28.ふざけるなし
俺は、念願のAランクに昇格し、ギルドカードを渡されたのだが、その色に驚愕していた。
「Aランクでも白なんですか?」
「これは白ではなく白銀になります」
ぱっと見は白いが、角度を変えてみると、キラキラと光っているのがわかる。
もっとさ、赤とか黒とか金とか、わかりやすい変化が欲しかったな。
まあ、いいか。
職員さんは、わかりにくくてすみませんとか謝ってるが、あなたが悪いわけじゃないのでそんな気にしないでくださいね。
さて、Aランクになったことだし、Aランクの依頼でも受けてみますか。
生産職ギルドの依頼ボードを見る。
えーっと、Aランクの依頼は・・・。
ないし。
AどころかBもない。
あるのはCとDとEとFだけだ。
どういうことだ?
茫然と依頼ボードを眺めていると、先ほどの職員から声をかけられた。
「ご覧の通りで、Aランクの依頼はない状況となっています。」
「それは、どうして?」
「私には何とも・・・」
「生産職に依頼を出すのは、主に商人ですよね?」
「はい、その限りではないですが、商人からの依頼が多いです。」
「商人は、Aランクの生産物を必要としていないということですか?」
「私には何とも・・・」
なんとも歯切れの悪い回答だ。
冒険者なら、Aランク相当の武器とか防具とか、絶対欲しがる人いるでしょ?
アイテムなんかも、かなり強力なものがあるはずだ。
もしかしてまだ、それを必要とするほど進んでないのだろうか?
質問を変えてみよう。
「えーっと、Aランクの冒険者って、どれぐらいいるんですか?」
「最新の情報はわかりませんが、私の知り得る限り、一人もいません。」
「えぇぇ!そうなんですか?」
「ですので、現役のAランクプレーヤーは、ヨシュア様だけになるかと思います。」
「まじですかー。」
驚く内容だった。
いかん、目立ってしまう。
あまり目立つのは、俺は望んでないぞ。
Aランクが一人もいないないて、知らなかったよー。
なんとなく、居心地が悪くなったので、ギルドを出よう。
ついでに何か買い物でもしていくかな?
お茶菓子でも調達しようかな?
そんなことを考えながら歩いていたら、壁にぶつかった。
前方不注意だ。まあ自業自得だな。
しかし、壁と思っていたものが、のっそりと動き出した。
「おい!ぶつかっといて挨拶なしかい!」
「あ、あなたはさっきのとんかつ?」
壁かと思ったものは、食堂でとんかつで揉めていた大男だった。
「なんだ、Fランク小僧じゃねえか。」
「あ、ぶつかってすみませんでした。」
「それにオレはとんかつじゃねー。」
「反応遅いっすよ。」
とんかつ野郎は、さっきの食堂で会った時と、少し印象が違った。
口は悪いが、すぐに殴り掛かりそうな気配はなかった。
「しかしまあ、さっきは悪かったな。」
「へ?」
「お前が介入しなかったら、いつまで続けてたかわからんよ。」
「よくわかんないけど、お役に立てて光栄です。」
「それに、とんかつ2枚貰えたしな!ガハハハハ!」
うん、まるで別人のようだ。
食べ物が絡まなければ、意外と絡みやすいやつなのかもしれない。
「しかし、Fランクか。懐かしいな、この白いギルドカード。」
「そうですか?早く卒業したいんですけどね。」
やめて!あまりカードを凝視しないで!
「あんれ?Fランクのギルドカードは、こんなにキラキラしてたか?」
「どうなんでしょう?最近始めたので、途中から仕様変更されたのかもしれませんよ?」
「そっか、オレもそっちが欲しかったな。まあすぐに卒業したがな!ガハハハハ!」
危ない危ない。
脳筋野郎で助かった。
「ま、ゴブリンでも倒して、早くランクアップすることだな!」
「あ、俺、生産職なので」
「そうか!そのヒョロヒョロじゃ生産職がお似合いだな!ガハハハハ!」
笑い声と共に、その男が去って行った。
これが、俺がこの男を見る最後の姿だった。
・・・嘘だ。
ただ、言いたかっただけだ。
それにしても冒険者って、あんな奴ばかりなのだろうか?
