっと生産職だろうな?」
「どうしてわかるんですか?」
「商人がAランクになる条件がな、船を売ることなんだ。」
「もしかして、もう誰かに売ってるかもしれませんよ?」
「それがな、船を作るための設備が、まだ実装されてないんだよ。」
「なるほどー。」
これは酷いな。
作れないなら売れるわけがない。
どうなってるんだ?このゲーム。
運営出てこい!
僕たちか・・・。
んで、Aランクは生産職で、ほぼ間違いないようだ。
生産職のAランクへの昇格条件を聞いてみると、かなり入手が困難な素材で、合成成功率が極めて低いものを作る必要がある。
極めて低いが、0パーセントではないので、作れないことはないわけだ。
「その、素材入手元を調べれば、何かわかるかもしれませんね!」
「無理だ。」
「え?」
「素材を渡すのはメドゥーサなんだよ。」
「あの、顔を見たら石になっちゃうやつですか?」
「そうだ。もし行ったとしても、石像が2つできて終了だぞ。」
「そうなっちゃいますか。」
「しかも石になっても死なないんだ。死ねばやり直せるが、ただ固まるだけだ。」
「石から復活するには?」
「誰かに石を破壊して殺してもらうか、アカウント再作成だ」
「なんという極悪仕様!」
これ以上の情報入手は難しいと考えた僕たちは、ログアウトし仕事に戻ることにした。
「やっぱ餌で釣るしかねーか。」
「餌って?」
「Aランクのクエスト作れば、食いつくだろ?」
「まあ、そうでしょうね?」
「じゃあ、コンビニで下着買ってくるか?」
「えーーーー、徹夜ーーー?」
***** ヨシュア視点 *****
俺は今、ギルドに来ている。
家のローンを払うためだ。
ローンを払うとき、なんか一気に完済できる方法があった気がするな。
何だっけ?繰り上げ返済って言ったっけかな?
ま、いっか。金利がかかるわけでもないし。
ゲームを始めて1ヶ月が経った。
最初の2週間程度は忙しかったが、目標を失ってからは、家でゴロゴロしたり、たまにゴルゴーン三姉妹とテレパシーで会話したりと、リア充な生活をしていた。
リアルではないんだがな。
家のローンも、残りの分も繰り上げ返済しても良かったが、そうしたら本格的にどこにも出かけなくなってしまう。
月に一度ぐらい、ギルドに顔を出すのもいいだろう。
冷やかし程度に生産職ギルドに顔を出す。
やっぱりまだAランクの依頼はなかった。
ついでに冒険者ギルドに行くと、なんとAランクの依頼が1つだけあったのだ!
内容を確認しようと近付くが、前のいるデカいのが邪魔で良く見えなかった。
あ、このデカいのはとんかつ野郎だな?
「んー、あの噂は本当だったのか?」
「噂って?」
「うぉ!びっくりした!独り言に返事するなよ。ってなんだお前か。」
「おひさです。で、噂って何ですか?」
「なんかな、もうAランクのやつがいるらしいんだよ。」
え?俺、噂になってるの?
「最近始めたばかりっていう2人組が、Aランクを知らないかって聞きまわってたぞ。」
「その2人は、どこからそんな情報を入手したんでしょうね?」
「わかんねーなー。あっ!その2人組なら、お前の事も探してたぞ?」
「え?俺?」
「ああ、そいつらが持ってた白いギルドカードは、お前みたいにキラキラしてなかったんだよ」
「へ、へー」
「だからキラキラしたのを持ってたやつがいたって言ったら、どんな奴だとか食いついてきやがったよ。」
「なんか迷惑かけちゃったみたいで、すみません。」
「なんのなんの。それにしても、お前まだFランクかよ。何やってんだか。」
「だいたい、家でゴロゴロしてます。」
「まあ、ゲームの進め方は人それぞれだからいいんだけどな。ガハハハハ!」
とんかつ野郎は、「俺も負けてられねー」とか言いながら、鼻息荒く出て行ってしまった。
しかし、奇妙な2人組だ。
Aランクの人を探して、どうするつもりなんだろうね?
それに、俺のキラキラギルドカードを探すなんて、まるでAランクが白銀カードだって知ってるみたいだ。
不思議な人たちだな。
じゃあAランクの依頼でも受けてみますかね?
そう思い、依頼書に手を伸ばそうとしたが、周囲の目が気になる。
ここれ俺が受注したら、みんなにAランクは俺だってバレるよね?
依頼を受けるのは、他にAランクが出てきてからにしよう。
そもそも、俺は冒険者ギルドからの正式な依頼を受ける必要はあるんだろうか?