早くAランクが増えて欲しいものだ。
あ、そういえば、生産職でAランクになっても、冒険者のAランクの依頼が受けられるんだったな。
ちょっと冒険者ギルドのAランクの依頼を見てみるか。
・・・ないし。
ふざけるなし。
これじゃAランクになる意味ないし!
おい運営!ちゃんと準備しとけよ!
そういえば、ギルド長が変なことを言ってたな。
Aランクになることで、俺に不都合があるとか。
それって、この事か?それとも唯一のAランクになることか?
どっちもなのかもね。
うーん、また何もすることがなくなったな。
あれ?そういえば、何かやることがあったような気がしたんだが。
思い出せないな。ま、そのうち思い出すだろう。
D『ねー、今大丈夫?』
『うぉ!テレパシーか?びっくりしたなーもう。』
D『いつ頃帰ってくる?』
『もう帰ろうかと思ってるよ?』
D『じゃあさ、帰りに卵と薄力粉と生クリーム買ってきて。』
『うわ、面倒!それさ、売ってる店が別々で、距離も微妙に遠いんだよね。』
D『じゃあよろしくね~』
テレパシーは一方的に切れた。
まったく、人使いの荒い居候だな。
まあどうせ暇だし、おつかいしますよ。
3つのアイテムを入手せよっていうクエストだと思えばいいんだな?
いや、この場合はイベントか?
ん?3つのアイテム?イベント?
なんか引っかかるな。
まあ、思い出せないものを気にしても仕方ない。
買い物して帰りますか。
卵と薄力粉と生クリームで何を作るんだろう?
ケーキかな?ホワイトソース系の料理かな?
そんなことを考えながら、家に向かうのであった。
***** 運営視点 *****
「うわ、マジか。どうしてこうなった・・・」
橋本がPCの画面を見ながら呟いていた。
この独り言は、きっと聞いて欲しいんだろうな。
でも、面白いから放置してみよう。
「ちゃんと毎日チェックしてればよかったな。週一は見るようにしてたんだが。」
まだ独り言は続く。
たまに視線をこっちに向けるが、画面に集中して気付かないふりしてよう。
「なあ田中、これ見てくれよ。」
ついに名前を呼んできたぞ。
勝った。
「どうしたの?」
「いいから、これ見てくれよ。」
橋本の画面に映っているのは、ゲームの統計情報だ。
プレイヤーが何人いるとか、各職業毎の人数などの情報がある。
橋本が指さしているのは、ランクごとの人数だった。
画面を直接触ると、指紋がついちゃうよ?
「やっとCランクが増えてきたね。でもまだBランクはいないか。」
「そこじゃねえ。もっと上、ここ!」
そこにはAランクに1という数字が入っていた。
僕もたまにその統計情報は眺めるが、AランクはおろかBランクもずっと0人だったので、その上のAランクなんて見てもいなかった。
「これ、本当?なんでAランクがいるの?」
「俺もそれが不思議なんだ。」
「ずっとBランクもいなかったのに、突然Aランクが出るなんて、早くない?」
「俺は毎週月曜日にこの統計を見てるんだが、先週はAランクもBランクも0だったな。」
「1週間の間にBからAに連続でランクアップできるもんかな?」
「そんなに簡単に上がれるようには作ってないぞ。あ!あれか?」
「え?何?」
「このゲームの仕様という名のバグがあって、突然Aになることも可能なんだよ」
「え?」
「冒険者は、ランクを1つずつ上げる必要があるが、商人と生産職は、いきなりAになれる。」
「うわあ、ってことはこのAランクの人は、商人か生産職ってことになるのかな?」
「おそらくな。」
なんというバグだ。
このバグはリリース直後に発覚したが、Aランクになるには、厳しい条件の昇格審査に合格する必要があるため、次の大型アップデートに合わせて修正する予定だったとか。
「でもまあ、優秀なプレイヤーが出てきたんだから、これからゲームが活性化すると思えばいいんじゃないかな?」
「それが、そうもいかないんだよ。」
「どうして?」
「Aランクなんてしばらく出ないと思っていなかったから、Aランクのクエストを実装してないんだ。」
「えええ?」
「リリース日に間に合わせるため、しばらく出番のない処理は後回しにしてたんだよなぁ。」
「それは困ったね。どうするの?」
「どうするもこうするも、作るっきゃねぇだろう。」
やっぱりそうだよね。
作らなきゃだめだよね。
でも、たった一人のために作るのか・・・。
でもまあ、そのうち増えるだろうから、今のうちに作っておいた方がいいかもね。
そもそも、ゲーム開始時点でなきゃいけないんだし。
でも気になるのはそのAランクの人だよね。
どんな人なんだろう。
「橋本君、このAランクってどういうプレイヤーなの?商人?生産職?」
「興味ある?」
「まあ、ちょっとは。」
「じゃあ調べてよ。」
もしかして、橋本の目的はこれだったのか?
僕はまんまと橋本の策略にはまったようだ。
まずは、各プレイヤーの情報が入ったデータベースにアクセスする。
しかしこのデータベースは、人間が見るために作っているわけでもなく
内部処理用として作られているため、数字とアルファベットの塊だった。
橋本のやつ、きっとこれを知ってて依頼してきたな。
どうやって調べりゃいいんだ・・・。
結局僕は、膨大な走行履歴を一つずつ確認していくことにした。
1秒間で20KBほどの情報が書き込まれる膨大なものだ。
しかし、全部を確認する必要はない。Aランクに上がった瞬間の履歴を見ればいいだけだ。
橋本が見ていた統計情報は、毎日午前2時に自動で出力される。
その統計情報から、いつAランクが増えたのを確認した。
すると、8日前の午前2時の段階ではAランクは0人だが、7日前の午前2時のデータで1人に増えていた。
つまり、その期間が記録された履歴を見ればいいわけだ。
そういえば、橋本は週一でチェックしてたって言ってたな。
走行履歴はrun_history.logというファイル名で保存される。
これは1秒間で20KB程度増えるため、そのままだとディスクを食いつぶしてしまうので、1GBに達した時点で圧縮し、ファイル名をrun_history.1.gzに変更する。
その後の記録は、新しいrun_history.logに保存されていくが、これも1GBに達した時点で、圧縮されrun_history.1.gzに変更される。
すると、先に圧縮したrun_history.1.gzのファイル名と被ってしまうため、前のrun_history.1.gzはrun_history.2.gzにファイル名がリネームされる。
こうしてrun_history.9.gzの9世代まで保存されるが、それ以上増えた場合は、古い物から削除されていくよう、ローテート処理がされている。
説明が長くなったが、ようは1GB10個分の情報が保存されているということになる。
まず、ファイルのタイムスタンプから、該当の日時。つまり7日前の午前2時から8日前の午前2時までの時間を含むファイルがないかを確認した。
# ls -ltr
嫌な予感が的中した。
すでにログが流れてしまっていた。
ログは1秒間で20KBほど増える。
1時間は3600秒だから、1時間で20×3600=7200KB増える。
1日で考えると、24×7200=1728000KB。
7日分となると、1728000×7=12096000KB。
つまり、10GBを軽く超えてしまう。
走行履歴からも確認は無理だ。
どうしようかと考えていたところ、橋本が声を掛けてきた。
「ログ、流れてただろう?」
知ってたんかい!
「そのうちAランクのクエストは準備しなきゃいけないけどさ、たった一人だぜ?」
「まあ、そうだね。」
「Bランクはまだ0人だし、一人のために、徹夜したくないよな?」
徹夜になるの?労基法大丈夫かな?今でも36協定危ないんだけど。
「それで田中君にお願いがあるんだが。」
橋本が僕に君を付けてくるときは、ロクなことがない。
きっと今回もそうなんだろう。
「探偵しないか?」
「探偵って、どういうこと?」
「俺と橋本で探偵用のアカウントを作るわけだ。」
「はあ。」
「で、ギルドに潜り込んで、Aランクのプレイヤーを探すんだよ。」
探して、どうするんだろう?
目的が見えないな。
「Aランクになってればさ、他のプレイヤーに自慢したくなるよな?」
「まあ、目立つとは思うよ。」
「だから、すぐに見つかるよ。」
橋本は常にポジティブシンキングだ。
で、見つけてどうするの?
それを追求したくなったのだが
「こりゃ楽しみになってきたな。」
ウキウキする彼に、聞くことはできなかった。
こうして僕たちは、Aランク探しの旅に出るのであった。