依頼を受けた場合は、報酬や経験値を得ることができる。
でも、今の俺にはどちらもいらない。
そう!依頼を受ける意味がないのだ。
それに気づくのに2週間かかったのは、気のせいだ。
今までは依頼にこだわっていたが、何も考えずに冒険に出てみよう。
引きこもるのは、現実社会だけで十分だ。
俺は、アイテムを使わず、自分の足で街から出た。
よく考えれば、初期のころに【薬草】と【ロッソベリー】の採取のために出て以来だな。
なんか新鮮だ。ドキドキするな。ゲームしてる気がするぞ。
今日の目的は、食材探しだ。主に、肉だ。
狙うのは魔物ではない。野生生物だ。
いやね、魔物も美味しいらしいんですよ。
っていうか、俺が普段食べてる肉も、魔物の肉だったりするわけですよ。
お店や屋台で出てくる肉は、ほとんど魔物。
肉屋で売ってるのも魔物。
でもね、なんか気分的に、魔物を食べるのって抵抗ありません?
自分で狩るなら、動物がいいなと。
というわけで街の外を歩いているわけですが、動物は見かけません。
魔物はたまに襲ってくるんですが、小石を投げて撃退してます。
俺の狩りを邪魔するな。
動物を探して、森の中まで来てしまった。
森は虫系の魔物が出るので、正直苦手です。
まあ、デコピン一発で退治してるんですけどね。
森の先には、山があった。
登れるとは思うが、こんな山に野生動物は居ないだろうな。
それでも俺は、この山を登る。
なぜかって?そこに山があるからだ。
【天使の翼】飛行を可能とする
これを使うんですけどね。
俺は【天使の翼】を使ってふわりと飛び立った。
山沿いに高度を上げていくと、眼下に人の姿が見えた。
見られちゃまずいな。
【不可視薬】対象物を透明化する
こいつを使おう。
俺は、自分の体と装備品に【不可視薬】を掛けて透明化した。
これで誰にもバレずに山登りができるぞ。
まあ、登ってませんが。
山道では、冒険者のパーティーが魔物と戦っている姿が見えた。
横取りはいけないな。頑張って倒してくださいね。
さらに上へと昇る。この山は、かなり高い山のようで、まだ山頂は見えない。
まずい、寒くなってきた。
これ以上、高く飛ぶのは寒くて耐えられない。
別の場所に行くか。
そう思い、回れ右をしようとしたところ、山から助けを呼ぶ声が聞こえた。
「助けてくれー、誰かー!」
見ると、ひとりの冒険者が、セスナ機ほどの大きさの鳥に襲われていた。
んー、鳥肉もいいけど、魔物だよなー。
できれば鶏肉がいいんだが。
おっと、その前に人助けか。
魔物は俺に気づいていない。
透明だからかな?
【亜空間扇】扇であおった風で、魔物を亜空間へ飛ばす
これ、使ってみようか。
俺は冒険者の背後に浮遊する。
鳥の魔物が「クエーーーー!」と飛び掛かった。
冒険者は亀のようにまるくなっていた。
そこで【亜空間扇】を取り出し、鳥の魔物めがけて一閃。
一陣の風が、魔物を包んで消えていった。
冒険者は、しばらく丸くなったままだったが、攻撃されないのが不思議だったのか
恐る恐る顔を上げ、魔物がいなくなったのを確認すると、一目散に下山していった。
いやー、このアイテム使えるね。
魔物がドロップするアイテムや経験値は手に入らないけど、それを上回る効果がある。
暑い日にうちわと間違えて使わないようにしないとな。
それにしても、さっきの冒険者は大丈夫だったかな?
なんでこんなところに一人でいたんだろう。
あ、冒険か。冒険者だもんね。
寒いので、俺も高度を下げる。
すると、またさっきの冒険者を見かけた。
「助けてくれー、誰かー!」
おいおい、あんた襲われすぎだよ。
学習能力ゼロか?
今度の相手はトカゲだった。
見た目はコモドオオトカゲに似ているが、アフリカゾウぐらいの大きさがある。
やり方はさっきと一緒だ。
冒険者の背後で浮遊し、冒険者が目を伏せた瞬間【亜空間扇】で吹っ飛ばす。
ところが、冒険者は何を思ったか、槍を手に戦おうとしている。
おいおい、さっきみたいに亀のように丸まってくれよ。
冒険者はトカゲに向けて、槍を投げた!
おい!投げてどうする!もう武器はないんだろう?
槍はトカゲに直撃するが、トカゲの厚い皮に、傷ひとつ付けることはできなかった。
冒険者にトカゲが迫る。
トカゲの口から、ピンク色の舌がものすごい勢いで飛び出した。
それは冒険者に直撃し、山壁に吹き飛ばされた。
あれ?死んじゃった?
冒険者はうつ伏せのまま動かない。
今がチャンス!【亜空間扇】だ!
トカゲは例によっていなくなったわけだが、冒険者は大丈夫だろうか?
力尽きた場合は、拠点まで強制送還されるはずだから、死んではいないんだろうな。
ちょっとこのまま放置するわけにも行けない気がする。
俺は【無効水】で透明化を解除し、冒険者に近づいた。